壊れたセカイのボクとキミ



―その日、僕らの世界は、壊れた。


 朝起きて学校に行き、友人と駄弁り、授業を聞き流し、学食のパンを食べて午後の授業を受ける……。
 そんな普通なことが如何に貴重なものだということに、その時の僕―立花 清彦はまだ気付いていなかった。


「清彦君」
 昼休みが終わる頃、珍しい人が僕に声をかけてきた。
 クラス委員の本郷 双葉さんだ。
 容姿端麗、頭脳明晰、性格も優しい完璧超人である。
 入学式で彼女を見かけた時、僕は彼女に一目惚れをした。
 そして偶然同じクラス、それも隣の席になった事で、運よく仲良くなれたのだった。
 世間話をする程度の間柄だが、それでも他の男よりは近くにいる、と思う。
「双葉さん、どうしたの?」
「清彦君って、犬を飼ってるんだよね?」
「え?う、うん」
「今度見に行ってもいい?」
「ええ!?」
「あたしは犬が好きなんだけど、妹が犬苦手で飼えないし、周りは猫派ばかりだから犬、触りたくても触れないんだよね……」
 ペットショップとかは?と言おうと思ったが、思いとどまる。
 これはチャンスではなかろうか。
 うちの犬を見てもらうことで、さらに双葉さんと仲良くなれるのでは?
 うまくいけば……。
「あ、うん、うちでよければ」
「うん、じゃあ……」
 その時、始業のチャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。
「あ、先生来ちゃったから、あとでね」
「う、うん!」
 なんてことだろう。
 こんなチャンスが飛び込んでくるなんて。
 嬉しくて、5時限目の内容は頭に入らなかった。


 その日の6時限目は世界史。
 いつもの通り、話のつまらなさに定評のある高橋先生が授業を進めている。
 この時間は眠気との勝負だ。
 この高橋先生の授業は、多くの生徒が睡魔と闘いながらノートをとり続けるという苦行を強いられることで有名である。
 しかも授業を聞いていない様子が見受けられる生徒を狙って指名してくる。
 その為、嫌でも話を聞かなくてはならないという辛い授業だ。
 僕もその一人で、とにかく眠気を耐えることに集中していた。
 ふと隣の方の席を見ると、眠そうにしている双葉さんが眼に入る。
 真面目な優等生で通っている彼女ですら眠そうにしていた。
 ちょっと親近感が沸いた。

 授業は淡々と続いていく。
 授業を進める高橋先生の声も、もはや眠りへと誘う為の子守唄にしか聞こえない。
 だめだ、このままじゃ耐えられない。
 気を紛らわせるために、窓の外を見る。
「……は?」
 不思議な光景が広がっていた。

 空が、歪んでいる。
 青く澄み渡った空に黒いものが混ざっていき、やがて青と黒の大きな渦巻きになっていく。

 他のみんなも気付いたようで、教室のあちこちから声が聞こえた。
「お、おい、なんだよあれ!」
「す、すげえ……」
「しゃ、写真、取らないと……」
「み、みんな落ち着け!」
 もはや授業どころではなかった。

 渦は少しずつ広がっていく。
 空を、雲を、大地を混ぜるように、どんどんどんどん広がっていく。
 海を、街を、森を吸い込むように、どんどんどんどん広がっていく。
 誰かが「世界の終わりだ……」と呟いた。
 誰も、その言葉を否定できなかった。

 やがて渦は僕達のいる学校の近くまでやってきた。
 誰も、動けなかった。
 逃げても無駄だと、本能的にみんな理解していたから。

 渦に吸い込まれる。
 渦の流れに翻弄され、僕の身体が軋んでいく。
 身体に何かがぶつかってきて、その度にそれが僕の身体に入り込んでくるように感じた。
 だんだんと勢いが強まっていく。
 自分の身体がバラバラになっていくようだった。

 やがて、僕の視界の端に人間のようなものが見えた。
 それは、確かに人の形をしていた。
 ただし、その姿は僕の知る『人間』とは異なるモノ。
 肌の色は緑色で、背中からは黒い翼が生えている。
 白い服に包まれたその身体は、胸の膨らみから少女であると認識できる。
 その姿はまるで、悪魔のようだった。

 少女の身体が少しずつ、僕の方へと近寄ってくる。
 少女は、こちらを見ていた。
 渦の流れを気にも留めず、ただ、その赤い眼でこちらを見て―笑った。
 その笑みはどこか懐かしく、そして艶かしくて、僕はその顔から眼を離せなかった。
 ゆっくりと少女の口が動く。

