あくま
「暇だから悪魔でも召喚してみようと思う」
と、双葉が言った。
どんな暇潰しだ、それは?と思ったが、双葉は本気の様子。
とりあえず見守ることにした。僕も暇だし。
「で、どうやって召喚するん?」
「これだ」
そう言って、双葉は一冊の本を取り出した。
表紙には『サルでもできる悪魔召喚術:後編』と書かれていた。
「うん、凄く胡散臭い」
「ちなみに第148刷らしい」
「凄い売れてるね」
「ちなみに、本屋で注文して取り寄せた『前編』はこちらに」
「そっちから出せよ」
というか、一般の流通に流れてるんだ、それ。そっちにびっくりだよ、僕は。
いろいろ納得いかない所もあるが、とりあえずやってみることにした。
「でも、悪魔召喚してなにするのさ?」
「願い事を叶えて貰う」
「そういうのって魂を賭けるんだよね?」
「そーだね。だけど」
双葉は怪しく微笑む。
「そういうのって、出し抜く方法はいくらでもあるんだよ」
よくわからないが、とにかく凄い自信だ。
「では、召喚してみようと思う」
「わーぱちぱちー」
「今回お呼び出しする悪魔は、『願い事を3つ叶えてくれる悪魔』です」
「うわあ、ありきたりだ〜」
「まずは、魔法陣を描く」
「続いて周りに蝋燭を立てる」
「生贄代わりに大量の生肉を用意」
そんなもんで呼び出せるのかよ。
「で、呪文を唱える。『ざらーどいらーどがらーどーいざいざかまくらーれっつごー!』」
ビシっとポーズをとる僕たち。傍から見れば、間違いなく変な人である。
これで悪魔が出てこなかったら、出版社に殴りこもう。
とか考えてたら、部屋のドアが開いた。鍵がこっち側からかかってたのに。
「…呼んだ?」
そう言いながら、なんか牛っぽい悪魔(多分男。自信ないけど)が入ってきた。
…いやいや、それはないだろう?
「うむ、願い事を叶えてもらおうと思ってな」
「…魂貰うけど構わん?」
って、何で普通に会話進めてるんですか!?
「ちょ、ちょっと待て!この魔法陣の意味は!?」
「…そっちから出てくるのかったるい」
「そんな理由かよ!」
てか本当にこの魔法陣必要あったの!?
「じゃあ、まず一つ目の願いだ」
「…言ってごらん」
「あたしらの通っている学校、共学なんだが」
「…ふむ」
「女子高にしてくれ。生徒も教師も全員女で」
何考えているんだろうこの馬鹿は。
「双葉一つ聞かせて。何故?」
「いや、あたし男より女の子の方が好きだし」
「そうだったんだ…」
軽くショックだよ、僕は。
「…では、その願い叶えよう」
そう言って悪魔は何か念じるように唸った。それと同時に、悪魔の身体が光り輝く。
うわ、まぶし!
そう思った瞬間、僕の意識は途切れていった。
………。
……。
…あれ?ボク、何してたんだっけ?
なんか違和感を感じて、自分の身体を見る。
まず目に入ったのは、青いブラウスに包まれた、自慢の大きな胸。
ほっそりとした腰に、折れちゃいそうなほど細い腕。
スカートから飛び出す脚は、いつものように白く綺麗。
肩に掛かるほどの長さの柔らかい髪。
ふと、机の上にあった鏡を見ると、可愛らしい整った顔があった。
…何にも変わってないじゃない。
「若葉が女の子になった…若葉?この子、そんな名前だっけ?」
何を言っているの?ボクはあなたの幼馴染の若葉だよ?
「…学校に所属している生徒と教師が全員女性だったことにしておいた」
「なるほど、この子が男の頃の事は誰も覚えてないと」
「…願った君だけは、誰が元男かはわかるはずだ。…まあ、どんな男だったかは忘れてるだろうが」
「了解した。なかなか凄い力をお持ちだね」
「…まあな」
なんか、ボクのわからない所で話が進んでる…。
つまんないなぁ…。ボクの事見てよ、双葉。
「若葉、袖引っ張らないで」
「あ、ごめん」
無意識のうちに、双葉の服の袖を引っ張ってた。
…なんでだろう?双葉を見るとドキドキする。
…なんで?ボク、女の子なのに…おかしいよね?
「…じゃあ、次の願いを言え」
「うん、じゃあ『若葉と恋人同士でもおかしくない』ようにして」
「…お安い御用だ」
また悪魔さんが光り輝いた。
同時に、ボクの中で、いや世界自体が変わっていくような気がした。
それが何だか恐くて、双葉の腕に抱きついてしまう。
あぅ…こんなことしたら、双葉に嫌われちゃうよぅ。
そう思いながら双葉の顔を見つめると、双葉はボクに優しく微笑んでくれた。
「若葉は可愛いねぇ」
顔が真っ赤になっていくのが分かる。
恥かしくて、顔をそむけた。
「…女同士で付き合うことが世間的に許されるようなった」
「本当に?」
「…テレビつけてみろ」
悪魔さんに言われて、双葉はテレビをつけた。
ちょうどワイドショーで、芸能人の熱愛発覚!という内容が流れ出した。
タレントのカオリと、歌手のヒカルの交際が発覚したらしい。
事務所曰く『清い交際』だって。
最近多いなぁ…って何かおかしい気もする。
ま、いいか。
「…では、3つ目の願いを言え」
「その前に一つ質問」
「…なんだ?」
「どんな願いでもいいんだよね?」
「…願い事を増やすのと、魂とるのをやめろ、というの以外は」
「あ、やっぱそれは駄目なんだ」
「…契約だしな」
「うん、じゃあ3つ目の願いはコレだ」
双葉が勝ち誇ったような、爽やかな笑みを浮かべた。
「あなたを、『ちょっとドジだけど、明るい天使の女の子』にしなさい」
「…お安い御用…ってええ!?」
気付いた時にはもう遅し。
悪魔さんの身体は光り輝いて…。
「う〜ん、ここは…?」
しばらくすると、『天使の女の子』が目を覚ました。
純白の翼と、ブロンドの髪が綺麗。
まだ意識がはっきりしていないみたい。
「目が覚めた?」
「…ええっと…あ、はい!大丈夫ですよ!」
天使さんは、笑顔で答えた。うん、元気になったみたいでよかった。
…で、天使さんは何しに来たんだっけ?
「じゃあ、願い事は以上ですね?」
「ええ。何か代償とかあるの?」
「いえ、天使なので無償です!それでは、私はこれで!」
そう言って天使さんは窓から外へと出て行った。
出る時、窓の縁で滑り落ちそうになったのは見なかったことにしてあげよう。
「ほら、魂あげないですんだでしょ?」
そう言いながら双葉がボクの頭を撫でる。
…何のことだか分からないけど、双葉が嬉しそうだからいいや。
こんな簡単に悪魔出し抜けたら苦労しません。
ご都合主義は今の基本です。
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