あくまのむすめ



「やっと見つけた…」

 ビルの屋上で、黒き翼を背負った少女が呟く。
 視線の先には、セーラー服を着た少女がいた。

「う〜ん、目の辺りに面影があるかも。体形は…今後に期待、ってところだね。大丈夫、そのうち大きくなるよ」

 独り言は(無駄に)続く。

「さて、それじゃあさっそく始めましょうか!」

 黒き翼の少女は翼を広げ、セーラー服の少女の後方へと降り立つ。

(お母様、もうしばらくの辛抱です…あたしが、必ず…)

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 その日、私―北上若葉の平和な日常は終わった。

「助けてください!あなたの力が必要なんです!」

 街中で突然このように声をかけられた。
 振り返ると、女の子がいた。ただし、その女の子は背中から真っ黒な翼が生えていた。
 …こすぷれ?

「あー…私急いでいるんで…」

 関わらない方がいい、そう直感的に感じた私はその場から立ち去ろうとする。
 しかし回り込まれた!

「あなたにしかできないんです!」

 このように言われることに悪い気はしない。
 でも、私にしかできないってことはないだろう。

「絶対そんなことはないと思うので、他の人に…」
「助けてくれないと…死にます!」

 女の子はどこからかナイフを取り出し、自分の咽喉に―ってちょっと待ってよ!
 なんでそこまで必死なの!?てかこんなところで自殺しないで!

「わかった、わかったから!助けてあげるから!だから目の前で死ぬのはやめて!」

 …なんかすごく厄介な子に関わってしまった気がする。
 でもまあ…退屈はしなさそうだ。面倒だけど。

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 その日、俺―鈴木きよひこの日常は変わった。
 朝、目が覚めると右腕に違和感を感じた。
 みると、右腕がやけに細い。
 指を動かしてみる。細くて綺麗な指が、自分の思い通りに動く。
 腕を振ってみる。細くて柔らかそうな腕が、しなやかに動く。
 …どうなってんだこれ?
 俺の右腕は、柔道部で鍛えた筋肉で包まれた太い腕だったはずだ。昨日までは確かにそうだった。
 だが、今の右腕は…力を入れれば簡単に折れそうなくらい、細い。
 これはまるで…女の腕のような…。
 いったい何故?
 そんなことを考えていると、部屋の扉が乱暴に開かれた。

「おい兄貴、いつまで寝てんだよ!」

 弟のたかしだ。
 昔は素直だったのに、最近はやたら俺に噛み付いてくる。反抗期か?
 だから弟というのは嫌だ。兄の偉大さがわかっていない。
 兄より優れた弟はいない、誰の言葉だか忘れたがその通りだと思う。
 というか、弟なのがいけない。
 これが妹だったら…お兄ちゃん大好きな妹だけど素直になれない妹だったらよかったのに…ってどんなエロゲーだよそれは。
 まあとりあえず、男手一つで俺たちを育ててくれた親父に迷惑をかけていないからまだマシか。

 っと、それはまあいいや。
 とりあえず俺一人で考えてもしょうがないし、(役に立つのか疑問だが)たかしに右腕のことを相談しよう。

「たかし、こいつを見てくれ。どう思う?」
「…兄貴、右腕細くね?」
「ああ、なんか起きたらこうなってた。右腕以外におかしいところあるか?顔とか」
「…右腕だけだな。頭は前からおかしいと思ってたけど」

 失礼な奴だ。

「それにしても綺麗な腕だな。触っていいか?」
「ああ」

 たかしは俺の腕に触れる。
 その瞬間、たかしが光に包まれる。

「え、な、なんだこれ!?熱っ!体が熱い!」
「お、おい大丈夫かたかし!」

 光の中でたかしの体が変化していく。
 髪が伸び、体が小さくなり、着ていた学生服が女子の制服に―
 光が収まったときそこにいたのは、一人の女の子だった。

「…お前、たかしか?」
「え?うん、わたしはたかしだけど…お兄ちゃんそれがどうかしたの?」
「お前…自分の体見てみろよ」
「…いつも通りだと思うけど、何かおかしいかな?」
「へ?」
「ってわたしのことはどうでもいいって!お兄ちゃん、腕以外におかしいところはない?」
「あ、ああ…ないけど」
「…よかった。あ、お兄ちゃん、とりあえずご飯食べてから腕の事考えよ?」
「…そうだな。先に行って準備しててくれ」
「うん、わかった!」

 たかし(らしき女の子)は部屋から出て行く。そのしぐさに以前の面影はない。
 さて考えろ、俺。
 たかしが俺の腕に触れた→女の子になっていた。わけがわからない。
 しかもたかしは、元から女の子だったような振舞い。
 まさか…。

 予想通りだった。

「たかし、料理の腕上がったわね」
「うん、お母さんの教え方がうまいからね♪」

 今食卓にいるのは、俺とたかしと親父だ。
 だが、親父の姿は昨日までの小太りな中年の姿とは違い、大人の魅力たっぷりの女性になっていた。

「きよひこ、どうかしたの?」
「いや、なんでもない」

 どうやらこの右腕は、触れた相手を俺の思い通りに変化させることができるらしい。
 しかも、相手も周囲も、その変化には気付かないようだ。
 …これは使えるな。
 この力を使えば、あんなことやこんなことができるかもしれない。
 ふふふ、なんだか楽しくなってきたぞ!

 そして―

 俺の周りにはたくさんの裸の女がいた。
 巨乳から貧乳、ロリから人妻風の女まで、幅広い年齢層の女たちが俺を誘っている。
 この光景を他の人間が見ても、この女たちが元は男であるとは夢にも思うまい。
 部活の仲間、同級生、教師、通りすがりのおっさん…。
 それが今じゃ、俺の精なしじゃ生きていけない、淫乱なメスだ!

 まったく、なんて素晴らしい右腕なんだ!触れただけで、相手を思い通りの姿に変えてしまうなんて!
 女のような細い右腕を見ながら、この力の素晴らしさを実感する。

 さて、またこのハーレムを楽しもう。
 そう考えたとき、部屋の扉が開いた。
 見ると、二人の女がいた。
 一人はセーラー服の学生。もう一人は…なんか翼生えてた。

「それではお願いしますね、若葉さん」
「…本当に大丈夫なんでしょうね?」
「ええ、あなたには効きませんから」

 そんな会話の後、若葉と呼ばれたセーラー服の女の方が近寄ってくる。
 誰だか知らないが…俺の邪魔をするなら、お前も変えてやる!
 俺は右腕で若葉の顔にアイアンクローをかけた。
 変えてやる、俺に従順なメスに変えてやる!
 ついでにその貧相な体も変えてやるよ!淫乱なメスに相応しい体によ!

 だが変化は始まらない。
 おかしい。いつもならとっくに変わってるはずなのに。
 俺の疑問をよそに若葉は俺の右腕をつかむ。

「ええと…引っ張ればいいんだよね?」
「はい!」
「えい」

 スポッ!と俺の右腕が抜けた。

「え?」
「意外とあっさり抜けた。もっと手ごたえがあると思ってたよ」
「まあそんなものですよ。カリバーンだってアーサーなら楽に抜けますからね」
「それはまた別の話だと思う」

 若葉たちの会話を聞きながら、俺は呆然としていた。
 さっきまで俺の右腕だったものは、あっさりと俺の体から離れていった。

「じゃあ、この腕はアリスに返すわ」
「はい、ありがとうございます!でもその前に…」

 アリスと呼ばれた翼の女が俺の方に近づいてくる。
 そして俺の目の前に立ち、翼で俺の体を包み込む。

「罰ゲーム♪」

 翼が体に触れた瞬間、俺の体に激痛が走った。
 骨が軋み、体中の筋肉が熱を発している。
 いつの間にか右腕が生えてきた。女のように細い腕が。
 胸が苦しい。急に重くなった気がする。胸を手で押さえると…今まで感じたことのない感触。
 目線をおろせば、シャツを押し上げている膨らみがあった。

「な、なんだこれ…!?」

 甲高い声で思わず呟く。
 太かった左腕が右腕と同じような細さに変わっていく。
 腰がキュっと細くなった。
 脚の長さが変わり、ズボンがぶかぶかになる。
 ズボンだけではない!いつの間にかシャツも体に合わなくなっていた。
 襟元から、男ではありえない谷間が見えた。
 なんだこれは!これは、まるで…俺が女になるみたいじゃないか!

「ねえ若葉さん、メイドさんがいると便利ですよねぇ」
「そうね。どこぞの居候さんよりは役立ちそうだ」
「せめて翼を隠せればバイトでもするんですけどねぇ…」
「その前に戸籍あるのかあんたは」
「まあそこは気にせず。じゃ、メイドさんにしちゃいますか」

 サイズの合わなくなっていた服が変化する。
 ズボンが上半身まで伸び、黒いワンピースに。シャツが下に伸びてエプロンに。
 やさしく包みこむように、胸を締め付ける未知の感覚。
 パンツが少しずつ窮屈になっていく。

 服の変化と同時に、俺の中に『何か』が入り込んでくる。
 その『何か』は、少しずつ俺を侵食していく。
 やばい、これは…なんだかわからないが、とにかくやばい。
 今までの俺を否定するかのように、『何か』は俺の内側を蹂躙していく。抵抗はできなかった。
 記憶、心、価値観…すべてが別のものに変わっていくのがわかる。
 その変化が心地よくて…わたしはその変化を受け入れた。

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「はい、今日はカレーですよ〜」
「カレー!?カレーはあたし、大好物ですよ?」
「じゃあ、いっぱいお召し上がりくださいね?」

 アリスときよひこのやり取りを見ながら私はため息を付いた。
 なんでこいつら、私の部屋に居付くんだよ。せっかくの優雅な一人暮らしが台無しだ。
 …まあ、家事をしなくてすむのは助かるが。

「若葉さんも、たくさんあるからおかわりしていいですよ?」
「私がおかわりすることは確定なのか」
「はい♪」

 …絶対こいつは私のことを何か勘違いしている。

「でもアリス、これに変えられた人たちを元に戻さなくてよかったの?」
「その方がおもしろそうですから♪」

 可愛い顔して酷いことを言う。さすが悪魔だ。

「あ、若葉さん。残りの『お母様の体』も頑張りましょうね!」
「はいはい…」

 ホント、面倒なことになったものだ…。

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「ねえアリス?」

 カレーを食べていると、若葉さんが話しかけてきた。

「なんでしょう若葉さん」
「聞きたいことがいくつかあるんだけど、いい?」

 そりゃかまいませんよ。こちらから説明する手間が省けますし。
 物事を行うに際し、現状を正確に認識しているかどうかは重要な要素だ。
 互いの認識の違いによる失敗というのは避けたいし。

「なんでしょう?」
「まず一つ。あなたは何者?」
「そうですねぇ…あえて分類するなら悪魔なんだと思います」
「あえてって…」
「ちょっと生まれが複雑でして…できればあまり突っ込んでほしくないですね」

 実際、自分でもよく分かってないところがありますし。
 ただ純粋な悪魔ではないのは確実。炭酸飲料飲んでゲップするくらいには確実。

「二つ目。アリスの目的は?」
「だから『あたしのお母様の復活』ですよ。何度も言っているじゃないですか」
「確認しておきたいのよ。で、何で復活させたいの?」
「そりゃ、親子の再会を願っているからですよ」
「へえ、それは感動的だ。ところで、そもそもあんたのお母さんはなんでこんな状態になってるのさ」

 …そりゃ気になるわ。
 体がばらばらになった挙句、その体の破片は人間と一体化してるんだから。

「そうですね…簡単に説明しますと、天使に体を引きちぎられた状態で封印されたからですね」
「で、その封印された体はなんで人間に引っ付いているのかな?」
「ああ、それはあたしが封印をといたときに飛び散っちゃったからです」
「なるほど、そういうことなのか」
「はい♪」
「…ということはこの騒動、あんたが原因じゃないか!」
「てへ♪」
「笑ってごまかすなぁ!そんな理由で私の日常壊すなぁ!」
「まあよくあることですって」
「ねえよ!よくあってたまるかぁ!」
「短気ですねぇ…。あんまり怒ると胸が小さくなりますよ?」
「ならないよ!これ以上小さくなってたまるか!」
「大丈夫、そのうち成長しますよ」
「そんな簡単に成長するか!…まあいいわ。三つ目の質問するわよ?」
「はい」

 すでに三つ以上しているけど、あえて突っ込まないでおく。
 話が進まないですし。

「何故私なの?どう考えても私でなくてもかまわないと思うんだけど」
「ああ、それですか。誰でもいい、ってわけでもないんですよねぇ…。」
「そうなの?」
「はい。あたしやお母様の能力は『相手を変化する』ことに特化しているんですよ」

 お母様は他にも色々できたみたいだけど、あたしにできるのは変えることだけ。
 しかも翼で直接触れなければならないため、使い方が限られてしまう。
 さらにあたしは翼を隠すことができないから目立ってしまう。街を歩くのも一苦労なのです。

「この変化させる能力、大抵の人には普通に効くんですけど…たまに効果を発揮しない体質の人がいるんですよ」
「それが私だと」
「はい。それが一番大きな理由ですね。その体質の人ならお母様の体を取り外すこともできます」

 他にも色々事情があるけど、秘密。ほとんどあたしの事情だし。

「ふむ…じゃあ次の質問。体の破片はあと何個?」
「あとは…頭、胸、腰、左腕、右足、左足の6つですね」
「あと6回はやらないと駄目なのか」
「そうですね」

 他はともかく、腰を持っている人を探すのは大変そうだ。

「最後の質問。あなたは信用できるの?」
「信用できませんか?」
「わるいけど、無理。自分を悪魔という存在を信じられるほどお人よしじゃない」

 そりゃそうだ。悪魔が裏切らないという保証はない。
 若葉さんを見る。まっすぐこちらを見つめている。
 …やっぱり似ている。これだけ似ているなら…間違いはないはずだ。

「で、どうなの?」
「アリス=カグラ=コンフィデンス」
「は?」
「あたしの真の名です。これを言われたら、あたしはあなたには逆らえません」
「…それがあなたの答え?」
「ええ。あたしを信用できないなら、命じてください。死ね、と」
「いいの、それで?」
「あたしにとって重要なことはお母様を復活させること。その為ならあたしは死んだってかまいません」

 お母様のいない世界に未練なんてない。そんな世界なら死んだ方がマシだ。

「…わかったわ。じゃあ、早速アリス=カグラ=コンフィデンスに二つほど命じるわ」
「はい」
「まず、死ぬな。何があろうと死ぬな。それがあなたに協力する条件」
「…はい」

 心が制約の鎖で縛られる。
 これであたしは、若葉さんといる限りは死ぬことは許されない。
 もしこれを破れば、あたしの存在は消滅する。復活することすらできないだろう。

「そしてもう一つは…」

 若葉さんはちらりと横に立っていたきよひこさんを見る。

「この元男の胸が何で巨乳なんだよ!もっと小さくしなさい!」
「ええ!?駄目ですか巨乳メイドは?」
「そこじゃない!元男が私より胸でかいのが納得いかんわ!」
「それがいいのに…」
「私はよくない!」

 …意外と心が狭いなぁ。

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 う〜〜早く帰らないと。
 今、家に向かって全力疾走している僕は、高校に通うごく一般的な男子生徒。
 強いて違うところをあげるとすれば、女性の胸に執着していることかナー。

 ふと目の前にコートを羽織った人がいた。
 やや小柄な感じで、男だか女だか分からない。
 そういえば、この辺りでは最近変質者が出るという噂があった。
 実際に襲われたという人も多いとか…。
 まさか男である自分の目の前に現れるとは思いもしなかった。

 目の前の人物はコートの前を開いた。
 綺麗で大きなおっぱいが僕の目の前に現れた。
 ウホッ!いいおっぱい…。

「やりませんか?」

 僕は思わずそのおっぱいに飛び込んでしまった。
 ふかふかで柔らかいおっぱいを顔に押し付ける。
 おっぱいの人は、僕の頭をそっとなでてくれる。
 ヤバイ、すごく興奮する。
 だけど、興奮しているのに僕の股間は反応することはなかった。

 そうしているうちに、身体中に違和感を感じていた。
 僕の髪、首に触れるほど長かったっけ?
 服もなんだかぶかぶかだし…乳首が服にこすれるのがなんだか気持ちいいし…。
 でもそんなことどうでもいいや。だって、おっぱいが気持ちいいんだもん。

「うん、すっかり変わったな。じゃ、俺の番だな」

 おっぱいの人が何か言っている。
 おっぱいの人は下半身に手を伸ばすと、ズボンのファスナーを下ろした。
 おっぱいの人の股間には、僕がよく見慣れたものが…あれ?あんなの僕、見たことあったかな?
 自分についていた気も…そんなことないよね、僕女の子だし。
 あれはおちんちんだよね…。あれ、僕に入れる気なのかな?
 でもそんなことどうでもいいや。だって、おっぱいが気持ちいいんだもん

「自分が男だということ覚えてる?」

 おっぱいの人が耳元で囁くけど、何を言っているんだろう。
 僕は生まれたときから女の子だよ?

「うん、大丈夫そうだな。じゃ、やるよ?」

 あ、僕おっぱいの人に抱かれるんだ…。
 怖いけど…こんな気持ちいいおっぱいを持っている人に抱かれるんなら、いいや。
 …何か根本的におかしい気もするけど、何がおかしいのか分からない。
 でもそんなことどうでもいいや。だって、おっぱいが気持ちいいんだもん。

 おっぱいの人は僕のおっぱいを揉んでくる。

「ひゃぅ!」
「敏感だね…もっと気持ちよくなろう?」

 お、おっぱい揉まれるの、こんなにいいなんて…!
 頭の片隅では、この状況は異常だと理解している。
 でもそんなことどうでもいいや。だって、おっぱいが気持ちいいんだもん。

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 きよひこをメイドにして3日が経った。
 アリスは残りの身体がどこにあるのか探しに行った。
 きよひこも家事をしたり、バイトをしたりと大忙し。
 本人曰く、『若葉様とアリス様の生活を支えるためにバイトします!』とのこと。
 生活費なんて考えなくてもいいのに。3人暮らしできるくらいの蓄えはあるから。
 でも本人はやりたいみたいなのでとめない。やりたいことがあるのはいいことだ。
 そして私は学校でつかの間の日常を楽しんでいた。
 級友達との交流も、退屈な授業も、いつもと違って新鮮な感じがする。
 ああ、平和ってすばらしい。

「ただいま〜」
「あ、若葉さんおかえりなさい」

 帰宅すると、アリスが出迎えてきた。何か箱のような物を抱えている。

「アリスもおかえり。どう?見つかった?」
「はい、見つかりました!」
「ほう、それはよかった」
「はい、よかったですよ」

 そう言って彼女は脇に抱えていた箱を見せてきた。

「ほら!ますたーぐれいどの∀な…」
「何を見つけてきたんだお前は!」
「ええ!?だって髭ですよ?牛付きですよ?だったら買うしかないじゃないですか!」
「しるか!私はあんたの母親の身体は見つかったのか聞いてるんだよ!」
「ああ、それも見つけてあります」
「ならいいけど…」

 ベッドに腰掛け、アリスと向かい合う。

「で、次の身体はどこにあるの?」
「あ、ちょっと待っててください」

 アリスはテレビをつけた。

『今日未明、S県H市で全裸の女性が保護されました』
「あ、ちょうどニュースでやってましたね」
「H市…近いわね」

 H市は大きな湖とうなぎで有名だ。
 ちなみに私の住むのはK市。県最西端の田舎町だ。
 あまり店がなく、買い物するなら隣の県まで行った方が早いという素晴らしい立地が魅力だ。

『女性は18歳くらいで、身元はわかっておりません』
「あれ?変えられた人達って、『元からそうだった』ように変わるんだよね?身元がわからないっておかしくない?」
「多分、そういう風に変えてないからですね」
「そんな事もできるんだ?」
「自分の思い通りに変えられるなら、男の記憶を残したまま変えたり、周りの認識だけはそのままにしたりすることもできますよ」
「へえ」
「例えば、きよひこさんは名前はそのままですけど、女の子っぽい名前にすることもできました。やりませんけど」
「変えてやれよ、名前」
「そのままの方が面白いじゃないですか!」

 …そうか?私にはよくわからん。

『H市では同様の事件が多発しており、警察では、女性が何らかの事件に巻き込まれたと見て捜査を続けています』
「こんな事件が何件も?」
「はい。警察が把握しているのは7件ほどですね。実際はもっと被害者がいるようですが」
「正確にはわからない?」
「ちょっとわかりませんね。ただ、警察に『うちの息子が帰ってこない!』って感じの電話が何件も入っているのは確かです」
「その子達が全員変えられているとしたら…」
「18人ですね。警察も最初は気にしていませんでしたが、多すぎると感じている人もいるようです」
「…やけに警察の内部事情に詳しいじゃない。なにかしたの?」
「たいしたことじゃありませんよ。ただ、男の刑事が一人減って、女の刑事さんが一人増えたくらいです」

 何をやっているんだお前は。

「あと、被害者の方も見てきたんですけど」
「よく会えたね。男の医者が女医になったりしてないでしょうね?」
「自分、女を誘惑する方が得意ですから…」

 やったのか。というかお前は男を誘惑できないのか。

「まあいいわ。それで、被害者はどんな感じだった?」
「そうですね、見た目は完全に女の子でした。本人の認識も女の子に変わっていましたね」
「でも周囲は『元から女の子だった』ように認識していないと」
「ええ、だから彼女達は『身元不明』なんです。本人達が覚えている連絡先に問い合わせても、そんな女の子はいないんですから」
「そりゃ可哀想だね」
「医者や警察は『襲われたショックで記憶が混乱しているのでは?』と見ています」
「襲われた?」
「全員、性交した形跡があったそうです。レイプされたんじゃないかと思われていますね」
「…酷い話だ。男を女の子にして、そのうえ襲うなんて」
「もっとも、彼女達に襲われたという実感はないようですが」
「実感がなければいいってものでもないでしょう」

 襲われたのは事実なんだろうから。
 男として育った記憶を消され、女としてセックスされた気分はどんなものか、私には予想もつかない。

「ええ、その通りです」
「許せないね」
「まったくです。せめて周囲の認識も変えてあげないと…」
「そこかよ。男に戻してあげる気はないのね」
「え?何で男に戻す必要があるんです?」

 アリスは不思議そうな顔で見返してくる。
 いや、戻す気がないならそれでもいいけどさ。

「で、これはどの『お母さんの身体』かわかる?」
「胸ですね。被害者全員、乳フェチになってましたから」
「…女なのにか」
「…ええ、隙あらば女医や看護婦、婦警の胸を触ろうとしてました」
「なんだかなぁ…」

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 目が覚めたら、胸だけ女になっていた。
 驚いたが、その美しい膨らみと、柔らかくて気持ちいい感触に、俺は夢中になっていった。
 そのうち、この胸に抱かれた相手は俺の思い通りに変えられるということに気が付いた。

 そして、今日も俺は男を女に変えている。
 色々試したけど、男を女に変えて抱くのが一番面白い。
 先程までは学生服着てた男が、今じゃ俺に貫かれて喘ぐ女子校生だ。
 俺の胸にしゃぶり付きながら、女のように抱かれている女子校生だ。
 ははは、いい光景だ!
 男だった記憶は完全に消し、女としての記憶で染める。
 仮に男の頃の記憶が戻っても、肉体は『存在しないはずの女』だから、訴えられる心配もない!
 まさに犯りたい放題だ!俺の時代が来たね!