「こんにちわ。これからよろしくね、『私』」

 声は聞こえなかったが、少女がそう言っているのだと直感的に理解した。

 そして僕の身体と少女の身体が衝突し、混ざりあっていき―その痛みに耐えられず、僕の意識は遠のいていった。



 どれくらい経っただろうか。
 気がついたとき、ボクは教室にいた。
 周りには誰もいない。
「なんだったんだろう……え!?」
 ボクは自分の声に驚いた。
 いつもよりも高い声。まるで女の子のようだった。
 それが発端になり、ボクは自分の体のあちこちに異常を感じた。

 まず、髪の毛が長い。
 触ってみると、とても柔らかくて長い髪が、確かに自分の頭からはえていた。
 頭の両サイドがリボンで縛られていることがわかる。
 手が小さい。
 見慣れた手ではなく、触れたら折れてしまいそうなくらい繊細な手だった。
 そしてその手は、なぜか緑色の肌であった。

――まるで、あの少女のように。

 胸が膨らんでいる。
 結構大きい。
 そして白いワンピースを着ている。
 本来なら絶対きるはずのない服を着ていることに、恥ずかしさを感じた。
 スカート部分の裾から手をいれ、股間を触る。
 ……自分の記憶にあるものと違うものが存在していた。

 そして一番の異常……それは背中にあった。
 今まで存在しなかった部位。
 ……翼。
 それも黒くて尖った、悪魔のような翼。

 これは夢に違いない!
 一縷の希望を抱えながら、頬を抓ってみる。
「痛い!」
 激痛が走った。そんなに強く抓ったつもりはないのに。
 だが、そんな痛みよりも、この状況が夢ではない可能性が高いことの方がショックであった。
「な、なんだよこれぇ……」
 気がついたら女の子になっていた。
 それも多分人外の存在である少女に。
 恐らくあの渦の中で見た少女であろう。
 やはり、渦に吸い込まれたからだったのだろうか?
 ……というか、それが原因としか思えない。

『そうねえ、それが原因に間違いないでしょう』
 頭の中で、直接声が響いた。
「誰!?」
『決まってるじゃない。この身体の持ち主よ……これからは貴方の身体でもあるんだけどね』
「ど、どういうこと!?」
『言葉通りの意味よ。私と貴方は、今日、たった今から一つの存在となったのよ……まあ、現状から考えた私の予想だけどね』
「……よくわからないけど、君とボクが合体しちゃった、という事?」
『どちらかと融合、かしら?比率としては身体はほぼ私で、精神がほぼ貴方って感じのようね。
 私の意識が残っているのは多分偶然だと思うわ』
 彼女の存在があるからだろうか、意外と頭の中は落ち着いていた。
 ボク達は自分の置かれた状況を一つ一つ確認していった。
『とりあえず自己紹介しましょう』
「そうだね、ボクは立花 清彦。人間の、男……でした」
『男の子かぁ……これは面白くなりそうね』
「へ?」
『ああ、こっちの話。あたしは、ミリィ。多分予想はついてると思うけど、貴方の言うところの人間ではないわね』
「やっぱり、悪魔とかそういうのなの?」
『そうね。その一種であることは間違いないわ』
「君の意思で身体動かせる?」
『試してみましょう』
 すると腕が動き、自分の胸を掴む。
「ひゃう!」
『ふむ、私にも動かせる。感覚も伝わるみたい……でも、喋る事は出来そうにない。不思議ねぇ……』
「……なんで胸なのさ」
『男の子にさーびすしてあげようと思って。あ、好きなように使っていいからね』
「好きなようにって……」
『えっちな事。女の子の身体、興味あるでしょう?』
「あるけどさぁ……今それどころじゃないよね」
『……それもそうね。ややこしいから、普段は清彦が身体動かしてくれる?言葉と動きが一致していたほうがいいでしょうし』
「そうだね、わかった」
 とりあえず、身体の主導権はボクが担う事になった。

(……それにしても、このミリィという悪魔、自分の身体でえっちな事されるのに抵抗はないのだろうか?)
『いいよ、別に。むしろどんどんやれ』
「やれって、命令形!?」
 というか今、ボク喋ってないよね!?
 もしかしたら、頭の中で考えたことも筒抜けなのだろうか。
『えっちな男の子は大好きなのですよ、淫魔なので』
「淫魔!?」
『えっち大好き。あんだすたん?』
「理解できるかぁ!」
 ……うまくやっていけるんだろうか、コレと。
『まあまあ、戻れるかどうかもわからないんだし、仲良くやりましょうよぅ』
「……不安だ」

