麻沙季さんの日常
待ち合わせ場所には既に彼――否、彼女がいた。
「早かったな」
彼女は長く伸びた青い髪を、青白い手でかきあげた。
「なんというか、変わったね」
「そうだな」
ほんの数週間前までは、人間の男だったのに。
今の彼女にその面影はない。
私の彼――正樹は生まれつき身体が弱く、病院のベッドで過ごす時間が多かった。
私が見舞いにいくと、いつも病室の窓から外を眺めていた。
その空を、どんな気持ちで見ていたのかは私にはわからない。
だけど、外の世界に強く憧れていた事は、わかる。
それこそ、全てを捨ててもいいくらいに。
そして、彼は捨てる事を選んだ。
ヒトである事、そして男である事を。
私が偶然手に入れた魔術書。
話の種になればいいと思い、彼にプレゼントしたもの。
まさかそれが本物で、さらにその中に悪魔を呼び出す魔術が書いてあるとは思わなかったのだ。
そしてそれを正樹が訳し、呼び出すなんて。
呼び出された女悪魔は正樹の魂を奪おうとした。
願いを叶えてくれるとか、そういう存在ではなかったらしい。
だけど正樹は慌てず、予め用意しておいた別の魔術を使い、自分と悪魔の身体を入れ替えた。
そしてそのまま、女悪魔の魂を奪い取り、自分の糧とし――吸収した。
こうして、私の目の前で一人の悪魔――麻沙季が生まれた。
「それにしても、悪魔ってのも面倒だな。ここまで来るのに天使やら同属やら警察やら、いろんな奴らに襲われたぞ。まったく、こちらはかよわい乙女だというのに」
無表情のまま、麻沙季はぼやく。
「そりゃ、目立つからね」
「この身体とあの魔術書のおかげで切り抜けられるけど、結構疲れる。ベッドで寝たきりよりゃマシだけどな」
麻沙季が奪った身体は、見た目の華奢さと違い力が強く、魔力もたくさん蓄えているらしい。
そんな力を持った麻沙季は、今は自由気ままに暮らしている。
「それにしても、母さんには困ったもんだ。一体どこからこんな服を買ってきたんだか」
露出の多い自分の服を見ながら麻沙季は溜息をついた。
女悪魔の身体になった今も、麻沙季は家族と暮らしている。麻沙季の両親も最初は驚いていたが、姿形は違えど自分の子供だと、最終的にこの姿を受け入れていた。
「なんだ、悪魔だからそういう服着てるのかと思った」
「いや、母さんが『デートならちゃんと素敵な服を着なさい!』ってコレを選んだんだよ。我が親ながら、コレを素敵という感性がわからん」
そう、今日は私達の『初めての』デートだ。
麻沙季が男の子だった頃は外に出られなかったから、こうして外出する事もできなかった。
だけど今は、姿形は違えどこうして二人で出かけられる。それが、何より嬉しい。幼馴染として、そして彼女としては感慨深い物がある。
「似合ってるわよ?」
だから、自分の思っている事を素直に言ってあげた。
すると、麻沙季の顔が少し赤くなった。
「そ、そうか……ありがと」
さて、今日はどこに行こうかな。
今まで麻沙季と一緒にしたかった事がたくさんある。だから何をしようか迷ってしまう。幸せな悩みだ。
「ま、とりあえず歩こうか」
「あ、ああ」
まだ顔を赤くしたままの麻沙季の手を取り、私は歩き出した。
女悪魔には悪いけど、今の私達はとても幸せだ。
できれば、ずっとこんな風に暮らせたらいいな……。
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オレの名前は麻沙季。
悪魔の身体を奪い取った元男だ。
この身体を手に入れた事により、病弱だったオレは自由に動き回れるようになった。
代わりに女の身体になったが、些細な問題である。貧乳だし。
あとそういえば、ちょっとした魔法のようなものが仕えるようになった。
もっとも、そんな力があってもよほどの事がないかぎりは使うつもりはない。
……まあ、天使とか悪魔とかには使うよ?命惜しいし。
しかし、この姿、結構目立つ。
その為、周りからは『人間に見える』魔術を使っている。何故か彼女とか彼女のお母様とかには効かないし、どういうわけか男に偽装できないので女の子の姿だけど。
あと時々使い忘れて警察の人に追いかけられたり、コスプレだと思われて写真取られそうになったり、熱心なキリスト教の人に怒られたりする事も多い。