「…調子乗ってるんじゃねーですよ」
「え?」

 突然後ろから声が聞こえたかと思うと、頭に強い衝撃が走った。
 身体が横に吹っ飛び、壁に打ち付けられたのがわかった。
 全身に激痛が走る。
 痛みにのた打ち回る俺の目の前に、2人の女がいた。
 一人はセーラー服を着た女子校生、一人は羽の生えた変なの。

「あなたいい加減にするです!あたしのお母様の胸を汚すんじゃねーです!」
「…その喋り方どうにかならない?」

 羽の女にセーラー服の女が突っ込む。
 …なんなんだこいつらは!
 羽の女は俺に近づき、俺の髪を掴んで持ち上げる。

「ひとーつ!」
バキィ!
「ふたーつ!」
バシィ!
「みーっつ!」
ビシィ!
「よー…」
「こらこら、気持ちはわかるけど暴力はいけない」

 俺の顔を殴る羽の女を、セーラー服の女が止めた。
 羽の女が俺の髪から手を放す。
 ちくしょう、何で俺がこんな目に…。

「じゃ、若葉さんやっちゃって」
「はいはい」

 若葉と呼ばれたセーラー服の女は、後ろから俺の胸を掴む。

「大きい…むかつくなぁ…」
「そんな事言われましても…」
「あとなんか懐かしい感じがする…まあいいや。じゃ、外すよ」

 そういうと若葉は俺の頭を踏んづけ、胸を掴んだまま身体を引っ張った。
 あっさりと頭が身体から外れた。

(な、なんだこれ!?)
「あと、腕と腰を外して…はい、アリス」
「うわ、猟奇的な状態ですねぇ…」

 今の俺の状態は、頭、右腕、左腕、下半身に切り離された状態。
 それぞれの感覚はあるが…上半身がないため、立つ事はおろか声を出すことすらできない。
 アリスと呼ばれた羽の女が俺を見下ろして言った。

「さて、罰ゲームの時間ですよ♪」

 羽に触れられた瞬間、俺は意識を失っていった…。

 胸を吸われるような感覚で、俺は目を覚ました。
 な、なんだったんださっきのは?
 周りには先程の二人はいない。
 夢だったのか?そう思いつつ、俺は自分の胸元を見て…言葉を失った。
 ありえないほどの巨乳。
 さっきまでの自分の胸よりもはるかに大きな胸が、俺に付いていた。

「な、なにこれ…なんなのよ、この声!」

 思わず声を出して驚くが、その声はいつもよりはるかに高い声。

「ああん、動いちゃ駄目ですよぉお姉様!まだ私、お姉様のミルク飲んでいる途中なんですからね!」

 突然、胸元から女の声がした。
 見ると、どこかの学校の制服を着た女が俺の乳首を口に咥えていた。
 そして、胸を絞るように揉みながら、乳首を吸ってくる。

「ひゃぅ!な、なんなのこれはぁ!」
「ふふ、お姉様の母乳、おいしい♪」
「さっちゃん、次あたし!あたしもお姉様のおっぱい飲むの!」
「じゃあその次私!みんなも飲むよね!」
「「うん!」」

 気付くと、周りを女が取り囲んでいた。
 よく見ると…こいつら、俺が変えた奴らじゃないか!

「さっちゃん、おいしい?」
「うん、おいしい!」

 無邪気に笑う女達。
 ど、どうなってるんだこれは…!

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 少し離れたところで、あたし達はその様子を見ていた。

「女の子が女の人の母乳を飲んでる光景…最高ですね!」
「ええ、最高に悪趣味だわ」

 あたしはあの男を『妊娠もしてないのに母乳の出る巨乳女』に変えてやった。本人の意識はそのままで。
 あの男はこれから、男にも女にも母乳を吸われる『だけ』の存在になったのだ。
 具体的に言うと、みんなから食べ物を貰って、その代償に母乳を飲ませてあげるのだ。
 通りすがりのおばさんたちが、彼女達を一瞥するが、微笑ましく眺めて通り過ぎるだけ。
 たまに「私も飲んでみようかしら…」とか言っている人もいる。
 誰一人この状況に違和感を持たない。そういう風にあたしが『変えた』から。
 ついでに被害者の娘達も、『元から女子校生だった』ことに『変えて』あげた。
 まあ『ここで母乳を飲むのが大好き』という設定も追加したけど。

「…私も大きくしてもらいたいわ」
「無理ですよ。若葉さんには効かないんですから…」

 ちょっと哀れに感じました。若葉さんが。
 でも大丈夫です。そのうち大きくなりますから。

 …これで『お母様の身体』は二つ取り戻した。
 あと五つ…。

「がんばりましょうね、若葉さん!」
「…ま、気楽にね」

=======================================
「よう、貴章」
「あ、恵一くん」
「…なんかお前、最近背が低くなってね?」
「そ、そうかな?」
「声もなんだか高い気がするし。…まあそういう気がするだけなんだけどさ」
「き、気のせいだよ多分!」
「…そうだよな。気のせいだよな?」
「そうだよ、うん」


 ああ、やっぱおかしいよね、僕…。
 家に帰った僕は鏡の前に立ち、目を瞑って制服を一枚一枚脱ぎ捨てる。
 やがて全部脱ぎ終わり…ゆっくりと目を開ける。
 そこに写っているのは、本来の僕とは違う姿。
 身体全体が以前よりも小柄になっている。
 元から細かった腕はさらに細く、下を見れば太腿の肉付きがよく脛毛が全くない脚。
 胸元にはかすかな膨らみがあり、その頂点は以前よりも大きな乳輪をもつ乳首。
 そして…股間は女性の象徴になっていた。

「うう…なんでこんなことに…」

 自然と涙が零れた。
 その泣き声も、本来の僕の声とは違う、高い声だった。

 二週間ほど前の朝、目を覚ますと違和感があった。
 その違和感がなんなのか気付いたのは、トイレで用を足したとき。
 いつものように立ってしようとしたけど…僕は自分のペニスに触れることはできなかった。
 僕の股間は女性のモノになっていたから。

 …おしっこで汚してしまったトイレの後始末をした後、僕は部屋の鏡に自分の下半身を写してみた。
 そこにはいつもの棒はなく、見たことのない穴があるだけ。
―まさか…漫画とかでよくある、朝起きたら女になってたってパターン!?
 僕は胸を触ってみる。膨らんではいなかった。
 シャツの胸元を開けてみるが、いつもどおりの股間があるだけ。
 他の部分に変化はないか見てみた。
 腰の辺りがなんとなく細いような気がする。
 それと…尻が、いつもより大きい気がするけど…見た目だけじゃわからないかな?
 触っていると、尻が柔らかい…気がする。自分の尻の柔らかさなんて確認したことないからわからないけど。
 あとなんか内股になっている気がする。
 …腰から尻にかけて変わっているのか!?
 なんで!?どうして!?
 しばらく悩んだものの、その答えが出るわけもなく。
 僕はその状態を受け入れるしかなかった。

 最初のうちは何の問題もなかった。
 少し制服のズボンのきつい部分とゆるい部分に差がでているが…周りにばれることはなかった。
 問題は今週に入ってから。
 最初は乳首が擦れる様な感覚。
 気のせいだと思っていたが、乳首は日に日に敏感になっていった。
 それに伴い、身体全体が細身で小さくなっていった。
 声もだんだん高くなってきた。
 恵一くんは気付いていないようだったが、顔つきもなんとなく柔らかくなったような…。
 …僕はいったいどうなってしまうのだろうか?
 少しずつ女に変わっていく感覚に、僕は恐怖を抱いていった。

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「…まずいですね」

 アリスが呟いた。

「まずいって、何が?」
「もう二週間経つのに、『お母様の身体』は二つしか集まってません」
「そうは言っても見つからないものはしょうがないじゃない」
「そうなんですけど…ちょっと問題がありまして」
「問題?」
「はい。そろそろ、身体の侵食が始まるかもしれないんです」

 侵食?こいつ、まだ何か隠してたのか…。

「なによその侵食って」
「言葉の通りです。身体の破片が一体化している人の身体を侵食していって、その身体を自分に適したものに変えてしまうんです」
「それって…」
「はい。もし男の人なら、その破片の部分から少しずつ女になっていきます。完全に変化したら…若葉さんでも外せません」
「そりゃ…困るわね」
「本人の意思が強ければ大丈夫ですが…弱かったら、やがて精神も蝕まれていきます」

 つまり…意志薄弱な奴が身体の破片を持っていたら、そろそろヤバイって事か。

「…そういう大切なことは早めに言ってほしいわね」
「すいません。もっと早く済むと思っていたので…」
「まあいいわ。今やるべきことは…残りの5つの破片を見つけることか」
「そうですね。特に腰を重点的に探さないと」
「腰?」
「ええ。他の部分は使えばわかりますが…腰はわかりにくいです」
「腰だって変化に使われればわかるんじゃない?」
「腰が積極的に変化に使われることは…ないと思います」
「なんで?」
「…ちょっと使い方が特殊なんですよ」

 ちょっと待てアリス、何故頬を染める?

「というわけで、あたしはしばらく捜索に専念しようと思います」
「わかった。がんばってね」
「はい!」

 そういうとアリスは黒い翼を羽ばたかせ、闇夜へ飛び立っていった。
 傍らで私達のやり取りを黙って聞いていたきよひこが、飛び立っていくアリスを見ながら呟いた。

「…なんであの大きさの翼で飛べるんでしょうね?」

 私が知るか。

 だけど、少しアリスが羨ましい。
 空を飛ぶ。人間なら一度は望むであろうその夢。
 大人になったら忘れてしまう願望。
 もし私に翼があったら、アリスのように空を飛べるのだろうか?
 大空を飛ぶ感覚を、アリスのように知ることができるのだろうか?
 ならば、私は翼がほしい。
 …でもアリスを見る限りでは翼があるのも大変そうだ。
 あの大きな翼は、行く先々で奇異の目で見られたり、扉に引っかかったりと大変そうだ。
 他にも翼を持つゆえに抱く悩みというものがあるだろう。
 そう考えると、翼があるメリットは少ない気もする。

「ま、夢は夢であったほうがいいのかもね」

 夢見る少女、という年齢でもないしね。
 そう自分の中で結論付け、私はアリスが帰ってくるまでの時間を有意義に使うことにした。

=======================================
 夜空に羽を撒き散らし、あたしは天を舞う。
 あたしの『変化させる力』は未熟だ。
 お母様の力の足元にも及ばないであろう。
 だが、あたしは飛ぶことができる。
 それだけがあたしの取り柄といってもいい。

 それにしても、残りの『お母様の身体』はどこにいったのだろうか。
 左腕や顔は、比較的能力が使いやすいので見つけやすいはずだが、問題は腰だ。
 腰で相手を変化させる方法は…愛液を舐めさせること。
 それも、体内から分泌されたのを直接舐めとってもらわなくてはならない。
 男の身体では能力に気付くことはあるまい。股間だけが女性のモノになっても、舐めてくれる人はあまりいないと思う。
 だけど『侵食』されていたら話は別だ。
 この場合、身体は女に変化しているだろうから。
 女の人の身体と一体化している場合も考えられるけど…この場合はすでに使われてしまっていただろうし。

 まあなんにしても、なにかを『変えて』くれれば楽なのだ。
 能力を使ってくれれば、血のつながりのあるあたしなら気付くことが…きた!?
 『お母様の身体』の気配を感じた。方向は…東。距離は…ずっと遠く。
 位置は把握した。急いで東へと方向転換する。
 正確な位置や身体のどの部分かまではわからないから、後は現地で調査するしかない。
 間に合えばいいけど…。

=======================================
 熱い。
 身体が火照る。
 股間が疼く。
 どうしちまったんだ、僕の身体は!?
 うう…いったいどうすれば…。
 うずくまる僕の視界に、鏡に映る僕の姿が入りこんだ。
 顔を真っ赤にし、目に涙を溜め、何かに耐えている表情。

ドクン

 僕の中で何かが蠢く。
 心の中で今までにない欲求が膨らんでいく。

 コノ身体ヲ堪能シタイ。
 慰メテホシイ。
 舐ホシイ。
 …変エタイ。
 コノ世全テノ男ヲ女ニ変エテシマイタイ。
 美シク、可憐デ、ソシテ淫ラナ牝ニ変エテシマイタイ。

 ソウ、ボクニハソレガデキルンダ。

 イツシカボクハ裸ノママ家ヲ飛ビ出シ、アル場所ヘト向カッテイッタ。
 自分ノヨク知ル、男ノイル場所。


「や、やめてくれ貴章!」
「フフフ、ヤメタイナラヤメレバ?ボクハ何モシテイナイヨ?」

 言葉トハ裏腹ニ、恵一クンハボクノヴァギナヲ舐メ続ケル。
 床ニ這イツクバッテボクノ股間ニ顔ヲウズメテイル気分ハドウカナ!?
 屈辱ダト思ッテクレイテイルカナ?ソレトモ恐怖ヲ感ジテイルノカナ?
 ドチラデモイイヨ。君ノ心境ガドウアロウト、ボクニハドウデモイイ。
 挿レタイ?恵一クンノオチンポ、ボクノヴァギナニ挿レタイノカナ!?
 デモソレハダメ。ボクハ処女デナクテハナラナイノダ。
 ソレニボクハボクノヤリタイヨウニヤルンダカラ!

「…くそ、な、なんで止められないんだよ!」
「アハァッ、気持チイイヨ、恵一クン!」
「頼む、正気に戻ってくれ貴章!」
「ボクハ正気ダヨ恵一クン。アア、恵一クンノ舌使イ、ナカナカイイヨォ…」
「うう…な、なんでこんなこと…」

 オ、弱気ニナルナンテ恵一クンラシクナイ。効イテキタノカナ?
 ヨク見レバ、恵一クンノ身体ガドンドン小サクナッテイク。
 男ノ頃カラボクヨリモズット大キカッタノニ、今ハボクヨリモ小サイ。
 小サクナッタ身体ヲ包ミコムヨウニ、黒イ髪ガイッキニ伸ビル。
 ヴァギナヲ舐メル舌モダンダン小サクナッテキタ。
 フフフ、可愛クナッタヨ、恵一クン…。
 チッチャクテ、大人シイ女ノ子ニナッタ気分ハドウカナ!?
 屈辱ダト思ッテクレイテイルカナ?ソレトモ恐怖ヲ感ジテイルノカナ?
 ワカラナイヨネ?君ニトッテ、今ノ自分ガ自然ナンダカラサ!
 デモ女ノ子ニ恵一、ッテイウノモオカシイネ。ボクガ新シイ名前ヲアゲルヨ。
 …元ノ名前カラトッテ『恵(メグミ)』ガイイネ。

「ん…貴章ちゃん…」
「御姉様トヨビナサイ」
「ぁぅ…ごめんなさい…貴章御姉様…」
「ドウシタノ、恵チャン?」
「御姉様の…舐めてたら…恵、なんだか変な気分になって…」
「フフフ、ジャア今度ハボクガシテアゲル」

 恵、君ハ今日カラボクノモノダ。
 誰ニモ渡サナイ、誰ニモ…。


 目が覚めたとき、昨晩の記憶がなかった。
 体がすっごく疼いて我慢できなかったところまでは覚えているんだけど…。
 んー…考えても思い出せそうにないし、とりあえず着替えよう…って何でボク裸で寝てたんだ?
 箪笥の中から下着を取り出す。
 まずは黒いショーツを穿く。ショーツは股間にフィットし、大きなお尻を包みこむ。
 次はショーツとお揃いのブラ。ホックを留めるのに手間取りつつも、なんとかつけることに成功。いまいち苦手なんだよな…。
 鏡で自分の下着姿を確認する。
 おっきくて形のいい自慢のバスト、キュッとくびれた腰、ショーツに包まれた大きなお尻…。
 あれ?なんだか違和感が…。
―ソレハ気ノセイヨ
 うん、気のせいだよね。それにしても、ボクは美人だなぁ…。
 おおっと、自分に見惚れる前に制服を着ないと。
 ブラウスを着て、スカートを穿き、リボンをして…、よしできた。
 もう一度鏡を見て、着こなしを確認する。
 やっぱおかしいような…。何でスカートを穿いているんだろう…?
―当然ジャナイ。女ノ子ダモノ。
 そうだよね、女の子なんだからおかしくはないよね。
 うん、よく似合ってるぞ、ボク。自分で見ても『美少女』って感じがするよ。
 でもこんなに可愛いのに、男の人から声をかけられることはないんだよね。
 どっちかというと、女の人にモテる感じ。
―デモイイジャナイ。男ナンテイラナイワ。
 そうだよね、男なんかにモテなくても、ボクには恵ちゃんがいるし…恵ちゃんって誰?
―アナタノ恋人ヨ。妹ノヨウニ可愛ガッテイタジャナイ。
 ああ、そうだったそうだった。
 今日のボクはなんかおかしい。
 大切な恵ちゃんのことまで忘れているなんて…もっとしっかりとしないと。
 さてと、朝ご飯を食べて、恵ちゃんと学校に行こうっと♪

―ソウ、ソレデイイノ。
―男ダッタコトヲ忘レテ、女ニナッテシマイナサイ。
―ソシテ全テノ男ヲ女ニ変エテシマイマショウ…フフフ…。

 そうだ、ボク、みんなを女の子にしないと。
 その為には…。

=======================================
 もう一晩近く飛び続けている。
 姿を隠すことが出来ないので、誰かに目撃されないよう注意しながら飛ばなくてはならない。
 いくら悪魔とはいえ、さすがに疲れる。
 能力の反応があった場所につく頃にはもう日が明けていた。

「やばいね…」

 能力が使われている。それも、断続的に。
 今どこかで、誰かが『変えられて』いるのだ。
 若葉さんに連絡している暇はない。急いで現場へ向かう。
 その時あたしは、遠くから誰かに見られていたことに気付かなかった。。

=======================================
 ぴちゃぴちゃ。
 ボクの股間を井上君が舐めている。

「ほら、もっと一生懸命舐めて。でないと…変われないよ?」
「い、嫌だ!俺、女になんて…」
「ふふふ…大丈夫、怖がらなくてもいいよ。だんだん良くなるから…ね、恵ちゃん?」
「はい!井上くんも変わってしまったら、御姉様に感謝したくなるよ。恵みたいにね」
「け、恵一!目を覚ませよぅ!」
「あはははは!何を言っているのかな?恵は正気だよ!」

 無駄だよ、無駄無駄。どんなに抵抗したって、ボクはやめてあげない。
―ソウ、全テノ男ヲ女ニスルノニ妥協ナンテシチャ駄目。


「井上さん、おっぱい大きくなったね!」
「やぁ!触らないでよぅ…」
「それでは御姉様、井上さんに女の子の体を教えてあげますね」
「うん、その間にボクは佐藤君を女の子にするから」
「ひぃ!や、やめろよ貴章!俺たちが何をしたってんだよ!」
「そういうことは関係ないよ。ボクがしたいからするだけ」