 そんな時だった。
「待てぇ!」
 その声と共に、誰かが教室に飛び込んでくる。
 ピンク色のツインテールと薄い胸が特徴の、小さな女の子だった。
 どこかで見覚えのあるような娘だけど……。
「世のため人のため、悪の野望を打ち砕くフタバちゃん登場!」
 フタバと名乗った少女は、どこぞのヒーローのようなポーズをとる。
 ……なんだこの娘は?
 フタバという名前に覚えはあるが、ボクの知る双葉さんとは見た目も印象も違う。
『知ってる娘?』
(いや、見覚えはあるんだけど……)
『凄く睨まれてるわね……悪って、私達の事かしら?』
(多分そうだろうね)
 なにがなんだかわからないが、敵意の無いことを伝えないと……。
 とりあえず、ボクは彼女と同じポーズをとってみた。



「………」
「………」
「……もっと腕を真っ直ぐ伸ばして!」
「は、はい!!」
「足ももっと広げる!」
「え、ええ!?」
「恥かしがらない!」
『なんなのこの娘は……』

 フタバのポーズ講座はその後数分間続いた。


「……うん、君は悪じゃないみたいだね。見た目と違って」
「まあ見た目よりはいい人だと思うよ、多分」
『酷いな君ら』
「あたしはフタバ。本郷 フタバって言うんだけど……」
「ええ!?」
「なによ?」
 ボクの驚きの声に怪訝そうな表情をするフタバ。
「ボ、ボク、清彦!立花 清彦!」
「ええ!?」
 今度はフタバが驚いた声を上げていた。
 互いに驚いた表情を浮かべたまま固まってしまう。
『あら、なんだか面白くなってきたじゃない』
 ただ一人、ミリィだけが状況を楽しんでいた……。


 先に口を開いたのはフタバだった。
「え、だ、だって……清彦君は男……だった……」
「双葉さんは……もうちょっと大きかったはず……」
「ちっちゃい言うな!」
 フタバが怒鳴る。
 とりあえず、ちっちゃいとは言っていない。
『結果的には言ってるようなものだけどねぇ』
「清彦君、一体何があったの!?そんな変わり果てた姿になっちゃって……」
『変わり果てた……間違ってないだろうけど、言い方はなんとかならないかしら。まるで死んでるみたいじゃない』
「双葉さんこそどうしちゃったの?そんな可愛らしい姿になっちゃって……」
「可愛いって言うなぁ!ありがとう!……って怒ってるのか嬉しいのかどっちだあたし!」
 顔を真っ赤にして怒鳴るフタバ。
 なんか様子がおかしい。
『……とりあえずお互いに状況説明したほうがいいわね。現状を把握しないとどうしようもないわ』
 それもそうだ。とりあえずこちらの事情を説明しよう。
 ……と、その前に。
(ミリィの事、説明した方がいい?)
『やめておきましょう。貴方の姿が変わっているだけでこの騒ぎよ?
 頭の中にこんな美少女が住んでるってわかったらどうなるか想像もつかないわね』
(……美少女?)
『うん、後で鏡を見ればわかるわ。そこのフタバとやらと同じくらい、私も結構可愛いと思うんだけど』
(いや、そういう事でなく……)
 自分で言うなよ。

