復讐の願い 1



 光が収まると、一人の少女がそこにいた。
 すらりと伸びた背、鍛え上げられたたくましい筋肉、端正な顔立ち――男として、完成されていた肉体。その全てが彼の自慢であった。
 それが今は見る影もない。
 鋼のような筋肉は、皮下脂肪に包まれた柔らかいものに。
 遠目でも目立つ長身は、いまや子供と見間違えるほど低い。
 どんな女も見惚れていた顔も、男を扇情する美少女にしか見えなくなっていた。
 服も先ほどまで着ていたカジュアルな物からこの辺りでは見かけないタイプの制服に変化する。
 もはや誰かが彼女を見ても、元は男であるとは思わないだろう。



 彼女は自分に起きた出来事が理解できていない様子で、状況を求めるようにこちらを見ている。
 その光景を眺めていると、どこからともなく声が聞こえた。
『今回の願いを叶えさせて頂きました。しかし、こんな形でよかったのですか?』
「うん。こいつは主犯じゃない。このまま外に捨てちゃえばいいだけだから問題ないよ」
『了解しました―― 一言言わせて頂ければ、あなたは狂っています』
「だろうね。ついでに姑息と卑怯、悪趣味もつけといて」
『了解――では、早速次の願いを』
 次の願い、か。
「そんなもの決まっている――次の復讐、だよ」
 そう言いながら、手に持った日記を開く。
 最初に見るページは決まっている。このくだらない復讐劇を始めるきっかけとなるモノと出会った日。

 それは、数日前まで遡る。

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きよひこの日記 9月12日 晴れ

 ふたばが友達のすみれちゃんと一緒に子犬を拾ってきた。
 話を聞くと、猫にやられていたところを助けてあげたらしい。
 怪我をしているので、しばらくうちで面倒を見てあげたいという。

 少し考えて、うちで飼う事にした。
 出費はかさむだろうが、それは俺が頑張ればいい事だ。

 そんな些細なことより、妹が自分を頼ってくれたことがうれしい。
 この子犬との触れ合いがふたばにとってプラスになってほしい。

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 どうしよう。
 私の腕の中には、傷ついた子犬がいた。

 すみれと出かけた帰り道、子犬と猫が喧嘩しているのを見かけた。――喧嘩といっても、猫が一方的に攻めて、子犬は逃げ回っているだけであったが。
 なんでそんなことになっているのか知る由も無いが、犬派の私としては放っておくわけにはいかず、気がついたときには子犬を助け出していた。

 だが、その後のことなど当然考えていなかった。
 病院に連れて行くにもお金がない。かといって放置するわけにはいかない。
 ……すみれの家で飼えないかな。
「無理。母さん犬嫌いだから」
 じゃあやっぱりうちで飼うしかないか。
「大丈夫?」
 さあ、どうでしょう?
 少なくとも、怪我が治るまで面倒見てあげたい。
「そう、わかった」
 頼むよ、説明役。
「まかせろ」

 とりあえず帰宅する。
「おかえり、ふたば」
 兄さんがいつものようににこやかな顔で出迎え、その視線が私の腕の中で寝ている子犬で止まる。
「……どうしたの、その子犬?」
 私とすみれは先ほど起こった事を兄さんに伝える。
 兄さんはしばらく考え込むように黙った後、私たちに言った。
「いいよ、うちで飼おう」
 え、いいの?
 お金もかかるし、手もかかるよ?
「それくらいなんとでもなる――とりあえず、病院に連れて行こうか」

 こうして、子犬はうちで飼うことになった。
 ありがとう、兄さん。

 あと子犬の怪我はたいしたことはないそうで、簡単な治療ですんだらしいです。 

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きよひこの日記 9月13日 晴れ

 子犬の名前を決める。
 みんなで話し合った結果、ふたばの提案した『わかば』という名前で呼ぶことになった。

 いつものことながら、すみれちゃんには助けられてばかりだ。
 彼女には感謝してもしきれない。

 明日は約束の日である。
 よい結果が出るといいが……。

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 変わった夢を見た。
 なんかよくわからないけど、女の子が出てきて「助けてくれたお礼に願いをかなえてくれる」と言ってきた。
 願い事――私には不要だ。
 私よりも、兄さんの願いを叶えてやってほしい。
 多分、兄さんは今も悩んでいるであろう。私はもう、気にしていないのに。
 そう伝えたら、女の子は少し悲しげな顔をして「わかりました」と消えていった。
 そして、目が覚めた。

 名前が無いのは不便だから、子犬に名前を付けようと思う。
「ということですが、お兄さん」
「まあ、必要だよな」
 というわけで、私と兄さんとすみれで名前を付けてあげることになった。
「ちなみにこの子は女の子」
 と、すみれが確認する。子犬とはいえ、女の子が股間を見るのはいかがなものか。
 以下が各人が出した名前の案である。

兄さんの案:チビ・ハナ・オウカ・キッカ・チョビ
すみれの案:ゴンドウ・イワモト・タツナミ・カガワ・クワタ
私の案:フリージア・ギン・ミツバ・ヒトハ・わかば

 話し合いの結果、『わかば』に決まった。

 わかばはあまりしつけに手がかからない。
 トイレも一回教えただけで覚えたし、待てやお座りも簡単に覚えた。
「誰かが飼っていた子犬なのかもしれない」
 捨てられちゃったのかな。
「迷子かもしれない」
 ……じゃあ、元の飼い主さんがいるかもしれないね。
「いろんな所に問い合わせてみる。もしかしたら飼い主見つかるかもしれないし」
 すみれさん、お願いします。


 その日の夕方。
 トイレに行って戻ってくると若葉の姿が見当たらなかった。
 家の中を探してみると、何故か兄さんの部屋の中にいた。
 勝手に入っちゃ駄目だよ。

 その時、机の上に兄さんの日記が開かれて置いてあった。
 兄さんは日記を読まれるのを嫌がるので、読まずに閉じておいた。

 でも、なんで日記が開かれていたんだろう。いつもはちゃんと閉まってあるのに。

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きよひこの日記 9月14日 くもり

(日付以外何も書かれていない)

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 兄さんが珍しく外出した。
 兄さんは在宅の仕事をしている。どんな仕事かは詳しく知らないが、結構いい収入であるらしい。
 そういった仕事をしていることと、元々出不精であったことから、兄さんはあまり外出しない。
 なので、朝から出かけていくことは本当に珍しい。
「夕方までには帰る」
 わかった。

 今日は平日で、すみれは学校。
 私はわかばとお留守番。
 一人だとつらいお留守番も、わかばと一緒なので退屈しなかった。

 いつものようにすみれが学校帰りに遊びに来る。
 今日は雑誌を数冊買ってきてくれた。
 いつもありがとう。
「問題ない。あたしも読むから」
 そういいながら、私の隣で雑誌を読み始める。
 私も雑誌を一つ選び読むことにした。
 ごく一般的なファッション雑誌だった。
 ……こういう服、欲しいなぁ。
「今度買いに行こう」
 うん。

 兄さんが帰ってきたのは夜8時頃。そろそろすみれが帰ろうとしていたときだった。
 ひどく疲れた様子で、帰ってくるなり玄関に倒れこんでしまう。
「だ、大丈夫ですかお兄さん!」
 すみれが珍しくあわてた様子で兄さんに駆け寄る。
 私も近寄ろうとするが、すみれに制された。
「お兄さんはあたしが部屋に運んでおくから、ふたばは洗面器に水汲んできて」
 う、うん。

 その後、すみれは兄さんを部屋に運び、しばらくして戻ってきた。
「すごく疲れているみたいだから、眠らせてきた」
 それは嘘だと思う。だけど、追求する気はない。
 多分、あの事に関わるから。
 だからすみれは私に手伝わせなかったんだと思う。
 多分さっきの兄さんには、私は触れられなかっただろうから。

 私は泣いた。
 何も出来ない自分に悔しくて。
 あの頃から何も変わらない自分が情けなくて。
 二人に迷惑をかけてばかりの自分が苛立たしくて。
 結局なくことしか出来ない自分が腹立たしくて。
 もう会えなくなる兄さんに謝りたくて、泣いた。

 そんな私を、すみれは黙って抱きしめていた。
 そんな私達を、わかばは静かに見つめていた。

 その日、兄さんは死んだ。

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 日記を閉じると、自分の身体が目に入る。
 服の下で膨らむ胸が目立つ、華奢な――女の、身体。
 なんてことはない、生まれながらの自分の身体だ。
 しかし同時に、女である自分に違和感を感じる心もある。
 当然だ。
 今のあたしは、本来の自分の記憶と心、そしてきよひこお兄さんの心を持っているのだ。
 いわばあたしは内面的には女であると同時に、男でもある。

 本当はお兄さんの記憶も持っていたかったが、まあ仕方がない。
 この状態になったときには、すでにお兄さんの記憶は失われていたのだから。

 故に、この復讐はあの子の為だけでなく、あたし自身の為でもあるのだ。

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 あたし――すみれはふたばの家のソファーで目を覚ました。
 あの後ふたばは深夜まで泣き続け、そのまま寝てしまった。
 あたしはふたばを部屋まで運んだあと、帰るのが面倒だったのでここで眠ったのだ。
 正直このまま寝ていたい気分だったが、そういうわけにも行かない。
 ふたばの代わりにいろんな手続きをしなくてはいけないのだ。
 とはいえ、一人ではなかなか大変だ。……母さん達に手伝ってもらうか?
 ああ、もう大変だ。

 と、わかばが部屋に入ってきたのが見えた。
 そういえば、昨日からあの子何も食べてないような……。
 そしたら案の定、
「おなかすいた……」
 と呟いていた。
 そうか、お腹すいたか。
「待ってて。すぐご飯用意する」
 するとわかばは驚いたようにこちらを見ていた。
 まあ驚いたのはお互い様だ。
 最近の犬って、喋るんだね。

「……ごちそうさまです」
「はいどうも」
 作ったご飯を綺麗にたいらげたわかばを見て、なんだか嬉しくなる。
「あの……」
「なにか?」
「驚きません?」
「なにが?」
「わたしが喋っていることが」
 ああ、そのことか。
「驚いてるよ。最近の犬は喋ることができるようになったなんて知らなかったからね」
「いや、喋りませんから」
 喋らないのか。それで無理矢理納得しようと思っていたのに。
「じゃああんたはなんなのさ。少なくとも、ただの犬じゃないでしょう?」
「話せば長くなりますが、いいですか」
「なるべく短くしてもらえるとありがたい」
「……努力します」

 わかばの話を要約するとこんな内容だった・
1.わかばは『魔法の国』という異世界からきた魔法少女らしい。
2.そっちの悪政を正すためねずみ小僧的な活動をしていたが、つかまってこの世界に追放されたらしい。
3.戻る手段がないのでこっちで生きることにしたが、人間の姿ではいろいろ苦労していたらしい。
4.嫌気が差したのでいっそ犬になって気楽に生きようとしたら、猫に襲われてしまい、そこをふたばに助けられた。

 いろいろといいたい事はあるが、一番気になるのは……なんで犬を選んだのかということだ。
 ほかの動物でもよかっただろうに。鳥とか。
「で、助けてもらった上に生活の保障までして頂けることになったので、これは恩返ししなくてはと思ったのです」
 律儀な犬だ。いや、犬じゃないか。
「で。ふたばさんの夢を通じて願い事を聞いたんですが……」
 お前は夢枕に立つ幽霊か。
「『願い事はないから清彦さんの願いを聞いてやってくれ』と言われまして」
「ああ、ふたばなら言いそうだ」
「で、きよひこさんの夢で同じ事を聞いたのですが、『自力で何とかするから別にいい』と断られました」
 そうか、お兄さんは、やっぱり……。
「あと『いつもすみれさんに助けてもらってばかりだから、すみれさんの願いをかなえてくれ』とも言われました」
「あたしの?」
「はい、あなたのです」
 こんな権利もらってもなぁ……。
「本当なら夢としてこっそり叶えるつもりだったんですけど……」
「あたしがソファーで寝ているのに気付かず、うっかり喋ってしまったわけだ」
「そういうことです」
 結構ドジだ。
 それにしても、願いごとねぇ……。
「お兄さんを生き返らせてくれ、とかは?」
「無理です。死んだ肉体を再び動くようにするなんて、神の所業ですよ」
「そうか……無理なんだね……」
 それができるのならば、ふたばが泣かずにすむのに。
 今のところ、それ以外の願いは……なくもないが、これはあたしが願っていいことじゃない。ふたばが願わなかったのだから、その権利はあたしにない。
 ……しかし、わかばの言葉に少し違和感を感じるのだが、それは気のせいなのか?
「じゃあ、とりあえず願い事はない」
「とりあえず、ですか」
「うん、とりあえず。もしかしたら後で願い事するかも」
 万が一のためにキープしておくことにした。

