常識ノート 多分1




ルール1:一度に行える変化は一文。文章として成立していなくてはならない
ルール2:一つの対象から起きる変化は世界共通の認識となる。
ルール3:一つの対象につき、三回まで変化させることが出来る。ただし、決して取り消すことはできない。

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 常識ノート。
 彼女が見せたノートの表紙にはそのように書かれていた。

 僕の名前は野火 良太。
 いわゆる苛められっ子である。

「おい野火、てめえ何にらんでんだよ!」
「そうだそうだ!良太のクセに!」
 今日も校舎裏に無理矢理連れてこられた僕は、同じクラスの郷田 龍二と穂根川 謙太に絡まれていた。
 なお僕はにらんでなどいない。目があっただけだ。
 仮に目が合わなくても、「無視するな」と絡んでくる。いつもの事だ。
「何とか言えよ!」
 そう言いながら龍二が腹を殴ってくる。
 激痛に声もなく蹲る。
「まあまあ、龍ちゃん」
 謙太が蹲ってる僕を蹴りころがし、僕のポケットから財布を抜き取る。
「こんなの相手するだけ時間の無駄だし、慰謝料頂いてゲーセン行こうぜ」
「ん、おう、そうだな」
 財布の中から一万円を抜き出すと、空になった財布を投げ捨て二人は立ち去った。いつもの事だ。
 なお財布の中身がない時は全裸に剥かれたりサンドバッグ代わりに殴られたりする。
 どっちにしろ、ろくなものではない。


「大丈夫?」
 倒れている僕を覗き込むように、一人の女の子がこちらを見ていた。
「……大丈夫そうに見える?」
「見えない」
 そう言いながら胸元からペットボトルを取りだした。
「温めておいた」
「いや冷やせよ」
「……」
 彼女は少しだけ考え、
「……失敗」
 残念そうな表情を浮かべる。
 彼女の名は源 麻衣華。
 クラスの中でも大人しい方の女の子である。
 そして女子側の苛められっ子でもある。
「そっちは大丈夫?」
「靴無くなった」
「……そっか」
 まあ、今日は大したことがなかったようだ。
 酷い時はトイレの水飲まされたりしてるからな。
「……まだマシだけど、きつい」
「……そうだな」
 まあ、クラス全員から苛められるよりマシか。
 みんな標的にされるの嫌だから一切かかわってこないけど。
「……人並みに生きてたい」
「そうだな」

 別に僕らが何かをしたわけではない。
 ただ、僕らが大人しくて、彼らがイラついていただけだ。

「帰る」
「……靴は?」
「上履き履いてく」
「気を付けてな」
 いつものやりとり。
 別に僕らの間に何かがあるわけではない。あるとするならば、同族意識だけだ。
 だからいつもなら、ここで別れてはいさよなら。

 でも、今日は違った。
 麻衣華は僕を見下ろしたままだった。
「……帰らんの?」
「……帰る」
 麻衣華はしゃがみこみ、僕の腕をつかむ。
「一緒に、帰る」


 何をしているんだろう僕は。
 麻衣華の部屋で、テーブルに向かい合う僕達。
 そしてテーブルの上には、表紙に「常識ノート」と書かれたノートが一冊。
 なぜこんなことになっているのか、理解できなかった。
「で、麻衣華はこれが本物だと思っているわけだね」
 意外と幼稚なところがあるんだな。
「別に。信じてなどいない」
「そうなのか」
「でも、試すくらいならいいと思っている」
 ああ、まあ、確かに。
「で、なんて書くのさ」
「とりあえず、現状打破できる一言を書く予定」
 麻衣華は真剣にこちらを見ている。
 何故か目が離せなかった。
「わたしが苛められているのは、一人だから」
「え?」
「女子グループの中で」
「……ああ」
 女子の苛めは陰湿だと聞く。
 孤立してる子は狙われやすいのだろう。
「あなたは、男だから殴られる」
「……うん、まあ」
 そういわれればそうだけど。
 それはもう、どうしようもないことじゃないか。
「だからここは、こういう風に書く」
 そう言いながら、麻衣華は常識ノートを開き、一言書き加えた。

