キリ 〜くるうせかい〜



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水瀬 さやか
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 私――水瀬さやかは、学生である。
 学生である以上は、朝起きたら学校へ行かなくてはならない。
 たとえうっかり深夜までDVDを見てしまい夜更かししてようが、目覚まし時計の電池が止まってて寝坊しようが、平日である以上は学校へ行かなくてはならない。
 だから私は自転車を全力で漕ぎ、学校へと急ぐのだ。
 ……なんで私はあんな大作映画を夜中に見てしまったのだろうか。
 タイムマシンがあったなら、昨日の自分を殴ってやりたい。

 急いだかいもあり、なんとか遅刻せずに教室へと飛び込めた。
 自分の席に着くと、隣から声をかけられる。
「さやかぁ、遅いよぉ」
 そちらを見ると、女の子がいた。
 長い前髪で目が隠れており、表情は判り辛かった。
 女の子は、私の肩にそっと手を置いた。
「どうしたのボーっとして。あたしの顔に見惚れた?」


「……それはないわよ、みすと」
 女の子――山田みすとに、私は返事をする。
 みすとは私の友人で……それなりに長い付き合いのような気がする。
 気が付いたら一緒にいる、そんな間柄だ。
「ええ〜、こんな美人を捕まえて、そういう事言うかな!?」
「本当の美人は、そういう事言わないからね?」
 可愛いことは認めるけど。

 そんなやりとりをしていたら、チャイムが鳴り、先生がやってきた。
 こうして、その日もごく普通の学校生活が始まった。
 

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 やっと逃げられた。
 今の自分を縛るものはない、まさに自由だ。

 さあ遊ぼう。
 人間の姿を変えたり、思考を変えたり、嗜好をかえたりして遊ぼう。

 だけど我が『変える力』では、相手の姿を変えてしまうまで何日もかかってしまう。
 複数の人間を、同時にやったほうが効率がよいだろう。
 『あの力』もあるんだ。強気にいったほうが絶対楽しめる。

 さて、最初のターゲットは誰にしよう。

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武上 雅史
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 もしなんでも願いが叶うなら、俺はこう願うだろう。
 女にモテたい、と。
 いや、モテなくてもいいから、彼女が欲しい。

 昔から女に縁のない生活だった。
 小さい頃から柔道に打ち込み、身体には自身があるのだが、どうもこの筋肉が女子には不評らしい。
 容姿はそんなに悪くないとは思うのだが……。
 彼女が出来るのはサッカー部とかバスケ部の奴らばかりで、俺も含めた柔道部の人間には女と話す機会すら稀――この学校では、そんな状況が何年も続いているらしい。
 女子柔道部のほうは可愛い子がたくさんいるが、俺達男子とは会話すらしやがらない。
 結果、男子柔道部は『モテない男の集団』という、不名誉な称号まで貰う始末。
 ……納得いかない。
 他の学校へ行った柔道仲間には彼女がいるのに、俺にはいない。
 こんな不平等、納得いくか!

 今日の昼休みも、サッカー部の中島が隣のクラスの森嶋さんと食堂でイチャついてやがった。
 ……むかつく。てかうぜえ。
 たいした活躍もしてないくせに、見せ付けてるんじゃねえ。
 羨ましいじゃないか!?

 ……ああ、女にモテたい!

「それが、あなたの願い?」

 突然後ろから声がした。
 振り向くと、黒い羽根の生えた、巨乳の女がいた。
 どこかで見たような気がするが……誰だ?
「我は悪魔・キリ。あなたの願い、叶えてあげましょうか?」
「あく……ま?」
「さあどうする?代償は頂くし、時間はちょっとかかるけど、あなたの願いは確実に叶えるよ?」
 正直、かなり怪しいと思うのだが……その言葉はとても魅力的に聞こえた。
 もし本当に叶うのなら、俺の人生はバラ色になるに違いない。
 多少時間がかかっても、結果としてモテるなら問題ない。
「じゃあ、女にモテるようにしてくれ」
「いいわよ」
 女は即答した。

 こうして、俺達の契約は結ばれた。

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水瀬 さやか
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 そして今日も朝が来た。
 目覚ましさえちゃんと動けば、私は朝起きれるのだ。

 設 定 時 刻 よ り 1 時 間 前 に 。

 ……なんか損した気分だ。
 どうするべきか。
 ここで二度寝したら……多分寝坊する。
 起きて時間までゆっくり……性に合わない。
 そうだ、たまには無駄に早く学校へ行くというのはどうだろうか?
 そしてクラスの友人達を驚かしてやるのも一興だろう。