 食事も終わり、母さんに今後の相談の電話を入れる。
 話し合いの結果、細かい手続きは母さんがしてくれることになった。
 これで多少気が楽になってきた。
 さて、どうしよう。
 まだふたばは起きてこない。この調子だと昼過ぎまで寝てるだろう。そういう子だ。
 ショックで自殺等の悪い想像も一瞬浮かんだが、そこまで繊細なタイプでない事はよく知っている。
 むしろ図太い。というか図太くなければ生きていけなかったのだ。
 精神的に脆い部分もあるが、負けず嫌い。それがふたばだ。
「まあ本人に自覚がないだけで、トラウマだらけなんだけどね」
「すみれさん、何の話です?」
「なんでもない」
 ……お兄さん、見てくるか。

 あたしはお兄さんの部屋へと向かった。その後ろをわかばもついてくる。
 部屋の中は、昨日の夜と変わった様子はない。
 仕事で使っていたパソコン。机の上の日記。乱雑に詰まれた本。その上に畳まれて置かれている衣服。
 なにもかも、変わっていない。
 だがベッドに横たわるお兄さんの身体は、あたしに現実から目を背ける事を許さなかった。
 昨日までの日常は戻らない。ふたばはただ一人の家族を失い、あたしは初恋の人を失った。
 すでに彼に対しての恋愛感情は冷めていたと思う。だけど、妹の為に頑張る姿はとてもカッコよかった。
 涙が出そうになるのをこらえる。
 今泣いては駄目だ。あたしが泣いちゃったら、ふたばが困る。
「……きよひこさん、なんで死んでしまったのでしょうか」
 わかばの言葉に、あたしは少し考える。
 確かに今まで考えてなかったけど、そもそも死因はなんなんだろう。
 昨日ここまで運んだとき、きよひこさんからお酒の臭いがした。
 急性アルコール中毒という言葉が頭に浮かんだ。短時間に大量のアルコールを飲むと起きる症状で、時には死に至ることもあるという。
 これが一番確率が高いのではないか。
 でも、おかしなこともいくつかある。
 まず、きよひこさんはあまりお酒を飲まない。
 もし飲むことがあるとすれば、付き合いで一杯飲むか――とても嫌な事があったときくらいだ。自発的飲んだ可能性は低い。
 そもそもそこまで飲んでいるならまず歩くことすらままならない。それなのにどうして帰ってこれたのか。
 あの時きよひこさんは、玄関で倒れるまでは確かに歩いていたのだ。
 ……わかんないなぁ。

 ふと、あたしの携帯が振動していることに気付いた。
 メールがとどいていた。見覚えのないアドレスだった。
 そのメールの件名には、こう書かれていた。

『きよひこのことについて』

 どういうこと?
 なんで、あたしの携帯にこんなものが……。
 あたしは、そのメールの内容を読むことにした。

『その部屋は、盗聴されている。
 否、正確にはきよひこの服に盗聴器がついている。
 その部屋にあるパソコンを居間に運んでくれ。

 突然こんなメールが来て、意味がわからないと思うがきよひこのことについて伝えたいことがある。
 従ってくれると嬉しい。

 あと、下着は赤より白の方が似合うと思うよ』

 意味がわからなかった。
 何で突然こんなメールが届くのか。
 というか、なんであたしの下着の色知ってんだよ!怖いよ!
 ……とはいえ、お兄さんのことについて知りたいことがあるのも事実。
 なんか嫌だけど、試してみるか。

 だけど、机に置かれたパソコンは古いデスクトップである。
 こんなものを運べというのか。無茶言うな。こっちは非力……とは言い難いが、一応女の子だぞ。
 プルプルと携帯が震える。またメールか。

『運ぶべきパソコンは、机の脇にある鞄の中に入っているノートパソコンだから安心しろ。
 ヘッドホンも忘れずに』

 それ、先に言え。
 あたしはそのパソコンを鞄から取り出し、少し考えて机の上の日記も持って部屋を出た。
 なんとなく、必要な気がしたのだ。

 居間に戻ってパソコンを設置していると、ふたばが起きてきた。
「おはよう。ご飯食べる?」
 こくり、と頷いたのであたしは食事を優先することにした。
 とはいえ、今日は食材がないので簡単にサンドイッチにすることにした。
 サンドイッチ、というのはなかなか便利だ。
 作るのは簡単だし、食べる時も片手が開くので、何かをしながら食べることができる。実際、そういう用途で作られたという話を聞いたことがある。
 特に、ふたばにとって片手を使えるというのは重要だ。

 あたし達は対面に座り、皿に置かれたたくさんサンドイッチを食べる。
 ……なんか物足りないなぁ。ツナマヨやタマゴがないからか?
 とりあえずあとでコンビニ行ってツナマヨ買っておくか。
 そんなことを考えていると、ふたばがこれからどうするのか、と尋ねてきた。
「ん、一応母さんが細かい手続きしてくれるって。後で来るから、その時に話は聞いて」
 わかった、と頷き、お兄さんの顔を見てきていいかと聞いてくる。
 どうしようか。さっきのメールだと盗聴されてるって話だけど……あ、ふたばには大して関係ないのか。
「いいよ。ゆっくりと見てきな」
 次に聞かれたのは、「あのパソコンはなんなのか」ということだった。
 さて、さっきのメールの話をふたばにするべきか?
 ふたばは当事者なのだから、ふたばには知る権利があるだろう。
 むしろ、あたしは友人であるとはいえ、他人なのだ。本来ならばあたしは無関係であろう。
 ……まて、だったら、何故あのメールの主はあたしにメールを送ったのか。
 本当ならあたしでなく、ふたばにおくるべきなのだ。なのに、あたしの方に送ってきた。
 多分、メールの相手にとっても、ふたばに知らせるのは都合が悪いということなのだろう。
 ……じゃあ、適当にごまかしておくべきだ。
「お兄さんの仕事仲間の人から連絡があって、どうしてもやらなきゃならないことがあるって言われたのよ。
 今回の件の話もしたんだけど、早めにやらないと仕事が駄目になっちゃうらしくてね。
 つい手伝うって言っちゃった。ごめん」
 ふたばは納得したように頷いていた。
 ……我ながらどうしてこうスラスラ嘘がつけるのか。ごめん、ふたば。
『結構無理ある説明だと思いますけどね』
 突然わかばの声が聞こえた。
『すいません。今テレパシー使ってます。ふたばさんの前じゃ喋らないほうがよさそうなので。
 あ、お返事があるなら頭の中で考えてください。それでこっちに伝わりますから』
 お気遣いありがとう。あとそれ魔法じゃなくて超能力じゃね?別にいいけどさ。
 ……というかそれ、あたしの考え、わかばには駄々漏れって事じゃないか。
『深いところまではわかりませんけどね……ごめんなさい』
 ……まあいいよ、便利だし。
『そう言ってもらえると助かります。ところで一つ質問なんですが』
 どうしてふたばが喋らないか、ってこと?
『はい、そうです。どうしてわかりました?』
 そろそろ疑問に思う頃かと思ったからね。
 うん、一応説明しておくべきだろう。

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 あたしと出会った頃のふたばは、ごく普通の女の子だった。
 学校にも通っていたし、よく喋る明るい子だったよ。あたしとは正反対だったね。
 そんなあたしとふたばが友達になったのは……まあ、あたしの打算的な考えだった。
 あれは、雨の日だったね。
 たまたまふたばを迎えに来たきよひこお兄さんを見かけたのよ。
 ……一目惚れ、だったね。
 あたしはきよひこさんに近づくために、ふたばと友達になったのよ。
 でも、その恋はすぐに終わっちゃった。
 お兄さん、付き合っている人がいたんだよ。それも、学校でも一、二を争う美人の先輩。
 容姿がいいだけじゃなく、誰にでも優しくて、頭もいい。
 何度か話もしたけど、凄くいい人だった。絶対に勝てない、そう思ったよ。
 とまあ、あたしの恋は終わったけど、ふたばとの友人関係は続いた。
 なんというか、放っておくことができなかった。だってこの子、結構抜けているところがあるのよ。
 忘れ物は多いし、鞄という字を読み間違えて靴を余分に持ってきたこともあったし、犬を見かけたら触ろうとするし……。
 でも、なんだかんだで楽しかった。
 やがて、あたし達は進学した。
 お兄さんは卒業して街で就職し一人暮らしを始めた。
 先輩はこっちで就職。遠距離恋愛だったけど、婚約の話も出ていたみたいで、順風満帆だった。

 そう、なにもかも、うまく行ってたんだよ。
 あの日までは。

 それは、ある連休のこと。
 お兄さんの住む街へふたばの家族と先輩が遊びに行くことになった。
 ふたばのお父さんの運転する車で出かけるのを見送ったあたしは、連休明けの報告を楽しみにしていた。
 でも、その報告を聞くことはなかった。

 交通事故だった。
 この事故についての詳しい顛末をあたしは聞いてはいない。
 ふたばが重傷を負いながらも、ただ一人助かった。隣に座っていた先輩がとっさに覆いかぶさって衝撃を和らげていたからではないか。
 あたしが聞かされた事故の詳細は、これだけだ。
 それ以外の事は誰も教えてくれなかった。ふたば本人も。

 ただ、その日以来ふたばは喋ることと、乗り物に乗ることができなくなった。
 精神的負担からくる症状であると医者は言っていた。
 そんなふたばを支えるため、お兄さんは在宅の仕事に切り替え、こっちに戻ってきた。
 そしてあたしも、二人のためにできる限りのことをしようと思ったんだ。

 ふたばは喋らない。
 人とコミュニケーションをとるときは筆談や手話を使う。
 最初のうちは手話を覚えたり、人に何かを伝えたりするのが大変だったのを覚えている。
 あたしに対しては唇の動きで言葉を伝えようともする。最初は理解できなかったが、今は大体わかる。
 カウンセリングなども受け、少しずつ症状が改善に向かっていった。
 あたし達は、そのことを素直に喜んでいた。

 あの日、あんな事がおきるまでは。 

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 ふと気付くと、ふたばの顔が目の前にあった。
 突然黙り込んだあたしを不審に思ったらしい。
「ああごめん、ちょっと考え事していた」
 まあ間違ってはいないと思う。
 ふたばは、食べ終わったからお兄さんを見てくると伝え、部屋を出て行った。
 ……ちょっと怒ってるな。後で謝らないと。
「あ、そうだわかば」
「なんですか?」
「ふたばと一緒に行ってくれる?」
「なんでです?」
「行けばわかるよ」
 それ以上はあえて何も言わないでいると、わかばは「しょうがないですねぇ」と呟きながらふたばの後を追おうとして……とまった。
「ところで」
「ん?」
「ふたばさんが喋れるようになるって願い事じゃ駄目なんですか?」
「……本人がそう願ったなら、叶えてあげて」


 ……さて、じゃあさっきのメールの人物に接触しましょうか。
 実はさっきから携帯に何度もメールが来てたりする。
 振動→停止→振動→停止……の繰り返しで、うざったいのだ。

 メールの一通にパソコンの電源をつけたらやるべきことが書かれていた。
 まずはネットにつなげるか確認する。
 ……OK。無線LANが使えるね。
 デスクトップにある○○.exeというファイルを実行しろ。
 怪しいファイルだ。大丈夫なのか?……まあいいや、OK。
 すると一つのウィンドウが画面に現れる。ウィンドウは真っ黒で、何も描画されていない。
 しばらく待つと、大量の文字が表示され、流れていく。
 どんな言葉が書かれているか読み取ろうとするが、次の言葉が表示されるほうが速く、読むことができない。
 かろうじて数字とアルファベットが使われていることだけはわかったが。
 一分ほどして、文字が全て消え、再び真っ黒になる。
 その直後、ウィンドウの上の方から何かが降ってきた。
『Hey!赤い下着のお嬢ちゃんこんにちわ!』
 陽気な合成音声と共に降ってきたそれは3Dで描かれた、ワニのような生き物だった。
 漫画のようにディフォルメされていることと、鮮やかな色使いで塗られていたため、それが何なのかは正確にはわからない。
『オイラの名前は『トカゲのジョージ』、電子の海の情報屋さんさ♪』
 トカゲだったのか。
 というか、情報屋って、何?
『ああそうそう、オイラとコミュとりたかったらキーボードで入力してね』
 いつの間にか画面の下のほうに、文字を入力する枠が表示されていた。
 ……聞きたいことはたくさんある。
 だが、とりあえず言うべきことは一つしかない。
『なんであたしの今付けてる下着の色を知っているんだこの変態!』
『まずツッコむのはそこかよ……。しかも変態って……』
 ジョージは落ち込んだように崩れ落ちた。