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「……という訳で、気がついたらこの姿になっていたんだ」
 ボクはフタバに自分の状況を説明した。
 と言っても、ミリィの事を伏せているので、『渦に飲み込まれたと思ったら女の子になっていた』という内容でしかないのだが。
「フタバさんも、似たような感じ?」
「うん、まあ……ただ、清彦君より複雑かもしれない」
『ふむ』
「というと?」
「なんかね、いつもと色々違う感じがするの。
 急にヒーローみたいな事やりたくなったり、さっきみたいに可愛らしいって言われて嬉しいのに腹が立ったり……自分で自分がよくわからなくなってきたわ」
 確かにさっきのポーズはボクの知る双葉さんがやるとは思えない。
 というか、普通の女の子はまずやらない。
 普通の特撮好きの女の子ならやるかもしれないけれど、双葉さんが特撮好きという話は、少なくともボクは聞いたことがない。
『清彦、ちょっと私が言うように彼女に質問してくれる?』
(え?)
『確認したいことがあるの』
(わかった)
「フタバさん、質問していい?」
「いいけど……」
「ナナツメウサギと杭打ちウサギ、どっちをペットにしたい?」
「杭打ちウサギのほうが見た目は可愛いんだよね……でもあたしは犬かな」
「どんな犬?スナイピングドッグとか?」
「うん、可愛いよね、あれ」
「……ところで、どんな動物、それ?」
「え?……どんなのだっけ?」
 さっきまでスラスラと答えていたのに、フタバは考え込んでしまう。
『どうやら、変な混ざり方してるみたいね』
(どういうこと?)
『さっき言った動物は、私の住んでいた所に普通にいる動物なのよ』
(……物騒な動物がいるんだね)
『貴方は知らない?凄くポピュラーな奴なんだけど』
(全く知らない)
『なるほど、やっぱりそうなのか……渦の中で予感はしていたけど、実体験するとなると困るわね……』
 ミリィは一人で勝手に納得しているが、ボクには何がなんだかさっぱりわからない。
(……どういうことなの?)
『ああ、ごめんごめん。ちゃんと説明しないと……って、そんな余裕なさそうね』
(へ?)

「お客様、はっけ〜ん♪」
 突然辺りに声が響いた。
「誰!?」
「こっちこっち☆」
 そこには肌が白くて、露出の高い服を着た、悪魔のような羽を持つ女性がいた。
(……知り合い?)
『……よく知ってる。いい、清彦、落ち着いて聞きなさい』
「だ、誰よアンタ!?」
 フタバがその女性を睨みつける。
「誰だっていいじゃない……そんなことより」
 女性はまるで獲物を見つけた猛獣のようにニヤリと笑った。
 その笑顔に、ボクは恐怖を覚えた。

 マズイ、ココニイテハイケナイ。
 ハヤクココカラニゲナイト。
 ヤツノウタヲキイテハイケナイ!

「アタイの歌を、聴・け♪」
『耳を塞いで、全力で逃げるよ!』
 女性が歌いだすのと、ミリィが身体を動かし、フタバを抱きかかえ逃げ出すのはほぼ同時であった。
「○△■×↑←→☆∀〜♪」
 聞いた事のない言葉で女性は歌う。
 その歌声を聴いていると、なんだか変な気分になってくる。
 心の奥底から、なにか黒いものが這い上がってくるような、そんな感じ。
『アイツの歌は、人を狂わせる!だから耳を塞いで!』
「どうやって!」
 両手はフタバを抱えているのだ。
 しかも、ミリィが身体を動かしているせいか、ボクの思うように身体が動かない。
 どうやったって、耳なんて塞げないじゃないか。
 しかも、こちらは走って逃げている。なのに、歌声はまだ聞こえている。
 こうしている間にも、心の中で何かが広がっていく。

 オイテイッテシマエバ、ニゲラレルヨネ?
 ソウダヨ、コンナモノ、ステテシマエバイインダ。

『清彦!気をしっかり持ちなさい!』
 ミリィの声で現実に引き戻される。
 ……今、ボクはなにを考えた?
 自分の中に生まれた衝動に、ボクは恐怖した。
『まずいわね、早くこの建物から出ないと……』
 ……そういえば、フタバはどうしてるのだろうか。
 手元を見ると、フタバは顔を真っ赤にしていた。
「……はぁ、はぁっ」
 息が荒い。
 身体の具合が悪いのだろうか。
「清彦くぅん……なんだか、身体、暑いのぉ……」
「はい?」
「おっぱいとか……その……○◇○☆とか…疼くのぉ……」
 えっと……これは……。
『発情してるわ』
「こんな時に!?」
『これもアイツの歌の仕業ね』
「ど、どうしよう……」
『……しょうがない。清彦、フタバちゃんとやらをしっかり捕まえててね』
 その言葉と共に、腕の感覚が戻ってくる。
 急な展開にフタバを落としそうになるが、なんとかこらえる。
「ちょ、ま、待った!」
『待ったなし!とぅりゃぁあ!!!』
 掛け声と共に、ミリィは窓を蹴破り校舎から飛び出す。
 足元には、地面がなかった。
「ここ、4階だぁ!!!」
『知ったことかぁっ!むしろ好都合!!』
 ミリィは翼を広げた。
 黒く細い、揚力を生み出すどころか、羽ばたく事も出来そうにない、漆黒の翼。
 こんな翼で、飛べるわけが……
『勝手に諦めるなぁ!私が飛べるって信じれば飛べるんだよ!』
「どんな理屈だぁ!それで飛べるならペンギンだって飛べるわぁ!!」
『私の世界じゃペンギンが空の王者!!』
「ペンギン自重しろ!……ってそれどころじゃない!!」
 どんどんどんどん地面が近づいてくる。
 ぶつかれば、死ぬ。
 堕ちれば、死ぬ。
 死ぬ。
 死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。
 ……嫌だ、死にたくない!
『だから……信じなさい!!私なら――私達なら飛べるわ!』
 飛べば、助かる。
 飛べる?
 出来るの?