 ……とはいえ、私より早く学校に来ている人はたくさんいる。
 先生とか、朝練している人とか……。
 まあ、教室に一番乗りなのは間違いなく私のはず……
「あ、おはようさやか。今日は早すぎじゃない?」
 教室には見慣れた顔がいた。
 ……みすとよ、何故いる?
「さやかがこんな時間に来るなんて……あれだね、明日は雪だ。大雪」
「失礼な。というかなんであんたこんな早くからいるのよ!?」
「……まあ、気紛れ?そういうことにしておこう」
 またわけのわからんことを……。

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武上 雅史・1日目
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 ……朝か。
 なんだか、変な夢を見た気がする。
 悪魔がどうこうとか……そんな感じだったような気がするけど……頭の中に霧がかかったかのように思い出せない。
 まあ、夢の内容を忘れるなんてよくあることだから、別にいいか。

 さて、朝練行かないとな。
 制服に着替えて……あれ?
 こんなに服の袖、長かったっけ?
 というか、服自体が大きく感じる。
 ……なんでだ?

――ソレハ、イツモノコトダヨ

 ……うん、そうだよな。
 母ちゃんが「身体が大きくなってもいいように」って、大きめの服しか買わなかったんだよな。
 でもあんまり背が伸びなかったから制服もぶかぶか。
 柔道部でも小柄で、よくからかわれているじゃないか。

 なんだか違和感を感じている気がしたのだが、その違和感の正体がわからないので気のせいだと思うことにし、俺は学校へと向かった。

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 一時限目の休み時間。
 雅史がトイレへ向かっていると、二人の少女とすれ違った。
 少女の一人は雅史を見て不思議そうな顔をしたが、雅史はそれに気付かずトイレへと向かっていった。

「あれ?」
「どうしたの」
「あれ、柔道部の雅史だよね?」
「そうだよ」
「あんなに、小柄だったっけ?」
「小柄だった……と思うけど?」
「……そうだよね?おかしな事聞いてごめんね」

 そんな会話があったことなど、知らずに。

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 少しずつ、少しずつ。
 変わっていけ、変わっていけ。

 でも安心しなさい。
 あなたの願いは叶えるから。

 あなたの望む形では、絶対に叶えなてあげないけれど。

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武上 雅史・2日目
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 ……朝か。
 着替えて、朝練いこー。

 えっと、まずはぱじゃま脱いでー……あれ?
 おれの胸、ちょっと膨らんでない?
 これじゃあ、女の子みたいだよ?

――デモ、ソレガアナタノカラダナノ。ダカラ、オカシクナイ

 ……うん、そうだよね。
 おれの胸がちょっぴりだけ膨らんでるの、いつものことだよね?

 でも、何かおかしい気がするなぁ……。


「おはよー」
 居間にいた母ちゃんに挨拶をすると、母ちゃんが不思議そうな顔をした。
「……今の、雅史の声?」
「そうだけど?」
 何か変だった?いつもどおりだと思うんだけど……。
「それに、そんなに制服大きかったっけ?」
「これは大きくなってもいいようにって、母ちゃんが大きめのやつ買ってきたんじゃないか」
「そうだっけ……うん、そうだった気がする……けどおかしいような気も……」
 なにやらうんうん唸りだした母ちゃんを横目に、おれは朝食を食べ始めた。
 ……何故かあんまり食べられなかった。
 いつもなら、もっと食べられるのに……。


 朝練中、友達のサトシが声をかけてきた。
「雅史ー、寝技の練習しようぜー」
「いいよー」
 お互いに背中合わせで座る。
 この体勢から組み合って、寝技を掛け合うのが、寝技の練習だ。
「始め!」
 掛け声と共に後ろへと向き直り、サトシに組み付く。
 先手必勝!悪く思うなサトシ!
 だけど呆気なく手を外され、逆に押し倒されてしまった。
「きゃっ……!」
「へ、変な声出すなよ、気色悪い!」
 そう言いながら、サトシは自分の身体を動かし、ある技の体勢に持ち込む。
 おれの顔の正面に、サトシの胸が現れる。
 さらに横帯を取られてしまい、腕が抜けない。
 上四方固めだ。

 ……駄目だ、返せそうもない。
 なんだか今日は、力が入らない気がする。

 それにしても、サトシの胸板、厚くてたくましいなぁ……。
 おれなんて柔らかくてちょっと膨らんでいるというのに……羨ましい……。

 サトシの吐息が、おれの胸元にかかる。
 その感触がくすぐったくって……
「ひゃうっ……」
 変な声を出してしまった。
 その声に驚いたのか、サトシは技を外し、立ち上がる。
「わ、悪い……ちょ、ちょっとやりすぎた」
 顔を真っ赤にして謝ってくるサトシ。
 サトシは手で股間を押さえながら頭を下げた。

 ……おれ、金的なんてしたっけ?