 ジョージは、お兄さんとネットで知り合った友人だと言った。詳しく話してくれたのだが、あたしにはよくわからない用語が多かった。
『まあオイラときよひこたんはブラザーみたいなもんよ、ブラザー』
 ちなみにこのお兄さんとの馴れ初めだけで30分ほど語っていた。話が長い。
『さて、お嬢ちゃんが聞きたいのは『なんできよひこたんは死んでしまったのか』ってことだろ?』
 やっと本題か。
『とは言っても、恐らくお嬢ちゃんも薄々は気付いているんだとは思うが、まあ、一応聞いてくれ』
『その前に一つ、確認していい?』
『なんだい?』
『あんたは、信用できるの?』
 自分の姿も見せない、声すら聞かせない相手を、信用できるのだろうか。
『……オイラはトカゲのジョージ。いざとなったら尻尾を捨ててでも逃げ回る小心者さ』
 さきほどまでと同じ合成音声。
 だけどその声には、さっきまでのふざけた調子とは違う、真剣さを感じた。
『だけどさ、オイラにだって誇りはある。自分を信用してくれた友達を、その大事な人たちを裏切ることだけは絶対にしない』
 そして、ウィンドウに文字が表示された。インターネットのURLのようだった。
『そこに載ってる情報は、然るべき所に出せばかなり稼げるネタだ。あんたにくれてやる』
 あたしはそのURLをブラウザで開いてみる。
 そこに載っていたのは、本来なら世の中に出ないであろう出来事の数々だった。
 テレビに出ている有名人や政治家のスキャンダル、某所で極秘に開発されている画期的な発明、悪い噂の耐えない団体の内情……。
 その一つ一つが、使い方次第では世の中を大騒ぎさせることのできる情報ばかりであるのが、あたしでも理解できた。
 これらの情報が正しいかどうかはさておき、ジョージはあたしにどうしても真実を伝えたいらしい。
 だけど、なんであたしなのだろうか。
『なんで、こんなことをあたしに教えるの?』
『きよひこたんが、君の事をとても信頼していたからさ』
『あたしを?』
『きよひこたんの妹を、君が一生懸命支えてくれるって。自分じゃできない事のほうが多いから助かるってさ』
 ……お兄さん、そういう風に思ってくれていたんだ。
『だからそんな君には、きよひこたんが何をしていたのか、何をしたかったのかを知ってほしいのさ。それを知った上で、君が何をするのかをオイラは知りたいんだ。OK?』
 正直、ジョージを信用していいかどうかはわからない。
 でもこいつは、これだけの情報を持ってきたのだ。そのリスクは、相当のものだと思う。
 そしてあたし自身、ジョージの語る真実を知りたくなってきた。
 だから、彼の話を聞くことにした。
『わかった』
 あたしの返事を待って、ジョージは再び語りだす。
『ありがとう、お嬢ちゃん。じゃあ、言うぜ』
 その次の言葉は、とても静かで、とても鋭かった。
『きよひこたんは、殺されたんだよ。あいつらに』

 一瞬思考が止まる。
 想定はしていたが、改めて言われると結構衝撃は大きい。
『死因は……恐らく急性アルコール中毒、って事になるだろうね。死亡解剖してくれるなら、だけどさ』
 妙に引っかかる言い回しだった。
『どういうこと?』
『オイラの予想だけど、実際の死因は別の事だね』
『別の事?』
『きよひこたんはお酒飲まないからね。そんな人が突然致死量まで飲むとは到底思えないじゃん』
『それは同意する』
 仮に飲んでいたとしても、一人で飲んでいたとは思えない。だって、あんな状態で一人で帰れるわけがないじゃないか。
『だから死因は別のもの。詳しくは調べないとわからないけど、クスリか、毒かのどっちかだね。まあ、確かめる方法はないけど』
 確かめる方法はない?それはどういうことなのか。
『だからなんで?死亡解剖してもらえばいいじゃない』
『多分してくれないだろうし、したとしても急性アルコール中毒って言われるよ。それくらいの情報操作はできる相手を敵に回しちゃったんだよ、きよひこたんは』
 あたしは指を動かすのを止めた。
 多分この後、あたしは真実を知ることになる。今回のことだけではなく、その発端となった出来事まで含めた、全てを。
 それを聞いて、あたしはどうするのだろうか。なにをするべきなのか。
 それを聞いて、耐えられるだろうか。怒りを抑えられるだろうか。
 多分、無理。ならどうしたい?
 復讐?復讐をしたいの?
 ただの学生であるあたしが、友人の家族の弔いをする?
 そんなこと、できるわけがない。
 否、できるわけがなかった。
 今は、できるのだ。あたしの手元には、わかばがいるのだ。
 あいつの言うことを素直に信じるなら、あいつは魔法が使える。その魔法で、あたしの願いを叶えてくれると言っていた。
 なにもしていないあたしが自分のために使うのは気が引けるが、ふたばやお兄さんの為なら後ろめたいことはない。
 さあ、どうする?あたしは、どうしたい?
 ここが分岐点だ。
 ただの少女でいるか、復讐の鬼となるかの分かれ道。
 そんなこと、悩む必要なんて、ない。
『それは、誰?』

 ジョージの告げた名前は、あたしの予想したとおりのものだった。

 ああ、そうなんだ。
 あいつらなんだ。
 あいつら、またふたばを泣かしたんだ。

 今度は、許さない。
 泣こうが喚こうが、跪こうが詫びようが、絶対に許してやるものか。
 ふたばが感じた悲しみを、ふたばが感じた絶望を、全て、全て思い知らさせてやる。

 その為には、なんでも利用してやる。

『ジョージ、お願いがあるんだけど……』

=============================

 お兄さんのベッドで、兄さんは眠っていた。
 もう、起き上がることはない。
 笑うことも泣くことも、話すこともできない。
 それが悲しくて、わたしは再び泣いた。

 いつの間にか、わたしの傍にわかばがいた。
 わたしはわかばを抱きしめて、また泣いた。

 泣きながら、兄さんとすごした日々の事を思い出す。
 二人でお留守番をしたときのこと。勉強を教えてもらったこと。一緒に買い物したときのこと。
 わたしとすみれが友達になったときのこと。兄さんが一人暮らしを始めた日のこと。
 あの事故の時のこと。
 あの時、兄さんとすみれがいなかったら、わたしは死んでいたと思う。あの時のわたしは、精神的に追い詰められていたから。
 兄さんがこっちに戻ってきたときのこと。
 少し嬉しかったけど、申し訳ないという気分の方が強かった。
 また学校へと行きだした時の事。
 声は出せなくても授業は受けれるからと兄さん達を説得し、また学校に行けるようになった時は嬉しかった。
 でも、今思えばその決断は、すみれに多大な負担をかけてしまっていたんだと思う。
 すみれはわたしをいろいろ助けてくれていた。
 日常や学校での生活を隣で支えてくれていて、そして――他人の悪意からも守ってくれていたのだと、当時のわたしは気付いていなかった。

 あの悪夢の3日間のこと。
 あの時のことは、絶対に思い出したくない。なのに、今でも稀に、あの時の夢を見てしまう。
 あの時ほど悔しかったことはない。あの時ほど絶望したことはない。あの時ほど死にたかったことはない。

 知らないうちに身体が震えていた。
 気にしていないつもりだったけど、心のどこかで引きずっていたのだろう。

 そして、その後の日々のこと。
 周りの全てが怖くて、わたしは全てを拒絶した。
 男も、女も、子供も、大人も。そして、兄さんと、すみれも。
 それでも、二人はわたしを支えてくれたんだ。
 二人には酷い事もした。心も身体も傷つけてしまった。
 だけど二人はわたしの傍にいてくれた。
 だから、わたしは二人に謝らなくてはいけない。
 自分の声で、いつか必ず謝るんだって決めていた、のに。

 気がつくとわたしの頬を、暖かいものが触れていた。
 見ると、わかばがぺろぺろと舐めていた。
 小さく唸るように鳴きながら、わかばがわたしの顔を見上げていた。
 まるでわたしのことを心配しているようだった。
 ……そうか、今のわたしは、ひとりぼっちじゃないんだね。
 すみれもいるし、わかばもいる。
 自然と震えはとまっていた。

 どれくらい泣いていたのだろう。
 わたしは抱きしめていたわかばをそっと下ろした。
 ありがとうね、わかば。
 
 ごめんなさい、兄さん。
 そして――さようなら。


 居間に戻ると、すみれが眠っていた。
 穏やかで、でもどこか悲しげな表情だった。
 わたしはその傍らに座り、すみれの寝顔を見つめていた。


 その後、すみれのお母さんが来て、お通夜やお葬式の準備や段取りをしていってくれた。
 あと話し合いの結果、しばらくすみれがわたしの家で暮らすことになった。
 ……いや、助かるからいいんだけど……なんで?

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 夜。
 眠そうにしていたふたばを先に寝かせ、あたしはわかばと二人でテレビを見ていた。
「ねえ、わかば」
「なんです?」
「願い事、したいんだけど」
「本当ですか!」
 わかばは嬉しそうにこっちを向いた。
「で、その前にいくつか聴きたいことがある」
「なんでしょう」
「願い事の数は、1回だけ?」
「そうですね……私にできる範囲なら何回でもやりますよ。ここにお世話になっているわけですし、すみれさんにはこれからも色々御迷惑かけるだろうし」
 ランプの魔人よりはアテになりそうだね。
「できないこともあるのよね。例えば?」
「とりあえず寿命を増やすのと、起きたことを『なかったこと』にすることはできませんね。あとは……できない願いを言われたときに言います」
 結構万能だな、魔法って。
 でもまあ、慎重に行っていった方がよさそうだね。
「なにか代償とかいるの?」
「別にないですよ?そもそもお礼なので。あ、モノによっては生贄とか必要な場合もあるので、そういう時はお願いしますね」
 あたしの寿命と引き換え、までは覚悟してたんだけどなぁ。いや、それでいいならいいんだけど。
「悪い事をお願いしてもいいの?」
「いいですよ。そういうの、大好きです」
「……あんた、魔法の国では悪政と戦ってたんじゃないの?」
「私だって根っからの善人ではないので。義賊ぶってたってただの泥棒ですから」
 いやまあ、そうだけどさぁ……。
「大体わかったわ。で、具体的なお願いは葬式の後にするけど……その前にもう一つだけ質問するよ」
「はい」
 あたしは、さっきから考えていたことをわかばに尋ねた。
「きよひこお兄さんを生き返らせること、できるんでしょう?」
「無理です。死んだ肉体を再び動くようにするなんて、神の所業ですよ」
 さっきとまったく同じ返答だった。
 だけどこの言い方は、別の捉え方ができる。
「でも『生きている肉体があるなら、人を蘇らせる事ができる』んでしょう?」
 わかばは一瞬驚いた顔をして、平静を装うようにあたしに尋ねる。
「なんで、そう思ったんです?」
「『死体を動かせない』とは言ったけど、『生きた身体を動かせない』とは言っていないから」
「……ええ、確かにそれはできますね」
「それにテレパシーとか使えるなら、人の心とか魂とかに関わる事もできそうな気がしたから」
「……その理屈は多少間違っていますが、できないことではないです」
「だから、『生きた身体に別の魂を入れて動かす』ことはできるんじゃないかと思った。どう?」
 わかばはその問いかけにすぐには答えなかった。
 あたしはわかばの返事を待った。
 しばらくして、わかばは重い口を開いた。
「できます。ただ……」
「ただ?」
「仮に他人の身体を使ったとしても、きよひこさんの記憶はほとんどないと思います」
「なんで?」
「記憶を保管するのは脳であって、魂じゃないからです。魂が持ち合わせている記憶なんてほんの少しでしかないし、それも身体を離れてしまえばどんどん薄れていきます」
「そういうものなんだ。生まれ変わる前の前世の記憶がある子供、みたいな話を聞いたことあるけど、そういうのはないのか」
「そうでもないです。魂の持てる記憶の量は個人差がありますから。持てる量の多い人ならそういうこともあるでしょう」
「ややこしいな」
「まだまだ未知の領域ですよ、魂については。私は使えませんが、憑依術なんかの場合は全ての記憶を持ったまま移動することも可能らしいですし」
 そこからわかばの魂と魔法についての講義が始まった。
 本人は解りやすく説明しているつもりらしいが、あたしには全然理解できなかった。
 例えば、わかばには自分の魂を他人に移す憑依術とやらは使えないが、他人の魂を移し変える換心術なるものは使えるという。その難易度の差がわからない。いったい何が違うんだか。
「というわけで……例えば今、すみれさんの身体を使ってきよひこさんの魂を入れたとしても、それはきよひこさんの心と感情を持っているすみれさんでしかないのです。
 それじゃ、生き返ったとはいえませんよね?」
「あ、心と感情は入るんだね」
「個人差はありますけど、そっちは消えにくいですね。怨念なんていい例です。あれは感情がその場に留まっている状態です」
 千年以上も怨念が残っている人だっているから、それはよくわかった。
「じゃあ今のきよひこお兄さんは……」
「心と感情が残っている状態ですね。放っておくと立派な怨念になるでしょう」
 立派な怨念ってなんだ。
 というか、怨念になるってことは……やっぱり、悔しかったんだね。
 うん、それならあたしも自信を持って復讐しよう。
 でもあたしだけでやっても意味がない。
 だから、あたしは願おう。
「大体解ったわ。わかば、一つ目の願いを言うわ」
「はい!」
 あなたと一緒に、復讐することを願おう。
「あたしの身体に、きよひこお兄さんの残っている魂を入れなさい」
 出来ないことはないはずだ。
 だって、わかば本人がさっき言っていたんだから。
「例えば今、すみれさんの身体を使ってきよひこさんの魂を入れたとしても、それはきよひこさんの心と感情を持っているすみれさんでしかないのです」ってね。
 そしてあたしの予測が正しければ……。
「……わかりました。でも、一つだけ聞かせてください」
「なに?」
「あなたはそれを願って、何をしたいんですか?」
 そんなこと、決まっている。
「ただのくだらない復讐だよ」
 あたしはそれ以上何も言わず、わかばもそれ以上何も聞かなかった。
 そしてわかばが少し念じた後、あたしの中に何かが入ってくるような感覚がして――あたしは、気を失った。