そういう不満はあるが、今の生活に概ね満足している。
さて、今日は彼女とのデートだ。初めてのデートだ。
病弱で外出なんて出来なかったオレは、楽しみで昨晩は眠れなかった。
さらに待ち合わせ場所には2時間早く着いてしまった。どんだけ楽しみなんだ、オレ。
そんなオレの前に、邪魔者が現れた。
「ねえ彼女!今暇?俺と遊ばねえ?」
見るからにチャラい男が声をかけてきた。
……もしかして、ナンパか?うぜえ。
眉をしかめるオレをよそに、チャラ男は早口でまくし立てる。
「あれ?もしかして彼氏と待ち合わせ?そんな奴よりさぁ、俺と遊んだほうが楽しいって、マジで」
あった事もない男を『そんな奴』呼ばわりするような相手と一緒にいて楽しめるわけがない。
……ああ、どうしようかコイツ。存在レベルで気にくわねぇ。
あ、そうだ。暇潰しに魔術でも試すか。
「わかった。ちょうど暇だから、お前『で』遊んでやる」
オレはチャラ男の鼻先に指を突き立てた。
目を瞑り、頭の中でイメージを固める。
想像しろ。
『細く白く、そして小さく。
長く艶やかに、そして柔らかく。
誘うように大きく細く、そして大きく。
すべすべつやつや、きめ細かく。
放つ者ではなく、受け止める者へ。
か弱く弱く、強き者には逆らえず。
か細く高く、心地よき声で鳴き。
華奢で繊細で、力弱く。
力を未知を、怒りを恐れ。
花を華を、男を愛す――』
そのイメージを、創造しろ。
目を開いたとき、そこにいたのは気の弱そうな『少女』であった。
「……あなたは、誰?オレに、何か用?」
なるべく優しい声で、オレは尋ねた。
「えと、あの、その……」
先程までとは違う、おどおどとした態度の『少女』。
その姿にチャラい男の面影はなく、そこにいるのは大人しくてか弱い少女でしかない。胸が大きく、腰が括れ、お尻が大きいセクシーな身体がミスマッチで、そのギャップが男を誘う事であろう。
「用がないなら、離れてね。彼女と待ち合わせなんだ」
「は、はいっ、すいませんっ!」
少女はすっかり怯えた様子でオレから離れていった。
まあ、突然自分の存在そのものが変わっちゃったんだ。そりゃ怖いよな。
ちなみに男としての記憶は『少女の中でだけ』残っている。これから先、少女は親しき友人達も親兄弟もみんな女の子扱いしかしてもらえないのだ。
オレから離れていった少女は二人組の男に絡まれていた。
あ、怯えてるみたいだ。まあ、怖いよな。あの二人体格いいから、今のあの娘には力強く見えることだろう。
あ、ついていっちゃった。おかしいな、弱気にしたから逃げるかと思ったのに。
……ああ、強い者には逆らえないってしちゃったからか。失敗失敗。
まあ、ナンパされる気分は解っただろうし、暇もつぶせたからまあいいか。
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「よう、デートはどうだったかい?」
オレが屋根の上でくつろいでいると、聞きなれた声が頭上から聞こえた。
空の上から話しかけてくる知り合いはそう多くはない。陸上で話しかけてくる知り合いもあまりいないけど。
「ああ、楽しかったよ、山本さん(仮)」
「そりゃよかった。ニンゲン、幸せが一番だ」
そう言いながら俺の隣に腰掛けるのは、白い翼を持つ天使だった。ただし、髭の良く似合うダンディーなおっさんだ。
この世には三種類の天使がいる。
一つは聖書に従う昔からの天使、一つは黙示録的な天使、一つは人に愛を伝える最近の天使だ。
最初の者は力の強い者が多いが、有名な者も多い。そして、有名であるが故に自分の存在を縛られ自由に動けない。
二つ目の者は聖書の黙示録を再現しようと暗躍している。悪魔であるオレは会いたくないタイプだ。
そして三つ目は……近年の映画や創作のイメージの影響を受けているとしか思えない、比較的人間に好意的な感じの奴らだ。力は弱いが、自由に動き回っている。
(実は悪魔も大体こんな感じで分けられるらしい)
大抵の天使は悪魔とは仲が悪いのだが、三つ目に区分される奴らは、その辺りが緩いのが多い。