『出来る!』

 出来る。
 飛べる。
 ボクは、飛べる。
 ボク達は、飛べるんだ!
 飛べなければ、死ぬ!だから、飛べ!

 ぐん、と身体が上昇する。
 飛んだ。
 羽ばたきもせず、音もなく、ボク達は空高く飛び上がる。
「飛んだぁ!」
『……喜ぶにはまだ早いわね』
「え?」
『……追って来てるわ』
 ミリィの声に振り向くと、さっきの女性が窓に足をかけ飛び立とうとしていた。
「……飛べるの?」
『こっちが飛べるんだから、あっちが飛べたって不思議はないわ』
「逃げれる?」
『微妙ね。この娘、落としていくわけにもいかないし……』
 手元のフタバを見る。
 はぁ、はぁ、と息を荒げながら切なげにこちらを見つめている。
「清彦くぅん……あたし……おかしくなっちゃうよぅ……」
『……おいしそう』
「そんな場合かぁ!」
 次の瞬間だった。
 女性がこちらを見て、
「逃げるなぁ!!!!!」
 叫びながら飛び立ち、
「……うるさい」
 上から降ってきた『なにか』に叩き落されるという光景を見たのは。
 どしゃっ、という音がした。
 女性が地面に叩き落された音だ。
 叩き落したのは……小さな女の子だった。
 ボロボロのマントを纏ったその外見はまだ子供、といった感じで、青い髪が目立っていた。
 だが、何より目を引くのは女の子の3倍近くある大きさの剣。
 それを片手で持っていた。
「知ってる?」
『知らないわね……とりあえず、今のうちに逃げましょう』
「そ、そうだね」
 ボク達は大急ぎで逃げ出した。

「ぁん……あそこ……びしょびしょなのぉ……」
 ……フタバのえっちなセリフを残して。

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「……あんな翼でよく飛べる」
 飛び去るミリィの姿を眺めながら、少女は呟く。
「ちょっとあんた!」
 少女の前に、地面に叩きつけられた女性が立ちふさがる。
「……なにか」
「なにか、じゃないわよ!あんたのせいで客が逃げちゃったじゃないの!」
「無理矢理歌を聞かせて、客ねぇ……」
 少女は呆れたように呟く。
「いいわ、ならあんたが聴きな」
 少女は無言で剣を振った。ありえない速さだった。
 剣は女性の鼻先を高速で掠めていく。
 その衝撃で女性は大きく吹っ飛んだ。
「うるさい、殺さないでおいてやるから、黙ってろ」
 酷く冷たい声音で、少女が言った。
「……あっちの方が話が解りそうね」
 少女は女性の方を振り向こうともせず、ミリィ達の飛び去った方角へと歩いていった。

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 さて、今ボク達は壊れた電車の中にいる。
 壊れている、とはいっても電気はつくし、扉も開くし、窓もしっかりとしている。
 ただ走らない。
 ただ線路の上に乗っかっているだけ。
『とりあえず雨風は防げるわね』
「そうだね。しばらくここにいても大丈夫そうだね。それより……」
 ボクは隣の座席を見る。
 切なそうに横たわるフタバがいた。
「清彦くぅん……」
『さっきからあなたの名前ばかり呼んでるわ。物凄く愛されてるわねぇ』
「両思い、だったのかな……」
『そうなの?よかったじゃない』
 よかった?
 果たしてそうだろうか。
 自分の身体を見る。
 膨らんだ胸、緑色の肌、長い髪。
 そのどれもが、本来のボクの姿とは程遠い。
「せめて、男だったらなぁ……」
『なんだ、そんなことで悩んでたの?』
「重要なことじゃないか」
『大したことじゃないわよ。心に愛があれば、問題なんてありえない……いいわ。見本を見せてあげる』
「へ?」
 また、身体の自由が利かなくなった。
「ミリィ、どうする気!?」
『まあ見てなさい、童貞くん♪』
 本当に楽しそうに、ミリィは言った。