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 目が覚めると、目の前にふたばがいた。
 ちょっとドキッとした。
「あ、おはようふたば……」
 おはようじゃない!とふたばに怒られた。
 こんなところで布団も掛けずに寝て、風邪でも引いたら困るでしょう……はい、仰るとおりです、
 ほら、朝ごはんはわたしが作るから、その間にシャワーでもあびてきなさい!
 そう唇だけで伝えながらふたばは台所へと向かった。

 ……起きるか。
 身体を動かそうとしたとき、全身から違和感を感じた。
 とりあえず起き上がる。
 髪が視界を遮る。
 胸元を見ると、膨らんでいることが服の上からでもわかる。
 前進を確認する。
 腕や指は細く、手は小さい。
 お尻は大きく、太ももはむっちりとしていて、だけど脛は細い。
 膨らんだ胸とお尻の間の腰は細くくびれていた。

 間違いなく、あたしの身体だ。
 だけど、違う。
 昨日までとは明らかに身体の感覚が違う。服の着心地とか、胸とか……股の座りとか。
 胸の辺りを見ていると、なんだかドキドキしてくる。触りたい。どんな感じなんだろう。
 ……待て、胸なんて今まで何回も触ってるじゃないか。
 それにこの服だっていつもの普段着だし、体型だって何一つ変わっていない。
 昨日までと違うことといえば……
『『男として育った人がある日突然女の人になった』ような気分はいかがですか?』
 わかばの声が頭に響く。
 ああそうか、これがきよひこお兄さんの……男の人の、心なのか。
『観ている方としては楽しいですけど、当事者としてはどうですか?』
『……ちょっとおもしろい』
 そっか……男ってこういう感じなのか……。
 なんか違う気もするが、少なくとも今のあたしにはそういうものなのだ。
『今のすみれさんは、『すみれさんの記憶と心と感情』、『きよひこさんの心と感情』を持っている状態です』
『面倒な状態だね』
『ええ。でもすみれさんの心や感情が消えちゃう可能性もあったので、うまくいってよかったですよ』
『マジでか』
 さらっと怖い事を言われた。そういう事は予め言ってほしい。
『で、次の願い事、しますか?』
『……いや、それは葬式が終わって落ち着いたらだね』
 この状態にもなれないといけないし。
『そうですか……復讐をするんですよね』
『うん。悪い?』
『復讐は何も生まないからやめろ、とかいって欲しいですか?』
『言われたってやめないよ』 
『だと思いました。私もそういう綺麗事は好きではないので、喜んでご協力いたしますよ』
 いや、あたしは綺麗事の方が好きだけどね。
 ただ、綺麗事だけじゃなにも変わらないっていう事を身をもって学ばされた事があるだけだから。
『まあとりあえず、ふたばさんの言うようにお風呂でも入ってきたらどうです?昨日入っていないですし』
『そうしますか』

 あたしはお風呂場へと向かった。
 歩くくらいなら男女の違いはあまりないと思っていたが、実際に歩いてみると結構違和感がある。
 胸の感覚はもちろんのこと、歩き方や衣擦れの感触などさまざま違いを感じた。
 面白いのは目線の高さで、きよひこお兄さんの感覚だと低いところにあるはずのものが、実際はもっと高い場所だったことがあった。
 あたしとお兄さんの背の高さの違いがそう感じさせたのだと思う。
 このような違いも、実際に体験してみるとなかなか興味深いものだ。

 ……などと考える余裕があったのは服を脱ぐ時までだった。
 まずスカートを脱いだ時、鏡に映った自分の脚に目を奪われた。
 シャツのボタンを外すときに手が胸に触れ、心臓の鼓動が加速していく。
 自分の下着姿を見ただけで顔が真っ赤になってしまう。
 下着を脱いだときなど、自分の身体なのに目のやり場に困ってしまう。
 間違いなく、自分の姿に欲情している。
 こんな状況で入浴などすればどうなってしまうのか……。
 かといってこのまま全裸でいるわけにも行かない。
 あたしは意を決して浴室へと向かった。

『あ、どうでしたお風呂は』
 お風呂から出て、居間に戻ったあたしをわかばが出迎えた。
『……あたしさ』
『はい?』
『オナニーしながらおしっこしたの初めてだわ』
『……そうですか』
 いろいろ我慢できなかったのです。

 その後もふたばのちょっとした動作にドキッとしたり、テレビを見ていて気が付いたら女性タレントばかり気にしていたり、道行く女性の胸元が気になったりしていた。
 通夜の準備にやってきた母さんの着物姿にときめいたときは正直死にたくなった。
 ふたばが喪服に着替えるのを手伝ったときに見えた裸に欲情したときは……自分への嫌悪感で押しつぶされそうだった。

 これはきよひこお兄さんがエロいからなのだろうか。それとも、男はみんなそうなんだろうか。
 どっちにしても、最低だ。
 自分の安易な願いに、早くも後悔していた。

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すみれの日記 9月16日 曇り

 今日からきよひこお兄さんの代わりに日記を書こうと思う。

 ……男って、最低だと思った。

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 10日後。
 葬式も終わり、あたし達の生活は以前のようなおちつきを取り戻しつつあった。
 とはいえ、今まで通りの生活ができるというわけではない。
 きよひこお兄さんがいないということは、ふたばを養う人間がいないということだ。
 しばらくは蓄えがあるが、それだって多くはない。なるべく早く何とかしなければならない。
 本人は働きたいようだが、喋る事ができず、乗り物に乗れない彼女にできる仕事は限られている。
 一つだけ、先方も好感触だった話がある。
 だが、ジョージの話ではあいつらがこっちを完全に黙らせる為に動いているという。場合によっては、その話すら潰されかねない。
 最悪、あたしが養うつもりだが、それでは本人が納得しないだろう。 ジョージのくれた情報売って生活するのもなんか嫌だし。
 だったら、相手を完全に叩き潰してしまう覚悟で復讐に挑んだほうがいいだろう。

 まず最初に狙うのは、あいつがいい。これから行っていく復讐の実験台にはちょうどいい。
「わかば、今日から復讐を始めるから」
 犬の散歩と称して、わかばを外に連れ出したあたしは、復讐することをわかばに伝えた。
「それはいいんですが……なんの復讐なんです?」
「決まっているじゃない。ふたばをレイプした奴ときよひこお兄さんを殺した奴に対する復讐」
 なにを今更言っているのだ。当たり前のことじゃないか。
「れ、レイプ!?初めて聞きましたよそんなこと!」
「……そうだっけ?まあ気にするな」
「気にしますよ!」
 それもそうか。

 それは修学旅行の時のこと。
 乗り物に乗れないふたばは修学旅行には参加できない。
 ふたばがいないのでは面白くないのであたしも不参加ということにしようと思っていたのだが、ふたばに「わたしの代わりに楽しんできて」と言われ、渋々参加することになった。
 今思えば、やはりなにがなんでも残っているべきだった。

 あたし達の学校には修学旅行に行かない人は学校待機、というよくわからない決まりがあった。
 学校活動の一環であるからということらしいが、大体の生徒はそんなこと考えてないし、教師ですら楽しんでいる行事でそれはないだろうと思う。
 だけど真面目なふたばはその決まり通りに学校に行ってしまい……監禁され、陵辱された。
 
 帰りが遅かったことを心配したきよひこお兄さんが警察に届け出て、3日後にある生徒の家で数人の男に犯されているところを発見された
 その場にいた男達は全員逮捕。ふたばは保護された。
 逮捕された男達の証言では、主犯は他にいることを取調べで言っていたらしい。だけど、そいつらについては調査されなかった。
 上層部からの圧力がかかったからだと、警察の人がきよひこお兄さんに謝りながら言っていた。
 あたしはそれが誰なのかを知っていた。
 だけど、何もできなかった。それがとても悔しかった。

 そしてその日以来、ふたばは人に触れられるのを恐れるようになった。
 特に男性に触れられそうになると暴れだす。それは、実の兄弟であるきよひこお兄さんも例外ではなかった。
 女性に触れられるのも怖がった。あたしですら、手に触れただけで突き飛ばされることもあった。
 それほどふたばは深く傷ついていたのだ。

 お兄さんの日記によると、お兄さんはあいつらに罪を償わせることを諦めていなかったらしい。
 そしてあの日、ジョージからもらった情報で主犯の一人に接触し……逆に嵌められ、殺された。
 それが、ジョージの言う真相だ。

「そんなことが……」
「声を出せないふたばは、あいつらにとってはいいカモだったみたいね。でもすぐに飽きて別の奴らに受け渡した」
「それが、捕まった人達……」
「あたしはあいつらを絶対に許さないよ。あたしの大事な親友を泣かせた奴らにかける情けなんてあるものか」
「すみれさん」
 わかばはあたしの顔をまっすぐ見つめて言った。
「あなたの復讐、必ず成功させましょう!そんな女の敵、絶対に許せません!」
 いや、そこまで大層なことでもないんだけど。私怨だし。
「ところで、復讐相手はどんな人達なんです?」
「とりあえずレイプを行ったやつらは四人。一人はとしあき。グループのリーダー格で、親がこの辺りの有力者」
 こいつが起こした事件は家の力で揉み消されている。
 父親であるアキヒサの経営する会社も、悪評の絶えないブラック企業である。
「その友人であるヒデユキ。やつらの中で一番頭がいい」
 ふたばの時も、こいつが計画を立てていたらしい。
 なお、としあきとヒデユキはあたし達より学年が一つ上だ。
「タカアキ。レイプ自体は参加していないけど、場所の提供と見張りを担当していたわ」
「レイプには参加してないんですか?」
「ロリコンらしいよ」
「うわぁ……」
「協力した理由は『○学生とヤるため』だってさ」
「それはひどい」
「ちなみにあいつの家の○学生がこの間妊娠しちゃって、それを苦に自殺したらしいけど、関係は不明」
「どう考えても犯人ですよね、それ」
「さあ?証拠はないのよね」
 その証拠は揉み消されたんだろうけど。
 どちらにせよ、こいつが協力していたことは間違いない。
「最後はノブオ。としあきにコバンザメみたいに引っ付いてる下っ端よ」
「どこにでもいるんですね、そういう人」
 としあきに付き従って甘い汁を吸っている中の一人で、世渡りがうまく気に入られているらしい。
「他にも協力した奴らが何人かいるわ」
「結構大仕事ですね」
「まあね。まあ、今日の相手は実験台みたいなものだけどね」
「実験台?どういうことです?」
 わかばの疑問には答えず、あたしは歩き出す
 最初の一人のところへ行こう。居場所はわかっている。