そもそも悪魔とは、他の宗教における神である場合が多く、その為下手に滅ぼしてしまうとそれはそれで色々と問題があるらしい。
だから友好的ではなくとも、(二つ目以外は)出会うたびに殺し合うこともない。
さらに一部では善人と悪人の魂を取引している罰当たりじゃね?と疑問を持たざるを得ない事をしている天使もいるとかいないとか。
オレの周りにはそういう奴はいないから真相は不明だが、わりと天使も悪魔も気侭に生きてる気がする。
山本さん(仮)もその一人だ。
山本さん(仮)は正式には物凄く長くて人類には発音不可能な名前があるのだが、当然そんな名前じゃ呼べないのでオレは山本さん(仮)と呼んでいる。
オレが悪魔の身体を手に入れた後初めて会った天使で、ニンゲン大好きなお人好しなおっさんだ。
「さて麻沙季、今日もアレ頼む」
「またか。アレ、結構疲れるんだよ?」
やりすぎると怒られるし。いろんな天使と悪魔に。
「まあまあ。責任は全部俺っちが受け持つからさ」
そういう問題なのだろうか。
まあいいや。本人がそれでいいって言うならやってやろう。
「で、今日は何になりたいんです?」
「今日も女子がいいな」
ヘンタイ天使め。
オレは山本さん(仮)の鼻先に指を突き立てた。
目を瞑り、頭の中でイメージを固める。
想像しろ。
『その身は華である。
芍薬であり牡丹であり百合である。
その身は夢である。
砂糖とスパイスと素敵な物で出来ている。
その身は根源である。
大地であり海であり星である。
その身は毒である。
胸も腰も脚も美しく誘う。
故に彼はその身を望む。
故に我はその身を与える』
そのイメージを、創造しろ。
目を開けると、そこには女子校生が一人いた。
「えへへ、麻沙季ちゃん、ありがとぉ♪」
満面の笑みで山本さん(仮)が礼を言ってくる。
その仕草に思わずドキッとしてしまう。
いかん、いかんぞ、オレ。
オレには彼女がいるじゃないか。
「どしたの?」
「な、なんでもないなんでもない。ほら、早く行けって。天使相手じゃ夜くらいまでしかもたないんだからさ」
「それもそうだね。じゃ、行くよ」
ぴょんと軽やかにジャンプして山本さん(仮)は屋根から地面へと降り立つ。
「あ、そうそう」
こちらを見上げながら山本さん(仮)は心配そうな表情を浮かべる。
「麻沙季ちゃんの彼女さん、しばらく運命が荒れそうだから気をつけてあげてね」
「ああ、わかった」
「じゃね♪」
山本さん(仮)が走り去る後姿を見送った。
人間好きな彼は、人間が好きすぎるので、自分でも人間になりたいと思い、オレにこうして依頼してくるのだ。
しかし彼がなりたがるのは歳相応のおっさんではなく、若い女の子である。理由はわからないが、多分趣味なんだと思う。
「あの人、いつ堕天してもおかしくないよなぁ……」
もう堕ちている気もするけど。
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自慢ではないが、私の家は所謂『大金持ち』という奴であるらしい。
母親の祖父が経営していた会社をそのまま父が引き継いでいるので、一応社長令嬢というものであるのだろう。
でも私自身が自由に使える金は大した事ないし、住んでいるのはごく普通のありふれた一軒家なので、まったく実感がない。
だが、親の貯蓄はたくさんあるようだ。少しくらい私の小遣いに反映しても罰は当たらないと思うのだが。
……まあ、今はそんな事どうでもいい。
何故なら。
「おう、嬢ちゃん。大人しくしてれば危害は加えないからよ」
そう言いながら、覆面を被った男がスタンガンを首筋に当ててくる。
「へへ、アニキ、うまくいきやしたね」
運転席からチャラついた格好の男が嬉しそうに言った。
「馬鹿野郎!まだこいつの家に電話してねえだろうが!てかなんで覆面取ってんだお前!バレるだろ正体が!」
「いやだって、覆面しながら車運転してたらすぐバレますよ?」
そりゃそうだ。
「そんな事よりアニキ。いくら要求するんです?1000万?2000万?」
「馬鹿野郎。天下のあの大企業の社長様からふんだくるんだ。3億は取れるだろうが」
「おぉ、さすがアニキ。スケールがでかいぜ!」
いや、でかいのは金額だけだし。てかそんなに溜め込んでたのかウチの親は。