 だって、ボクは男子を全員女の子にしないといけないんだから。
―ソレガボクノ使命ダカラ。
 うん、わかってる。

数時間後

「ほら渡辺さん、女の子の身体は気持ちいいでしょう?」
「う、うん、いい、いいのぉ!」
「御姉様、このクラスは終わりましたね」
「うん、次は隣のクラスだね」

―フフフ、ソノ調子、ソノ調子。
―デモトリアエズソコマデ。御客様ガ来タワ。
 …御客様?
 その時、窓が割れる音とともに、羽の生えた女の子が教室に飛び込んできた。
 だ、誰!?ここ4階だよ!?どうやって…。
 そう考えているうちに、身体の自由が…ハイ、ココデ交代ネ。
 久シブリノ親子ノ対面、誰ニモ邪魔サセナイワ。

=======================================
「…間に合わなかった!?」

 H市から一晩かけて飛んできたのに、間に合わなかったなんて…。
 甘い匂いに満ちた教室の中は異常な光景だった。
 裸の女達が、互いの体を求め続けている。
 教室の入り口でディープキスをする者、机の上で互いの乳首を擦りあう者、多人数で絡み合っている者…。
 男から女に変えられた人も、元からの女も無関係に、互いの『女の身体』を求め続けている。
 その姿は美人といっても差し支えはないだろう。
 だが、全員が全て同じ姿をしている。はっきり言って、不気味だ。
 あたしは教卓に腰掛けている女を見つめた。
 『侵食』により、姿は完全に女になっている。お母様によく似ていた。
 恐らく、内面もかなり『侵食』されているだろう。

「待ッテタワヨ、アリス。久シブリネ」
「…お母様のつもりか、『偽者』」

 その姿は、確かに在りし日のお母様の姿に似ていた。だが違う。
 お母様は、こんな大量に『変化』させようとはしないし、こんなに雑な『変化』なんてしない。

「アラアラ、反抗期?母親ニソンナ事言ッテイイト思ッテイルノ?」
「ふざけるな!お母様を馬鹿にするな『偽者』!腰だけの癖にお母様の全てを知っているつもりでいるんじゃない!」

 怒鳴りながら考える。
 『侵食』がここまで進んでいると、腰をあの女から奪うのは容易ではない。
 しかも今は若葉さんがいない。今すぐ呼んだとしても、ここまで来るのに2、3時間はかかるだろう。
 だがそんなに待っている暇はない。あたし一人でなんとかしないと…。
 手段はある。直接羽で触れて、『変え』ればいい。
 この方法なら、お母様の腰も取り返せ、事態も収拾できる。
 だがこの場合、あたし自身が『変えられる』可能性が高い。
 直接愛液を舐めなければ、『変えられる』こともない。
 この方法によって変化させるのは難しいのだ。舐めなきゃいいだけなんだから。
 でも実際、この教室には『変えられてしまった』娘たちであふれている。
 何故か。それがわからなければ、あたしはこの『お母様の偽者』に『変えられて』しまうだろう。
 よく考えろ、あたし!見極めろ、奴の手の内を…。
―そう、あそこをよく見て…。
 どこを?どこをよく見るんだっけ?
―決まっている。『お母様の下半身』だ。特に股間を。
 そうだ、観察すれば奴の手段が…ってちょっとまて。
 なんでわざわざ、そんなところを見る必要がある?
 というか、奴がどんな風にこの状況を作り出したか…あたしには関係ないじゃないか。
―でも気になるよね、『自分の産まれてきた場所』がどんな風になっているのか。
 うん、興味はあるかな?
 …待て、『自分の産まれてきた場所』だって?
 …ああ、そうか。そういうことか。
 あたしは、「既に相手の術中にはまりつつある」ということか。
 まさか…匂い!?

「気付イタヨウネ。デモモウ遅イワ」

 奴の声が響く。
 …身体の自由が利かない。
 あたしの顔は、奴の股間へと少しずつ近づいていった。



 まずい。身体が全く動かない。
 いつのまにか四つんばいになっている自分に腹が立つ。
 こんな簡単に罠に嵌るとは…我ながら情けない。
 匂いで誘われ、食虫植物に捕食される虫になった錯覚を覚える。
 このまま奴の割れ目に舌を触れさせたとしても死ぬことはないだろう。
 だが、奴の『粗雑な変換』を受けるくらいなら死んだ方がマシだ。
 …とはいえ、この状況では自殺すら出来ない。
 さて、この状況を脱するにはどうしたらいいのだろうか。
 せめて腕さえ動けば…!
 だけど、あたしの腕は見えない枷に囚われたかのように動かない。
 視界に映る茂みが徐々に近づいてくる。
 悔しい。何の抵抗も出来ずに変えられてしまうなんて…!
 そして奴の膣へあたしの舌が触れてしまいそうになったその時、

「はい、そこまで」

 突然後ろから声が聞こえた。

「ダ、誰ダ貴様!!」

 奴の叫び声。視線はあたしの後方へと向けられていた。
 誰?誰がいるの?
 振り向こうとするが、あたしの首は動かない。

「懐かしい匂いがするが…ん?そっちのは…なるほど、そういうことね」
「何ヲ言ッテイル!無視スルンジャナイ!」
「クレアが言ってた通りか…。本当にあいつは『悪人』だな」
「オイ!」

 後ろにいる誰かは、奴を完全に無視して一人でブツブツ喋っている。

「そっちの四つんばいの嬢ちゃん、腕さえ動けば逃げれるな?」

 ええまあ、腕さえ動けば何とかなりますけどね。

「じゃ、何とかしてくれ」

 その言葉とともに、あたしの背中に何かが触れた。
 その感触がくすぐったいので、背中に手を伸ばして払おうとする…って腕が動く!?
 何が起きたというのだろう。でも、これはチャンスだ。

 さて、あたしの翼の大きさでは、本来飛行することすら難しい。というか不可能だ。
 だが特訓の末、あたしは長時間の飛行が出来るようになった。
 そして、それと同時に―

「てりゃぁああああ!!!!!!!」

 『床をぶち抜くことが出来る』程度の腕力も身についていた。
 あたしは床の瓦礫と共に落下する。
 下の階も教室だったけど、運良く誰もいなかった。
 …って逃げてどうするんだ!
 ここで逃げちゃったら『お母様の身体』が取り返せないじゃない!
 天井を見つめる。
 あたしが開けた大きな穴が広がっている。
 が、その穴が徐々に小さくなっていき、やがて塞がってしまう。
 …いったい何が起こったの?
 上の階の状況が全く分からない。
 とりあえずあたしは上の階へと向かうことにした。

=======================================
 話は数時間前に遡る。

「ほら双葉ちゃんもすみれちゃんも、見てよこれ!」

 『私』とすみれが登校すると、同じクラスの晴海が声をかけてきた。
 彼女の周りにはちょっとした人だかりができている。

「なに?どうかしたの?」
「へへへ…じゃ〜ん!」

 晴海は私達の目の前に、犬の人形らしきものを差し出した。
 ただしその造詣はかなり不細工。
 目や鼻の位置はちぐはぐだし、身体はツギハギだらけ。
 …これがなんだというのか。

「…これ何?」
「ええ!!双葉知らないの!?」

 晴海は信じられなそうにこちらを見つめる。
 え?この珍獣を知らないとおかしいの?

「すみれ、知ってる?」
「ああ、これはツギハギドッグね」

 何その見たまんまの名称。もっとひねれよ。

「うん、巷で大人気!どこに言っても売り切れ続出のツギハギドッグちゃんだよ!」

 この珍獣大人気なのか…。何故だ。

「ほら、この耳のとれ具合とか目の位置とか、可愛くないですか?」

 可愛くないです。むしろ不気味です。
 でも私の評価とは反対に、周りからは「可愛いー」とか、「素敵ー」とかいう声が飛んでくる。
 …マジか?マジで言ってるのか?

「…すみれ、ちょっといい?」
「なに?」
「あれ、可愛いの?」
「さあ?あたしにはよくわからん」
「だよね…」

 ああよかった。私の感性が狂っているのかと思った。

「でもあれ、世間では流行っているみたいよ」
「…マジで?」
「ま、気にすることはないわ。流行っていうのは『みんなで勘違いする』ものだから。あたしたちは生暖かく見守ればいいのよ」

 …そういうものかねぇ。最近の娘はよくわからない。
 そう思いながら、私は晴海達の様子を見ていた。
 その時、西の方から『なにか』が飛んでくるのを感じた。
 窓から外を見る。
 その『なにか』がこっちの方向へ飛んでくるのが見えた。

「なに、あれ?」

 隣に立っていたすみれも『なにか』に気付いた様子。
 私は目を凝らす。
 ものすごい勢いで飛んでくる『なにか』。少しずつ、その姿がはっきりしてくる。
 女の子が、黒い翼を広げて…ええと…ちょっと待て。
 いくらなんでも、そんなものが飛んでくるわけ…。
 だが何度見ても、眼鏡をかけたショートカットの女の子が空を飛んでいるようにしか見えなかった。

「…ねえ双葉、これ、夢じゃないよね?」
「うん…ねえ?あれって…女の子よね…?」

 すみれにもその姿がはっきり見えているらしい。
 だが、周りのクラスメイト達は誰一人その娘に気付かない。
 やがてその女の子は向きを変え、北のほうへ飛んでいった。

「あの黒い羽…あんたの関係者じゃないの?」
「…だよね、やっぱり」

 少なくとも、悪魔か堕天使のどちらかではあると思う。
 放っておくわけには、いかないよなぁ…。

「晴海!私とすみれは『頭が痛いから早退した』って言っておいて!」
「えー!まだ一時間目も始まってないよ?もうサボるの!?」

 驚いたようにこちらを見る晴海に、『俺』は翼を一瞬見せた。
 俺のお願いを素直に聞くように、一時的に『変える』。

「…うん、わかった」
「みんなも口裏合わせてね。決してサボりじゃないって」
「…うん、任せてね」

 これでよし。
 『私』は翼を仕舞い、すみれとともに駆け出した。

「ああ、今日はロリ先生見れないのか…」
「残念ね…」

 ああもう、せっかく昨日、学年主任の銀髪ロリ英語教師を私達の担任に『変えた』のに!
 こうなったら、たっぷりと遊ばせて貰わないと…割に合わないわ!

 だけど飛んでいる相手を追いかけるなんて無理。
 そりゃ私だって翼は持ってますよ?
 でも私は飛べない。こんな翼じゃ人は飛べない。
 あの黒い翼の小娘は相当筋力があるね。出来れば格闘はしたくないものだ。

「ああ、見失っちゃう!」

 すみれが悔しそうに叫ぶ。
 やはり自転車で空を飛んでいる相手を追いかけるのは無理か。
 まったく、あんなに目立つことされるとこっちが困るってのに…。
 遊ぶのにも細心の注意を払っているってのに、あれで天使の警戒が強まったらどうしてくれる気だ。
 普通の人には見えてないようだからまだいいけど…。

「双葉、どうする?」
「…帰りたい」

 ホントめんどくさい。
 帰ってロリ先生『で』遊びたい。

「まだ帰っちゃ駄目だよ、『セリ』」

 突然懐かしい名を呼ばれた
 …300年以上使われなかった『俺』本来の名前。
 声にも聞き覚えがある。よく知っている声だ。

「…クレアか?」
「Yes,Mam♪」

 軽く手を上げながら笑顔を見せる少女。
 生きてたのかこいつ。

「いやあ、セリが目が覚めてたことに気付かなかったよ。ごめんね」
「ああ、気にするな。俺もお前がまだ生きてるかどうかわからなかったし、探すの面倒だから放置してた」
「ははは、お互い薄情だね」
「悪魔なんてそんなもんだろ」
「それもそうだねぇ」

 そう言って笑いあう。

「まあ積もる話はまた今度にしようよ。そっちのお姉さんと一緒にお茶とか飲みながらさ」
「そうだな…で、俺になんかようか?」
「うん、ちょっと頼みたいことがあってね」
「…俺は今、あっちに飛んでった小娘を追いかけるのに忙しいんだが」
「わあ、ストーカーだ。ストーカーがここにいるよ」
「誰がストーカーだ、誰が」

 失礼な。
 俺はただ『空飛ぶ女の子を見失わないように追いかけていた』だけだ。見失ったけど。

「大丈夫、わたしの頼みもその女の子に関わることだから」

 クレアはにこやかに笑いながら言った。

「あの子をちょっと手助けしてあげて欲しいんだ」

=======================================
「…で、来てみればこういう惨状。まったく、馬鹿らしい」

 こんな下手くそな『変化』しかできない奴を相手にしなくちゃいけないとは…。
 右を見ても左を見ても同じ顔。
 胸の大きさから腰の細さ、髪の毛から下の毛の量までほとんど同じ。
 全くの無個性。イマジネーションが足りないね。
 そんな女達が互いの肉体をむさぼる事だけに集中している。
 不快だ。
 この状況も、これを喜んでいる、目の前の愚か者も。
 同じ顔に『変える』んだったら、記憶や性格も同じに『変え』たほうが楽しいだろうが!
 それか性格や記憶は元のまま、でも姿はクラスで一番美人の娘に統一、とか!
 もしくは顔『だけ』同じ、後は胸の大きさが違ったり、下になんか生えてる奴いたりするとか!
 ああもう腹立つ!せっかく面白いシチュなのに、物足りないじゃないか!
 俺が見本を見せてやる!

=======================================
 舞い散る黒い羽根。
 触れた者の全てを『変えて』しまう魔性の羽根。

「クッ、コノ程度ノ羽根デ、ボクヲ『変エル』ツモリカ!?」

 貴章を『侵食』したモノは、双葉の羽根に抵抗する。

 その周りでは、同じ姿の女に『変化』させられた生徒達に新たな『変化』が生じた。
 羽根が一つ触れるたび、胸が大きくなったり、小さくなったり。
 一人髪が伸びたと思ったら、その隣の娘の髪は短く縮む。
 絡み合っている二人の身長も、片方は伸び、片方は縮み。
 教室にいる全ての存在が、それぞれ新たな個性を植えつけられていく。
 過去の記憶から性的嗜好まで、黒い羽根は存在全てを書き換えていく。
(ついでに床に空いた穴も塞がったけどそれはどうでもいい)

 だがそれでも、貴章の肉体は羽根による変化を受け入れない。

「へえ、黒いのは耐えられるのか」

 双葉は笑っていた。
 その笑みには、圧倒的な自信に満ち溢れていた。

「じゃあ、『白いの』には耐えられるかな?」

 悪魔の黒から、神の白へ。双葉の翼の色が変わる。

「シ、白イ翼ッ…!?」
「元天使様二人分の処女の力だ、存分に味わえよ!」

 現在、あの天使たちはかつて双葉とすみれが遊んだ教会にいる。
 女にされ、女の快楽を肉体に刻まれ、天使としての存在を保てなく経った二人。
 彼ら(彼女ら)は元神父のシスターの下、シスター見習いとして生活させられている。
 その二人の力を奪っていた。
 堕ちつつあったとはいえ、天使の持っていた力は中々のもので、結果的に双葉は以前以上の力を蓄えることになった。
 今回はその力を開放し、あの時のように神だった頃の翼を使ったのだ。

 白い羽根が吹雪のように吹き荒れた。
 その勢いは教室内だけに留まらず、扉を破壊して廊下へ、そして校舎の隅々へと飛散していく。



 廊下には、教室へと向かっているアリスがいた。

「ふう、やっと着いたよ…はぁ…走るのは苦手…ってうわあっ!」

 アリスはあっという間に羽根の流れに飲まれてしまった。



 校舎のあちこちで変化がおきていた。
 ある教室では、高校の授業に慣れてきたばかりの生徒達が授業を受けていた。
 真面目に聞いている女子、携帯を隠れて弄っている女子、居眠りをしている男子、気弱な子を面白半分にからかう馬鹿数人。
 そんな生徒達を注意することもなく、黒板に英文を書き続けている教師(43歳男性:独身)。
 よくある光景である。
 そこに、大量の羽根が飛び込んでくる。

「うわ!」
「な、なんだ!」
「なにこれぇ!」
「み、みんな落ち着け!」

 あっという間に教室は羽根まみれになってしまった。
 訳も分からず、大声で叫ぶことしか出来ない生徒達。
 最初は男女の声が同じくらい聞こえていたが、時間が経つにつれ女性特有の高い声しか聞こえなくなっていく。
 そして身体もそれに応じた姿になっていく。

「やだぁ、髪が伸びてきてるぅ!」<男子:ちょい不良気味→女子:優等生風味
「お、おっぱいが膨らんできたわ!」<男子:文化部、貧相な体形→女子:巨乳
「あぅ、なんかちっちゃいよぅ!」<男子:運動部、マッチョ→女子:貧乳ロリ
「なによこれ!ボク達どうなってるの!?」<男子:気弱→女子:ボーイッシュ、ボクっ娘、趣味は格闘技の試合観賞
「ああ、ブラがきついよぅ!」<女子:ぺたんこ→巨乳化
「あれぇ、何で制服ぶかぶかになっちゃうの?」<女子:腐女子→特に理由はないけど幼女化、ただし胸は大きい
「やだぁ!制服がきついよぅ!ショーツが食い込んでるぅ!」<女子:低身長→身長が高くて女子にもてる女子
「皆さん落ち着きなさい…ってなにこれ!私どうなってるの!?」<教師(43歳男性:独身)→教師(27歳女性:独身)

 あとなんか脱いでいる(脱がされている)子達もいた。授業中なのに。

「藤代さんっていつも私を馬鹿にしてたくせに…毛も生えてないじゃない!」<男子:気が弱くてからかわれる→女子:超強気
「ひゃう!山田ぁ、見ないでよぅ!」<男子:自分がやっていることがいじめと気付かないタイプ→女子:超弱気、すぐ謝る
「へぇ…毛も生えてない御子様の癖によく言うわねぇ…」
「ああ、御免なさい御免なさいもう言いませんから許してぇ!」
「ふふふ…じゃあどうするべきかわかるわよねぇ…」
「は、はい…舐めさせてください、山田御姉様…」

 もう授業どころじゃなかった。



 保健室では、眼鏡の似合う養護教諭(残念ながら男)が、血を見ただけでも気を失ってしまうようなくらい可憐な女性に。
 ベットで寝ていた男子(仮病、養護教諭と肉体関係あり)が病弱な少女へ。
 薔薇な空間が、看病と称した百合世界が展開された。



 体育館では男子がバスケットボールをしていた。
 俊敏な動きで試合をしていた筋肉質な生徒達。
 その中でも一際目を引くのはバスケ部のエースである少年、ダイスケだ。
 180以上ある身長と、長年培った技術で他の生徒達を圧倒していく。
 それと対照的に、コートの隅で棒立ちしているマナブがいた。
 彼は背が低く、運動が苦手で、こういった集団で行うスポーツの際には邪魔にならないようにするので精一杯だ。
 そんな正反対の彼らは昔からの親友である。
 ダイスケがマナブに声を掛ける。

「マナブぅ、一緒に頑張ろうぜ。お前、頑張ったときはすごいんだからさぁ!」
「僕が手を出したら負けちゃうって、ダイちゃん」
「そうそう、マナブは端っこで大人しくしてりゃいいんだよ!」

 ダイスケたちの後ろからサッカー部のタカオが野次を飛ばす。
 それに同調して笑う周りの彼ら。
 弱気なところがあるマナブは、彼らに言い返すことも出来ない。
 ダイスケはタカオを睨むが、タカオはそれすらも気にしない。

「ん?なにかなダイスケくん?愛しいマナブきゅんが馬鹿にされて悔しいんでちゅかぁ?」
「え、何?お前らホモなの!?」
「ははは、気色ワリィ!」

 ダイスケが言い返そうとしたタイミングで、体育教師が制止に入る。
 それでその場は収まるが、ダイスケの怒りは納まらない。

(ふざけんなよタカオの奴!マナブだって頑張ってやれば、俺と同じくらいバスケが出来る筈だ!)

 そう、幼い頃からダイスケと一緒に遊んでいたマナブ。
 バスケの練習だって何度かやったことがある。
 下手ではあったが、直向にボールを追いかけるマナブには才能があると感じていた。
(ダイスケがそのように勝手に思っているだけで、何の根拠もないのだが)

 マナブも悔しがっていた。
 自分が馬鹿にされたことより、ダイスケが自分の事でタカオにからかわれたことが悔しかった。

(タカオの奴!バスケじゃダイスケにかなわないからってっ…!)

 もし自分がもっと運動が出来れば。
 ダイスケと同じくらい、いやせめて人並みに出来れば…タカオだって見返してやれるのに!

(どうせタカオみたいな奴には運動の出来ない奴の苦しみが分からないんだ!)
(僕がもっと運動できれば…!)
(俺とマナブで!)
((タカオなんて実力で黙らせてやるのに!))