 町外れのゲームセンターにそいつはいた。
 背が高く筋肉質で顔立ちは整っており、黙っていればイケメンの部類に入るだろう。
 だが対戦ゲームで負けて筺体を蹴ったり、気に食わない相手に暴言を吐いたりしている姿は決してカッコよくない。
 少なくともあたしは惹かれない。
「あいつはマサヒコ。としあきの仲間の一人……まあ、ふたばの時には参加していないんだけど」
「どうしてです?」
「修学旅行に参加していたから」
「じゃあ今回関係ないのでは?」
「その場にいたら確実に参加していたし、レイプの時の映像を貰ってるっていう話もあるわ」
 なにより、直接関わっていないのが都合がいい。
 こいつがいなくなっても、としあき達にふたばやきよひこお兄さんの件との関連性を疑われる可能性は低いからだ。
 また家族との折り合いが悪く、マサヒコのほうから連絡を入れることはない。
 その為、いろいろと仕込む余裕があるというのも理由の一つだ。
「まあ、いろいろ都合がいいって事ね」
「まあ、いいですけどね。……それにしても、見た目はいいのにいろいろ残念な人ですね」
「あんたは見た目が残念だけどね」
 今、わかばは(ゲームセンターに犬は入れなかったので)人間の姿になっている。
 顔は結構かわいくて惹かれるのだが、服装がアニメに出てくるような『ピンクの魔法少女風ドレス』という一緒に歩くのが恥ずかしい格好である。
 髪の毛の色も真っ赤で、非常に目立つ格好だった。
 きよひこさんの心も、この姿には無反応だった。
「そんなに変な格好ですかねぇ」
 ええ、変な格好です。そりゃ写真も撮られるわ。
「……まあいいわ。わかば、打ち合わせどおりお願いね」
「はいはい〜。変われ変われ、姿よ変われ〜」
 そんな呪文と共に、わかばの姿が変化していく。
 真っ赤な髪は黒く染まり、腰まで伸びていく。
 小振りで形のいい胸が風船のように膨らんでいく。
 ピンクのドレスが溶けるように蠢き、いつしか白いブラウスと紺のタイトスカートになっていた。
 いつしかわかばは、ナイスバディーなお姉さんの姿になっていた。
「じゃあ、行ってくるわね。見失わないようについてくるのよ」
 そう言って、投げキッスをしながらわかばはマサヒコに近づいていった。
 あたしは先ほどの変身シーンとわかばのしぐさにに興奮している自分に気付き、落ちこんだ。

=============================

 うん、うまく行った。
 あたしの目の前には縄で縛られて床に転がっているマサヒコがいた。
 わかばの色香でマサヒコを誘惑し、そのままホテルに連れ込む。そして後ろからついてきたあたしとわかばでマサヒコを捕獲する。
 これが今回の作戦である。
 マサヒコが巨乳好きであることはジョージの調べで解っていたので、そこをついた単純な作戦だ。
 というか、なんでそんなことまで調べられるんだジョージ。すごいなあのトカゲ。
「くそっ!すみれ、てめえこんな事してただで済むと思ってんのか!」
 いや、そんな体制で強がられても怖くもなんともない。
 あたしはマサヒコの喉を踏みつけた。
「うっ……」
「あんたにもわかるように説明してやろう。今のあんたの生殺与奪権は全てあたしが握っている。少しでもあたしの気分を損ねたら……」
 ちょっと踏む力を強くする。
「ぐぁっ!」
「と、例えばこんな感じね」 
 マサヒコの喉から足をどかす。
「……何が目的なんだよ。ふたばの事なら、俺は関係ないだろ」
「へえ、あたしがふたばの件でこんな事したって、よくわかったね」
「お前がふたば以外の事でこんな事するかよ!お前があいつ以外の奴と話してんの見たことねえんだよ!他に友達いないだろお前は!」
 あたしはマサヒコの顔をおもいっきり蹴り上げた。歯が何本か折れたようだが、知ったことじゃない。
 まったく失礼な奴だ。まるであたしが友達のいない子みたいじゃないか。ふたば以外の友達だってちゃんといるから。ただふたばが一番大事だってだけで。
「なにすんだこの××!××のクセに生意気なんだよ!だいたいなんで俺がこんな目に合わなきゃならねえんだよ!」
 うわ、女の子に対してなんという言い草だ。あたしだって、そんな事言われたら傷つくぞ?泣いちゃうぞ?
 きよひこさんの心もかなりの苛立ちを感じているようだ。それがどういう理由かは知らないけど。
 でもどうしようかな……。
 あ、そうだ。いっそ、こいつを女の子にしてしまおう。
 女心をわからん奴には、それが一番だ。うん、それがいい。
 ふたばの気持ちを理解させるのにもちょうどいいし、そこで待ちくたびれている人もいるしね。
 椅子に腰掛けたわかばが退屈そうにあくびしていた。
「そろそろいい?私、とっとと終わらせたいんだけど」
 その言い方に少しイラッとした。どうやら若葉は姿によって話し方が変わるらしい。
「そうね、今回の願いは……マサヒコを、女の子にして。とっても可愛くて、男が思わず襲っちゃうようなのに」
 この時、あたしは気付いていなかった。この願いの欠点に。

「了解〜♪なかなか悪趣味でいい感じよ。お姉さん、そういうの大好き」
 誰がお姉さんか。……あとでエサに玉葱でも混ぜてやろうか。
「はぁ?お前らいったい何を……うわっ!」
 マサヒコの身体が輝きだす。
 眩い光の中でマサヒコの身体が新たに作り変えられていく。
「な、なんだこれ……痛っ!熱っ!うわぁぁぁぁぁ!!!!」
「……うるさいなぁ」
 わかばが指を鳴らすと、マサヒコの悲鳴が聞こえなくなる。
『声が出ないようにしました。ふたばさんの気持ち、少しくらい理解させてやろうかと思いまして』
 ……それはちょっと違うような気もする。
 声が聞こえなくなったため、光の中のマサヒコがどんな状態なのかをあたしからは確認できない。
『というか、この光はなんなの?』
 さっきわかばが変身した時はこんな光はなかった。
『演出です。男性の身体が魔法によって化学反応を起こし、スパークしていることを表現しています』
 まったくいらない配慮だ。ただスパークって言いたいだけだろ。
『でもこういう演出をしないと地上波で放送できなくなりますよ?ボートの映像流されたり、まるまるカットされて名場面集入れられたりするんですよ?
 魔法少女的に、それは駄目なのです!』
 いったい何と戦ってるんだろう。あたしにはわからない。そもそも地上波ってなんの話だ。
『規制されてもいいからこの演出はやめてくれない?目が痛い』
『……しまった!性描写の規制対策ばかり考えて、電気鼠ショックのことを考えていませんでした!』
『だから、さっきからいったい何を言ってるんだかわからないんだけど』
『仕方ないですね。次は別の演出にしましょう。今回は……我慢してください』
 そもそもその演出、必要ないと思う。

 光が収まると、一人の少女がそこにいた。
 すらりと伸びた背、鍛え上げられたたくましい筋肉、端正な顔立ち――男として、完成されていた肉体。その全てがマサヒコの自慢であった。
 それが今は見る影もない。
 鋼のような筋肉は、皮下脂肪に包まれた柔らかいものに。
 遠目でも目立つ長身は、いまや子供と見間違えるほど低い。
 どんな女も見惚れていた顔も、男を扇情する美少女にしか見えなくなっていた。
 服も先ほどまで着ていたカジュアルな物からこの辺りでは見かけないタイプの制服に変化する。
 もはや誰かが彼女を見ても、元は男であるとは思わないだろう。



 彼女は自分に起きた出来事が理解できていない様子で、状況を求めるようにこちらを見ている。多分、まだ声が出ないのだろう。
 そのしぐさはとても女らしく、男なら思わず見惚れることだろう。
 可愛いなぁ。抱きしめたい。というかキスしたい。
 胸も大きくて、柔らかそうだ。気持ちよさそう。
 ……あたしは何を考えている。まさか……お兄さんの心、マサヒコにも反応している!?
 ちょっと待て、あいつは男じゃないか。今は女の子だからって、見境なく欲情するの!?
 わからない。男心が全然わからない。
 そう、この願いの欠点は『清彦お兄さんの心を持っているあたしも思わず襲いたくなってしまう』ということだ。
 ……次からはよく考えて使おう。今回はまだ耐えられそうだが、毎回これじゃ、身が持たない。
『今回の願いを叶えさせて頂きました。しかし、こんな形でよかったのですか?』
 わかばの声に、あたしは気を取り直す。
 そうだ、そういうことは後で考えよう、うん。
「うん。こいつは主犯じゃない。このまま外に捨てちゃえばいいだけだから問題ないよ」
 この容姿なら放っておいても男が寄ってくるだろうし、なによりこれ以上なにかしたらあたしが耐えられる自信がない。
『了解しました―― 一言言わせて頂ければ、あなたは狂っています』
「だろうね。ついでに姑息と卑怯、悪趣味もつけといて」
 こんな手段でしか復讐できないあたしが正常であるわけがないのだから。
『了解――では、早速次の願いを』
 次の願い、か。
 マサヒコにこれ以上手を出さないのなら、今回はもう何もすることはない。
 ならば次の願いなど考えるまでもない。
「そんなもの決まっている――次の復讐、だよ」
 そう言いながら、手に持った日記を開く。
 きよひこお兄さんは、ふたばと再び暮らすようになってから毎日日記を書いていた。
 事故の後から殺される日の前日まで、一日たりとも欠かすことはなかった。
 その内容のほとんどが、ふたばの事を心配するないようだった。そこにいたのは、妹の幸せを望む、ごく普通の兄の姿だった。
 そんな兄を、ふたばから奪い取ったあいつらを、あたしは絶対に許せない。
 次のターゲットは、あいつにしよう。

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 すみれの日記 9月26日 くもり

 まず、一人。
 やや物足りない気もするが、あいつ自身が直接関わっていない事、最初の相手であることを考えれば十分だと思う。

 次は、あいつにしよう。
 ふたばのことがなくても、人としても許せない最低の男に思い知らせてやろう。
 お前のために死んだ子が、どんな気持ちだったかを。

=============================

 さて、帰ろうかな。
『あ、すみれさん。すいませんけど先に行ってもらえませんか?』
『どうして?』
『魔法の仕上げがあるんです。ちょっと時間がかかるので買い物などしていてもらえると、ふたばさんへの言い訳もたつでしょう?』
 時計を見ると、出かけてからだいぶ時間がたっていた。
 ……ふたば怒っているかも。犬の散歩にしては長すぎる。
『わかった。あそこのスーパーで買い物していくから、そこで合流で』
『わかりました』

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 ふう、すみれさんも大変ですねぇ。
 心では男の本能を否定していても、視線はちゃんと女を意識していましたよ。
 それはもう素敵な光景でしたけど、さすがに辛そうだから先に帰ってもらいました。
 さてと。私はマサヒコという人の方を向きました。
 脅えた目で私を見るその顔に、ゾクゾクしました。
 さすがは私です。あんなにたくましかった男の人を、こんな可愛い女の子に変えてしまうなんて。
 すみれさんも、よくこんなこと考えましたね。
 今まで心のどこかで女を馬鹿にしていた男に、女へ『堕とす』という屈辱を与えるなんてなかなか思いつきませんよ。

 さて、すみれさんがもう手を出さないなら……別に私が頂いちゃっても構わないですよね。
 ちょうどいろいろ試してみたい魔法があったんですよねぇ。
 ああ、とても楽しみですねぇ。
 こんな気分は義賊をやっていた時以来です。あの頃は押し入った家の主とメイドを入れ替えたり、娘を子猫にしてさらったり、やりたい放題でした。
 さあ、あなたはどんな目にあいたいですか?
 小さな女の子にしてあげましょうか?再び人生をやり直すチャンスですよ?ただし、異性としてですけど。
 それとも老婆にしてあげましょうか?女としての快楽を知らぬまま、女の幸せも知らぬまま、老いた肉体で人生の終焉を待ちますか?
 淫魔にしてしまうのもいいですねぇ。男の心を持ちながら、男の性を得ないと生きられぬサキュバスにされたらどんな気分でしょうねぇ?
 ああ、どうしましょう。どれもこれも愉しくて、なかなか決まりません。
 やりたいことがたくさんあるというのも困りますね。全てを行うわけにはいかない以上、どれかは今回あきらめなくてはならないのですから。
 あ、いい事を思いつきました。
 『人格と常識の破壊』なんてどうでしょう?
 あなたの今までの人生が作り上げた人格を、あなたの周りの環境が作り上げた常識を、全部、ぜ〜んぶ、歪めてあげる。
 今までとは違う、新しい世界に招待してあげる。
 あら、泣いているの?泣くほど嬉しい?それとも怖いの?不安なの?
 大丈夫、私は優しいから。ついでに友達も用意してあげるわ。
 昨日までいがみあっていたお父さん、心配かけたお母さん、あなたを嫌うお姉さんや弟さんも、みんなみんな仲良く連れて行ってあげるから。
 あなたの恐怖は、家族のみんなが癒してくれるわ。みんな、あなたが大好きだから。