……とまあ、こんな感じで、私は今現在誘拐されているのだ。
困った。
明日は麻沙季と2回目のデートなのに。
「ところでアニキ、金貰った後、このガキどうやって返すんで?」
「返す?お前何言ってんだ?」
「へ?」
「お前の面見られてんだろ。口封じでもしなきゃ安心して金使えねーだろうが」
「あ、確かに」
……やばいな、コレ。
私、このチャラい人がアホだからって理由で殺されるのか。
うわぁ、嫌だなぁ。
「あ、アニキ。その前にコイツ犯していいッスかねぇ。こんだけの上玉、ただ殺すのは勿体ねえッスよ」
「ああ、それもそうだな。ついでにお前の仲間呼んで輪姦してやれよ」
……レイプ宣言されたよ。
うわぁ、こいつら頭悪いよ。レイプしたら、精液で足がついちゃうじゃんか。そこまでDNA鑑定が有効かは知らないけど。
……怖いなぁ。このままだと甚振られて犯されて、金を毟り取られた挙句に殺されちゃうかも。
嫌だ。絶対嫌だ。
こんなことなら、前回のデートで無理矢理にでも麻沙季とえっちしとけばよかったよぅ。
助けて。助けてよぅ、麻沙季。
「わかった。すぐ助けてやる。だから、ちょっと眠ってろ」
麻沙季の声が聞こえた気がした。
だけど、その姿を確認する前に、私の意識は失われていった。
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車の上、なう。
いやあ、山本さん(仮)から話を聞いてなかったら間に合わなかったかもしれないな。
今度会ったらおっぱい大きめにしてあげよう。うん。
ところで、車の上にしがみつくって大変だよね。
風圧は凄いし、揺れるし、そもそもしがみつける場所が少ないし。
昔の刑事ドラマとかハリウッドとか、ホント超人じゃね?って感じだね。
オレが悪魔じゃなかったら、とっくに地面に叩きつけられて悲惨な状態だったろうね。
うん、オレが悪魔じゃなかったら、良かっただろうねぇ。
決して許されると思うなよ?
オレは悪魔的な運動能力を駆使し、車の屋根からボンネットへと飛び移る。
「うわっ!」
運転手のチャラ男が驚いて急ブレーキをかける。
「て、てめえ、危ねえだろ!」
チャラ男の声を無視して、オレはニヤリと笑いながら擬態を解き、悪魔としての姿を現す。
ただし、角と羽はいつもよりも大きめに具現化。
「ひ、ひぃ!」
その甲斐あってか、チャラ男は明らかに怯えた表情を浮かばせた。
ああ、いい表情だ。怯えろ怯えろ。
でも、絶対に許さない。オレの彼女に危害加えようとする奴は、オレが許さない。例えそれが神であろうと、悪魔であろうと。
でもまあ、オレも悪魔だけど、鬼じゃない。殺しはしないさ。お前らとは違ってね。
だけど、社会的には死んでもらうよ?というか、ニンゲンとしては生きられないよ?
さあ、変われ。
目を瞑り、頭の中でイメージを固める。
想像しろ。
『これは鏡です。
これにはあなたの心が映る。
どれだけ嘘偽りで心を飾っても、本音は隠せない。
あなたの本音は……。
「このメス豚がぁ!女は黙って男に犯されればいいんだよカスがぁ!」
なるほどなるほど最低ですね。
ならばならばこの鏡。
その言葉そっくりそのまま返しましょう。
そっくりそのまま体現しましょう。
では皆様ご一緒に。
この、メス豚がぁ!!』
そのイメージを、創造しろ。
……どんなイメージだ、これ。
=====================
「お、おい、どうした!」
突然弟分が悲鳴を上げたと思うと、車が急停車した。
何事かと前を見ると、そこには女がいた。
大きな角を生やし、背中に羽を背負う……まるで悪魔のような女が。
その姿を見た弟分はすっかりパニック状態に陥り、「うわぁ」とか叫びながら暴れだす。
その様子がおかしいのか、女がニヤリと笑うと、ゆっくりと何かを歌うように囁いた。
すると、さっきまで暴れていた弟分が突然大人しくなる。
まったく、何も喋らない。
「……おい、大丈夫か?」
心配になって声をかけると、弟分が振り向いた。
「ブヒ?」
その顔は、完全に豚の顔だった。
「なっ!?」
「……ぶひぃ」
弟分だった豚は、再び前を向くと自分の身体をまさぐりだす。
……なにを、やっているんだ?