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 サトシは雅史に謝ったあと、トイレへと駆け込んだ。
 個室へと飛び込み、ズボンを下ろす。

 そこには、大きく成長した彼の息子さんがいた。
「なんで勃つんだよ……」
 サトシは戸惑っていた。
 友人の声に、その身体の柔らかさに、その細さに。
 身体に残る雅史の感触が、サトシの興奮を掻き立てた。


 その日、サトシは1時限目を遅刻した。

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 一時限目の休み時間。
 雅史がトイレへ向かっていると、二人の少女とすれ違った。
 昨日すれ違った二人である
 少女達は雅史を見て驚いたような顔をしたが、雅史はそれに気付かずトイレへと向かっていった。

「……雅史って、あんなに可愛らしかったっけ?」
「どうだろ?あんまり覚えてない……」
「ああ、でもああいう子もいいよねー」
「あなた、ショタっ気があったの?」
「……そうかも。今度告ってみようかなー」

 そんな会話があったことなど、知らずに。

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水瀬 さやか
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 廊下を歩いていると、生徒会長の橋本霧子先輩が向かいからやってきた。
「こんにちは」
 天使のような笑顔で挨拶をしてくれた。
「こ、こんにちはっ!」
 私も慌てて挨拶を返す。
 うわー、どうしよ。学園のトップアイドルと挨拶しちゃったよ〜。
 この人、確か『女の子が選ぶ、恋人にしたい女の子ランキング』第2位だったよね。私も投票した。
 男女両方からありえないほどの人気を誇る、まさにカリスマ。
 ちなみに第1位は留学生のミルカ・L・フォッグ。スタイル抜群の美少女だ。
「ふふ、お元気ですね」
「は、はい!元気だけが取り柄ですから!」
「そんなことはないですよ?」
 そう言いながら、霧子先輩は両手で、私の顔を包むように触れた。
 ……え?これ、どういう状況?なんでこんなに、霧子先輩の顔が近いの?
「えっ……せ、せんぱい!?」
「ほら、可愛いじゃない。あなたは、元気で、可愛い。本当に素敵な女の子よ?」
「そ、そんなこと……」
「謙虚ね。そんなところも可愛いわ。……キス、したいくらいに」
 ……え?
「ふふ、冗談よ」
「そ、そうですよね、冗談ですよね?」
 うわぁ、一瞬期待しちゃったよ。私のバカ。
「こんなところじゃ、ムードがないもの。キスは、また今度ね」
「ふぇ!?」
 そんなことを言いながら、霧子先輩が私の……胸を、ちょっとだけ触って、その……軽く揉んできた。
 ……服の上からなのに、直に触られてるかのような感じがした。
 胸の鼓動が早くなる。
「な、なんで……?」
 なんで、胸を触るの?
 なんで、こんなところで?
 なんで、こんなにドキドキするの?
 ――なんで、女同士なのに、こんなことするの?とは思わなかった。
 だって、相手が霧子先輩だから。
「まーきんぐ、したからね?また会いましょう、水瀬さやかさん」
 そんな言葉を残し、霧子先輩はいつの間にかこの場から立ち去っていた。
 あまりに頭がボーっとする。
 どうしてこんなことになっているのだろう。
 わけがわからなかった。

 何故先輩が私の名前を知っているのかという疑問も浮かばないほど、私は状況に浮かれていた。


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武上 雅史・3日目
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 ……朝だ。
 着替えてー、学校いこー。

 まずはパジャマ脱いでー……あれ?
 ボクの胸、大きくなった?

――イイコトジャナイ

 ……うん、そうだよね。
 おっぱいは大きい方が……いいよね?
 そろそろボクもぶらじゃーした方がいいのかな?