 だから、安心して、壊れてしまえ。

=============================

 目が覚めると、ホテルの一室にいた。
 慌てて自分の身体を見る。
 まず目に入るのは女物の征服と、その下で確かに膨らんでいる大きな胸。
 腰から下は黒いスカートを穿いていて、その中に包まれた脚は、いつもではありえない座り方をしていた。
 背中は腰まである長い髪に覆われていた。
 腕は掴めば折れそうなほどに細く、手は小さくて、重い物は何も持てそうになかった。
 その細い手でスカートの上から股間を押さえつけるが、慣れ親しんだものに触れることはなかった。
 胸や背中に今までにない感覚がある。下着もすっかり変わっているようだ。
 間違いなく、女の身体だ。
「ゆ、夢じゃなかったのか……」
 そう呟く声も、自分の物とは全く異なる高く澄んだ物であった。
「くそ、あいつらめ……」
 俺は自分の姿を変えた二人の女を思い浮かべようとする。
 だがどれだけ考えても、その二人が誰なのか全く思い出せなかった。
「どういうことだよ……」
 もう、なにがなんだかわからなかった。
 ただ俺は、ゲーセンで遊んでいただけなのに。なんでこんな目に……。
 なんだか悲しくなって、目から涙が零れた。涙はとめどなく流れ、しばらく泣き続けた。
 ここ数年涙なんて流したことなかったのに。なんでこんなにメソメソしているんだろう。

 ………
 ……
 …

 しばらくして、気分が落ち着いてきた。
 さて、ここで泣いていてもしょうがない。どうしようか。
 ……とりあえず、こんなところで女が一人でいるのは怪しまれる。逃げよう。
 俺はこの場から立ち去った。

―あなたは私達のことを思い出すことはできない。
 そして、あなたの常識は少しずつ歪んでいくの。

 夜道を歩きながら、俺はこれからどうするか考えていた。
 ……としあき達に相談しようか。

―それは駄目。

 ……駄目だ、そんなことしたら、俺が奴らにヤられる。
 そもそも今の身体じゃ、俺だとすら気付いてもらえないと思う。
 本当に、どうしようか。
 そろそろ歩くのにも疲れた。この身体は体力もあまりないらしい。
 疲れているせいか、なんだか眠くなってきた。
 でも、こんな路上で眠るわけには……

―寝ちゃえ。

 ……でも眠いし、しょうがないよね。
 俺は道の端で横になると、すぐに眠ってしまった。

―さあ、歪め。
 寝ている間にどんどん歪め。
 次に起きた時、あなたは生まれ変わるの。
 男に恐怖を、女に愛情を感じるように変わるの。
 でも怖がらないで。
 それが、本当のあなただから。

「……ぃ、おい、君!」
 ……誰かの声が聞こえる。
「こんなところで寝てたら風邪引くぞ!」
 ……うるさいなぁ。
 目を開けると、オトコがいた。
 オトコ……駄目、オトコ、怖い。
「ほら、立てる?」
 オトコは俺に手を伸ばしてくる。
 やめて。触るな。
 怖い。
 怖い。怖い。
 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 俺はオトコの手を払うと、一目散に逃げ出した。
 オトコが何か叫んでいたけど、オトコの言う事なんか聞く気もない。

 しばらく走っていると、ドン、と誰かにぶつかった。
「あいたっ!」
 その衝撃で俺は転んでしまう。
「大丈夫ですか?」
 ぶつかった相手の方は平気だったみたいで、俺に手を差し伸べてくる。
 手を伸ばしているのは、オンナだった。
 俺はその手を素直に掴む。
「だ、大丈夫、です」
 えと……オンナにお詫びをするときは……抱きしめるんだよね。
 俺はオンナの首に腕を回し、抱きしめた。
「え?」
「あ、ありがとう、ございます」
 なんか恥ずかしいけど、お詫びだからしょうがないよね。
「え、あ、う、うん……あの……」
 オンナが照れたような困ったような顔をしている。
 えと、次は……キスだっけ?
 俺はオンナにキスを……突然視界に入ってきた手の平に口付けしていた。
 その手の主も、オンナだった。
「はい、そこまで。うちの奥さん純情だから、あんまり過剰なスキンシップは、困る」
 のんびりとした口調だったが、その言葉にはなんだかよくわからない迫力があった。
 駄目だ、コイツに逆らってはいけない。サカラエバ、コロサレル。
 本能的にオンナから離れると、俺は逃げるようにその場から立ち去った。
 走りながら、なんで俺はあんな事をしたのか考えていた。
 あれがお詫び?おかしいだろ。
 だけど、俺の知識から思い出される謝罪の方法は、それしかなかった。

=============================

「く、クレア様!?人前で奥さんとか言わないでよね」
「ん、ああ、ごめんごめん」
「もう……それにしても、さっきの娘、なんだったんだろう」
「……誰かが『遊んで』るんだよ」
「遊んでるって……誰が?アリス?」
「違うね、あいつにあんな器用な仕込みはできない。大一番で漫画の真似して地面にめり込むような奴だもん」
「自分の娘に酷い言いようですね……」
「まあ、この件はこっちに手を出さないなら放っておこう」
「いいんですか、それで」
「こちとら『羽根』がまだ戻ってないからね。ま、面倒な事は放っておいて、わたし達はデートの続きだ」
「デート」
 そんな会話をしながら二人は夜の街から消えていった。
 二人の通った跡に黒い羽根が舞い散ったが、それはまた別のお話である。

=============================

 ああ、どうしよう。行く当てがない。
 街を歩けばオトコばかり。怖い。
 おかげで、街を歩くこともままならない。
 なんでこんなにオトコが怖いのだろう。俺だって、オトコだったのに。
 触られるのも怖い。喋るのも怖い。見るのも怖い。
 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
 オンナには恐怖を感じない。それどころか見ているだけでドキドキする。
 なんでこんなにもオンナを求めるのだろう。オトコの時以上に女が愛しい。
 でも、オンナに触れるのは躊躇われた。
 さっきのようにおかしくなってしまう気がしたから。
 俺は一体どうなってしまったのだろう。
 あの二人のオンナに、何をされてしまったのだろう。

 これからどうしよう。
 結局俺には頼れる相手がいない。
 どうすればいいんだろう。

―家族を頼れば?

 ああそうだ、家に帰ればいいのか。
 でも親父や弟が……オトコがいるし……。

―大丈夫、家族でしょう?

 うん、家族だから、多分大丈夫だよね。
 不安だけど……帰ろう。

「ただいま」
 家に入ると、台所の方からドタドタと足音が聞こえた。
「ま〜ちゃん!おっかえり〜♪」
 見たこともない小さなオンナノコが満面の笑みを浮かべながら俺の胸に飛びついてきた。
 その勢いで俺は後ろに倒れてしまう。頭を打たなかったのは運がよかったと思う。
 オンナノコの姿をもう一度しっかりと見る。
 顔は可愛らしく、美少女の部類に入ることは間違いない。
 その体躯はどう見ても子供だ。それも、学校教育を始めたばかりの少女。
 ただその背丈と反して、胸は大きく膨らんでいた。
 その異様な姿は、俺を興奮させるのには十分だった。
 オンナノコは俺にのしかかっている状態のまま、俺の胸を揉みしだく。
「ひゃぅ!」
「もう、帰ってくるのが遅いからママ、心配しちゃったわ♪」
 そういいながらオンナノコは俺に顔を近づけてキスをしてくる。それも、舌を入れるディープな奴を。
 どうなっているんだ。いや、このオンナノコ可愛いから嬉しいんだけど。
 というか今、この娘はママ、とかいわなかったか?
「えっと……君、誰?」
「……え?ま〜ちゃん何言ってるの?ナオはま〜ちゃんのママじゃない」
 さも当然のように、目の前のオンナノコは俺の母ちゃんの名前を名乗った。
 当然俺の母ちゃんはこんなロリ巨乳のオンナノコなんかじゃなかった。
 もっとこう……あれ?母ちゃん、どんな姿だっけ?
 何故か、母ちゃんの事を思い出そうとすると、目の前のオンナノコが思い浮かぶ。
 違うという自覚があるのに、俺の記憶から本来の母親の姿は出てこなかった。
「もう、ま〜ちゃんがナオの事忘れちゃうなら、今日はオッパイ飲ませてあげないからね!」
 そう言いながらナオと名乗ったオンナノコは台所へ戻っていった。
 ……今、さらっととんでもない事言われたような気がする。
「なんだマサ、帰ってきたの?」
 二階に通じる階段から足音と、聞きなれた声が聞こえた。姉貴だ。
 姉貴は絵に描いたような真面目なオンナで、所謂不良である俺を毛嫌いしていた。
 美人ではあるのだが、厚い眼鏡と黒髪でみつあみ、地味な私服が全てを台無しにしていた。
 だが階段から降りてきた姉貴は、まるで別人のようだった。
 眼鏡は変わっていないが、髪は金色に染まっており、さらに今の俺と同じくらい長くなっていた。
 それを紐で結うこともせず、ただ無造作に流している。
 服もブラウスのボタンを下の方だけ留め、胸の谷間を強調していた。ブラはしていない。
 さらに下半身はショーツしか穿いていない。ようするに、下半身はほぼ丸出しである。
 いつもの姉貴だったら、こんな格好するわけがない。
「あらあら、ナオちゃん苛めちゃって、駄目じゃない。母親を苛めるなんて、悪い娘♪」
 そう言いながら片手で俺のあごをクイっと持ち上げ、そのままキスしてくる。
「んん!?」
「ん……あら、キスはしてもらったのねぇ。ナオちゃんの味がするわぁ」
「ど、どうしたんだよ姉貴……姉貴がこんなことするなんて……」
「あら、あなたは気付いているのね?この変化に」
 この言い方から判断すると、姉貴も自分達の変化に気付いているようだ。
「なんかさっき、急にこうなっちゃったの」
 ……急に?
「ママ――ナオちゃんは子供みたいになっちゃった。しかも、大人の身体だったこと、覚えてないのよ。ふふ、楽しい♪」
 そんな事を言いながら、姉貴は俺の身体を弄っている。
「マサも可愛い可愛い女の子。とっても、素敵だわぁ」
 制服のネクタイを解かれ、ブラウスのボタンを一つずつ外されていく。
 服を脱がされる。とても恥ずかしくて、嫌なのに、抵抗できない。否、してはいけない、そんな気がした。
 スカートを脱がされ、気付けば姉と同じ格好になっていた。違いがあるとすれば、俺がブラジャーを着けていることだけ。
「な、何してるんだよ姉貴……」
「ふふ、もう真面目にやるの、馬鹿らしくなっちゃった。これからは、あんたと一緒に、えっちで、ワルイコトするの」
 姉貴は俺の首元に腕を巻きつけ、再びキスをする。
 姉貴の舌が俺の舌に絡みついてくる。
 なんでこんなことになっているんだ。
 これもあの二人のオンナの仕業なのだろうか。
 こんなとき、どうすればいいんだ。