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 ボクの下でフタバが力なく寝そべっている。
 切なそうにこちらを見つめるフタバに、ボクはドキッとした。
 そのフタバに、ボクの手が触れる―ボクの意思を無視して。
 胸、首筋、唇、指……そして女の子の、大切な所。
 フタバの身体を、指で、舌で、蹂躙していく。
 その度に双葉はかわいらしい声をあげていく。
 まるで楽器を奏でているようだった。
 最初は無抵抗だったフタバも、だんだんとボクの身体に触れてくる。
 首を抱きしめられ、引き寄せるようにキスされたり、胸に吸い付いたり、性器に触れたり。
 その度ボクは自分が女の子になったことを認識させられる。
 触れられることで、自分の柔らかさ、細さ、非力さを実感する。
 なんて素晴らしいのだろう。
 女の子に触るのも、触られるのも、キスするのも、されるのも、揉むのも、揉まれるのも、吸うのも、吸われるのも……。
 こんなに素敵なことがあったなんて。
 こんなに気持ちいいことがあったなんて。
 いつしか、身体の主導権はミリィからボクに移っていた。
 だけど、とまらない。
 ボクもフタバも、とまらない。
 知ってしまったのだ、互いの気持ちを。
 知ってしまったのだ、相手のぬくもりを。
 知ってしまったのだ、ボクがフタバを気持ちよく出来ることを。
 知ってしまったのだ、フタバがボクを気持ちよくしてくれることを。

 ボク達は、もう戻れない。

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 隣には疲れて眠っているフタバがいる。
『気持ちよかったでしょう?』
(……うん)
 ミリィの言葉に、素直に頷く。
 思い出しただけでもあの気持ちよさが蘇ってくる。
 もう、男には戻れない。
 あの快楽を知ってしまえば、誰しもそう思うはずだ。
 あ、でも、元からの女の人の場合は逆かもしれない。
 男になったほうが気持ちいいって感じる人もいるかもしれない。
『その辺はその人の性質によるんじゃない?私の世界には自分にペニス生やして犯すタイプのサキュバスもいたしね』
 それは本当にサキュバスなの?何か別の種族じゃない?
『まあ、それはさておきましょう。オナニーするのも後にしてね』
 そう言って、ミリィは腕のコントロールを奪う。
 無意識のうちに、自分の胸を揉んでいたようだ。
『すっかり痴女になっちゃって。お姉さん、その成長が嬉しいわぁ♪』
(絶対成長じゃないよね、これ)
『そんな事より、話を戻しましょう』
(話?)
『そ。あの歌フェチ悪魔のせいで有耶無耶になってた、この世界のお話』
 ああ、そういえばなんかそんな話してた気も。
(……もはやどうでもよくない、それ?)
 世界がどうであろうと、フタバとミリィがいればもうどうでもいいと思う。
『まあね。でもまあ、一応聞いておいて』
(わかった)
『まず、世界に何が起こったかね。
 そうね……例えるなら、あなた達がいた世界があります。これをAとしましょう』
(うん)
『このAの世界は粘土で出来ているとします。あ、実際は当然違うからね。
 で、そのA世界の近くに私の住んでいたB世界があります』
(そっちも粘土なの?)
『そうね。で、そのAとBの粘土をぐちゃぐちゃに混ぜちゃったとする。
 さて清彦、あなたはこの粘土を元に戻せる?』
(無理かな。区別がつかない)
『そう。それが、今この世界に起きてる出来事。
 私の世界とあなたの世界がぶつかり合って、無理矢理一つの世界になってる。
 多分世界にあるもの全てが混ざり合ってると思うわ。
 その辺の石ころから雑草、建物から動物――人間に至るまで、全てね』
(……今のボク達みたいに?)
『そ。まあこれは渦に飲まれた時点でなんとなく理解してたけど』
 ああ、そういえばあの時君はボクに挨拶したもんね。
『でも確証がもてたのは、自分自身の状態と――フタバね』
(え?)
『本来の"双葉"という存在が知らないはずの知識を、"フタバ"は知っていたわ。
 恐らく私達と違って、二つの存在が一人の人間として存在しているのでしょうね。だから記憶もあやふやで、情緒不安定。
 多分あの歌フェチもそうなんでしょうけど、大して変わっていなかった。
 その個人差がどこから来ているかはわからないけど、まあ、そこはどうでもいいわ』
(……よく分からないけど、理不尽だね)
『でも私達はまだマシよ?人間と、それに近い種族どうしだもの。
 もしかしたらとんでもないモノと混ざっちゃった奴もいるかもしれないわ』
(例えば?)
『木』
 うわ、それは嫌だ。
 一生動けない。下手すれば喋ることもできない。
『動物だったら食われる可能性もあるわねぇ』
(やめてよ、お肉食べにくくなるじゃない)
『いや、あなたはもう食べなくてもえっちしてれば生きてけるから。淫魔だからね』
 それは人としてどうなんだ。
『逆に獣と一体化して人を喰らう奴もいそうねぇ。こういうのも、カニバリズムって言うのかしら?』
 なんかもう、わけがわからない。
『そうね、何もかもごちゃ混ぜで、意味不明。それが、今のこの世界でしょうね』