 その時、羽根が吹き付けた。
 体育館内に充満した羽根は、男子生徒たち全てを女へと『変えて』いく。


 ダイスケの身長は若干縮む。それでも標準的な女子よりは背が高い方だ。

「え?な、なんだぁ!?」

 周りの男子達よりも大きく胸が膨らむ。思わず手でさわり、その感触に驚く。

「や、やわらかっ…こ、これて…おっぱいか!?」

 そして体格や顔つきが丸っこくなっていく。

「な、なにこれぇ…私、どうなってるの!?」

 髪が腰よりも長く伸び、後ろで一本のポニーテールに纏められる。
 気がつけば、活発的な女の子になっていた。

「そ、そんなぁ…私、女の子になってる…ってあれ?」

 自分の発言に違和感を感じた。

「女の子になってるって…私、元から女の子じゃなかった?」

 彼女は、確認するように呟いた。

「私は…ハナコ…よね?うん、そうだった…はず」

 自分の体を見る。

「この身体は…私の、身体。間違いないわ」

 無意識のうちに彼女は『変化』を受け入れていた。
 彼女は、自分の親友へと目を向けた。


 マナブはダイスケとは逆に背が伸びていた。

「な、なに!?急に服がきつくぅ…!」

 彼の胸も盛り上がっていく。ダイスケほどではないけど、大きな胸が出来ていく。

「も、もしかして…僕、女の子になっちゃう!?」

 細かった腕がさらに細くなって、腰がくびれ、お尻は大きくなった。

「あぅ…ダイスケぇ…ボク…助けてぇっ!」

 だがその叫びはダイスケには届かない。
 マナブは髪が少し伸び、ショートカットの女の子へと『変化』した

「…ボク、女の子になっちゃったぁ」
「マナ、大丈夫!?」

 既に『変わって』しまったダイスケ―ハナコが駆け寄ってくる。

「え?…ハナちゃん?マナって…ボク?」
「うん、そうだよ。私はハナコ。そしてあなたは私の親友のマナ」
「…そうだっけ?」
「ええ、間違いないわ。私の最高のパートナーの、マナだよ…」
「うん、ハナちゃんが言うんなら…間違いないよね…」

 マナブ―マナは、ハナコの言葉に頷いた。
 見詰め合う二人。怪しい雰囲気だった。

「ね、マナ。私、いつも言ってるよね。私達が頑張れば負けないって」
「うん…ごめんね、ハナちゃん。ボク…忘れてたよ…花ちゃんとなら何でも出来るって…」
「ええ、そうやって『二人でバスケ部を勝利に導いた』じゃない!」
「それは…ボク達だけじゃなくって、みんなで頑張ったんだよぉ」
「ふふふ、それもそうだね」
「…うん、みんなで頑張ればいいんだよね」
「そうよ。大丈夫、私もついてるから自信を持って?」
「うん!」

 いつの間にか、マナはバスケ部の主力メンバーだったことに『変わって』いた。
 だが、それがおかしいことだとは当然気付かず、二人は見詰め合っていた。
 そんな二人の世界に、『変化』が完了していた周りは呆れていた。
 ある生徒は後に「どうみてもレズにしか見えなかった」と語る。


 もちろんタカオにも変化は起きていた。
 だが、彼に対する変化はダイスケやマナブとは相対的なものだった。
 それなりに高かった身長は、同年代の女子の平均身長にも満たなくなった。
 胸もあまり膨らまない。周りの『変わってしまった』生徒と比べても、微かな膨らみでしかない。
 体つきは幼く、体力なんて全然なさそうな身体。
 ただ、顔は可愛らしかった。

「なにこれぇ…あたし、こんな身体いやよぅ!」

 声を出して気付く。いつものしゃべり方が出来ないのだ。

「な、なんでぇ!なんであたし、あたし!こんな喋り方したくないのにぃ!」

 自分の姿が突然『変わった』事はわかる。
 けれども、もともと自分がどんな姿だったのかが思い出せない。
 周りを見る。
 『見覚えのある女子』が、自分の体を見つめていたり、互いで触りあったりしていた。

(あれ?でもなんかおかしいような…)

 だが、何がおかしいのかまったくわからない。
 そして、『変化』が記憶を蝕んでいく。

(あたしは…タカオ…って誰?あたしは、タカネよ?)

 名前を失う。

(ええと…あたしはサッカー部で…サッカー?そんなのできないよぉ…少し走っただけでも息が切れちゃうのに…)

 サッカー部で活躍した過去は既に存在しない。タカネは運動の出来ない女の子。

(それでもマナ……よりも運動は…できた…わけがないよぅ!バスケ部の選手に勝てるわけないじゃないかぁ!ああ、何であんな事言っちゃったんだろう…)

 ダイスケ達をからかった記憶は、ハナコ達をからかった記憶に『変わって』いた。
 『変化』してしまったタカネにとって、それは後悔の対象にしかならない。

(ああ…嫌だよぅ。試合、したくないよ…)

 その後、体育は再開し、ハナコとマナのチームはタカネのチームに圧勝したが、それはまた別のお話。


 なお、グラウンドで体育をしていた女子達は、胸の大きさが変わったり、身長が変わったり、髪の長さが変わったり、
性的嗜好が変わったりしていたのだが…当人達は気付かなかった。



 屋上では授業をサボった不良達が何をするでもなく集まっていた。
 そんな彼らにも羽根は降り注ぐ。
 ガクランがブレザーへ。
 ワイシャツはブラウスへ、ズボンはスカートに。
 吸っていたタバコは、キャンディーに。
 ボサボサの髪は、手入れの行き届いた柔らかい髪質へ。
 体形は細く、胸は膨らみ、突起は亀裂へ…。
 不良達は制服をきっちりと着ている真面目な女子に変わってしまった。

「あ、あれ?ここ屋上ですよね?」
「う、うんそうだよ…今授業中だよね…?」
「私、何でこんなところにいるんでしょう…」
「…記憶にございませんわ」

 何故自分達がここにいるのかがわからなくなっていた。


 校舎内にいる全ての男が、女に変わっていく。
 校舎内にいる全ての女が、今までとは違う自分になっていく。
 そしてその『変化』は精神にさえ影響を与えていく。
 じきに自分の肉体はおろか、内面まで『変わって』しまったことを覚えている者は誰もいなくなるのだ。


 そして、ついに貴章の身体にも変化がおきる。
 『腰』の影響で女性のものに変化していた、貴章の身体が激しく波打つ。
 身体と『腰』の結合が弱まっているのだ。

「クッ、ナンダコノ羽根ハ…耐エ切レナイダトォッ!」
「さて…すみれ、頼むよ!」
「あ、やっと出番?」

 物陰からすみれがひょっこりと出てきた。
 彼女は羽根の勢いを気にすることなく貴章に近づき、脚を払って転倒させる。

「グファ!」
「さてこのままラーメンにして食べちゃうんだっけ?」
「…何の話?」
「冗談だってば」

 すみれは貴章の身体をうつ伏せにし、腰に座り込む。
 そして両手で貴章の顎を抱えこみ、そのまま後ろに反る。

「うん、あたしとしてはやっぱアニメ版じゃなくて漫画版のほうが好きだね」
「ナ、ナニヲスル気!?」
「キャメルクラッチ。よい子は真似しちゃ駄目だぞ♪」
「悪い子も駄目だからな、危ないから」
「誰ニ言ッテルンダァ!」

 軽口を叩きつつ、すみれはグイグイと身体を後ろに反らしていく。

「おお、腰が取れやすくなってきたねぇ」
「グッ……ウウッ…」
「ほぉら、これからどうなるかわかるかなぁ?」
「チョ、マ、待ッテ、ヤメテ!」
「い・や・よ♪」

 絶叫が校舎に響き渡った。

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 翼を黒に戻す。
 さすがに白い翼を使うと疲れてしまう。
 またしばらくは使えないだろうね、これは。

 さて、周りを見回すとちょっとした猟奇殺人の現場のような惨状が広がっていた。
 胸から下が取り外され、気を失っている少女。そして傍らに散乱する両足。
 まあ腰を取り外されればそうなるだろう。さすがの俺もこれは引く。
 一方でこの状況を作った張本人はといえば、『腰』を抱きかかえて弄んでいる。

「なんかさ、腰だけ抱えていると変な気分になるよね。むらむらしない?」

 そんなのお前だけだよ、多分。
 というか普通に外せばいいのに。プロレス技やる意味ないからね?

「個人的にはもっと反って、床に背をつけたかったね」
「聞いてないから、そういう話は」

 さて、この猟奇な光景を何とかしよう。
 最後の力を振り絞り、腰をとられた子の姿を『変えて』あげる。
 腰が復元され、普通の女の子にしてあげる。
 でもただ『変える』だけじゃあ、面白くない。
 変な性癖とか植えつけておこう。
 例えば、ヘソを露出させたファッションを好むようにするのはどうだろうか。
 それで、この子のヘソを見た人間は、男女の区別なくこの子に発情しちゃうとか。
 …うん、これでいいや。あんまり凝ったのにするのも可哀相だし。

 ふう、これで一段落。
 …あれ?何か忘れているような。

「ところで、あの女の子どこ行ったの?」
「あ」


 アリスはすぐ近くの廊下で倒れていた。
 命に別状はない。
 だが…


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「ほら、目元なんかあんたにそっくりね」
「そうですか?あ、髪の色なんかはくー姉様と同じですね」
「う〜ん、遺伝して欲しくないところが遺伝したねぇ…。黒髪の方がよかったな…」
「そんなことないですって。私、くー姉様の髪の色、すっごく綺麗だなぁって思いますよ」
「ふふふ、ありがとね『若葉』」




 うう、酷い目にあった…。
 なんか夢を見ていた気がするけど…気のせいかな?
 なんか羽根みたいなのが飛んできたと思ったら、あっという間に巻き込まれてしまった。
 あれはいったいなんだったんだろう。
 まあいいや。
 とりあえず身体を起こして…あれ?なんかお尻と頭に違和感が。
 なんというか、今までにない部位があるような感じ。
 お尻を見てみる。
 自分で言うのもなんだけど、小ぶりでかわいらしいお尻だと思う。
 腰の辺りから生えてる尻尾がまたキュート…

「ってにゃんだこれはぁーーー!!!!!」

 何この尻尾!?
 なんであたしにこんなの生えてるのさ!
 もしかして、頭の方のも…。
 手で触れてみる。
 モフモフした手触りの「何か」があった。
 懐から鏡を取り出し覗いてみると、よく見覚えのあるあたしの頭に、見覚えのない『猫耳』が生えていた。

「にゃんにゃんだこれはぁぁぁ!!!!!」

 猫耳と尻尾だとぉ!
 しかもなんか翼が見えないし!感覚はあるのに見えないよ!

 ふと、目の前にいた女の子達と目が合う。
 一人は普通の女の子のようだけど、もう一人は黒い羽が生えている。
 …こいつが原因か!

「これはどういうことにゃ?」
「ちょっとした不幸な事故で…」
「ふざけるにゃぁ〜!戻せ!戻すにゃ!こんにゃ姿じゃ若葉さんとこ戻れにゃいにゃぁ!」
「ごめん!戻す為の力が残ってな…」
「じゃあ早く戻せるだけの力を回復させるにゃ!こんにゃ喋り方したくにゃいんにゃぁ!」

 …で結局、この双葉という悪魔が力を取り戻し、元に戻れるまで一週間かかってしまった。
 当然その間外出なんて出来ないし…ああもう、あたしが何をしたぁ!
 ああ、また身体集めに遅れが…。

 そういえば、双葉という悪魔はなんとなく懐かしい気がしたけど…なんでだろう?
 まあいいか。多分気のせいだろう。

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 アリスが大変な目にあっている頃、私―若葉にちょっとした出会いがあった。

 その日私は、アリスが「しばらく戻って来れない」という連絡をしてきたので、久しぶりに出かけることにした。
 別にどこかに用事があったわけではない。
 ただ、家にいると巨乳メイドが目に付いて落ち着けないのだ。
 なんというか…元男の癖に、生まれながらの女である私より胸が大きいってのが納得いかない。
 なんですかあれは。私に対する嫌がらせですか?
 いいけどね。女の価値は胸じゃないからね。

 さて、意味もなく外出したが…やることはない。
 映画でも見に行こうかな。でも今何か面白そうなのやってたっけ?
 まあいいや、何かやっていれば時間くらいは潰せる筈だ。
 そう考えていたとき―私はその人を見つけた。

 スラリとした長身の女性だった。
 服の上からでもそのスタイルのよさが分かる。特に胸の辺りが羨ましい。
 風になびく銀色の長い髪がとても美しく見えた。
 そして何より、綺麗に整った顔。思わず見とれてしまう。
 私の視線に気付いたのか、その女性はこちらへと近づいてくる。
 …失礼だったかな。見ず知らずの人をじろじろ眺めるなんて。
 ああ…こんな綺麗な人怒らせちゃうなんてなんという失態だろうか。
 そんな風に考えている間に、その女性は私の目の前に立っていた。
 その表情は…満面の笑み。
 ドクン、と心臓が高鳴る。
 何故だろう。この人を見ているとドキドキする。
 これはいったいなんなのだろうか。
 だが女性の次の行動は、更に私の胸を高鳴らせるのだった。

「会いたかったよ、若葉ぁ〜!!」
「ひゃう!」

 そう叫びながら抱きしめてきたのだ。
 突然の行動に、思わず声を出してしまう。

「ああん、『前の時』とそっくり!可愛い、可愛いよ若葉ぁ〜!!」
「ちょ、な、なんなんですかあなたはぁ!!!」

 女性の拘束から抜け出そう試みる。
 だが、抱きしめる細い腕、そして押し付けられる巨乳の柔らかさが心地よく、抵抗するための力が入らない。

「わたし好みに育っちゃってぇ…やっぱりあなたは最高よ!!」
「い、いいから離してくださぁああいい!!!!!」

 その抱擁は十分以上続いた。


「いやあごめんごめん。若葉の顔見たらつい興奮しちゃって…」
「…いいですけどね、気持ちよかったですし」

 私たちは今、近くにあった喫茶店にいる。
 店内は簡素な装飾に包まれ、地味な印象。
 頼めるメニューも多くなく、店員の男たちもあまりやる気はなさそうだ。
 目の前の女性を遠目からジロジロ見ているのが、なんかむかついた。

「…店員に男しかいない、って時点で間違っている気がするなぁ。少なくともわたしは好かない」
「あなたの好みはどうでもいいと思います」
「ま、それもそうだけどね」

 女性はコーヒーを一口飲む。

「味はそれなりにいいわね。若葉も飲んだら?」
「…なんで私の名前を知ってるんです?」

 注文したホットドック(この店オリジナルらしい)を一つ頬張りながら、私は問い返した。
 先ほどから普通に呼ばれてたから気付かなかったけど、私はこの人とは初対面だし、まだ名乗っていないはずだ。

「そうねぇ…『コレ』を見ればなんでかわかってくれると思うな」

 そう言って背中の辺りから『何か』を取り出す。
 見覚えのあるものだった。

「黒い羽根…!?」
「ま、そういうこと。わたしはクレア。まあ…『悪魔の娘』とでも名乗りましょうかね」

 そう言いながら、クレアと名乗った悪魔は羽根を近くにいた店員に向かって投げ飛ばした。
 羽根とは思えないほど勢いよく、ダーツの矢のように飛んでいく。
 そして羽根が店員に当たった瞬間、店員の姿に『変化』が起きた。

 180はあったであろう背が一気に縮んで、服に身体が埋もれてしまう。
 髪が勢いよく、腰の辺りまで伸びていく。

「体形の変化はわかりやすいほうがいいよね?」

 そのクレアの言葉と同時に、ぶかぶかの服が消滅した。
 背が低くて、髪の長い全裸の男が目の前に現れた。
 自分の状況に気付いていないのか、他の店員達と談笑している。
 周りの人間達も、この異常に気付いていない。

「まずは…胸だね」

 男の胸が少しずつ盛り上がっていく。
 乳首が、乳輪が、男性のものから女性のものへと変わっていく。

「大きさは…あえて小さめにしておこう。貧乳もいいものだよ」

 ちょっとむかついた。
 クレアの言うとおり、胸の隆起はそれほど大きくはならなかった。
 …私よりは大きいんだけどね!

「肩幅とか、筋肉とか、腰とか…まあ適当に」

 グイッと男の身体が小さくなった。
 全体的に細く、スリムというか、貧相というか…まあ子供っぽい感じになった。

「で、トドメは股間の穢れたバベルを撤去ぉ!」

 クレアは物凄くいい笑顔で叫んでいた。楽しそうだと思った。
 でも私には角度的にその変化は見えなかった。
 …うん、それでよかったと思う。一応食事中だし。
 男のもの見ながらホットドックは食えない。

「さて、全裸少女というのも中々そそるけど…風営法に引っかかるねぇ」

 よく言う。どうせそれすら捻じ曲げてしまえるくせに。

「いやいや、衣装って大切だよ?着ている衣装だけで倒錯できる人もいるしね」
「心を読まないでください」

 そんなことまで出来るのか、この悪魔は。

「読心術なんて出来ないから。…まあ若葉の考える事はわかるけどねぇ」
「なんでさ!」
「…愛?」

 愛なのか。ならしょうがない…ってええ!?
 どういうことよ愛って!?
 まだあったばかりよ私たち…ってかその前に同性じゃないかぁ!

「まあ気にしない気にしない」
「気にするわぁ!」
「女同士もいいものだよー」
「そんなこといい笑顔でいうなぁ!」
「内心満更でもないくせにー」

 うわ、腹立つなぁ!
 さっきからイライラさせられっぱなしな気がする。
 でも、この感覚…悪い気はしない。
 …何故だろう?

「じゃ、そろそろ『彼女』に服を着せてあげよう」

 その言葉と共に、服が現れる。
 白いブラウス、オレンジ色のスカート、赤いネクタイ…。
 どこかで見たことのあるようなウェイトレス姿だった。

「うん、可愛い子が出来た♪」

 クレアは満足そうにウェイトレス化した男を眺めている。
 視線の先にいる『少女』は、自分の『変化』には気付いていないようだった。
 それだけではない。歩き方や接客態度、仕事の動作やちょっとしたしぐさまで、どう見ても女のそれになっている。
 先ほどまで男だったとは、誰もわからないだろう。

「さて…自己紹介もすんだことだし」

 …あれを自己紹介といいますか。
 なかなか素敵な思考回路をお持ちのようだ。

「若葉ぁ、遊ばない?」
「…は?」
「退屈で死にそうなのよー、暇なのよー」
「ちょっと待って、話がずれてます!」
「そう?」
「あなたが悪魔なのはわかりました。でもそれは、私の名前を知っている理由にはなりません!」
「んー…そうかなぁ…?」

 クレアは首を傾げる。
 その動作は意外と可愛らしい。
 外見はカッコイイ女の人なのに、どこか少女のような雰囲気のある人だと思った。

「でも詳しく理由を説明すると…結構時間かかるし、胡散臭い話を長々聞かされるよ?」
「自分で胡散臭いって言わないでください」
「まあ簡単に説明すると、わたしとあなたにはそれなりに因縁があるのよ」
「…アリスのことですか?」

 私と悪魔の接点があるとするなら、アリス以外にありえないと思う。
 だが、クレアは首を振る。

「アリスも半分くらいは関係してるけど…それ以外にあるのよ」
「…心当たりがないんですが」
「そうだろうね。300年近く前の話だからね」
「…そりゃ壮大なお話ですね」
「壮大よ。300年あれば文化も変わる」
「先祖とか、前世とかそういう繋がりでしょうか?」
「まあそんなところ。詳しく語りたいところだけど…」

 クレアは退屈そうに、羽根をさっきとは別の店員へと投げる。
 身体が急激に変化し今度は割烹着風の衣装の少女へと『変化』する。

「まだ話すわけにはいかないのよ。あなたとわたしの関係も、アリスとわたしの関係も」
「それは何故?」
「いろいろとあるのよ。ごめんね、ホントは正直に話してあげたいんだけど…」

 そう言ってすまなそうに顔を俯かせてしまう。
 その体勢から羽根を投げ、店員がメイドのような衣装を着た少女になった。

「…わかりました。名前の件は気にしないことにします」
「うん、ごめんね。いつか絶対説明するから」

 更に羽根を投げる。
 カウンターの奥にいたヒゲ面のマスターが、妙齢の女性へと『変わった』。

「で、話を戻すけど」
「はい?」
「わたしと遊んでくれない?」(性的な意味で)
「…今何か嫌な予感がしたんですけど」
「気のせいよ。で、どう?」
「はあ…まあ暇だからいいですけど…」

 いろいろ不審な点はあるけど、悪い人ではなさそうだ。少なくとも、私に対しては。
 まあ暇つぶしにはなるだろう。
 それに少しだけ、この人に興味が出てきた。
 この人のことをもっと…。
 もっと…
[もっと『思い出したい』]

「それにしても、女の子の店員さんはいいよねぇ…」

 いつの間にか、店員に男がいなくなっていた。
 色々な制服を着た少女達が、忙しそうに接客している。
 あれ?なんか…お客さん増えてない?