―えっちなことをすればいいんだよ

 そうだ、えっちでいいんだ。
 姉貴や母ちゃんとたくさんえっちなことをすればいいんだ。
 俺は姉貴の胸に手をのばす。
 姉貴のオッパイは俺のより大きくて、なんだかちょっと悔しい。
 それに柔らかくて、とってもキモチイイ。
 姉貴も首から腕を解いて、俺の胸を揉み返してくる。
 キモチイイ。揉むのも、揉まれるのも最高にキモチイイ。
 まだ胸だけなのに男の頃にやったセックスよりも、ずっとずっとキモチイイ。
 うん、なんかもう、どうでもいい。
 姉貴がこんなにえっちでも、母ちゃんがあんなに可愛くても、別にいいじゃないか。
 だってこんなにキモチイイんだもん。
「ふふ、素直になったみたいね」
 姉貴がキスをとめ、俺の目を見つめてくる。
 その表情はいつもの真面目な顔とは真逆の、淫らな雌の顔だった。
「でもね、わたしたちだけキモチイイんじゃ駄目よ」
「え?」
 姉貴は俺の手を引き、二階へと進む。俺も着いていく。
 そのまま姉貴の部屋の前へとやってくる。
「さあ、開けて」
 促されるまま、俺は姉貴の部屋の扉を開けた。
 久しぶりに入る姉貴の部屋は、姉貴の匂いと、汗と尿の匂いで充満していた。
 部屋の中には、二人の少女が縛られ、猿轡を噛まされていた。
 片方は母ちゃんより少し大きい娘。ただ、胸はぺったんこだ。
 もう片方は俺や姉貴より年上の、大人のオンナ。俺や姉貴とは比べ物にならない程の豊満な胸が目を惹く。
 どちらも涙を浮かべながら俺達を見つめていた。
 特に小さい娘の方はその足元が濡れていた。もらしているらしい。
「あらあらパパ、おもらしなんてやっぱり見た目どおりの子供ねぇ。もう、48歳なのに」
 あの小さい娘が、親父!?
 じゃあ、あのグラマーなオンナは……。
「うん、あっちの大きなお姉さんがマサキ……わたしたちの、弟のね」
 あのチビで生意気な弟が、こんなオンナになるなんて……。
「さあ、ナオちゃんもすぐ来るだろうし……始めるわよ」
「な、なにを?」
「決まっているじゃない……家族みんなで、とってもえっちで、愉しい毎日を、よ」
 俺は悟った。
 姉貴は完全に壊れてしまった。
 快楽に負け、変化を受け入れてしまった。

 そして、俺自身ももうすぐそうなるのだと。

=============================

 ああ、愉しかった。
 まさか真面目なお姉さんがあそこまでやってくれるとは思わなかったわ。

 さあ、次はどんな面白いことが待っているのかな?
 すみれさん、次の復讐はいつですか?

=============================

3日後。

『君はいったい何をしたんだ?』
 ジョージの第一声がこれだった。
『何って、何が?』
『決まっているだろ?マサヒコに、君が何をしたのかということだ』
 ああ、その事か。
『復讐するって言ったじゃない』
『ああ、それは聞いた。だからオイラも協力した』
 あたしがジョージに持ちかけた話は、復讐への協力だった。
 ジョージはとしあき達の情報を調べ上げ、あたしに教える。
 あたしはそれを元に、としあき達に鉄槌を下す。
 ジョージもきよひこお兄さんの敵を討ちたいらしく、その話に食いついてきた。
 そしていあたし達はくつかの条件を提示し、それを互いに飲むことで契約は結ばれた。。
 あたしへの条件はジョージの正体を詮索せず、貰った情報は全て信じ、ジョージとの連絡方法を絶対に喋らない事。
 そしてジョージは、あたしがどんな復讐を行い、どんな手段を用いたか聞かない事。さすがに魔法云々説明しても理解してもらえるとは思えない。
『だけど、なんでマサヒコの家族があんな風になったのか、オイラにゃ見当もつかない。気になって夜も眠れず昼寝三昧だ』
 寝てるじゃないか。いや、ツッコミどころはそれじゃない。
『家族って、どういうこと?』
『ん?お前さんがやったんじゃないの?マサヒコの家族が女だらけになっているんだけど。
 予め仕掛けておいた盗聴器から聞こえた会話からわかるのは、マサヒコと父親、そして弟が女になったって話だ。
 さらに世間では真面目な優等生って評判の姉は淫乱なレズ女に、非常に家庭的だった母親が子供と見間違うほど小さくなってる。
 父親、母親、マサヒコ、弟がいなくなったのと同時に、姉がおかしくなっただけという気もするがね』
 ……なにそれ?なんでそんな愉快な状況になってんの?
 どんな状況なのか想像もつかないのですが。
『しかも学校に来ない姉を心配した同級生の女の子が4人ほどお見舞いに来たんだが……』
『どうなった?』
『四人中三人がレズに目覚めて、その中の一人は彼氏と別れた』
『もう一人は?』
『元からレズで、姉のことが前から好きだったらしい』
 なんと言えばいいのかわからなかった。
 なんでそんな簡単に女同士を受け入れられるんだろう。
 ふたばに欲情するのを耐えているあたしが馬鹿みたいじゃないか。
『……まあいい。契約だし、なにをどうやったかどうかは聞かないよ。
 仮に盗聴器の話が真実だとしても、非現実的すぎて納得は出来ない。
 マサヒコは行方不明で、家庭は崩壊。この事実だけでオイラにゃ十分だしな。
 さて、次は誰の情報が欲しいんだ?』
 あたしは次の相手の名前をジョージに伝える。
『OK。次の復讐相手の情報も、後で送っておくから、ちゃんと目を通しておけよー』
 そう言ってジョージはフェードアウトしていき、ウィンドウも自動的に閉じられた。
 ……さて、どうしようか。
 マサヒコ一家の件は間違いなくわかばの仕業だろう。というか、他に出来そうな知り合いはいない。
 もしかしたら知り合いの仕業じゃないかもしれないけど、タイミング的に考えてもわかば以外ありえない気がする。
 ならばどうするべきか。怒ったほうがいいだろうか。
 いや、あたしは力を借りている立場だ。あいつが自分の力をどう使おうとあたしに咎める権利はない。
 むしろあいつにもそれくらいの役得があるべきだろう。これが役得なのかは知らないけど。

=============================

 ここ数日で、わたしとすみれの環境は大きく変わった。
 まず、すみれがわたしの家に住んでいる事。
 これはなにかあった時、すぐすみれに助けて貰えるように、という話だ。
 実際、すみれは今まで兄さんがやってくれた事までやってくれているし、他にもすみれにしか頼めない事も多いので非常に助かる。
 ただ、その為にすみれは今学校へは行っていない。
 本人は「やめようかと思っている。今更学ぶこともない。母さんも納得してくれている」と言っているが、そういう問題じゃないと思う。
 そこまでさせてしまったことが申し訳ないと思う。
 すみれに頼り切ってしまっている自分が情けないとも思う。
 だけど、すみれとわたしは前以上に長い時間を共有している。それが嬉しいと感じている自分も、確かにいるのだ。

 時折、すみれが何かを考え込んでいるような姿を見かける。
 兄さんが使っていたパソコン(すみれにあげた)の前で、真剣な表情をしているのもよく見かける。
 すみれが何を考えて、何をしているかはわたしにはわからない。
 多分、聞いても答えてくれないだろう。そういう奴だ。
 ただわたしは、そんなすみれの力になれないのが悔しい。
 いつも助けてくれる大事な人の為に、何かをしてあげたいと思うことは当然の事だ。
 だけど、そんな事すらわたしには出来ないのだ。
 すみれは「自分のできることを精一杯やって、笑っていてくれればあたしは満足」と言うけど、それでもわたしはすみれになにかお返しをしたい。

 その想いは以前からあった。
 だけど最近は急激に強くなっている。兄さんのお葬式の時くらいから。
 それにすみれの事を考えることが多くなったせいか、すみれの姿を見ると落ち着く。
 逆にいない時は、心の中で不安が広がってくる。
 ふと目が合うと、妙にドキドキして落ち着かなくなる。
 わたしは一体どうしてしまったのだろう。

 答えが見つからない。


 あ、そうだ。
 今日は、すみれと一緒に出掛けよう。
 なんとなく、いい考えのような気がした。
 すみれも了承してくれたので、今日はデートに決定。
 デートって表現もおかしいけどね、女同士だし。

 ……でも、それが一番しっくりとくるんだよね。なんでだろう。


 すみれと二人で、街まで歩く。
「珍しいね、ふたばから出掛けようって誘うなんて」
 本来ならわたしは外出が好きではない。
 乗り物に乗れないので、外出する際はどうしても歩きだ。
 一人ならわたしが我慢すればいいが、人と外出するときは同行者にも負担がかかってしまう。
 そして屈辱的なことに、今のわたしには一人での外出は非常に困難だ。主にコミュニケーションが。
 その為現状ではすみれに頼らざるを得ない。
 だから、わたしは外出が好きではない。
 こうやってすみれまで歩かせてまで出掛けなくてはならない自分が腹立たしい。
 ……頑張ろう。
 このままではすみれの足枷にしかならない。そんなのは、嫌だ。
 とりあえず……バス乗れるようになりたい。
 すみれと一緒ならなんとかなる気がした。なんの根拠はないけど。
 
=============================

 すみれの日記 9月29日 晴れ

 ふたばに出掛けようと誘われたので、街まで歩いた。
 途中、ふたばがバスに乗ろうと言ってきた。
 不安だったが、本人の意思を尊重し挑戦してみた。

 結果はともかく、前向きなのはいい事だ。

 あとパフェのやけ食いは太るからやめた方がいいと思った。

=============================

 ジョージからの情報が入った。
 そこにはターゲットの細かい情報と、何故かミチナガ診療所なる場所の連絡先が書かれていた。
 その名前に覚えはないが、ここからそれほど遠くないようだ。
 連絡先の下にジョージからのメッセージが書かれていた。
『この医者は信頼できる。何かあっても、としあき達には繋がらない。
 オイラの名前を出せば協力してくれるから、活用してくれ』
 意図はわからないが、もしかしたら必要になるかもしれない。
 あたしは、診療所の電話番号を携帯に登録した。

 夜になり、ふたばが眠った事を確認したあたし達は、今日のターゲットの家の前へと向かった。
 その家は、ごく普通の一軒家のように見えた。
「ここがあの男のハウスね」
 なんか変な文法でわかばが言った。
「ええ、ここがあいつの家――そして、ふたばがレイプされた現場よ」
「こんな普通の家で、ですか?」
「他人の家の中で何が起きていても、誰も気にしないわよ」
「そういうものなんですか」
 隣の家の人間がどんな人間か、そんな事にも現代人は興味がない。
 この辺りは地方にもよるんだろうけど、あたしの住む街はこんなところだけ都会に似ているらしい。
 遠くの親戚より近くの他人、そんな言葉は既に廃れてしまったのかもしれない。
 まったく、寂しいものである。
「もっとも、周囲にバレなかったのはそれが理由じゃないんだけどね」
「と、言いますと?」
 わかばの問いかけには答えず、あたしは玄関の扉に手をかける。鍵がかかっていた。
「わかば、開けて」
「強引にですか?優しくですか?」
「……ちなみに強引って、何をする気?」
「そりゃ、魔法で扉をぶち破る」
「却下。優しく普通に開けなさい」
 そんなことしたら、さすがに御近所の皆さんも放っておかないわ。
「了解……おーぷんせさみ!」
 鍵がガチャリと動き、扉が開いた。
「ちょろいもんです」
「……今の呪文、どこかで聞いた事あるんだけど」
「気のせいです。さあ、入りましょう」

 家の中に人の気配はなかった。
「留守なんじゃないんですか?」
「かもね」
 いないならいないで、待てばいいだけだ。
 だけど今はまず探さなくてはならないものがある。
 ジョージの情報では確かに存在するはずの場所。だけど、正確な場所まではジョージもわからなかった。
 怪しい場所はいくつかある。あたしはそれらを虱潰しに探す。
 そして台所の床下に、それはあった。
 それは、地下へと続いていく石造りの階段。
「……地下室?」
「そう。そしてここが、あいつ――タカアキの、王国よ」
 あたしは地下室への階段を下りていく。

 元々、この地下室は核シェルターとして作られていた。
 以前ここには、ある会社の社長一家が住んでいた。
 その社長はいつか来るかもしれない核戦争に供え、自宅の地下にシェルターを作っていた。
 しかし、肝心の戦争が起きる前に社長の会社は倒産。
 多大な借金を抱えた社長は自殺、残ったのはこの家と地下のシェルターのみ。
 そんな訳有りの物件を手に入れたのが、今回の相手――タカアキである。