 さて、髪をとかして……あれ?
 こんなリボン持ってたっけ?
 まあいいや、ちょうどいいしつけてみよう……うん、似合ってる。


「おはよー」
 居間にいたお母さんに挨拶をすると、お母さんが不思議そうな顔をした。
「……雅史なの?」
「他に誰だって言うの?」
 何か変?いつもどおりだと思うけど……。
「そのリボン、どうしたの?」
「わかんない。でも、似合うでしょ?」
「似合うけど……何か違うような……」
「あ、お母さん。今度下着買いに行こうよ。そろそろぶらじゃーつけてみたいんだ」
「え?う、うん、そろそろ必要かもね(……雅史にブラなんて、買う必要あったかしら?)」
 なにやらうんうん唸りだしたお母さんを横目に、ボクは朝食を食べ始めた。


 朝練中、友達のサトシが声をかけてきた。
「雅史ー、寝技の練習しようぜー」
「………………」
「どうした、雅史?」
 雅史が不思議そうにボクの顔を見る。
 あんまりじっとみないでよ、恥ずかしい……。
「こら、サトシ!雅史を苛めないの!」
 突然横から大きな声がとんできた。
 見ると、女子の部長である京子ちゃんがいた。
「雅史も、練習するならそっちじゃなくて、こっちでしょ!」
 そう言って京子ちゃんはボクの腕を引っ張る。
「お、おい!雅史は……あれ?」
「雅史は女子と練習してるでしょ、いつも」
「そ、そうだよな……なんで俺、今雅史誘ったんだろ?」
 サトシは首をかしげながら去っていった。
「さて、練習しましょ♪」
 京子ちゃんがにこやかに笑う。
 その笑顔が可愛くて、思わず見惚れてしまう。
「う、うん……」
 なんとか返事を返し、ボクは練習に参加した。

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 ふふっ、馴染みかけてるわね。
 最後にどの程度残るのかしら?楽しみねぇ。

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水瀬 さやか
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「暇ねぇ……」
「暇だねぇ……」
 昼食を終え、私とみすとは教室でぐったりとしていた。
 周りではいくつかのグループに分かれてお喋りしている。
 よくそんなに話題があるもんだ。
「ねぇ、みすと」
「なぁに?」
「なにか暇つぶしはない?」
「ないねぇ。読書でもする?」
「図書室までいくのめんどい」
「そーだねー。じゃんけんでもする?」
「何故?」
「うん、この選択肢はないわ」
 ないと思ってるんだったら言うなよ。
「あー、そうだ」
「なによ」
「明日、創立記念で休みだから、今日、さやかの家に泊まるね」
「……確定なの?」
「うん。拒否権はない」
「……しょうがないなぁ」
 まあ、こいつならいつ来てもいいけどね。
 ウチの両親も、何故かこいつの事気に入ってるし。

――翌日。

 休日だが特にやることはないので、家でグダグダする。
「……ねえ、みすと」
「なに?」
「暇なんだけど」
「そうだねぇ、ゲームでもする?」
「ウチにゲーム機ないんだけど」
「そこに置いてあるじゃん」
 そう言って、テレビの前においてある黒い物体を指差す。
 ああ、それは確かにゲーム機だ。
 だが、ウチにはそれで遊ぶためのソフトはない。
「それは映画見るための機械だから」
「……最新のゲーム機に5万払って、映画見るだけってどんな贅沢だよ」
「再生機としては安値よ」
「似たようなものだと思うけどねー」

 その後二人で、巨大な円盤が地球を滅ぼそうとする映画を見た。
 古い映画だけど、結構楽しめた。

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武上 雅・4日目
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 朝だー。
 今日は京子ちゃんとお出掛けするから、早く着替えないと。
 でも、その前におトイレ〜。

 じゃあ、ズボン下ろしてー、手で持ってー……え?
 なにを、手で持つんだっけ?
 というか、おしっこってどうやるんだっけ?
 あれ?どうすればいいの?
 が、我慢できない〜!

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武上 喜美江
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 息子の様子がおかしくなって、4日目。
 でも誰も、そのことに気付かない。
 夫も、近所の人達も、息子自身も。
 私自身も、既に何がおかしくなっているのか曖昧になってきてる。
 私がおかしくなったのか、世界がおかしくなったのか、それすらもわからない。
「ママ〜」
 トイレの方から、聞きなれない可愛らしい声が聞こえてきた。
 多分、雅史だ。
 私はトイレへと向かう。
 そこには、確かに雅史がいた。
 腰あたりまで伸ばした髪、ちょっと小柄な体格(多分140cmくらい)、そのわりに大きく膨らんだ胸。
 下半身裸で、グスグスと泣いている雅史は……どうみても、女の子にしか見えない。
 その下半身に男の子の象徴は存在せず、毛も生えていない『女』の象徴があるだけ。
 昨日までの雅史は、(可愛らしくなっていたとはいえ)男の子だった筈なのに……今は完全に女の子だ。

――イイエ、最初カラ女ノ子ダッタワヨ

 ……そんなことは、ない。
 間違いなく男の子だった……と思う。
 思うんだけれど……自信がない。
「ママ……ごめんなさい……」
 その声で、私は思考を中断する。
「おもらし、しちゃった」
 見ると、足元には確かに小さな水溜りが出来ていた。

――サア、ドウスル?アナタノ『娘』ガ泣イテルワヨ?