頭の中では、見てはいけないという事は解っていた。
だが、俺の身体は自然と弟分のいる運転席を覗き込んでいた。
弟分だった豚は、いつの間にかグラビアモデルのように膨れ上がっていた自分の胸を揉みしだいていた。
「ぶ、ぶひぃ……」
心なしか、顔が紅潮している気がする。豚の顔色なんかわからねーけど。
だんだんと手(というか、蹄)の動きが激しくなっていく。
片手が股間へと伸びていく。
ゆっくりとズボンを脱ぎ、晒された股間には男だった面影などなかった。
「ぶひゃぅ〜〜!!」
出来立てのま○こをゆっくりと擦りながら、豚は恍惚の表情を浮かべる。豚の表情なんかわからねーけど。
「どう?面白いだろ?」
いつの間にか、隣に悪魔の女が座っていた。
「お前も、豚にしてやろうか?」
それが、俺が理解できた最期の言葉だった。
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……さて、彼女は救えたけど、この豚どうしよう。
えちぃ事しか考えられない、文字通りのメス豚なんて、さすがに放置するわけにはいかないよなぁ。
うん、今度の悪魔バザー(ご近所に住む、お節介なおばちゃん風の悪魔が主催するバザー。出展物もかなり悪魔的)に出展するかな。
もしかしたらマニアックな悪魔が買い取ってくれるかもしれないし。
売れなかったらネコ娘にでも変えなおして適当な悪魔にくれてやろう。
=====================
そんな出来事があった数日後。
彼女も無事で、デートも大成功。
ささやかな幸せを噛み締めながら歩いていると、数人の男に取り囲まれた。
黒いスーツにサングラスで、体格のいい男達。
「麻沙季さんですね」
集団のリーダーだろうか。一人の男が俺に話しかけてきた。
「突然ですいませんが、ついてきてもらえませんか?大人しくついてくれば、危害は加えませんから」
集団の一人が俺のすぐ後ろに近づいていて、背中に何かを突きつける。
拳銃?ナイフ?そりゃ、痛そうだね。
でも……
「嫌だね。連れてきたかったら、力ずくでどうぞ」
リーダー格の男が睨みつける。
低い声で、「やれ」と命令した。
次の瞬間、俺の身体に強い衝撃が伝わってきた。
……スタンガンか。
ゆっくりと俺の身体は前のめりで地面に倒れた。
「ふん、小娘が」
リーダー格の男の声が聞こえる。
「連れて行け」
「はっ」
周りの男達が俺に近づいてくる。
恐らく、俺をどこかにさらうつもりだろう。
……でも、残念でした。
俺は手だけで跳ね起き、そのままジャンプして男達の頭上を飛び越えた。
「何!?」
「馬鹿な!」
「馬もショック死するレベルの電圧だぞ!どんな身体をしてるんだ!」
そんなもの人間に使うなよ。いやまあ、俺は悪魔が擬態してるだけですけど。
まあ、今の俺の身体にはそんな物効かないからいいけどさ。
でも、痛かったよ?
お返しは……覚悟しろよ?