「なんだ、自分達で結論に辿り着いたの」

 突然隣――フタバとは逆の方から声が聞こえた。
 そこにいたのは、小さな女の子だった。
 ボロボロのマントを纏ったその外見はまだ子供、といった感じで、青い髪が目立っていた。
 だが、何より目を引くのは女の子の3倍近くある大きさの剣。
 それを壁に立てかけ、ちょこんと隣に座っていた。
「やあ、お姉さん……?いや、お兄さんか?まあ、どっちでもいいや。あたしのほうが年上だし」
(どう見ても子供だよなぁ)
『んー……見た目だけは確かに子供ね。もしかして、魔女かしら?』
「そうね、魔女よ。この姿は魔女になった年齢が若かったから。合法ロリ、ってシャイナがほざいてたわね」
 ……喋ってないのにミリィと会話が成立した。
「ああ、この読心は気にせずに。意思疎通を手っ取り早く行うためのだから――よって、」
 次の瞬間、女の子と剣の姿が消え、首筋に冷たいものが触れる感覚が伝わってきた。
「黙って話を聞け。OK?わかったら頷け」
 ボクは震えながら頷く。……怖い、この人怖い。
『りょ〜かい』
 能天気な声が頭の中に響いた。
 その態度で満足したのか、女の子は剣をボクの首筋から離し、壁に立てかけた。
「――よろしい。やっぱりさっきの奴よりは賢そうだ」
 そして今度は反対側の座席に座り、ボクと向かい合う。
「まずは名乗ろう。あたしはクリス――『箱庭』の、魔女よ」
 どこまでも無表情な女の子は、そう名乗った。
『『箱庭』……魔女が創った世界か』
 知っているのかミリィ。
「そう。でもそれは今関係ないわ」
 関係ないんだ。
「そもそもあたし、『箱庭』にいないことの方が多いし、そもそもその設定も後付けだし」
 え?何の話?
「大本の世界観だって電子の海を漂って……今じゃ只の便利屋扱いなのよ」
『なんだか知らないけど苦労しているのねぇ』
 本当になんだかわからない話だ。そして多分話の本筋とはまったく関係ない。
「……ちょっと愚痴を吐いてしまったわね。人前に出るの久しぶりだから、ちょっとはしゃいじゃったわ」
 はしゃいであれなのか。
「ま、いい加減話を進めましょう……と言っても大体はさっきあんたの中の淫魔が言った通りよ」
 マジでか。
『なるほど世界は粘土だったのか』
 なんでそうなる。
「ちょっと長い話になるけど、いいわね?
 世界は複数ある――所謂、パラレルワールドというものね。
 例えば誰かが割り箸をうまく割った。もしくは割れなかった。あるいは折れてしまった。
 それだけでも結果は変わってしまう。
 うまく割れたならそのままおいしくラーメンを食べたでしょう。
 うまく割れなかったならば別の割り箸を使うかもしれないし、我慢して使うかもしれない。
 その二つは大して結果は変わらない。食べられるという結果に辿り着くから」
『まあ、ラーメンを食べるという結果が最終地点ならば、そうね』
 というかなんでラーメンなんだろうか。
「だけど、折れてしまった場合。
 もしこの折れた割り箸が誰かを傷つけてしまったら。
 ましてはそれが原因で人が死んでしまったら。
 ラーメンを食べることは、恐らく無理ね」
「……随分と無茶な条件ですね」
 思わず口を挟む。
 割り箸が折れたからって、必ずしもそういう結果になるとは限らないじゃないか。
 そもそも取り替えれば済む。
「ええ、その通り。この例えにはかなり無理がある。
 でも、それが世界の本質なのよ。
 たった一つ、ありえないことが起こったから、そこから世界が分岐する。
 それがパラレルワールドなのよ」
 ボクにはよく分からない話だった。
「……ま、そう難しく考えずに。
 たくさん世界があって、その中には魔法が使える世界があったり、人が滅んでる世界があったり、犬が人を支配する世界があったり、蛇を悪魔の使いとする世界があったり、女の子だらけの世界があったり、男しか存在しない世界があったりするのよ」
 なんか嫌な世界がいくつか混ざっていた気がする。
「で、そのたくさんのありとあらゆる世界を、その外側のさらに最果てにあるどこでもない世界からから見張ってる管理人ってのがいる」
『そんなのがいるの?偉そうねえ』
「偉そうというかアレはエロそうね。女好き。黙ってりゃ美人なのにボクっ娘でレズで馬鹿という救いようのない奴だよ」
 そんな奴に管理されてるのか世界。なんか、凄く嫌だ。
「ま、管理人とはいえ、奴にできることなんて世界の融合くらいなんだけどね」
『え?それって……』
 今ボク達の身に起こっていることでは?
「もうおわかりですね?
 そう、この世界は管理人が男しかいない世界と女しかいない世界を融合させよとして、間違えて近くにあったあなた達の世界を融合させてしまったということなのよ」
 な、なんだってー!
『そ、そんなことで、こんなことになるの!?』
 さすがのミリィも動揺しているようで、声が震えている。
「ええ。だからイチャつきながらやるなと言ったのに……」
『……救いようのない馬鹿じゃない、そいつ』
 そんな奴が管理しているのか世界。色々ともう、駄目なんじゃないのか?
「あとはまあ、だいたい淫魔の言ったような状態になっちゃったというわけ。
 ちなみに、非常に残念かつ心苦しい事だけど……元には戻せない。
 あいつの能力はあくまで世界の融合であって、その延長線上で世界同士の自然衝突は阻止出来ても、分離させることまでは出来ないからね。
 ――もっとも、それでも十分凄いからこそ、管理人になれているわけだけど」
『どこの世界も、凄い奴は人格的にイかれてるものなのかしらねぇ』
 そういえば歴史上天才と言われる人物達は、どこかおかしな性質の者も多かったらしい。
 その管理人とやらもそういう類の存在かもしれない。
「……で、あたしはその管理人の変わりに、この世界の人達に状況の説明と、ついでに謝罪をしに来たわけよ」
 そう言ってクリスは手を地面につき頭を下げる。
「この度はあたしの友人が阿呆なばかりにご迷惑をかけて本当に申し訳ございませんでした!」