 涙を流しながら、こちらを見つめる『娘』。
「……もう、しょうがないわね。次は、気をつけなさいね」
「……うん」
「ほら、泣いてないで。シャワーでも浴びてきなさい。お母さん、ここ片付けておくから」
「……うん」
 まったくもう、雅史はしょうがないわね……雅史?
 雅史って……誰?

――アナタノ『娘』ノ名前ハ、雅ヨネ?

 ……うん、そう。雅。
 誰だっけ、雅史って……。
 ま、いいか。

 そういえば、さっきまで何か考え事をしていた気がしたけど、思い出せない。
 ……思い出せないってことは、大したことじゃないんだろう。

 さて、ここを片付けて、雅の着替え用意してあげないと!

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武上 雅・4日目
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 もう高校生なのに、おもらししちゃったよぅ。
 ……恥ずかしい。

 それにしても、なんでボク……男物の服しか持ってないんだろ?
 それも、結構大きなサイズだし。
 昨日までどうやって着てたんだっけ?
 サイズが合う服、さっき着てたパジャマと制服だけだし……。
 下着すら男物しかないって、なんで?
 ママも不思議そうに首をかしげている。
「しょうがない、とりあえず……私の子供の頃の服が何着かとっておいてあると思ったから、それ着なさい。
 後でちゃんと女の子の服用意するからね」
「うん、ありがとう、ママ」
 あ、でも下着はどうしよう?
 ぶらじゃーもぱんつもないし……。
 ママもさすがに下着の換えは持ってないみたいだし。
 ……後で買うしかないか。
 それまでは我慢しないと駄目かな。

 ママの持ってきた服は、黄色いTシャツと青いスカート、そして黒いスパッツ。
「これなら、下着なくてもとりあえずは大丈夫でしょ?」
 あ、そうだね!ママ、ありがとう!
 ボクはママの服を着て、鏡の前に立った。
 ……ちょっと子供っぽいかも。
 胸の辺りがきついし……乳首が浮き出てる。
「サイズはちょっと我慢してね。胸は……サラシでも巻いておきましょう」
 なんだか、凄くマニアックな格好になってる気がするよぅ。
 街へ行ったら、ちゃんとした下着買わないと……。


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 待ち合わせ場所には、すでに京子ちゃんがいた。

「マサ、おっはよー!」
「お、おはよう……」
「どうしたの?元気なさそう……というか、恥ずかしそうだけど」
「なんかジロジロ見られているような気がして……」
 家を出てから、すれ違う人――特に女の人がボクを見ているような気がする。
 やっぱり変な格好になっちゃってるのかなぁ……。
 男の人が、ボクの胸に注目している。
 女の人は、ボクの顔を見て、何故か顔を真っ赤にさせる。
 そんな風に感じるのは、ボクの気のせいだろうか?
 意識しないようにしても、見られているような感覚がつきまとって――なんだか心細かった。
「う〜ん……マサが可愛いから、じゃないかな?」
「それだと、女の人からも見られてる気がすることの理由にならないんじゃない?」
 ボク、女の子だし。
「いやいや、マサは女の子から人気があるわよ」
「そうなの?」
「ええ、『小さくて可愛い』とか『愛くるしい』とか『抱きしめると気持ちよさそう』とか、
 『ウチの妹いらないから代わりに妹になって欲しい』とか『ペットにしたい』とか『おっぱい大きくて羨ましい』とか」
「……それ、人気あるって言うの?」
 どう考えても愛玩動物の一種扱いだと思うんだけど。
「あるわよ。『女の子が選ぶ、恋人にしたい女の子ランキング』では、生徒会長の橋本霧子先輩に並ぶ第2位を獲得してるし」
「なにそのランキング!?」
「ちなみに男子の部ではマサは圏外。見る目ないわねぇ……」
「いや質問に答えてよ!ボク、そんなランキング知らないよ!?」
「気にしない、気にしない。ほら、そろそろ行こっ♪」
 京子ちゃんは僕の手を取って歩き出した。