『野火 良太が野火 良子という女の子で、源 麻衣華の親友なのは常識である』

 そう書かれた瞬間、何かが変わった気がした。
 自分の身体を見る。
 麻衣華と同じ制服に身を包んだ身体。
 大きく膨らんだ胸。
 肩にかかる長さの髪。
「なんだ、なにも起こらないじゃない」
 いつも通りの私じゃないか。
「良子、文章をよく見て」
 言われて、ノートに書かれた文章をもう一度読む。

『野火 良太が野火 良子という女の子で、源 麻衣華の親友なのは常識である』

 うん。

『野火 良太が野火 良子という女の子で、源 麻衣華の親友なのは常識である』

 野火 良子が私。

『野火 良太が野火 良子という女の子で、源 麻衣華の親友なのは常識である』

 で、野火 良太って人が私。
 野火良太=野火良子。
「……もしかして私、男の子だった?」
「うん」
「マジですか?」
「うん。マジ」
 うわあ、覚えてない。
 昔のことを思い出そうとしても、今の私の記憶だけだ。とてもじゃないけれど信じられない。
「わたしは覚えてるよ。男の子の良太。なかなかイケメンだった。地味だけど」
 えー。
「わたし好みだった」
 えー。
「今は美少女。残念」
 うん、君がね。
「苛めの記憶は覚えてる?」
「え……あ、うん、覚えてる。龍二と謙太に殴られ……あれ?」
 なんで女の子なのに私、男子に殴られてるんだろう。
 経緯が思い出せない。
「半端に記憶が残っているみたいだね」
「……そうなのかな?」
 まったく実感がわかないんだけど。
「じゃあ、次は良子の番」
「へ?」
「へ、じゃない」
 麻衣華は私に常識ノートとペンを差し出した。
「わたしは良子を変えちゃったから、お返し」
「お返しって……」
「大丈夫。何でも受け入れる……あ、でも、元がどうだったかはちゃんと教えてね」
 ……そんなこと言われても。
 まず、男の子だったという実感もないんですけれど。
 ……まあ、書いてみれば真偽はわかるか。
 なんて書こうか。
 ビジュアル弄るのがわかりやすいけど……3回しか弄れない。
 そうなると変な容姿にしちゃうと可哀そうだ。
 ならば内面的なことかな。
 例えば絶対にありえないこととか。
 そいうえばさっき、麻衣華は男の子の私が好みだったと言っていた。
 要するに今の私はそういう対象ではないという事だ。
 当然か。女同士だし。
 うん、じゃあこうしよう。

『源 麻衣華と野火 良子は誰もが認める恋人同士である』

 なーんて、ありえないよねー。
 そう思いつつノートから顔を上げると、すぐ目の前に麻衣華の顔があった。
 ドキッとする。
 え、麻衣華、すごくかわいい。
 ちょっと地味目だけど、それがまた保護欲をそそるというか、見惚れてしまうというか……とにかくかわいい。
 え、なにこれ。私達、女同士なのに。
 それなのになんでこれ、こんなに愛しく感じるんだろう。
 こんなにドキドキするんだろう。
 麻衣華の顔も真っ赤。多分、私も真っ赤。
 どちらかというわけでもなく目を瞑り、私たちはそっとキスをした。
 触れ合うだけではなく、舌を絡める熱いキス。
 やがて名残惜しそうに唇を離すと、
「良子……今日、パパもママも帰ってこない」
 そう言って、麻衣華は再び目を瞑り、私は無言でそれに答えた。

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 布団で横になる良子を眺めながら、わたしはこれからの事を考える。
 もう、苛められない。
 でも、許せないよね?
 わたし達、あいつらのせいで普通じゃいられなくなったんだ。
 あいつらも同じ、ううん、もっとひどい目に合わせないとだめだよね。

 常識ノート。これからよろしくね。

 ……それにしても、良子はおっぱいおっきくて、スタイルよくっていいなぁ。羨ましいなぁ。
 ……まあいいか。良子はわたしのモノだし。

 わたしは良子に覆い被さり、再び彼女を愉しむことにした。
 復讐は、明日から。

試作から1年以上たってから、何故か書いたもの
続きますが、復讐物にはならない。多分。


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