「やっぱ店員さんが可愛い子だらけだと、集客力が増えるよね…」

 そういえば、先ほどまでは女性の客(それも30代の主婦みたいな人達)がちらほらいるだけだった。
 でも今は、男性の客もいるようだし、若い女の子達もたくさんいる。

「まあ、以前よりは儲けがありそうですね」
「でしょ?うん、いい事した」
「いい事…?」

 はたしていい事をしているのだろうか。
 本人が気付いていないとはいえ、他人の人生思いっきり変えてるし。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「うん、今日は楽しかったよ、若葉♪」
「それはよかった」

 あれから私達は、買い物やカラオケなどをして過ごした。
 クレアの歌う歌は洋楽がメインで、私にはよくわからなかったけど…うまいと思った。
 後半は自分が歌うよりも、クレアの歌に聞き惚れている時間の方が多かった。

 こちらに笑いかけてくれるクレアを見ていると、なんだか楽しい気分になってくる。
 なんなんだろう、この気持ち。
 胸がドキドキする。
 もっとクレアに笑って欲しい、一緒にいて欲しい…。
 こんな気持ちになったのは…初めてだと思う。
 少なくとも、同性に対しては。

「今日はここで帰るけど…また会いに来ていいよね?」
「うん、また来てほしい」

 寧ろ帰らないでほしい。もっと一緒にいたい。
 …そういうわけにもいかないのはわかってる。
 だから、また会いに来てほしい。

「ああそうだ。若葉、わたしに会った事、アリスには内緒にしておいてね?」
「それはかまわないけど…」
「それじゃ、またね!」
「あ、うん、また会おうね」

 クレアは私に背を向け、立ち去った。
 …私も帰ろう。
 それにしても、色々秘密にしたり、内緒にしたり忙しい人だなぁ…。
 本当に、今度話してくれるつもりなのだろうか?

=======================================
「…さて」

 若葉と分かれたあと、人気のない路地へと入る。
 周囲には人の姿は見えず、気配も感じない。
 だが…

「わたしから隠れることなんて出来ないよ、天使さん達」

 近くに落ちていた石を、空へ投げつける。
 ぎゃっ!と言う声がして、一人天使が落ちてきた。

「…何故我等がいることがわかった、『天使殺し』のクレアよ」

 その声と共に空に数十人の天使が現れる。
 揃いも揃って男ばかり。
 天使がそういうものだと理解はしているが…嫌な気分だ。
 どうせ追いかけてくれるなら女の子の方がいい。
 それならじっくり相手してあげるのに…ベッドの中で。

「ま、いいか。男であろうが女であろうが関係ないか」
「…何の話だ?」

 リーダー格と思われる天使が問いかける。
 強面で、マッチョ。
 男は好きではないが、こいつは特に嫌いなタイプだ。
 ああ、あいつは最後にしよう。
 楽しみは最後に取っておかないとね。

「OK…覚悟しなよ、天使」

 全員、堕としてやる。
 その身に『女の快楽』を、刻んであげる。

=======================================
 天使達が持っているクレアの情報は少ない。
 何故なら、彼女に挑んだ天使は誰一人生還したものはいないからだ。
 誰かを囮にして遠くから偵察するという手段も行ったが、偵察部隊も行方不明になった。
 そもそもどの天使がクレアに挑んでいったのか、それすらも誰の記憶にも残っていない。
 かろうじて刺客を送り込んだことを覚えていた者がいたので、返り討ちにあったことだけは予測できるのだが。
 何をされたのかは推測できる。おそらく『変えられた』のだろう。
 『変化』の能力自体はそんなに珍しいものではない。
 悪魔だけではなく、天使でも使える者はいる。
 事実、アリスのような未熟な悪魔ですら世界の認識を書き換えられるくらいだ。
 だが、『変えられた』のは仮にも神の加護を得ている天使である。
 聖典には載っていないが、それでも簡単には変えられない。
 セリ(双葉)ですら天使二人を変えるために、すみれの純潔を利用して神に戻る必要があった。
 そんな彼らが綺麗さっぱり痕跡を消されるほどの『変化』。
 天使達はクレアを『天使殺し』と呼び、恐れていた。


「くっ、いったいどこへいったんだ…!?」

 天使のリーダーは焦っていた。
 先手必勝、そう意気込んで総攻撃を仕掛けたものの、クレアはその攻撃を軽々避ける。
 当たらないものだから、こちらもムキになって攻撃し続けたのだが…見失ってしまった。
 周囲を見回す。
 気がつけばあたりはすっかり暗くなっていた。
 こんな真っ暗闇の中では、悪魔一人を探すのも一苦労…

「って、ちょっと待て、おかしいぞこれ!」

 いくらなんでも暗すぎる。
 今宵は満月のはずだ。
 なのに空には月はおろか、小さな星すら輝かず、ただ闇だけが広がっている。
 それにいくらなんでも、街頭すらつかないのはおかしい。
 不審に思った彼は、仲間と念話で連絡をとろうとする。
 だが、彼の問いかけに答えるものは誰もいなかった。

「くっ、どうなっているんだ!」

 強面の天使の表情に焦りと、僅かな恐怖が浮かんでいた。


「ふふふ、焦っているねぇ…」

 その天使の様子を遠くから眺めていたクレアは、愉快そうに哂う。
 ゆっくりとした動作で、腕を天使の方へと向ける。
 その手の中には、数枚の羽根。

「まずは地面に降りてもらおうか」

 手に持った羽根を投げつけた。
 羽根は真っ直ぐ、天使へと向かっていった。


 突然翼から力が抜ける。

「な、なにぃ!?」

 何が起こったのか理解できなかった。
 気がついたときには、地面に叩きつけられていた。
 頑丈な天使の肉体でなければ即死であっただろう。
 その衝撃で天使の意識が一瞬途切れた。


「ほら、みんな。『新しいお友達』だよ…仲良くしなさい♪」


 朦朧とした状態から回復した天使は、現状を確認しようとする。
 その時、自分の周囲に『複数の何か』がいることに気がついた。
 数は、自分の部下の数と同じ。
 彼は仲間が助けに来てくれたのだと判断した。

「よかった、みんな無事だったのか」

 そう言いながら、頭を上げた彼の表情が固まる。
 周囲にいたのは、天使ではなかった。
 暗闇の路上で、全裸で絡み合う女達。
 ある者は相手の胸を揉み、ある者は股間から流れる愛液をすすり、またある者は互いのヴァギナを擦りあっている。
 異常な光景だった。
 その中の一人が、天使に気付いた。

「あ〜、隊長だぁ♪」

 彼をそのように呼ぶのは彼の部下達だけだ。
 まさか…。
 天使の心に、最悪の状況が浮かんだ。
 その女の声で、周りの女達も天使に注目する。

「あ、隊長は『まだ』男なんですねぇ」
「駄目ですよぅ…一人だけ『変わらない』なんて…」
「そうそう、それにいいですよ、この体…あん♪」

 口々に話しかけてくる女達。
 彼は自分のおかれた立場を、そしてこれから自分がどうなるのかを理解した。
 こいつらは、俺の部下だ。
 部下達は、女に変えられてしまった。
 そして俺も…

「う、うわああぁぁあぁあぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!!」

 天使はふらふらする身体をなんとか立ち上がらせ、必死に逃げようとする。
 だが、それも叶わない。
 女に『変えられた』部下達が、自分の体を捕まえてきたからだ。

「駄目ですよぅ、逃げちゃぁ…」
「隊長も、一緒に女になりましょう?」
「天使でいるよりも…ぁん、楽しいですよぅ」
「は、離せぇ!」

 天使は部下達を振りほどこうとする。
 鍛え抜かれた逞しき肉体の前を女の力で抑えられるはずがない。


「駄目だよ、女の子に乱暴なことしたら」


 だが、天使が如何に身体を動かしても、女達を振りほどくことは出来なかった。
 天使は地面に押し付けられた。


「そうだねぇ…じっくりやっていこうか」


 最初の『痛み』は指先からだった。

「っう!」

 骨が締め付けられているような『痛み』。
 その『痛み』は、だんだんと広がっていく。
 指先から腕、腕から肩、肩から胸…。

「ぐが!いたっ!な、痛っやめ!やめてくれぇ!」

 そして『痛み』とともに皮膚が細かく『振動』し、指先が細くしなやかになっていった。
 『振動』が徐々に腕へと伝わっていく。
 その『振動』とともに、発達した筋肉が衰えていく。
 『振動』が肩へと移る頃には、先ほどまでの太く逞しい腕の面影はなくなり、折れてしまいそうなほど細い腕に『変わって』いた。
 肩幅が『振動』で狭まる。
 『痛み』と『振動』が全身に伝わっていく。
 それに伴い、天使の肉体は細く、そして小さくなっていく。
 振動が収まる頃には小さな少年のような姿になっていた。
 周りの女達より小さくなっている。

「な、なんだよこれぇ…って声まで!?」

 天使の声が高いソプラノになっていた。


「さて…元がマッチョだったから…」


 胸が盛り上がっていく。
 だが、部下達は全員胸が大きくされたのに、彼の胸の隆起はそれほど大きくならない。

「わぁ、隊長のおっぱい、可愛らしい♪」
「あらあら、私の方が胸大きいんですねぇ」
「まるでお子様ですわね」

 天使は惨めな気分になった。
 悪魔の術中に嵌ってしまったこと。
 部下達を守れなかったこと。
 その部下だった者達に嘲笑われていること。

「でも揉めば大きくなるといいますし…」
「じゃあ、隊長のおっぱいを大きくしましょうか?」
「や、やめろよ!」
「ふふふ、まだやりませんよ」


「そう、楽しみはまだ取っておきなさい。完全に変わるまでね…」


 次に変わったのは肌の感触。
 先ほどまでは体が小さくなっただけだったので、肌の質感などは男の頃のままだった。
 だが今は…

「あら、急に隊長の肌が綺麗になりましたね」
「わあ、隊長の腕…すべすべして気持ちいい〜」
「ひゃぅ!さ、触るなぁ!」

 肌に張りが出てきて、触覚も敏感になった。それも、触られただけで感じてしまうほど。
 よく見ると、体中の無駄毛も抜け落ちている。


「う〜ん…髪型どうしよう。ツインテールはありきたりだし…ここはあえてちょっと古い感じの奴で…」


 天使の髪が肩の辺りまで伸びていく。
 色も栗色に変わり、質感も柔らかくなった。
 更に髪は自動的に結わえられていく。
 いくつかの束にわけられていき、複雑に絡み合っていき…

「三つ編ですねぇ」
「あらあら、よく似合ってらっしゃいますわよ、隊長」

 先ほどまではマッチョで強面だった天使だが、今は見る影もない。
 小柄で貧乳、三つ編の少女のようにしか見えなかった。
 …もっとも、まだ股間にはアレがついているのだが。

「ちくしょう、なんでこんな目に…」

 天使の目には涙が浮かんでいた。


「うん、そろそろ仕上げにしましょうか」

 クレアは天使達へと近づいていく。
 それに気付いた天使は、泣きながらクレアを睨みつけた。

「貴様ぁ、こんなことしてただで済むと…」
「思ってるよ。だって…」

 ニヤリと笑いながら、クレアはパチンと指を鳴らした。

「もう、手遅れだから」

 天使のペニスに激痛が走る。
 それと同時に、見えない何かがペニスを体内に押し込もうとするかのような感覚。

「ぎゃぅ!やぅ!あっ!やめっ!」
「さて、中身はどう替えてやろうかな。レズらせるのは確定だとして…全身性感帯にしてみるとか…」

 クレアは小首をかしげ考え込む。
 ほんの小さな一動作。
 その一瞬の隙をついて、天使は動いた。
 自らの身体を押さえる女達を振り払い、立ち上がる。
 『変化』による激痛と、慣れない小さな体―そんな状態でも何とか立ち上がれたのは彼の最後の意地であろう。
 女に『変え』られつつある状況下でも、せめて目の前の悪魔だけでも滅ぼそうという使命感。
 予想外の天使の行動に、クレアは思わず『変化』を止めてしまう。
 彼は残る力を全て右腕に注ぎ込み、クレアの顔面めがけてパンチを繰り出す。
 聖なる天使の力を込めた光の拳。彼の得意技だった。
 普通の悪魔なら、触れただけで大ダメージは確実。
 そのはずだった。

「なっ!」
「いい不意打ちだね。さすがのわたしも今のを食らったら危なかったよ」

 だが、その拳がクレアに届くことはなかった。
 クレアは動かなかった。
 ただ、その場で立っていただけ。
 天使の拳を受け止めたのは―突然空から落ちてきた、一枚の巨大な羽根。
 その羽根が、漆黒の蝙蝠翼を背負った少女に姿を変えた。

「クレア様、御怪我は?」
「ああ、大丈夫。そういうあなたは?」
「私に天使の力は通用しません」
「ああ、そういえばあなたも元は天使だっけ」
「今はクレア様の一枚の羽根です。それ以上でも、それ以下でもない」

 静かに、蝙蝠翼の少女は語る。

「な、何者だこいつ…!」
「紹介するよ。この娘はタテエル。わたしの使い魔の一人で、あなたと同じ天使『だった』娘よ」
「天使だっただと…そんなわけあるか!そいつのような女が天使であるわけがない!」
「まあそうだね。天使の女はあまりいないからね。でもさあ…今、自分の姿がどうなっているか忘れてない?」
「…まさか」
「うん、この娘は『男だった』んだよ」

 クレアは得意げに笑う。

「この娘も最初は抵抗したけどね…男には、女の身体は耐えられないんだよ」
「そ、そんなことあるか!女の身体くらい…」
「耐えられないんだよ。男は女より力が強い。でも―」

 クレアはタテエルの胸を揉みだす。
 この行動に意味はない。ただおっぱいを揉みたいからだ。

「ぁあん!」
「女はね、精神が強いんだよ」

 両手を使い、タテエルの大きな胸をむにむにと揉みしだく。
 クレアの手の動きにあわせて、タテエルの胸の形が変化する。

「ひゃぅ、ああん♪」
「その身が産み出す快楽を、破瓜の痛みを、男の激しい攻めを、全て受け止められる」

 指先で乳首を刺激する。

「ぁん、ひゃぅぅ!」
「…それが、『愛』という精神の強さ。私は、そう考えている」

 そう言って、タテエルの胸から手を離す。
 タテエルは乱れた呼吸を整えながら、切なそうな表情でクレアを見つめていた。

「うん、決めた。あなた達も私の『翼』になってもらうよ」

 クレアは天使に近づいていく。タテエルもそれに付き従う。
 天使は後ずさろうとするが、彼の元部下たちに阻まれる。

「わたしには二対の翼があるのよ」
「く、来るなぁ!来るんじゃねえ!」
「一つは、この『相手や世界を変化させる翼』」

 いつのまにか、クレアの背に漆黒の翼が生えていた。
 翼から羽根を一枚抜き、天使に直接触れさせる。

「さっきの攻撃はなかなかよかったよ。御褒美に、一瞬で変えてあげる」

 先ほどまでの『変化』とは違い、『変化』はあっという間に終わってしまう。
 ペニスが消え、ヴァギナに『変わる』。
 天使はあわてて自分の股間を押さえた。
 今まで感じたことのない感触が手に伝わった。

「お、俺、俺のペニ、ペニスがぁぁぁぁ!!!!」

 天使の叫びを聞きながら、クレアは背中の翼をしまう。

「で、もう一つの翼だけど…これはとっくに出しているのよねぇ…」

 その言葉とともに、空を覆う闇が動いた。
 少しずつ、月明かりが闇を切り裂いていく。
 空を覆っていたのは―巨大なクレアの翼だった。

「『使い魔の翼』とでも呼びましょうか。この翼についている羽根の一枚一枚が、わたしが『変えて』あげた天使達の成れの果てであり、それは同時にわたしの使い魔でもある」

 空の翼から無数の羽根が落ちてくる。
 それらは地に落ち、少女へと姿を変えていく。

「さあみんな、新しい仲間を歓迎してあげなさい」

 その声とともに使い魔の少女達は、天使だった女達に近付いてくる。

「や、やめてくれぇ!!!」
「あら、往生際の悪い隊長ですわね」
「大人しく、クレア御姉様の『所有物』になりましょうよ♪」
「女の身体を楽しみましょうよぉ」
「い、いやだぁぁぁ!!!!!」

 天使の絶叫が闇夜に轟いた。
 だが天使が身も心も堕ちて、クレアの羽根(使い魔)となるのにそう時間はかからないのだった。

=======================================
 使い魔たちによる天使の『教育』を眺めながら、わたしは考える。
 そろそろ『顔』が目覚めるだろう。
 そして着実に力を蓄え、アリスたちの前に立ちはだかるはず。
 だが、もう少し時間はある。
 それまでにわたしは、わたしの出来ることをしよう。

「…待っててね、若葉、アリス」

 もう少し、もう少しで全てが終わる。
 そうすれば、またあの頃のように…。

 全ては、わたしの筋書き通りなのだ。


>
「う〜ん…」

 おかしい、何かがおかしい。

「どうしたの、アリス?戻ってきてからずっと、うんうん唸ってばかりじゃない?」
「ああ、若葉さん…ちょっと引っかかることがありまして…」
「引っかかること?なにそれ?」

 あたしは今まで集めた『お母様の身体』を取り出す。
 胴体、腰、右腕…。

「こうやって見ると嫌な状態ね…」
「今ちょうど誰か尋ねてきたら、あたし達は猟奇殺人犯だと思われるね♪」
「笑えない冗談だね…で、それがどうかしたの?」
「なんかね…違和感があるんだ」
「違和感?」
「うん、最初は何も思わなかったんだけど…『お母様の身体』が集まるたびに、なんかおかしいなって感じて…」

 ただ、何がおかしいのかがわからない。
 かすかな違和感が、頭の片隅に引っかかる感じ。

「気のせいじゃない?」
「だといいんですけど…」


 この時、もっと『違和感』について真面目に考えいれば、あんな目にあうことはなかったのに…。

=======================================
 最古の記憶は、二人の母親の笑顔。

 わたしの生まれた村では、『願いを叶えてくれる神様』というのが信仰されていた。
 どんな願いでもいいけど、叶えてくれるかは神様の気分次第。
 機嫌が悪けりゃ叶えてくれないどころか、災厄すら押し付けてくる面倒な性格の神様。
 そんな神様を信仰していた。

 わたしの両親は、二人とも女性である。
 だが、二人は愛し合っていた。
 愛し合っていたから、子供を欲した。
 だから、神に望んだ。
 『自分達の子供がほしい』と。

 そして、気紛れな神はその願いを聞き届けた。
 それが自分の身を滅ぼす結果になるか理解したうえで。

 こうして、わたしはこの世に生を受けた。
 女同士から生まれた、『まずありえない』子供。
 ある人はわたしを、『神の子』と呼んだ。
 別の人はわたしを、『悪魔の娘』と呼んだ。
 これが、わたしの原点であることは間違いない。


 母親達と暮らせた期間は短かった。
 わたしが物心つく頃には、都の方から別の大きな宗教が伝わってきた。
 その宗教にとって、わたしという存在は『いてはいけない子供』だった。
 だからわたしは『悪魔』と呼ばれ、母達は『魔女』と呼ばれた。
 母達はわたしを神様に預け、彼らの教会へと向かっていった。
 そうしなければ、わたし達家族や神様を庇ってくれていた村の人達にも迷惑がかかってしまうから。

「必ず帰るから、いい子にしてなさいね」
「神様を、困らせるんじゃないよ」

 それが、最後に母達の声を聞いた言葉。
 翌日、母達が死んだことを知った。

 村長さんと神様がなにかを話している。
 何を話しているかはわからない…というか、どうでもいい。
 わたしはひとりぼっちになってしまったのだ。
 大好きな母達と、もう会えない。
 わたし達が、神様が何をしたというのだ。
 ただ、そうありたいと願って、その願いを叶えてくれただけなのに。

 神様とわたしは、村を出ることになった。
 身体を持たない神様は、村長の娘であるお姉さんの身体を使うことにした。
 お姉さんは明るく優しい人で、わたしもよく遊んでもらった。
 男の神様が、女の人の身体を使うのは違和感があるけど…男の人と旅するよりは安心感はある。
 お姉さんの体になった神様は、そっとわたしを抱きしめた。
 大きな胸がわたしの顔に当たる。

「ごめんね、『俺』のせいでこんな目にあわせちゃって…」

 神様は、涙を流しながらわたしに謝った。
 悪いのは神様じゃなくて、あいつらなのに。

「行こう。『私』達の旅へ…」

 わたしは、頷いた。

 こうして、わたしと神様は数百年に渡る旅に出た。
 安住の地を求める旅へと…。

=======================================
 俺は目の前にいる『悪魔』に、恐怖した。

 ある日、俺の左腕が女のように細くなっていた。
 その左腕には、『触れた相手を自分の思い通りに変化させられる』能力があった。
 さて、こんな能力を手に入れたら…使うしかないよな?
 誰だってそうするだろう。もちろん俺もそうした。
 まず、両親を同年代の女の子に変えた。
 父親はメガネ巨乳のロリ系、母親は貧乳だが長身の美少女。
 生意気な弟は従順な妹にしたし、偉そうな態度の兄貴はエロい事しか考えられない姉にした。
 口うるさい禿頭の担任は俺にベタ惚れのセクシーな美女に、クラスの奴等もみんな俺の女にした。
 元からの女達も、俺以外の男に興味をもてないように変えてあげた。
 こうして、俺だけのハーレムが完成し、俺はその生活を満喫していた。

 だが、それも長くは続かなかった。
 今日もいつものように元親父と元お袋に朝の奉仕をさせ、学校へ向かおうとしたときにそいつは現れた。
 そいつは、この世のものとは思えないほど美しい顔をした…『男』だった。
 そう、男だったんだよ。どう見ても女の顔なのに!
 俺は納得いかなかったので、左腕で体も女に『変え』ようとした。
 だが、奴の体を変える事はできなかった。
 それどころか、奴は俺の左腕を掴むと…