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「服も下着もない?」
「うん……なんでだかわからないんだけど……」
 近くの喫茶店に入って一服しながら、朝の出来事を説明する。……おもらしのことは内緒だけど。
「という事は……ノーブラ?」
「ママがサラシ巻いてくれたけど……」
「……よし、まずは下着からね」


 京子ちゃんに連れられて辿り着いたのは、このあたりで一番大きなデパートの下着売り場。
 こんな所はいるの、初めてだから緊張する。
 ……なんで、今までここに来なかったんだろ?
「サイズは……わからないわよね?」
「うん」
「じゃ、測ってもらおう」
 京子ちゃんが店員さんを呼びに行く。
 その間ボクは、何気なく近く似合った下着の値段を見てみる。

 ……高っ!
 一つ買う値段でゲームソフト買えちゃうよ!?
 どうしよう……。
 こんなに高いんだったら、買わなくても……
「マサ、ほら、測ってもらうよ」
「あの、京子ちゃん、やっぱ買うのやめて……」
「駄目!あんたおっきいんだから、下着つけないと崩れるわよ!スタイルとか、女としての尊厳とか!」
「でも高いし……」
「下着くらいの値段でなによ。それくらい、わたしが出すから!」
 そう言って京子ちゃんはボクを店員さんのところまで引きずっていった。


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 結局その日は、京子ちゃんに一日中連れまわされた。
 ……まあ、服とか下着とか買ってもらったし、楽しかったからいいけどね。

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 これで環境は、整ったわね。
 では……そろそろ頂きましょうか。
 ふふ、楽しみね……。

 願いの代償は、たっぷりと味わわせて貰うわね。

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水瀬 さやか
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 土曜日。
 通常、土曜日は休みなんだけど……『昨日が創立記念日で休みだから、今日は登校日』という、理不尽な日程が組まれていた。
 どうせなら三連休にするべきだと思う。授業は半日しかないんだし。
「……まあ、今回はこの日程の方が都合いいんだけどね」
「何が?」
 みすとが聞いてくる。
「今日は学校に用事があるのよ」
「なるほど、だから今日が登校日だと都合がいいわけだ。ちなみに、どんな用事?」
「生徒会長様直々のお呼び出し。一緒に来る?」
「いいの?」
「問題ないと思うわよ」
 そう言うと、みすとは少し考えて、
「そうだね……今日のところは遠慮しておくよ」
 と、返事をした。

「あたしもやっておきたい事があるからねー」


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武上 雅(みやび)・5日目
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 ……うーん、もう朝?
 着替えて、学校行かないと……。
 じゃあまず、制服に着替えよー。

 まずはパジャマ脱がないと。
 ……いつ見てもボクの胸、大きいなぁ。
 どうせなら、胸より背が伸びればいいのに。
 こんなチビで、胸だけ大きいんじゃ、バランス悪いよー。

 ……まあ、しょうがないか。着替えを続けようっと。
 ぶらじゃーを着けて、ぱんつ履いて……。
 ブラウスを着て……ボタン留めにくいなぁ……。
 スカート履いて……スカート短いなぁ。ちょっと恥ずかしいよ。
 あとはリボンつけて……よし、準備できたー。


「おはよー」
「雅、おはよう。今日も可愛いわね」
 居間にいたお母さんに挨拶をすると、お母さんは笑顔で挨拶を返してくれた。
 それにしても、可愛いだなんて……なんだか嬉しいな♪

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「おはよー、マサ!」
 部室に入ると、京子ちゃんに抱きつかれた。
「お、おはよう京子ちゃん」
 その結果、ボクは京子ちゃんの胸に顔をうずめることになった。
 ……京子ちゃんの胸、柔らかくって気持ちいい。
 ボクもこれくらいの大きさだったらよかったのに。
 これだけ大きくっても重いし……もうちょっと、京子ちゃんの近くに……
「あー!京子先輩ずるいー!わたしも雅先輩を抱きしめたいのに!」
「というかきょーちゃんは、みやちゃんを独り占めしすぎだと思う」
「なんとでも言うがいいさ!私が一番マサの事愛してるもん」
「意義あり!雅先輩に対する愛だったら、わたしだって負けてません!」
「あたしもみやちゃんへの愛の深さには自信がある」
 他の部員から不満の声に、京子ちゃんが火に油を注いだ。
 それにしてもみんな、凄く恥ずかしい事言ってません?
 というか、そもそも。
「ねえみんな、ボク、女の子なんだけど……」
「「「それがなにか?」」」
 誰も気にしていませんかそうですか。
 そりゃ、男に言い寄られるよりはマシだと思うけどさ……気持ち悪いし。
 ……あれ?なんで男に言い寄られるのが、気持ち悪いの?ボク、女の子だよ?そっちの方が自然じゃない。

――デモアナタハ、女ノ子ニモテタカッタンデショウ?