目を瞑り、頭の中でイメージを固める。
想像しろ。
『目には目を歯には歯を。
木には火を火には水を。
罪には罰を愛には誠を。
敵には塩を傷にも塩を。
首には輪を輪には紐を。
人には心を犬には主を。
力には柔を大には小を。
――そして、
痛みには快楽を』
そのイメージを、創造しろ。
目を開いたとき、周りにいたのは首輪をした全裸の女達が数人。
女達の頭部には犬の耳のような者が生えていた。
「……わん?」
「きゃんきゃん!」
「くーん、くーん」
「わぉーん!!」
女達は四つんばいで、まるで本当の犬のように振舞っていた。
そんな女達の首輪から伸びる紐を持つのは、ぶかぶかのスーツを着た少女であった。
「な、なにこれ!どうなってるわけ!?」
少女は困ったように女達を見回す。
「な、なんであたしたち、おんなになってるのよ!」
その少女の喋りはどこかたどたどしくて、まるで舌の回らぬ子どものようだった。
俺は擬態を解き、悪魔としての姿を現す。
「ひっ!」
少女は俺の姿を見て完全に怯えきっていた。
そんな少女に、俺は『交渉』を持ちかけた。
「誰の差し金で俺を襲ったのか答えるのならば、命だけは助けてやるが――どうする?」
少女は、顔を青ざめながら頷いた。
なるほど、そういうことだったか。
あいつか。あいつなのか。
まあ、たしかにあいつならば俺を襲う理由はあるな。
……お仕置きが必要だな。
でもその前に。
「よく話してくれたね」
「そ、それじゃあ!」
「うん、お礼に『誰が見ても犬にしかみえない女をペットにしている女の子』だったことにしてやろう」
「え……?」
俺は再び人の姿に擬態しながら、少女の目の前で指をパチンと鳴らした。
その瞬間、ぶかぶかだった少女のスーツがどんどん縮んでいき、あっというまに可愛らしいフリルのワンピースに変わっていた。
少女は一瞬ぼーっとしていたが、俺の視線に気付き笑顔を見せる。
「お姉さん、こんにちわ!」
「こんにちわ。犬の散歩?」
「うん!こっちがチワワのちーちゃんで、この子がハスキーのシーザーで、この白い子がビーグルのマッキーで……」
少女は楽しそうに「全裸の女」を指差しながら、「犬」の名前を呼んでいく。
呼ばれた女達は、嬉しそうに少女に擦り寄っていた。
ちょうどそこへ一人のおばさんが通りかかる。
おばさんは少女と俺を一瞥し、興味なさげに通り過ぎていった。
それも当然である。
おばさんの目には、『全裸の女を首輪で繋いだ少女』の姿ではなく、『たくさんの犬を連れ歩く少女』に見えているのだから。
「みんな可愛いね」
「うん!あ、そろそろ帰らないと。じゃあね、お姉さん!」
少女と「犬達」は俺に手を振りながら元気に走り去った。
……さて、どこに帰るんだろうね、彼女達は。
そこまで設定してないんだけどなぁ。
=====================
「事情はわかったわ。あの人にはわたしもうんざりしていたの。ええ、あなたの思うようにやりなさい」
ある日、おかあさんが誰かと電話で話していた。
「そうね……可愛い娘は既にいるから、追加要素が欲しいわね。……ネコ?ネコはそれほど好きじゃないわ。……いえ、鳥派ね」
……一体なんの話なんだろう。
ペットでも飼うつもりなのかな。
「ああ、そこは譲れないんだ。……ロボ?いいわね。そういえば、わたしあれが欲しいわ。
……違うわよ、そんなSF作家みたいな名前の奴じゃなくって、Pなんとかっていう人型の奴よ。
……そうそう、あの自動車会社の奴ね」
……ロボット?そんなものをどうするきなんだろう。
というかPなんとかって……古くないですか?
「……ああ、それならいいわね。名前はウランでどう?もしくはコバルト……ダメ?やっぱり?」
……本当に何の話ですかこれは。
「ええ、ええ。どうせ記憶に残らないのでしょう?遠慮は要らないわよ。はい、頑張ってね」
そう言いながらおかあさんは電話を切った。
「今の誰から?」
私が訊ねると、
「麻沙季ちゃんからよ。ちょっと相談を受けたの」
とおかあさんは答えた。
……相談?
「……どんな?」
「その前に聞くけど、お父さんの事、好き?」
おとうさん……?