思いっきり引きちぎった。

 何が起きたかわからなかった。
 気がついたら、左腕を奴がぶら下げていた。
 左肩を見る。

 大量の、出血。
 痛みは感じなかった。

「うぎゃぁぁぁぁ!!!!」
「何ヲ叫ブ?貴様ノ変エタ者ノ恨ミハソンナ痛ミデハ済マヌゾ?」

 美しい響きの声。だがその声からは、俺の心を押しつぶそうとするような重さを感じた。

「サスガニソノママデハ死ンデシマウナ。ヨシ、『新シイ体』ヲヤロウ」

 そういうと奴は俺にキスをしてきた。
 とたんに、体中から違和感が生じる。
 左腕が生えた。奴にもがれた腕よりも、細い腕が。
 視界が低くなり、服がぶかぶかになる。
 頭皮が引っ張られるような感覚とともに、髪が腰まで伸びていく。
 胸の辺りの重量が増し、股間が押し込まれるような感覚がした。

「な、なんだこれぇ…え!?」

 声も、いつもより高くなっている。

「何ヲ驚ク?貴様ガ今マデシテキタコトデアロウ?」

 奴がパチン、と指を鳴らした。
 するとどこからともなく、屈強な体系の男たちが、全裸で現れた。
 全員スタンバイ完了していた。

「ココカラハワタシノ従僕ドモガ相手ヲシヨウ。ナァニ、最初ハ痛イダロウガ…慣レレバ病ミ付キニナルトイウゾ?」
「いや…や、やめて…」
「ソウ言ッタ相手ニ貴様ハヤメテアゲタカ?オトナシク我ガ従僕ドモニ…」

 奴と目が合う。
 真紅に染まった、狂気に酔う瞳。
 俺は目の前にいるこいつが『何者』か悟った。

「犯サレ、ヨガリ、狂ッテ、死ンデシマウガヨイ」

 『悪魔』の言葉と同時に、陵辱が始まった。


「コノ身ヲ侵ス『呪イ』モ少シハ薄マッタヨウダ。…次ノ身体ハ…ドコダ?」

=======================================
 わたしと神様―セリの旅は数百年にも渡った。
 長くセリと一緒にいたからか、わたしは人と違うモノになっていたようだ。
 普通の人だったらとっくに死んでいる年月を、わたしは生き続けた。
 道中、滞在先の神や悪魔、追いかけてきた天使達と争うことが幾度もあった。
 セリは相手を『変化』させてそれをしのぎ続けた。
 その様を見た者達はセリを『悪魔』と呼んだ。
 純白だった翼も日に日に黒く染まり、さらに『悪魔っぽく』なった。
 だがセリは、一度も自分を悪魔だとは言わなかった。

 長き旅に、わたしもセリも疲れ果てていた。
 いつからか、なんのしがらみもなく、追手も手を出せない地への安住を求めていた。
 そして、その国へと辿り着いた。
 八百万の神が住むという小さな島国、日本。
 そこに、わたし達は紛れ込むことにした。
 大分捻じ曲がりつつあるとはいえ、セリだって神の一種だ。こっそり混じってもわかるまい、と考えたのだ。
 そもそもわたし達が来る前から、他の国の神が住み着いてたから何の問題もあるまい。
 まあ実際は辿り着いてすぐに、そこで一番偉い神様に挨拶をしてから住み着いたわけだが。(長い旅の間に覚えた処世術の一つだ)
 その神様に、現在誰もいない社を紹介してもらった。
 せっかくなので、そこに住み着くことにした。

 その社でわたしは、その少女と出会った。

 その少女は、ボロボロの着物を着ていた。
 肌は土で汚れ、髪もボサボサ。
 体中に傷があって、少しやつれているようだった。
 少女は、社の軒先で静かに座っていた。
 ただ、死を待つように。
 わたしはその娘に話しかけた。

「あなた、こんなところでなにをしているの?」
「…いけにえ」
「何故あなたが?」
「私、役立たずだから。お父もお母も死んじまって、私一人だし…
 私がいけにえになれば…神様が雨を降らせてくれて、みんな助かるからって…」

 この頃、この辺りでは日照りによる飢饉が発生していた。
 人がどう頑張っても、天災だけはどうしようもない。
 そりゃ、神に頼りたくもなろう。
 だが、こんな小さな娘に全てを託すのは如何なものか。
 ついでに言えば、この社には神などいない。
 口減らしの役にしか立つまい。

「ねえ、あなたが神様?」
「…あー、神様はそっちの大きい人。わたしは…まあ付き人みたいなものよ」

 わたしはセリを指差す。この社の神ではないが、一応こいつも神だ。
 セリは何が面白いのか、ニヤニヤ笑いながら少し離れたところでこっちを眺めていた。
 この馬鹿神は意地の悪いところがある。また何か企んでいるのだろう。

「神様の付き人様」
「…なによ」
「お願いします。雨を降らせて貰えるよう、神様に頼んでください」

 真剣な目で、その娘は言った。
 こんな純粋な瞳は他の国でもあまり見たことがない。
 ましてや、こんな小さな娘が…。

「なんでもします!命をよこせと言われれば差し上げます!だから…っ!」

 少女の瞳から涙が零れる。
 怖いのだ。
 誰だって死ぬのはいやだ。わたしだっていやだ。
 こんな小さな娘だったら、なおさらだろう。
 だが、それでもこの娘は、真っ直ぐわたしの目を見て「お願いします」というのだ。

 …なんだよ、なんでこんないい子を生贄になんか出すんだよ。
 今時いないぞ、他人のために怖いのを我慢してここまで言える子なんて。

 いつの間にか、わたしは少女を抱きしめていた。

「…セリ」
「ああ、わかってる。『俺』に任せろ―雨を降らせばいいんだな?」

 その夜、その地域に大雨が降った。
 その雨により、いくつかの村が飢饉から救われることになる。
 川の氾濫で一つの村が流されたという記録もあるが、それが事実かは定かではない。

 さておき、これがわたしと少女―若葉の出会いだった。

=======================================
「…クレア様、起きてください」

 タテエルの声で、わたしは目覚めた。
 …懐かしい夢を見ていた気がする。

「顔が、動き出しました」

 静かに、タテエルが言った。

「とられたのは?」
「左腕です。持ち主は強姦されて、倒れているところを保護されたそうです」
「…そりゃひどいね」
「ちなみに、元は男でした。自分用ハーレム作って喜んでいたようです」
「ある意味因果応報じゃない」

 とはいえ、こんなことに巻き込まれなければそんな目にあわなかっただろうから…そいつも一応被害者ではあるが。

「今の奴の位置から、おそらく次は右足だと思われます」
「今からアリスに教えて、間に合う距離?」
「残念ながら…無理そうです」
「そう…」

 ならば左足を守らせた方がいいか…。

「タテエル、お使いを頼むわ」
「なんなりと」

 ここからが本番…失敗は許されないわね…。

=======================================
 学校から帰ると、アリスが全裸の女の子に押し倒されていた。
 褐色の肌と、蝙蝠のような羽を持った可愛らしい感じの女の子だった。
 アリスと同じ悪魔であることは間違いないだろう。
 そして胸が大きい。人類の敵だ。

「…何事?」
「あ…ありのまま、今、起こった事を話すぜ!
『あたしが若葉さんの部屋でDVDを見ていたとら外から全裸の女性がやってきて押し倒してきた』
 な… 何を言ってるのかわからねーと思うが、あたしも何が起きたのかわからなかった
 頭がどうにかなりそうだった…
 ストリップだとか目の錯覚だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」

 うん、そりゃ恐ろしいわ。
 てか、逢引ならラブホ行け。

「ちがうよ、逢引じゃないよ!」
「…説得力ないから」

 なんか腹が立ったので、私は部屋から出ようとした。
 すると、突然後ろから抱きつかれた。
 柔らかい胸が、背中に押し付けられる。

「あなたが、若葉?」

 吐息が、耳にかかる。
 ちょ、なにこれ!
 アリスの恋人か何かじゃないの、この娘!?

「うん、あの人と同じ、優しい香り…」
「あ、ああああの人って誰よぉ!」
「『悪魔の娘』」

 …え?
 その言葉を聞いたのは、2度目。
 そういう風に名乗ったのは…あの人だ。

 いつの間にか、少女の顔が私の目の前に合った。

「ちょ…ち、近いよ!」
「…綺麗な目。素敵ね」
「人の話を聞けぇ!」

 だが、少女は私の言葉を意に介さず、顔を近づけてくる。
 これって…キスされる!?
 ま、待ってよ!私、初めてなんだよ!?
 こんなファーストキスなんて…。

 だが、少女の唇は私の唇ではなく、耳元へと向かった。

「…キスしたいけど、クレア様より先にしたら怒られるから我慢する」
「…え!?」

 やっぱりこの娘、クレアの知り合い?

「あの、若葉さん…」
「アリス、ごめん。疑って悪かった」
「え?いえまあ、疑って当然の状況でしたし気にしませんけど…」

 アリスの言葉に歯切れがない。

「とりあえず…見てるほうが恥ずかしいから…その状況何とかしましょうよ?」

 …うん、私も恥ずかしいからね!


「私はタテエル。堕天使、ということにしておきましょう」

 そう名乗った少女は、先ほどまでとは違い、しっかりとした雰囲気になっていた。
 …さっきの痴態はなんだったんだろうか。
 いやまあ、今も全裸だから大して変わらない気もしますが。
 それにしても、何故裸なのか。
 胸か?胸を見せ付けたいのか?
 ちくしょう、その半分の大きさでいいから私に分けやがれ。

「今日は、お二人にお伝えしたいことがあってきました」
「お伝え?」
「ええ。アリス、あなたの集めている物の事です」
「え?」

 まさか、身体のパーツのこと?
 何故この娘が知っているのだろうか。
 …って、クレアの関係者なら…知ってそうな気もする。

「それは…これです」

 タテエルは、何かを取り出した。
 それは…ロボットのおもちゃ?

「そ、それは…ラー!ラーじゃないか!」
「ええ、六神合体なアレの左足担当です」

 …なんじゃそりゃぁ!!
 そんなもんわざわざ届けにきたんかあんたは!

「わーい、ラーだラーだ…って、ラーだけじゃ意味ないから!他の五神なしでそれだけあっても困るよ!」

 ツッコミどころがおかしい。

「とまあ冗談はさておき」
「冗談かよ」
「とはいえ無関係の話題でもなく」
「どっちだよ」
「ええまあ…左足繋がりではあるんですよね。まあ左足は左足でも…アリスの探している『左足』ですが」
「ええ!?」

 …やっぱりそれか。
 てかこのくだり必要があったのだろうか。

「ええ、今日はアリスにラー…じゃなくて、『左足』の場所をお知らせにきました」
「おお、それは助かる。あとラー頂戴」
「『左足』はA県T市の病院にあります。ラーはあげません。私のです」
「ええ!?何でそんな近くなのに気付かなかったのよ!」

 隣の県だけど、電車で30分もかからないよ!

「だって…『左足』が誰かを変えた様子がなかったから…」
「アリス、『左足』を手に入れるつもりなら急いだほうがいい」
「え?」
「『顔』が『左手』を襲撃しました。『左手』を持っていた男は…女に『変えられて』強姦されました」
「そんな…『顔』に侵食されてるの!?お母様がそんなことするわけ…!」
「あなたも薄々気付いているのでしょう?あの『身体』について」
「…まさか」

 アリスの顔が青ざめる。
 まるで、今まで信じていたものが崩れたかのような表情。
 私には今の会話の真意がつかめないが…おそらく、アリスにとっては重要なことに気付いたかのような様子。

「そんなことないよ!だって、あれは…」
「…真実は一つです。あなたの目で、確かめることをお勧めします」
「言われなくても、そうする」

 アリスはそう言うと、窓から外へ飛び出そうとする。
 方角は西。その先には、T市がある。

「一つ警告しましょう。『顔』の目は見ないようにした方がいい」
「…覚えておくよ」

 そのまま、こちらを振り向くことなくアリスは飛び立った。

 私とタテエルは向かい合う形で取り残された。
 正直、この娘と二人きりになるのは勘弁してほしい。
 さっきのタテエルの顔が脳裏に浮かび…ああもう思い出したら顔が赤くなってきたぁ!
 状況に耐え切れず、私はタテエルに尋ねる。

「…で、これはどういうことなの?」
「その説明は、私がするわけにはいきません」
「ということは…」
「クレア様がお呼びです。行きましょうか…そっちのメイドさんも一緒に」

 タテエルがそう言うと、隣の部屋からきよひこが出てきた。
 覗いてたんか、こいつ。
 …どうでもいいけど、この部屋の巨乳率が高くてむかついた。
 その半分でも私によこせ。

=======================================
 タテエルの言葉を信じたくない。
 だって、それを信じたら…あたしが今までやってきたことが否定されてしまう。
 お母様のためという、重大な理由がなくなってしまう。
 とにかく、『左足』を捜そう。
 …って、T市のどの病院に『左足』あるのさ!
 勢いで飛び出してきたから、肝心なこと聞き忘れたよ!
 でも大丈夫。こういう時こそ、今まで集めた『身体』の出番!
 この手のモノは、近くに仲間があると共鳴してなんらかの反応があるのがお約束!
 さあ、我を『左足』まで導かん…って、しまったぁ!!
 若葉さんの部屋に置いてきちゃったよ!
 きよひこさんが「たまには『身体』を拭いてあげたり、お風呂に入れてあげたりしたほうが…」って言ってきた。
 で、面倒だから任せたの忘れてた。
 このタイミングで戻るのカッコ悪いしなぁ…。
 しょうがない、しらみつぶしに探すか。

=======================================
 タテエルの後についていく。
 それにしても、街中を全裸で歩くかこの痴女は。
 そんなタテエルに通りすがりの人たちは気付いていない様子。
 きっとそういうものなのだろう。
 決してみんなして見てみぬふりをしているわけじゃない…筈だ、うん。
 なんか道行く人たちがこっちを一瞬見てから目をそらしているふうに感じるのは気のせいだろう。
 そう思い込むことにした。
 そしてそんな私達の後を、旅行で持っていくような大きなバッグを引き摺りながらついてくるきよひこ。

「…きよひこ、その大きなバッグは何が入ってるの?」
「アリスさんの…、忘れ物です…ふぅ…」

 …疲れるなら置いてくればいいのに。

 だんだん街から離れ、山のほうへと向かっていく。
 こっちはあまり来た事がない。なにもないから。
 草むらに入っていき、林を抜け、森を進む。
 結構な距離を歩いたけど、不思議と疲れなかった。

「辿り着きました。お疲れ様です」

 目の前に現れたのは小さな社。
 小さいなんてものじゃない。
 学校に置いてある百葉箱と同じくらいのサイズしかない。
 とてもじゃないが、人が住める大きさではない。
 だが、わかる。
 ここにクレアがいるのだと。
 私はそっと社に触れた。

その瞬間、景色が反転し―私の意識が途切れた。

=======================================
 さて、その場に残されたのは二人の女。
 一人はメイド、もう一人は蝙蝠のような翼を持つ少女(全裸)。
 双方とも元男であり、純正な女ではない。
 もっとも、メイドの方は産まれつき女であったかのように記憶を改ざんされているのだが。
 二人とも、じっと黙ったまま相手の様子を伺っている。
 ただ、その理由は大きく違っている。
 メイドが『何故全裸なのだろう…?)』と疑問に感じているのに対し、全裸は『服の上からでもわかる巨乳…おいしそう…』と(性的な意味で)吟味していた。
 そのまま見詰め合っていればいいのだが…全裸は自分の欲望にとても忠実であった。

「や ら な い か」
「…えっと…何をです?」
「せっくす」
「え…ええっ!?」

 メイドは焦った。
 というのも彼女は女にされた後、メイドの仕事以外の事はやっていなかった。
 家主はもちろん、彼女を変えた小悪魔ですら彼女の身体を開発する等の『お楽しみ』を行っていないのだ。
 夜伽の知識こそあったが、所詮は実践していない耳年増。
 性に対する耐性が皆無であった。

「ええと…ほら、女同士ですし…」
「問答無用、情け無用、一気にケリをつけてあげる…」
「ちょ、いや、押し倒さないでください!胸揉まな…ひゃぅ!どこに手を入れてるんですかぁ!」

 メイドの貞操が失われたのは、その数分後の事である。

=======================================
 暗闇の中をふわふわと浮くような感覚。
 右も左も、上も下も前も後もわからない。
 どこからが自分の身体で、どこからが闇なのかもわからない。

 そもそも、自分が何者なのかわからない。

 何もわからない。

『じゃあ、思い出そう?』

 声が聞こえた気がする。
 とても暖かくて、懐かしい声。
 最も愛しい人の声。

『最初に思い出すのは…そうだね、初めて会ったときの事かな』

 初めてこの人と出会ったのは…この間、街中で…。

『ううん、違うよ、もっと前』

 え?
 そんな記憶、ないよ?

『頭の中の記憶を思い出さないで。魂の記憶を思い出して』

 魂の記憶…?
 よくわからないけど、やってみる。

『うん、手助けするからやってみて。ほら、目の前に光が見えるでしょう?』

 うん…見える。

『その中に、何が見える?』

 …おんぼろな社。
 誰も住んでない、荒れ果てた社。

『その縁側で、座っているのは誰?』

 …そこに、座っているのは…私?

 そうだ、その娘は…私だ。


 その日、私は一人の女の子と『神様』に出会った。

 私と同じくらいの年の女の子だった。
 ただ、私と違って肌は綺麗で、顔も可愛らしい。
 見たことのない着物を着ていたけど、違和感はなかった。
 誰なんだろう、この子は。
 その子は、私に話しかけてきた。

「あなた、こんなところでなにをしているの?」

 真っ直ぐこちらを見つめている。
 秘密にすることでもないので、正直に話すことにする。

「…いけにえ」
「何故あなたが?」
「私、役立たずだから。お父もお母も死んじまって、私一人だし…
 私がいけにえになれば…神様が雨を降らせてくれて、みんな助かるからって…」

 私の住む村では日照りが続いていた。
 村の人たちがどんなに頑張っても、作物が育たない。
 貯蓄していた食べ物も徐々に減っていき、飢え死にする人も出てきた頃。
 私は、村長さんたちにいけにえとして選ばれた。
 お父もお母もいない私をかばう人などいなくて、拒否する暇もなくこの社へと置いていかれた。

 はっと気付く。
 もしかしてこの子は、この社の神様ではないだろうか。
 だとしたら、ここで村の人たちのために雨を降らせてもらうよう頼まないと…。

「ねえ、あなたが神様?」
「…あー、神様はそっちの大きい人。わたしは…まあ付き人みたいなものよ」

 後ろにいた女の人を指差す。
 とても綺麗な女の人がいた。
 私の人生の中で、こんな別嬪さんは見たことがない。浮世離れした美しさがあった。
(後に中身が男の人の神様だと聞いた時は…なんかずるいなと思った)
 ただ、威圧感を感じた。
 人間とは違う、存在感。
 私としては、この女の子の方が話しやすい。

「神様の付き人様」
「…なによ」

 その呼び方が気に入らなかったのか、女の子は不機嫌そうに返事をした。

「お願いします。雨を降らせて貰えるよう、神様に頼んでください」

 そう言った時の女の子の顔は忘れられない。
 両目を大きく開けて、驚いたようにこっちを見つめ返してきた表情はちょっと面白かった。
 とはいえ、その時には笑う余裕なんてどこにもなかったんだけれど。

「なんでもします!命をよこせと言われれば差し上げます!だから…っ!」

 涙が零れた。
 嫌だ。死にたくない。もっと生きたい。
 だって、私はまだ何もしていないんだ。
 苦しいことも、楽しいことも知らないで死ぬなんて。
 両親を失った悲しみだけ抱えて死ぬなんて、嫌だ。

 …でも、私が生きていたって村の人たちの役になんて立たない。
 ただの無駄飯喰らいでしかない。
 なら、ここで命を捨てても…同じだと思う。

 ふいに何かに包まれる感覚がした。
 いつの間にか、私は女の子に抱きしめられていた。

「…セリ」
「ああ、わかってる。『俺』に任せろ―雨を降らせばいいんだな?」

 女の子の言葉に、神様は静かに答えた。

 その夜、その地域に大雨が降った。

 これが私と女の子―クレア様との出会いだった。

=======================================
「なんでこんなことに…」

 僕は『左足』を引き摺りながら、病院の廊下を逃げ回っていた。
 追いかけるのは、つい数時間前まで顔をあわせていた人々。
 だが、その姿は変わり果てたものになっていた。

 例えば、僕と同室にいた男性。
 30代半ばぐらいの年齢で、隣のベットで寝ている僕を何かと気にしてくれていたいい人だ。
 それが今では、僕と同い年くらいの女の子になっていた。

 例えば、僕の担当だった女の看護士さん。
 ナース服のよく似合う、綺麗な女の人だった。
 でも今はナース服を窮屈そうに着る筋肉質の男性。

 病院の全ての人が変わってしまった。
 変わっていないのは、僕だけ。
 変わってしまった人たちは、なぜか僕を追いかけてくる。

 …多分、この『左足』が原因なんだと思う。
 本来の僕のとは違う、すらりと伸びた細い脚。


 先月、僕は事故にあった。
 飲酒運転の車が突然歩道に突っ込んできたのだ。
 命は助かったものの、代償として左足に大きな傷が残った。
 切断こそしなかったものの、もう以前のように足を動かすこともできない。
 そんなことで、僕のサッカー選手になりたいという夢は断ち切られたのだ。

 夢を失った僕は、無気力に毎日を過ごしていた。
 そんなある日、僕の左足に変化がおきた。
 左足が細くしなやかで、無駄毛も何もない綺麗なものに変わっていたのだ。
 お医者さんが言うには、どう見ても女性の脚であるとのこと。
 原因はまったく不明。
 とりあえず検査してみようという話になったのが先週の事。
 結局、検査が行われることはなかった。

 この『左足』は本来の僕の足より短いため、歩きにくい。
 そのため逃げる速度も遅くなってしまう。

「オヤ、どこへ行クノカナ?」

 目の前に突然、その男は現れた。
 男はやや女顔だが、妙にがっちりした体型だった。
 ただ、左腕と右足だけ妙に短い気がする。
 その隣には虚ろな目をした人が立っている。
 はだけた服から大きな胸が膨らんでいるから、たぶん女の人だと思う。
 ただ何もはいていない下半身には、大きなおちんちんが勃起していた。

「ン?ああ、コイツハ『右足』の持ち主デネ。男ニ興味がアルヨウだったから…股間だけ変エテヤッタノサ」

 男はとんでもないことを口走った。
 やはり、この異様な状況はこいつが原因か。

「サテ…返してモラオウカ?その『左足』ヲサア!」

 その言葉と同時に、虚ろな目をした女が物凄い速さで僕へと向かってきた。
 慌てて逃げようとするが…『左足』がバランスを崩し、転んでしまう。
 急いで立ち上がろうとする。
 だが、女はすぐそこまで来ていた。
 駄目だ、間に合わない!