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『友人がトラブルメイカーだと色々大変ねぇ……』
 次の人達に謝ってくると言いながら飛び去ったクリスを窓から眺めていると、ミリィがそんな風に呟いた。
 管理者当人が来ないのは、性格的に謝罪とかには向いていないかららしい。
(……もう、戻れないんだね、ボク達)
『戻る気もないでしょう?』
(そりゃそうだけどね)
『それはそうと、これからどうする?』
(どうしようかな……)
 ふと傍らに眠るフタバを見ると、本当に可愛らしい寝顔を浮かべていた。
「とりあえず、フタバと一緒にいたいと思うけど……どうかな?」
『いいんじゃない?こういうえっちな娘大好きだし』
 いやその要素はどうでもいいんだけど。

 まあなんにせよ、ボク達は生きている。
 これまでも、これからも。

 どんなに世界が壊れていても、ボクはフタバと一緒にいたい。






支援所になんとなく投稿して止まっていたモノを、なんとなく掲示板に投稿して、なんとなく終ったモノです
途中に出てくるクリスは、TS関係の話を書こうと考える前に書いた百合っぽいなにかの為に作ったキャラでした。(管理人云々はそこから)
また同時に、2、3年前からずっと考えている話の登場人物の一人でもあり(そこで魔女設定がついた)、ようするにこれは、今の自己満足の為の話です。
しばらく止まったのはこの設定を使うか使わないか考えていた為なのですが……まあ、やりたいようにやってしまえということでこんな感じに。
いつかクリスと管理人にはちゃんとした活躍の場をあげたいです。

あと画像は、3Dカスタム少女を弄っていたら仮面ライダーっぽいポーズが出来たので並べてみただけというある意味手抜きだったりします。


おまけ



この二人(三人)はきっとこんな毎日を過ごしていると思います。

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