 ……うん、そうだったよね。
 きっと、ボクは女の子が好きなんだろう。

 釈然としないけど、そう納得することにした。

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 午前中しか授業がないので、あっという間に放課後。
 この後は……柔道部の練習かー。
 ウチの部員達は大会や段位に興味がない。
 入部の理由も、護身術代わりとかダイエットにとかそんな理由らしい。
 かく言うボクも、昔からやってるから惰性で入部しているにすぎない。
 京子ちゃんなど、「マサが入ってるからに決まっている」と、不順極まりない理由を公言している。
 だから練習もあまり長い時間はやらない。
 朝練だって、体裁を保つためにやってるようなものだし。
 多分2時間くらい練習して、解散になるであろう。

 なんて不真面目なんだろう。
 柔道に打ち込んできた人間としては、もっと柔道に真剣になるべきだと思う。
 ボクなんて、この学校に入ってからも夜遅くまで――

――夜中マデ練習スルノハ男子ダケデショウ?

 夜遅くまで練習した事なんてない。
 夜道は危険だし、みんなと一緒に遊んでる方が楽しいもんね。

 それにしても男子は大変だなぁ……。
 全国出場を目標に、毎日頑張ってるのをみると、凄いなぁ……と思う。
 ボクじゃ、とても無理だね。

 なんかすっきりしないけど、そう思うことにした。

 さて、道場に行こう。
 日直で少し遅くなっちゃったな。京子ちゃん達、待ってるかな……。
 はやく、急がないと……。

「その前に貰うわよ?」

「え?」
 突然、周りの視界が悪くなった。
 ……これ、霧?
 こんな時間に、こんな場所で?
「どこでも関係ないわ。我にとって霧は、身体の一部だもの」
 霧の中から、肌を大きく露出させている服を着た、胸のおっきなお姉さんが現れた。
 どこかで見たような気もするけど……誰だろ?
 お姉さんはニコリと微笑み、指をパチンとならした。

 その瞬間、俺の頭は霧が晴れたかのようにすっきりした。
「あ、あれ?お、俺……え!?」
 声が高い。いつもの自分の声じゃない。
「な、なんだよこの声……ま、まるで、お、おんな……」
「声だけじゃないよ。身体を見てごらん?」
 目の前にいる女に促され、俺は視線を自分の身体に移し――言葉を失った。
 胸が膨らんでる!?
 男の俺にあってはならない膨らみが、その存在を強烈にアピールしていた。
 そしてその胸が押し上げている服は、普通男が着ない、薄いピンクのシャツと首もとの紅いリボンが特徴のブレザー、そしてスカート。……女子の制服だった。
「な、なんだよこれ。なんで俺、女の服を着てるんだよ……」
「いやだって、あなた女の子だもの。当然でしょ?」
「女!?」
 なにを、なにを言ってるんだ、こいつは。
「信じられない?じゃあ、あなたは男の子?その証拠、見せてくれる?――なんなら、昔話でもいいわよ?」
 証拠……身体を触ってみる。
 胸は柔らかく、触られてる感覚と触れてる感覚が気持ちよくて、おかしくなりそうだった。
 股間に男の象徴はなく、今まで触れたことのない、未知の感触が伝わってきた。
 ……身体は、完全に女だ。じゃあ、昔のことを話すしかない。
 えっと、たしか7歳くらいの頃に……七五三で可愛い着物を着れて嬉しかったな♪……あれ?
 じ、10歳の時……おっぱいが膨らみ始めて、男子がジロジロ見てくるから恥ずかしくて……なにこれ!?
 男としてのことが、思い出せない?
 そんなはずはない。俺は確かに男だった。
 だが、どれだけ頑張っても、思い出せるのは女としての記憶だけだった。
「ふふ、思い出せないでしょ?男だったって思い出せないでしょ?」
 !?
 こいつ、俺が男だったことを知っていて……!
「ええ、我は、我だけは覚えてるわよ?だって貰ったもの。あなたの男としての人生を。経験を。運命を。過去を」
「て、てめぇ!」
「あら?怒るのは筋違いよ?我はあなたの願望を叶える代償として、あなたの『男』を頂いたのだから」
「が、がんぼう?」
「忘れたの?『女の子にもてたい』って、そう言ったじゃない」
 ……思い出した。
 俺は確かに、この女――悪魔、キリにそう願った。
 確かに、願いは叶った。俺の女としての記憶でも、男よりも女に好かれている事が鮮明に思い出せる。
 だけど――
「これじゃ、何の意味もないじゃないか!」
「あら?あなたも性別にこだわるタイプ?恋愛と性別を切り離せない人?同性愛は非生産的だって言うクチ?
 下らないわね。その理屈は、子作り以外でセックスしない人しか言っちゃいけないのよ?
 快楽目的でセックスする人が言うのは筋違いよ?子供作る気がないセックスが生産的だなんてナンセンスだわ」
 どうやら、この悪魔と俺とでは価値観がずいぶんと違うようだ。
「……興ざめしたわ。さっさと最後のモノを頂いて、その常識ごとあなたを壊すことにしましょう」
 そう呟くキリの目は、なんだかとても怖いもののように感じた。視線だけで人を殺す、そんな今時ファンタジー小説でも使われないような表現がぴったりな、そんな冷たい目だった。
 そんな目つきのまま、キリはゆっくりと俺に近付いてくる。
 俺は、動けなかった。逃げだしたいのに、身体が動いてくれなかった。
 やがて、キリは俺の眼前に立ち――
「いただきます」
 俺の唇に、自分の唇を重ねた。