 その時だった。
 ガチャン、とガラスの破砕音とともに、何かが突然飛び込んできた。
 その何かは女をふっとばし、男達と僕の間で仁王立ちになった。
 それは、『黒い翼』を生やした女の子だった。

「オヤ、アリスじゃないか。お早いオツキデ」
「…あなた誰よ」

 アリスと呼ばれた女の子は、苛立たしげに男に問う。

「お前が必死の思イデ集メタ『お母様ノ身体』の持ち主サ」

 愉快そうに、男は言った。

「…そう、あたしは騙されいたってわけね」
「アア。お前は、俺ガお前の母親ノ『呪い』デ女にサレタトキ、とっさに植エツケタ偽の記憶に踊らされてイタンダヨ」
「ええ…そうみたいね」

 静かに、アリスは答えた。

「じゃあ、あなたは何者?」
「俺か?俺ハナ…」

 男が静かにアリスを見つめる。
 目の色が、ゆっくりと変わっていくのが見えた。
 あれは…まずい。
 なんだか知らないけど、あの目を見たらいけない気がする。
 気がついたら、僕の身体は動いていた。

「『悪魔』ダヨ」

 その言葉と同時に、男の目が真っ赤に染まった。

=======================================
―覚醒する。
 まず目に飛び込んできたのは、私の顔を覗き込むクレア様だった。
 こちらを見てにこにこしている。
 その笑顔に、私の心臓が高鳴る。

「おはよう、若葉♪」

 …やばい、凄く可愛い。
 クレア様は外見的にはカッコいい系の女性なんだけど、顔だけ見ていると年頃の女の子みたいに可愛らしいんだよね。
 だからこういう風に覗き込まれると…凄く照れる。

「…若葉?」
「あ、はい起きてます、クレア『様』」
「様、はいらないよー」

 え?
 あ、そういえば…そうだ。
 なんで私、クレア様だなんて…あれ?それでよかったような気もするんだけど…あ!
 そうか、思い出した。
 これはさっきの夢…いや、夢じゃない。
 あの出来事は実際にあったことだ。
 あれがクレアと私の最初の出会い。
 300年以上前の、前世の記憶。

「…思い出した?」
「ええ、思い出しました…やっぱり、前世とかそういう話じゃないですか」
「ありがちな展開でごめんね」
「いや謝られても」

 確かにベタな展開ではあると思いますがね。
 だけど、これで繋がった。

「…アリスは、私達の娘なんですね」
「そう。正確には『前世のあなたがおなかを痛めて産んでくれた、可愛いわたし達の娘』ってところね」

 正確に言うな。
 ああもう、本当に全部思い出した。

 クレアと出会って数年後。
 私は巫女として、神様とクレアに仕えていた。
 その数年で私達は、女同士でありながら愛し合ってしまったのだ。
 それを面白がった神様が一時的に、クレアの下半身の一部を男性化させて私と…その…性交させたのだ。
 その時できた子供が…アリスだ。

 …ってちょっと待て。
 となると、アリスの言う『お母様』というのは…私か、クレアだ。
 でも、どちらの『身体』も見てのとおり健在だ。

「じゃあアリスの集めてた身体は…」
「あれが、今回の騒動の原因だよ」

 声音は普通だけど、顔が怖いですクレア様。

「あの身体は…『悪魔』のものだ」
「悪魔…ってあなたも悪魔じゃないですか」
「いや、わたしは『悪魔の娘』だから。『悪魔』ではない」

 違いがよくわかりません。

「まあわたしとしては重要なことなんだけど…気にしなくていいわ」
「はぁ」
「とにかく、あれは偽者。アリスは『悪魔』に騙されて身体を集めていたのよ。」
「ええ!?」
「ひどいやり口だよ、本当に…」

 そう言いながら、クレアは私をベットに押し倒した。

「え?」
「親を想う子の思いを踏みにじった、最悪の行為だと思うね、わたしゃ」
「あ、あの…クレア様?」

 その…手が、服の中弄ってるんですけど!

「あのクソ『悪魔』、わたしとアリスに『お互いの存在を認識できない』なんて暗示かけてくれちゃって…」
「ちょ、な、なんなんですか!」
「おかげで、いろいろ面倒なことしなきゃならなかったし…」
「だから何してるんですかぁ!」
「愛情補給」

 真顔でクレアは言った。

「愛情なら後でいくらでも補給してあげます!早くアリスを助けに行かないと…」
「だから、わたしはアリスが認識できない状態なの。近くにいても、気付いてあげられないの」
「…そんなに強力な暗示なの?その、相手の悪魔の暗示って」
「まあね。悔しいことに、わたしにはその暗示を『自力で』解くことはできないのよ」
「…そうなんですか」

 なんてことだ。せっかく母と娘が出会える機会だというのに。
 クレアが『自力で』その暗示を解くことができないなんて…『自力』?

「だからね、暗示を解くために手伝ってもらいたいのよ」
「…なにを、するんです?」
「もちろん、えっちぃこと。まぐわい。セックス。子作り」

 やっぱり真顔で、クレアは言いやがりました。

「魔力とか霊力とか…そういう類の力を増やすのにセックスをすることはよくある話よ」
「そうなんだ…」

 正直眉唾物だが、納得することにした。
 話進まないし。

「そして処女は特に重宝されてるわ。処女の生血を啜る吸血鬼みたいなのがいい例ね」

 それは違うような気もする。
 だけど言いたいことはわかった。
 ようするに、『セックスするとクレアが強くなる』ということか…

「若葉は処女でしょ?ちょうどいいじゃない」
「そんな理由で処女捨てられるかぁ!もっとムードとかないんかぁ!ていうかなんで私が処女だって知ってるんだよ!!」

 いくら前世で結ばれていたからとはいえ、こうもいきなりセックスしろとはいかがなものか。
 私だって女だ。乙女だ。
 初めてはロマンチックに…とはいかなくても、それなりの雰囲気が欲しいよ。
 せめて愛しているくらい言ってよ。

「残念ね…わたしは『若葉の処女だから』欲しいんだけどな」
「へ?」
「ただ力が欲しいだけならその辺の小娘引っ掛けるわよ。でもわたしは、あなたが好きだから、あなたとえっちしたい」

 真っ直ぐこちらを見つめてクレアは言う。
 胸の奥がきゅぅっと締め付けられるような、そんな感じがした。
 正直、ムードも情緒もあったものではない。
 だけどその言葉は、そんな些細な拘りも吹っ飛ばす力強さが合った。
 ああ認めよう。
 私は、このクレアの事を…。

「若葉が嫌ならがま…んぅ!」

 クレアの唇を奪う。
 初めてのキスが女同士というのもどうかと思うが…別にいいか。
 クレアの口内に舌をねじ込み、蹂躙する。

「ん…んぅ…んぬ…んふ…」

 固まっていたクレアの表情が、蕩けていく。
 その表情が可愛くて、私はさらに舌を激しく動かす。
 今度は、クレアも答えてくれた。

「んむ…むにゅ…ん…ゃん…ぅにゅ…んん…にゅ…」

 徐々にクレアの舌の動きが激しくなっていく。
 私の舌の動きなんて比べ物にならないほど激しく、気持ちいい。
 その気持ちよさに、いつしか私は身を委ねていた。

 キスをしながら、服が脱がされていく。
 標準以下の小さな胸が露出している。
 クレア自身も服を脱ぎしてていた。
 私とは違って大きな胸が、私の胸に押し付けられる。
 ちょっと前のあたしだったら不快に思っただろう。
 でも今はそんなことは微塵も感じていない。
 だってそれは、クレアのおっぱいだから。

 愛してる、クレア。


 いつの間にか、クレアの手が私の股間に伸びていた。

「…濡れてる」
「ひゃぅ!…いうなぁ!」
「これだけ濡れていれば…大丈夫かな?」
「…初めてだからよくわからないんだけど」
「あ、そっか…わたしも『挿れるのは』久しぶりだからよく覚えてないんだよねぇ…」

 …『挿れるのは』?
 あの、なんですかその言葉?
 女同士で…何を入れると?
 ニヤリと笑うクレアの表情に、私は嫌な予感がした。
 クレアの股間を見ると…立派なおちんちんが生えてました。
 そっと手を伸ばしてみる。
 硬くて、熱くて…おっきい。
 他の人のモノなんて見たことないけど…多分大きいほうなんだと思う。
 さらに下の方に指を動かす。
 女性のモノは見当たらなかった。
 …またか!前世に続いてまたこれか!

「言ったでしょう、『子作り』って」
「ちょっ、待ってよ!そんな、いきなり…っ!」
「大丈夫。わたしがちゃんと養ってあげるよぉ、若葉も、子供も」
「そういう問題じゃなぁい!」
「…ごめん。でもやらせて。また、あなたを失いたくない」
「…あっ」

 そこで『思い出す』。
 前世の最期、私が何をされたか。

「もう、一人はやだよぅ…」

 その表情にいつもの余裕はなく、まるで小さな子供のようだった。
 ああそうか。…クレアは、寂しかったんだ。
 前世の私が死んで300年。
 唯一の肉親であるアリスと話すことすらできず、ただ一人で生きてきたんだ。

「ばかっ…寂しいんだったら、私の事なんか忘れて新しい生活を…」
「やだよ!わたしは若葉が、若葉がいいんだ!」

 クレアの目には、涙が浮かんでいた。

「そりゃ、わたしだってそういう風に考えたよ。
 タテエルみたいな使い魔をたくさん作ったし、彼女達を抱こうとした事だって何度もある。
 男に抱かれようと考えたことだってあった。
 でも、できなかった!
 若葉の事忘れようとしても、忘れられなかった!
 駄目なんだよぅ、若葉じゃないと駄目なのぉ…」

 …300年分の孤独なんて、私にはわからない。
 でも、クレアはそんなに長い間、私の事を思い続けてくれた。

 前世と今の私は、別人だ。
 だけど…魂は同じ。
 クレアが愛した、『前世の若葉』の記憶。
 私が直接体験した、『今世の若葉』の記憶。
 そこに何の違いがあるだろうか。
 どっちも、私なんだから。

「ごめん、クレア」
「うん」
「寂しかったんだよね」
「うん」
「…優しくしてよね」
「うん…え?」

 驚いたように顔を上げたクレアに、私はもう一度キスをした。
 もう、迷わない。
 常識とか倫理とか、そんなものどうでもいい。
 私は、このクレアと一緒にいたい。
 ただ、それだけのことなんだ。

 こうして、私達は結ばれた。

=======================================
 私はクレア様とまぐわい、子供を授かった。
 ある日、異国からやってきた天使がクレア様達を滅ぼそうと攻めてきた。
 天使達は強く、神様も苦戦を強いられていた。

「いい加減諦めたらどうだ」
「…嫌だね。ここで屈してたまるか」
「往生際の悪い悪魔だな!」
「悪魔か…ああ、認めてやるよ。人間の運命を弄び、天使に逆らう…悪魔だとよ!」

 神様の翼が真っ黒に染まる。

「いいか天使!俺はどうなってもいいが…クレア達は、見逃してもらうぜ」

 神様の翼から、無数の羽根が飛んでいく。
 それらの羽根は、天使達に纏わりついていく。

「な、なんだこれは…!」
「は、離れろよ…!」
「もはや、俺にはお前らを『変える』ことなんてできない。でもな…」

 神様は、静かに笑った。

「クレア達の事を…『忘れさせる』ことは…できる!」

 その言葉とともに、羽根は勢いを増し、天使はあっという間に羽根へと埋め尽くされた。

 神様がゆっくりと降りてくる。
 クレア様の顔を見るなり、静かに微笑みながら神様は言った。

「クレア…俺はしばらく寝る」
「しばらくって…どれくらい?」
「そうだな…300年くらいかな」
「長いね…」
「ああ、長い」

 神様は私の方へと視線を向けました。

「若葉、クレアの事…よろしくな」
「…はい」

 もう一度、クレア様の事を見る。

「今度は、お前が若葉たちを守ってやれ」
「…うん」

 クレア様は、悲しそうな顔で頷く。

「じゃあ、二人とも…元気でな」

 そう言って、神様は眠りについた。
 神様がそれまで使っていた身体も、静かに朽ちていった。
 最期に、その身体が微笑んでいたのは…気のせいではないと思う。

 その後、天使達は私達の事に気付かないかのように立ち去っていった。

 私とクレア様の子供、アリスはすくすくと育っていった。
 アリスは小さな黒い翼を持っていた。
 クレア様が隠している翼(あまり見せてくれない)と同じ色で、ちょっと綺麗だなと思った。
 裕福ではなかったけど、楽しい毎日だった。

「若葉」
「なんです、クレア様?」
「ずっと…一緒にいようね」
「はい!もちろんです!」


 でも最期の日は、突然現れた。

 私達親子の前に、一人の男が現れた。
 その男は、本物の悪魔と名乗った。

「何の用よ?」
「なぁに、簡単なことさ」

 男はニヤニヤ笑っている
 不快だった。

「死んでくれよ」

 男の身体が動いた。
 突然の事に、クレア様の反応が遅れた。
 真っ直ぐ、男の右腕がクレア様へと伸びていく。

 まずい。
 あれじゃ、クレア様が…!
 私の身体は、無意識のうちに動いていた。
 クレア様の身体を突き飛ばし―

 男の腕が、私の胸を貫通した。

「ちっ…邪魔するなよ、人間」

 ゴミでも投げ捨てるかのように、男は私の身体を放り捨てた。

「若葉ぁぁぁ!!!!!」

 クレア様が叫びながら、私に駆け寄る。
 クレア様の胸に抱かれ遠のく意識。
 傍らで泣きじゃくるアリス。
 視線の先には紅い瞳の悪魔。
 胸元から広がる緋色の血。
 ずっと一緒にいる、その約束は果たせぬまま私は…。

***************************************
 事切れた若葉をそっと地面に横たわらせる。
 ちょっと待っててね、若葉。
 すぐ終わる。

「さあて、次は貴様の…」
「黙れ悪魔」

 これ以上、この悪魔には喋らせない。
 殺しはしない。
 もっと屈辱的な目に合わせてやる。
 わたしは、翼を広げる。
 真っ黒な、穢れた翼。
 セリと違って、わたしの翼は最初から黒かった。
 わたしが『魔女』と呼ばれた母達の、『悪魔』と呼ばれたセリの『娘』だからか。
 ならば、わたしは『悪魔の娘』だ。
 『悪魔』だなんて、名乗ってやるものか。

 翼から、七枚ほど羽根を毟り、投げつける。
 羽根はそれぞれ、頭、胸、左腕、右腕、腰、左足、右足へと当たる。

「これが何だと…」
「黙れといったはずだけど?」

 指を一つ鳴らす。
 まず変えるのは、左足。
 太い男の足が、細く短くなる。

「うわっ!」

 バランスを崩し、男は転倒した。
 だが、この程度で許してやるものか。

「一言喋るたびに、お前の身体を変化させる…で、今声を出したよね?」

 もう一度指を鳴らす。
 今度は、右足。
 これで先ほどのような体当たりはできまい。

「な、何が起きて…」
「はい、喋った〜」

 もう一度。
 次は顔だ。
 醜悪な男の顔が、柔和な女の顔へと変わっていく。

「てめえ、ふざけ…なんだこの声!?」
「学習しない奴だね。喋るなって言ってんでしょうが」

 もうめんどくさい。
 全部変えてしまえ。
 四度指を鳴らし、男の身体を完全に女にしてしまう。

「な、なんだこれはぁ!」
「さて…男には女の快楽は耐えられない、って言われてるけど…試してみる?」

 男へと静かに向かっていく。
 相手は悪魔だ。ただ変えるだけならいつかは戻せてしまうだろう。
 人間に力を流し込んでしまうとかすれば、解けるだろう。
 そんなことさせるか
 女の快楽さえ与えてしまえば、奴の身体は戻せない。

「おのれぇ!」
「…無駄よ。あなたは今、無力な人間なのよ」

 紅い瞳で、私を睨みつける。
 だが、何もおこらない。
 『変えて』しまった時点で気付いていた。
 こいつの能力は、『目を合わせた相手に暗示を仕掛ける』ことだと。
 それを使って身体を戻そうとしたんだろうが…そうはいくか。

 わたしは男へと近づいていく。
 完全に勝利を確信していた。
 そのために、男の様子がおかしい事に気付かなかった。

 あと数歩というところで、男が急に顔を上げた。

「かかったな」
「え!?」

 男の瞳を見た瞬間、頭に何かが入ってくるような感覚がした。
 …まだこんな力が!?

「俺の残された力で、お前に『呪い』を与えてやるよ」
「…『呪い』?」
「そうだ。お前が『娘を認識できない』呪いだ」
「なにそれ!?」
「もうお前は、娘がどんなに近くにいても気付くことはできないんだよ!」
「ふざ、けるなぁ!」
「…ついでだ、お前の娘にも同じような呪いを仕掛けてやる」

 男は、アリスへと近づいていく。
 その足取りはゆっくりとしていたが、子供であるアリスを捕まえるのはたやすかった。

「やめろ、やめろぉ!!」
「もう遅い。貴様等親子は永久にお別れだ!」

 もう、アリスの姿が見えない。
 恐らく、奴のいう呪いが効いてきているんだろう。
 嫌だ、こんなの…嫌だ。
 若葉だけでなく、アリスまで失うなんて…!

「お母様…っ!」

 その時、アリスの声が聞こえた。

「アリス!?」
「お母様、あたしとこいつを封印して」
「何言ってるの、アリス!?」
「こいつ、あたしを利用してお母様の力から逃げようとしてる。そんなの、あたしは嫌なの!」
「黙れ小娘!」
「きゃっ!」

 どさっと音がした気がする。
 もう、アリスの声は聞こえなかった。

 …やるしかないのか。
 わたしは念じる。
 奴の身体をバラバラにし、封じ込めるようにイメージする。

「何!?」

 男の焦る声。
 自らの身体がバラバラになってしまったのだ。当然の反応だろう。
 それでも男は、この場から逃げようとする。
 だが、男の身体は空中で止まってしまう。

「こ、こら、この小娘!離せ、離せ!」

 恐らく、アリスだ。
 アリスが身体を捕まえているんだ。

「お母様、今だ!」

 聞こえないはずの声が、聞こえた気がした。

「…ごめん、アリス!」

 わたしは、アリスと悪魔を封印した。



 若葉の身体を、簡単に埋葬する。
 …一人になってしまった。
 これからどうしよう。
 アリスを助けようとすれば、あの悪魔も引っ張り出すことになる。
 それに、奴の呪いでわたしはアリスの事を認識できないのだ。
 あの悪魔だって、封印されている間にこの状況の打破する方法を考えていることだろうし。
 何かいい考えは…。

 そのことだけを考え続け数十年たった。
 ある日、天使が襲ってきた。
 わたしを悪魔として処理したいらしい。
 …わたしを悪魔と一緒にするな。
 わたしは、『悪魔の娘』だ。
 …ここで一つ、いい考えが浮かんだ。
 この天使を、使い魔にしてしまおう。
 なあに、簡単なことだ。羽根で変えてしまえばいい。
 わたしの手足として動く、忠実な僕に変えてしまえばいいんだ。
 そうやって力を蓄え、アリスを助けるんだ。
 そしてあの悪魔にも絶望を与えてやる。

 若葉の生まれ変わりも探そう。
 この数年で実感した。
 わたしは若葉がいないと駄目だ!
 もう、あの子なしの生活なんて考えられない!