おとうさんといえば、今年45歳で、ワンマン社長で、でも経営難からこっそり私を政略結婚させようとしている(でもバレバレ)、あのおとうさんの事だろうか。
「好きな要素がありません」
「そりゃそうよねぇ。わたしもなんであの人と結婚したのかしらねぇ……」
いや、あなたくらいは愛してあげてください。
「でもまあ、それなら都合がいいわね」
「……一体、何をする気なの?」
「明日になればわかる……いえ、わからなくなるから聞かないほうがいいわね」
ますます意味が解らなくなった気がした。
……まあ、明日になればわかるなら、いいか。
――そして、翌朝。
「……さん、起きてください」
可愛らしいけどぎこちない声が聞こえる。
重いまぶたを強引に開けると、無表情にこちらを覗き込む少女の顔があった。
「おはようございます」
感情のこもらない、淡々とした口調。
「……おはよう、SA−KI」
SA−KI。
お母さんが会社の金で作った、メイドロボである。
現代科学の粋を集めた贅沢な一品で、家事から留守番、介護から目覚まし、果ては戦闘までこなす万能ロボットである。
「お食事の支度が出来てます。奥様は既に席についておられますので、お着替えの前にお食事をなさるのを推奨します」
「わかった」
おかあさんが待ってるなら、早めに行ったほうがいいだろう。見られて困るような格好はしてないし。
おかあさんと何気ない会話をしながら御飯を食べ終わると、そばに控えていたSA−KIが一礼をしてから食器を片し始める。
「……お父さんがいなくてどう思う?」
SA−KIが流し台へ食器を洗いにいくのを見送っていると、おかあさんが突然そんな事を言い出した。
「いや、別にどうも。いた記憶もないから、寂しいとも思わないよ。私にはお母さんも、SA−KIも、麻沙季もいるしね」
「そう、それはよかった。さすがに徹底しているわねぇ」
なんだかよく分からない関心の仕方をしているおかあさんに多少疑問を抱いたが、学校へ行く時間が迫っていたので急いで部屋に戻り、着替えて学校へ向かった。
=====================
目を瞑り、頭の中でイメージを固める。
想像しろ。
『もはやかんがえるのもめんどい。
だからてっとりばやくイメージします。
メイドロボサイコー。マジサイコー。
とくにセ○オみたいにメカっぽいとバッチリです』
そのイメージを、創造しろ。
というわけで、俺を襲った黒服男をけしかけた張本人、彼女の父親をメイドロボにしました。
それも感情表現の少ない、無表情なタイプの奴。
なんというか、ロボは無感情なほうが好みなんだよなぁ。いや、どこぞのジローみたいに悩むロボも嫌いじゃないけど。
まあ、それはどうでもいい。
この変化により、彼女のお母様は「夫を亡くし、会社を引き継いだ敏腕女社長」となり、彼女も「社長令嬢だが、会社とは無関係なので自由に生きてる女の子」って感じになった。
これで、いい。
これで、俺と彼女の邪魔をする者はいない。
何故か彼女のお母様、応援してくれてるし。うちの家族の方は細かい事気にしないし。
彼女がくれた魔術書。
そのおかげで俺は男ではなくなったが、健康すぎる肉体を手に入れた。
彼女とも仲良く過ごしているし、この間はついに肌も重ねられた。
今の俺は、多分幸せなんだろうと思う。
でも、俺は他人を多く不幸にしている。
悪魔になる前からも、なってからも。
この幸せはいつか壊れてしまうかもしれない。
でも、今だけは。
彼女が生きている時間くらいは、幸せでいさせて欲しい。
これから生きる何百年を、乗り切れるくらいの思い出が欲しいから。
確か二代目の支援所で書いていた気がします。(以下どうでもいい解説なので読み飛ばし推奨)
僕の書く話には何故か悪魔が主役側で出ることが多いです。そして天使が悪役。
多分某シェアワールド妖怪小説シリーズの影響だと思います。あるいは某一神教の概念が使いやすいから。
とはいえ今書いてる別の話じゃ、悪魔は悪役、天使出てこないというのもありますし、この話の天使も別に悪役じゃないですし。山本さん(仮)とか結構気に入ってますし。
今回の話で書かれている天使の概念は実は「くろいはね」辺りと共通だったりします。
だいたい某宗教の考え方を適当にかじっていろいろ混ぜ合わせて好き勝手書いてるだけだったりするので、信心深い人は読んじゃダメ。すでに読んでたらごめんなさい出来心です。
でも天使とか浅く調べる分には楽しかったりします。本格的にやると色々アレなのでお勧めしません。
以上、死んだら地獄に落ちるどころか魂魄ごと消滅させられそうな今でした。
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