 重い鉄の扉を開き奥に進むと、いくつかの部屋があった。
 とりあえず一番近くの部屋へ入ってみる。

 異様な空間だった。
 そこにあったのは、写真だった。
 ただの写真ではない。まだ幼い、ちいさな女の子達の写真。
 それが何百枚、否、何千枚も壁や天井に貼り付けられていた。
 さらに張り切れなかった分だろうか、床にも無数の写真が散乱していた。
 その写真の上に、丸められたティッシュペーパーが落ちているのが、非常に生々しかった。
「なにこれ……」
 わかばが呟いた。
 あたしは次の部屋を開く。
 そこは衣服が乱雑に積み上げられていた。
 ただの衣服ではない。女の子用の、小さな服だった。
 下着や靴下、さらには小さく仕立て直された学校の制服まであった。
 次の部屋はさらに不快なものだった。
 あいつが犯した子供達の記録が克明に残されていた。
 その数、数十冊。
 あたしはそのうちのひとつを手に取り確認する。
 奴に犯され、孕まされたことを苦に自殺した少女の記録だ。
 来る日も来る日もレイプされ、何度も何度も膣内に出され、初潮が来たばかりの少女が孕むまでさらに犯し続けられた記録。それが、写真付きでアルバムとして残されていた。
 その写真を見ても、きよひこお兄さんの心は興奮する事はなかった。彼の心が抱いた感情は、不快。
『きょーたんがうちに来た。早速膣内に射精してあげた。
 お兄ちゃんのおちんぽで大人になれて、幸せだよね?』
 こんな事が、平気で書いてあるのだ。正気を疑わざるを得ない。
 アルバムには、少女が自殺した日の記録まで残されていた。
『目を離した一瞬の隙にさやたんが逃げちゃった。探し回ったんだけど、見つからなかった。
 としあきに連絡して探してもらったら、とっくに天国へ行っちゃった後。
 あーあ、残念。さやたん、お兄ちゃんもその内行くから、先に待っててね』
 気分が悪くなってきた。
 もしこれを本気で書いているのなら、頭のネジが何本か外れているとしか思えない。
 別のアルバムには、こんな記述があった。
『今日はみーたんの誕生日♪
 プレゼントはちょっと奮発してドレスを買ってあげた。
 着せてあげたらすっごく可愛い。まるで、お人形みたい。
 なのでたっぷり射精してあげました♪みーたんも泣きながら大喜びだったね』
 その涙は、絶対喜んでないだろ。
 訂正しよう。こいつは、真性の馬鹿だ。
 このみーたんという子は、現在も監禁されているようだ。
 調べてみると、他にも何人かの子がこの地下室に閉じ込められているらしい。
 そしてその事実はとしあきの家によって揉み消されていた。
 タカアキが捕まれば、としあきの家の権力でも揉み消せないほどの証拠があがるからだ。
 この地下室もその一つだ。ふたばがここに犯された記録も残っていた。
 ただタカアキが興味ないため、あまり詳細には書かれていなかったが。
 さらに別のアルバムを見る。
『今日はちーこたんの為にケーキを作ってあげた』
 ……ケーキね。こういう配慮もしていたのか。
『クリームはボクの射したてのちんぽミルク♪
 いっぱい食べて、元気になってね』
 あたしはそのアルバムを壁に投げつけた。
 想像して気持ち悪くなった。
「すみれさん、落ち着いてください」
 そのアルバムをわかばが拾い、そのページを開く。
 わかばの動きが止まった。
「どうしたの?」
 声をかけるが、反応がない。
 しばらく様子を見てみる。
 数分後、ゆっくりとこちらを向いた、
「……すみれさん」
 わかばはアルバムを手に持ったまま微笑んでいた。
「私の世界にも、おかしな性癖の人はたくさんいました」
 しかし、目は笑ってない。肩が少し震えていた。
「人間を石像に変えてコレクションする貴族とか、男をメイドにして悦ぶ王族とか……あと、大量の蟲に蹂躙される女の子を見て興奮するやつもいましたね」
 倒錯しているんだね、魔法の国って。
「私自身も、洗脳したり男女を入れ替えたり、他人の姿を思うがままに変えたりするのが大好きです」
「いや、そんな事を今、このタイミングでそんなカミングアウトされても困る」
 どういう反応をしろというのか。
「ですけど、そんな私でも、こいつは許せません」
 そう言ってあるページをあたしに見せ付けた。
 それはさっきのケーキのページ。
「どんな理由があろうと、食べ物を粗末にすることだけは許せません!」
 ……え?怒る所そこなの?
「他の事にも胸糞悪くなるようなコメント残していて、気に食わないです!」
 ……行為自体じゃなくてコメントが気に食わないのね。
「すみれさん、こいつ殺していいですよね!?原子レベルまで分解して、存在した痕跡すら残さないくらいで妥協しますから!!」
 妥協しているのか、それ?
 それにしても、食べ物を粗末にするのが許せない人がいるのは知っているが、ここまで過激な反応する奴は初めて見た。
 でも、だからといって殺されたら困る。
 だって、ふたばも、こいつが犯した女の子達も苦しみながら生き続けているのに、こいつはここで死んで御終い。
 それじゃあ、不公平じゃない?
 タカアキにも、同じように苦しんでもらわないと、ねえ?
「まあ、落ち着け。それじゃあ、つまらないわ」
「じゃあ、どうするんです?」
「そうだね……この世界において一番古い法律ってどんなものか知ってる?」
「いえ。どんなのです?」
「目には目を、歯には歯を――シンプルで、わかりやすいルールよ」
 あたしは、わかばに復讐の方法を提案した。
「……それ、いいですね」
「でしょう?じゃあわかば、多分一番奥の部屋にタカアキはいるから、やってきてくれる?」
「あれ、いいんですか?あたしに復讐任せちゃって」
「うん、まあ今回は任せるよ。その間にあたしは監禁されている女の子達助けるから。いいかな?」
「お任せください!すみれさんの分まで私が堪能してきます!」
 そう言いながらわかばは部屋から駆け足で出て行った。
「……別に堪能しなくてもいいんだけど」
 そう呟きながらあたしは地下室を一旦出て、携帯からジョージの教えてくれた診療所に電話をした。
「あ、夜分遅くすいません。『トカゲのジョージ』の紹介の者なんですが……。
 はい、多分その復讐鬼さんです。
 実は今××町の○○という家にいるんですが、その地下に○学生の女の子が監禁されて、性的虐待を受けているんですよ。
 あ、はい。そうです警察はあたしも困りますね。
 え?迎えに?あ、ありがとうございます。
 じゃあ……」

=============================

 すみれさんの言うとおり、一番奥の部屋に私は向かいました。
 そこには小太りで丸顔の男が一人。マサヒコとは正反対の印象を受けました。
 恐らく、こいつがタカアキでしょう。ちょうど今日の相手の女の子を選んでいるところのようでした。
 ……よかった。犯っている時だったら、気まずい雰囲気になるところでしたからね。
 タカアキという男は私を見て何か叫んでいたが、私はこんな食べ物を粗末にする男と話をする気はないのです。あとついでに子供を泣かせる奴であるのも許せません。
 私は早々に魔法を使う事にしました。
「鏡よ鏡〜出ておいで〜」
 呪文とともに、タカアキの前に鏡が現れます。
 鏡の中には当然、タカアキの姿が映っています。
 しかしその姿が少しずつ歪んでいき……そこに映る虚像は、タカアキの願望――幼き少女の姿となりました。
 ……本当に、ロリコンなんですね。
 タカアキは驚いたと思いますよ。まあ、奴の動きは止めているので実際どうなのかはわかりませんけど。
 映った者の理想の異性を映し出す。鏡自体にはその力しかありません。魔法の国の子供用玩具の一つで、安く一般に流通しています。
 だけどこの鏡は、魔法を扱う者にとっては重要なアイテムの一つです。
 例えば鏡に映る像を魔法で別の姿に変えて、別の人物を好きになるように洗脳する、
 映った相手の記憶を消してしまうという拷問は五百年以上前に開発されて以来、現在でも使われています。
 鏡の世界に意識だけ入り、理想の相手と暮らすという遊びが貴族の間で流行りましたが、理想に溺れた挙句現実の身体が衰弱死する事故が社会問題になった事もありました。
 そんな鏡が発売禁止にならないのは、構造自体は簡単であり、流通を止めたところで自作されてしまうので意味が無いからなのですが、それは今関係のない話ですね。
 重要なのは、私がこの鏡を用いて何をするのかという事。
 さあ、ここからが本番。いつもの簡易魔法と違って、真剣にやらないと危ないのです。
 何故ならこの魔法は鏡を使います。失敗すれば魔法は全て私に返ってきます。
 伝承によれば、ゴルゴンの魔眼すら跳ね返す事もあるというので、私程度の魔法で手を抜いたら、返ってくる確率は高いでしょう。
「現実よ歪め、虚像に正せ、醜き願望を彼の身に映せ」
 タカアキの身体に変化が起きました。
 背は小さくなり、まるで子供のようです。
 太った身体が、空気の抜けた風船のように細くなっていきます。
 腕や脚はぷっくりとしていますが、以前よりもはるかに小さい物になっています。
 胸はあばらが浮き出ているほどぺたんこで、変化する前の方が肉付きがよかったでしょう。
 そう、私はタカアキを小さな女の子にしたのです。それも鏡に映った、彼の理想そのままの姿に。
「貴方好みの少女になった気分はどうです?」
 声をかけてみましたが、タカアキは何が起きたのかわからないのか呆然としていました。
 さて、これだけじゃ意味がありません。
 私はさらに魔法を使いました。




 今、私の目の前には二つの人影があります。
 一つは少女になったタカアキ。
 小柄な身体からは、以前の太った男の姿を想像することすら出来ません。
 その身体を乱暴に振り回し、蹂躙する者がいます。
 それは私が魔法で作り出した、タカアキの分身です。
 身体から顔立ちまで忠実に再現しています。当然、その性癖も。
 今のタカアキの姿は、その分身にとっても魅力的なものです。
 分身は一切のためらいもなく、タカアキを犯し始めました。
 少女となったタカアキは抵抗しましたが、当然無意味です。
 何故なら、これは再現。
 タカアキが行った数々の行為を、全てその身をもって再現するのです。
 女の子達がタカアキに抵抗しても成す術がなかったように、今のタカアキの抵抗はまったく功を奏さない。
 タカアキは何回も何回も犯され続けます。
 まだ幼い少女の狭い膣を、成人男性のモノで貫く。それがどれほど痛みが伴うのか、身をもって知りなさい。
 一つのレイプが終わったら、間髪いれず次のレイプが始まります。
 肉体が傷ついても、次のレイプの前に再生するようにしてある為、肉体が壊れる心配はありません。
 さらに処女膜も再生するので、何回も膜を破られ、犯されます。
 心の方が先に壊れるかも知れませんが……さすがにそこまでは知ったことではありません。
 これは、いつまでもいつまでも続きます。
 このタカアキが行った行為が全て終わるまで。
 終焉はあの少女の自殺まで辿り着いた時でしょうか。それとも、その死を飛ばして次の行為へと移るのでしょうか。むしろ、終わりがあるのでしょうか。
 それはもう、私ですらわかりません。それほど複雑に、魔法をかけたのです。
 全てが終わるまで私以外の誰も入れない結界を張ってあるため、さらにややこしくなってしまいました。
 ……ちょっと失敗しましたが、これはこれでアリでしょう。
「助けて……もう、許して……」
 なにか呟く声が聞こえましたが、当然無視です。
 だって、その願いをあなたは聞き届けなかったでしょう?
 だから私がそれを聞いてあげる必要なんてないのです。

 目には目、歯には歯。因果応報。
 自分の行いを、身をもって体験し続けてくださいね♪

 ああ、そうそう。
 後でケーキを持ってきてあげるから、ちゃんと食べなさいね。
 もちろん、精液はたっぷりかけてあげますからね?

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 すみれの日記 9月31日 晴れ

 2回目。
 今回は完全に人任せだった。
 あたしがやったことといえば、電話した事くらいか。

 病院は変わった人間ばかりだった。
 あそこにあの子達を置いていて、大丈夫なのだろうか?という不安を抱くほど、個性的な面々だった。
 ……あの場での事を詳しく説明する気にはならない。
 出来ればもう関わりたくない。

 それにしても今回、あたし何もしてないなぁ。
 まるで悪の黒幕のようだ。
 ……まあ、間違っていないか。
 あたしのやっていることは、決して正しくなんてない。
 ただやらなければ、あたし達は再び前に進む事は出来ない。
 よく復讐してもむなしいだけだというが、少なくともあたしにはそのむなしさが必要だ。

 悲しみと憎しみに満ちた心を持ったまま生きる勇気など、あたしにはないのだ。




自分に書きうる、最低の話を書こうと思い立って書きました。
現在3まで出来ていますが、この時点で『あくまのむすめ』より長い話になってしまいました。どうしてこうなった。


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