 ――ファーストキス、だった。

 キリの舌が、強引に俺の口をこじ開け、俺の舌を絡めとる。
 そして、そのまま。
 そのままの状態でいると、なんだかだんだん、ぼーっとしてきた。
 きもち、いい。
 なんだろ、これ。こんなのはじめて。
 おれ、どうなってるんだろう。
 なにかたいせつなことがあったきがするのに。
 なんか、どうでもよくなってきた。
 ぼく、いったいどうなるんだろう。
 ……どうでも、いいかぁ。
 きもちいいんだもん。
 なにをこだわってたんだろう。
 きもちいいんだから、それでいいじゃない。

 こうして、『俺』は『ボク』に――女に、なった。

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「……さ、マサっ!!」
 身体が揺さぶられてる。
 あれ?なんで?
 ゆっくりと目を開けると、目の前に京子ちゃんがいた。
 京子ちゃんはボクが目を開けたのに気付くと、目に涙をためながら、嬉しそうに抱きついてきた。
「え、きょ、京子、ちゃん?」
「よ、よかった〜。来るのが遅いから様子を見にきたら、マサが倒れてて……びっくりしたんだからね!」
「そうだったんだ……」
 なんでボク、倒れてたんだろ。……まったく心当たりないや。
 ……そんなことより、なんでだろ。
 なんか、京子ちゃん見てると凄くドキドキする。……なんだろ、この気持ち。
「……マサ、どうしたの?大丈夫?」
「う、うん、大丈夫、多分」
「ならいいけど……うん、今日は大事をとって部活休もう?送ってくから、ね?」
「……うん」
 ……何か大切なことを忘れてる気がする。
 でも、忘れるということは……大したことじゃないよね。多分。
 そんなことよりも、今は京子ちゃんの事だ。
 なんだか知らないけど、京子ちゃんがこうして触れてるとドキドキする。
 ……恋?女の子同士だよ?
 ……でも、それもいいかもね。
 この気持ちがまだなんだかわからないけど、後悔だけはしないようにしよう。
 そっと心の中で、そう誓った。

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 なかなか楽しめたわね。
 彼が最後まで持っていた、『男としての意識』もおいしかったし、まあ今回は成功なのかな。

 さて、次は誰にしようかな……。



「くろいはね」「あくまのむすめ」のつづき……だった話。一応今もそういう立ち位置。の、ハズ。
最初に書いたときはさらにもう一件分TSを絡めた結果、自分でも訳がわからなくなって放置、という流れだった気がします。
最近になってやっと色々見直せるようになり、今の形に落ち着きました。

さて、キリの正体は誰なのか?
いつものようにやりたい放題やった後に最後だけいい話にして終わるのか?
そもそも続くのか?
それすらも未定のまま、今回はおしまいです。すいません。



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