 そのために、まずこの天使を変えよう。
 そうだね…清らかで穢れのない存在とは正反対の痴女にしてしまおう。
 常に全裸でも恥じらいを感じない、そんな女なんてどうだろうか。
 …ある程度の戦闘能力も欲しいね。
 わたしの盾になる存在になってもらおう。
 名前ももう決めた。『タテエル』だ。
 天使っぽさも残した、いい名前じゃない。
 よぉし、決めた!やってやるぅ!

 こうして、天使を自らの使い魔とする女、『天使殺しのクレア』は生まれた。

=======================================
「はぁ、はぁ…」
「大丈夫ですか、アリスさん」
「うん、大丈夫。意識もしっかりしてるし、怪我もたいしたことないよ」
「よかったぁ…」

 あたしはあの『悪魔』に襲われていた少年―和也とともに、病院の近くの草むらにいた。
 和也があたしを突き飛ばしてくれたおかげで、奴の暗示にかかる事はなかった。
 その後、奴の攻撃を防ぎつつ、ここまで何とか逃げてきた。

 …全部、思い出した。
 あたしは、奴に騙されて身体を集めていたのだ。
 一緒に封印されている間に色々頭の中を弄られて、若葉さん―お母さんの生まれ変わりを利用して奴の復活を手助けしていた。
 なんという屈辱だ。
 お母さんまで巻き込んだなんて…お母様に合わせる顔がないじゃない!
 …お母さんのところに身体を忘れてきたのが唯一の救いか。

「まあ一番の屈辱は…えっちぃシーンとか回想であたしらの活躍が食われたことなんですけどね!」
「…はい?」
「あたしは騎士王ルートの弓兵かっての!」
「…何の話ですか?」
「え?あれ、なんのことだろ?」

 何を口走ってたんだろう。
 なんか、とても許せないことがあったような気がしたんだけど…。まあいいや。

 さて、目下の問題は『この状況をどうするか』である。
 もはや病院は、奴が『お母様の力』を利用して『変えられてしまった』人間だらけだ。
 奴自身も、男に戻りつつあるだろう。
 そうなったら、真っ先にこの左足を奪いに来る。
 この和也を捨てていけばいいんだけど…。
 和也を見る。
 女の子みたいに可愛らしい顔をした男の子が、膝を抱えて震えている。
 それでも、あたしを心配させないようにと頑張っている。

 …見捨てられるかぁ!

 ならどうする!?
 このまま連れ回すわけにもいかない。
 いつかは奴に追いつかれる。
 せめて左足だけでも置いていければ…。

 …待てよ。
 奴はどうやって、左腕と右足を手に入れた?
 今世のお母さんや、セリとかいう悪魔と一緒にいたすみれみたいに、『力の効かない体質』の人間を利用した形跡はない。
 どうやって、自分の身体を取り戻したんだろう。

 …一つ、浮かんだ。
 この方法はかなり痛いし、血は大量に出るだろう。
 一番の問題は、和也が耐えられるかどうかだ。

 …でも、これしか思い浮かばない。
 しょうがない、やるしかないよね…。

「ねえ和也、ここから助かる方法があるんだけどさぁ…」
「本当ですか!?」
「で、相談なんだけど…女の子になりたくない?」

 …せめて、これくらいの役得は貰っても罰は当たるまい。
 だってあたしは悪魔のようなものだし。

=======================================
 アリスが突然とんでもないことを言い出した。

「な、何を言ってるんですか!?」
「だから、助かるためだったら女の子になってしまってもいいか聞いているんだけど」

 そっちこそ何を言っているんだとでも言わんばかりの態度で答えられた。
 別にふざけているわけではないらしい。

「簡単に説明するとね、その左足がある限り、あいつはどこまでも追いかけてくる」
「ええ!?」
「だから、その左足をここに置いておけば、少なくともあなたは逃げられる」
「それと僕が女の子になることと何の関係が…」
「理由は3つ。1つは足を外す際の痛みを軽減するため。
 力技で左足をもぎとるつもりだから、かなり痛いはずよ。
 多分、下手したらその痛みでショック死しちゃうかもしれない。
 だからまず、あなたを女の子に変える。それと同時に、女の子の快楽も叩き込むつもり。麻酔代わりにね。
 男じゃ耐えられないといわれるほどの感覚だから、ちょうどいいと思うわ」
「…痛みだけなくすのは無理なんですか?」
「できるけど、失敗したら永遠に痛みも感じられなくなる。
 それだけならまだしも、他の感覚もなくなるかもしれないよ?
 しかも、あたしがそういった方法に慣れてないから失敗率が異常に高い。それでもやる?」
「…遠慮します」

 それはやめといたほうがよさそうだ。
 失敗した時のリスクが大きすぎる。

「2つ目。身体を変えることで、失った血液を補充しなくなった左足を生やさせるため。
 ただ生やさせることもできるけど凄く効率が悪いし、それでできた足が動くかどうかわからない。
 でも、女の子に変える方法なら『生まれつきそういう女の子でした』という風に変えることができる。
 ようするに、『元から左足は失われていない』という状態になる。これなら、左足は今まで通り動かせるはずよ。
 それに男の身体より小さくできるから、血液や肉体の欠損の補充が圧倒的に楽になる、という理由もあるわね」

 よくわかるような、わからないような説明だった。
 でも、説明の大部分はもはやどうでもよかった。
 僕にとって重要なことを、アリスは言ったのだ。

「…左足が動かせるようになる」
「もちろん女の子の足になるけど、普通に歩く事も、走る事もできるよ」
「…もう一度、サッカーができるようになるんですね!?」
「え、ええ。それくらいお安い御用ですが…」

 ならば、迷うことはない。
 サッカーができるようになるなら、僕はこの悪魔に魂を売り渡そう。

「わかりました。僕を女の子にしてください」
「早っ!即決かよ!もう少し悩めよ!人生に関わる事だよ!?」

 何を悩む必要があるというのか。
 どんな状態であれ、サッカーができるなら僕は本望だ。憧れの選手と同じフィールドに立てないのは残念だけど。
 女の子になったらなったで、なでしこジャパンに入れるよう努力すればいい。
 それになにより…

「サッカーができないなら…死んだ方がマシです!」
「いや、本人がそれでいいんならいいけどさ…」
「他に何を悩めと?」
「今までと違う生活習慣とか女の子の衣服に対する抵抗とか色々あると思うよ?」
「サッカーができなくなることに比べれば…些細なことです」

 そりゃ女の子になったら、男には分からないような苦労があるだろう。
 生理はきついと聞くし、ブラジャーとかスカートとか着るのも抵抗はある。
 だけど、それくらいでサッカーを諦めたくない。
 サッカーのためなら…どんな苦境も耐え抜いてみせてやる。

「そう。なら、遠慮しないよ♪」

 そう言ったアリスの表情は凄く楽しそうだった。
 その表情はまるで、『おもちゃを手に入れた子供』の様だった。

「…なるべく優しくしてください」
「ええ、優しく、優しく、してあげますの♪刀をブッ刺してグリグリするくらいの優しさでいいかな?」
「それ優しくない!ぜんぜん優しくない!」
「冗談だよ。ほら、優しくやってあげるからここに座って」

 そう言いながら、膝の上をポンポンと叩くアリス。
 ちょっと恥ずかしいが、素直に座る。
 と、そこで一つ疑問が浮かんだ。

「そういえば、この方法を選んだ3つめの理由って何?」
「ああ、それはね…」

 黒い翼がゆっくりと、僕を包み込むように閉じてくる。

「女の子に『変える』方が楽しいから♪」
「えぇ!?」
「まあ性質の悪い女に捕まったと思って諦めなさい。この方が楽だっていうのは確かなんだし」
「なんかここまでの会話が全部台無しになったような気がする…」
「気にしない、気にしない」

 そして黒い翼が僕に触れ―『変化』は始まった。

 最初の違和感は、全身の軋むような痛さと、視線の高さだった。
 身体中に万力で締め付けられるような痛みが伝わり、翼の間から見えていた木々が少しずつ高くなっていく。

「まずは体格を調整するよ。ちょっと痛いけど…我慢してね」

 アリスはそう言うが、これは結構きつい。
 なにせ、全身の骨という骨が悲鳴を上げているようなものだ。
 さらに骨が短くなっていくのとともに、全身の筋肉も急激な収縮をしているのがわかる。こっちもかなり痛い。
 手を見てみる。
 少しずつ、確実に指が細くなり、掌が小さくなっていき、手首が細くなっていった。
 右足も確実に細くなっていき、長さも短くなっていく。左足と大体同じくらいの長さになった。

 やがて、痛みが治まっていった。
 身体を見下ろすと、それなりに鍛えていた肉体が、華奢なモノに変化していた。
 腕や足、腰が折れそうなくらい細くなっていた。

「うん、よく我慢した。偉いぞ」

 アリスが頭を撫でてくる。
 子ども扱いされているようでちょっと腹が立ったが、同時に嬉しいという感情も湧き上っていた。

「次は、身体を柔らかくしてくね」

 アリスが全身をマッサージするかのように撫で回してきた。
 身体が撫で回されるたび、触れられた場所が温かくなっていく気がした。
 その温まった場所が、だんだんふにふにと柔らかくなっているのがわかった。
 顔から腕、腰から右足と、ゆっくりとマッサージされていく。
 そのうち、身体が柔らかくなるだけでなく、敏感になっていくことに気付いた。
 …ちょっとくすぐったいけど、気持ちいい。
 喉をマッサージされた後など、声を出してみたら高い声が出てびっくりした。
 喉仏が、いつの間にかなくなっていた。

「サッカーするなら…小さめのほうがいいかな」

 一言つぶやいた後、アリスは僕の胸に触れてきた。
 ゆっくりと、周りの肉を集めるように手で揉み上げていく。
 最初は、すぐに元の平らな胸板に戻ってしまう。
 だが、何度も何度もその動きが続いていくと、少しずつ胸が膨らんできた。
 それとともに、なんだかくすぐったいような感触を胸から感じた。
 不快感はない。むしろ、気持ちいい。

「ふぁ…」

 つい声が出てしまう。

「ん?感じてきた?」
「…よくわからない」
「それもそうかぁ…あ、胸はこのくらいの大きさにしておくね」

 見ると、小振りなおっぱいができていた。
 男のものよりは確実に膨らんでいるが、その大きさは背中に感じるアリスの胸よりも小さいと思った。
 あと、いつの間にか乳首がピンク色になっていた。

「もうちょっと大きくてもいいかも…」
「でもサッカーするならこれくらいの方がいいと思うよ?大きいとちょっと邪魔になるかも」

 確かに、胸でトラップする時とかに困るかもしれない。
 なるほど、だったらこれくらいでいいのか。

「その代わり、感度はよくしてあるから…ほら♪」
「ひゃぅ!」

 ぎゅっと胸を掴まれた。
 その瞬間、全身に電気が流れたかのような感覚が走った。
 さらにアリスは指を動かし、胸を激しく揉みしだいてくる。
 その度、胸から今まで感じたことのない感覚が生まれてくる。

「や、やめぇ…ひゃぁん!」
「うん、いい感じだね…あら、下は元気そうだねぇ」

 いつの間にか、僕のおちんちんはギンギンに勃起していた。

「最後の射精させてあげる、っていうお約束のネタがあるんだけどさ…やってほしい?」
「…やってもらえるんですか?」
「だが断る。あたしには、男のものをしごく趣味はない!」

 なら聞くなよ。
 アリスは僕のおちんちんを体内に押し込もうとする。
 少しずつ、体内へとおちんちんがめり込んでいく。
 やがて、おちんちんは完全に体内に入り込んでしまった。

「で、ここの形を整えれば…はい、完成!」

 見ると、今まで見たことのない綺麗な縦スジが股間についていた。
 これが、女の子の…。

「これで、和彦は完全に女の子になったわ」
「…結構、あっさり変わっちゃいましたね」
「これくらいがちょうどいいと思うわよ?ここからが本番なんだし」

 …あ、そうか。
 これから左足を外さなくちゃならないのか。
 その為には…

「じゃあ、今からエッチなことするよー。体の向き変えて。向かい合わせのほうがやりやすいから」
「はい…ってもう脱いでる!?」
「早脱ぎは基本ですよ?」

 さっきまで確実に服を着ていたはずのアリスが、振り向いた瞬間には真っ裸だった。
 ちょっと膝から降りただけなのに、いつ脱いだのだろうか。
 まあいいや、僕も脱ごう。
 サイズの合わなくなった服を脱ぎ捨て、アリスの目の前に立つ。

「…なんだか、目が怖いんですが」
「気のせい気のせい」

 いや、気のせいじゃないと思います。
 なんというか、猛獣の目だよ、それ。
 獲物を狙って、確実に仕留めようとしている目だよ。

「さて、それじゃあ始めるよ。途中で足をもぎとる形になるけど…我慢してね♪」

 女の子として最初のプレイがかなり大変なことになっている気がするんですが。
 大丈夫かな、僕…。

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 『悪魔』がその場に辿り着いた時、そこには木に打ち付けられたズタボロの左足だけがあった。
 傷だらけの左足を、『悪魔』は無言で自分の左足に接触させる。
 すーっと消えるように左足が『悪魔』の左足と一体化していく。
 やがて『悪魔』は、左足だけが細く短い状態になった。

「コレデ両足がそろった」

 そう言いながら、『悪魔』は近くの茂みから一人の人間を引っ張り出してきた。
 小さな男の子だった。

「…舐メロ」

 左足を男の子の口に近づける。
 男の子は嫌々その足を舐め始める。
 最初のうちは、辛そうに舐めていた男の子の顔がだんだん赤くなっていく。
 それと同時に男の子の肉体は急激に縮み、髪が伸びていく。

―数分後
 そこには『男の子』はおらず、その成れの果ての『女の子』が『悪魔』の左足を舐めていた。
 『悪魔』の左足が、太く長く変化していた。
 まるで、男の足のように。

「残りは胸と胴体と頭…アリスから確実ニ取り返シテヤル」

 にやりと笑いながら、『悪魔』は言った。

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 …ここまでくれば、大丈夫。和音(女の子にした和彦)は逃げられる。
 すっかり女の子としての仕草が定着しつつある和音を見ながら、あたしは覚悟を決めた。

「じゃあ、ここでお別れね」
「えぇ!?アリスは一緒に来てくれないの?」
「ええ、あたしはあいつをやっつけないと。ただやられっ放しは性に合わないからね」

 この一連の騒動は、あいつを目覚めさせてしまった私に責任がある。
 それでなくても、あいつがお母さんやお母様、そしてあたしに行った行為に対する仕返しをしてやらないと気がすまない。
 勝てるかどうかは微妙だけど…それでもやらないと。
 あたしの服の袖をぎゅっと掴みながら、和音が見上げてくる。

「…アリス、また会えるよね?」
「そうだね…多分、会いに行くよ」

 生きて帰れたら、ね。

「死なないでよ?絶対に、会いに来てよ?」
「…まったく、すっかり甘えん坊になっちゃったね」
「それはアリスが…」
「…そっか、あたしが悪いのかぁ」
「うん、だからアリス、責任とってね?」

 女の子の快楽をねっちりと叩き込んだ影響からか、和音はかなり女の子っぽくなっていた。
 仕草や雰囲気はまるっきり女の子だし、妙に甘えてくる。
 …だけど、悪くはないね。
 あいつとの因縁を片付けたら…この子と暮らすのもいいかもしれない。

「わかった。…必ず、会いに行くからね」
「うん、約束だよ」
「わかったわ。あなたも、サッカーを頑張りなさい?せっかくできた、新しい足を大切にしなさいよ?」
「うん、もちろん!」

 そういえば、若葉お母さんとも約束したっけ。確か…死ぬな、と言われたかな。
 …うわ、一回破りそうになってたね、これ。危ない、危ない。
 今度は、絶対守らないとね。

「それじゃあ、またね」
「アリス…頑張ってね!」

 言われるまでもない。
 あたしは、振り返ることなく夜の闇へと飛び立つ。
 あいつを、倒すために。


 あれ?もしかしてこれ死亡フラグ立ってね?

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 『悪魔』は空を見上げた。

「ムコウから来てくれるトハナ…」

 アリスだ。
 西の空から、月を背にしてアリスが飛んできた。
 その姿を確認すると、『悪魔』も翼を広げ、空へと舞い上がる。
 上空1000mの高さで二人は対峙する。

「逃げたのかと思ッタゾ」
「逃げないよ…お前にはいろいろ貸しがあるからね」
「ソレハこちらの台詞ダ!貴様の母親ノ力でこんな姿ニ変えらレタ恨み、一時タリトモ忘れぬ!」
「お母様と離れ離れにされたこと!お母さんを殺されたこと!あたしを利用したこと!絶対に許さないからね!」

 最初に動いたのは『悪魔』だった。
 暗示を込めた視線を向けながら、アリスへと向かっていく。
 その視線を防ぐかのように翼で顔を覆い、高速で飛び回るアリス。
 結果、アリスを『悪魔』が追いかける形になる。

 満天の星の下、悪魔を名乗る二人は上空を飛び続けた。

 アリスが相手を『変化』させるには、翼で直接触れる必要がある。
 その為には『悪魔』に近づかなくてはならない。
 だが、そうすると『悪魔』の暗示にとらわれる可能性も高くなる。

 一方の『悪魔』も、確実に暗示をかけるならばもっと近づく必要がある。
 だがそうすると、アリスの翼に触れてしまう可能性もある。
 近づきすぎず、遠すぎず。距離を保ち、アリスに自分の目を見せなくてはならない。

 どちらも近づきたいのに近づけない。
 そのジレンマに痺れを切らし、アリスはさらに上昇する。
 追いかけてくる『悪魔』を見ながら、アリスは叫んだ。

「いつもの2倍の高さ!」

 羽ばたくのをやめ、翼で顔を隠しながら『悪魔』に向かって急降下する。
 この方法なら、確かに『悪魔』の目を見ることはあるまい。

「いつもの3倍の回転!」

 なにがいつもの3倍なのか不明だが、アリスはグルグルと回りながら降下していく。
 だが、アリスは気付いていなかった。

「いつもの…いつもの…ええっと…いつもの2倍の速さ!これでお前より…ってえぇ!?」

 その状態では、相手の位置が確認できないから避けられたら終わりだと。
 気付いた時にはすでに手遅れ。アリスは地面に激突してしまった。
 激突の衝撃で、気を失ってしまったアリスの近くにゆっくりと着地する『悪魔』。

「…馬鹿なのか?」

 呆れていた。
 まさか何の策もなく突っ込んできて自滅するとはさすがの『悪魔』も予想外だった。
 だが、これでアリスに暗示をかけることができると思い直した。

「さあて…どうしてクレヨウカ?」

 残忍な笑みを浮かべながら、『悪魔』はアリスへと近づいていった。
 『悪魔』はアリスに何をするかを考える。
 まずは心を完全に壊してしまおうか。
 この世のものとは思えない化け物に延々と犯され続ける悪夢を見せるか?
 自らの手で母親達を殺したという記憶を植えつけるか?
 それとも自分が実は男だったという風に認識を変えてしまうか?
 もしくは見るもの全てが醜悪な怪物に見えるようにしてしまうか?
 いや待て、確かこの女は馬鹿力の持ち主だったはずだ。
 もし突然暴れだしたら面倒だ。まずは抵抗できないようにするべきだろう。
 手足をへし折って…いやいっそもぎ取ってしまえ。翼も毟り取ってやろう。
 身体の穴という穴を犯しすか。
 前の穴は言わずもがな、アナルや口、眼球を抉ってその穴も犯してやる。
 その痛みを、快楽を何億倍にも増幅させて、さらに精神すら犯す。
 もう抵抗しようと思えないほど、何もできないほどの絶望感を与えてしまえ。
 ははは、これはいい。
 ここまでやれば、あの忌まわしい母親にも屈辱を与えられるだろう。
 さあ、あと3メートル。
 それだけ歩けば俺の勝ちだ。
 いざゆかん、我が栄光へと!

 そして、ついに『悪魔』がその手をアリスに伸ばそうとしたとき。

「わたし達の娘に、汚い手で触れるんじゃない」

―その声とともに、黒い羽根が舞い散った

「な、何者ダ!」

 『悪魔』は辺りを見回す。だが、周囲には誰もいない。
 空を見上げても、そこには星一つない夜空が広がっているだけ。
 …『星一つない』?
 『悪魔』は、数十分前の光景を思い出した。
 アリスが自分の前に現れた時、その後ろには何があった?
 空を飛んでいるとき、周りに見えたものは?
 目を凝らし、空の様子を確認する。
 するとそこには、ありえない光景が広がっていた。
 空が、閉じていく。
 微かに見えた月が、星が、闇に覆われていき―やがて、見えなくなった。
 その光景はまるで、『悪魔』の未来を閉ざしていくようだった。

=======================================
 あの憎き『悪魔』がわたしの目の前にいる。
 その傍らには、気を失って倒れているアリスが―愛しき娘がいる。
 我が娘ながら、情けないことをしでかしたようだが…まあいい。
 そんな些細なことより、こうやってあの娘の顔を見れることが何よりうれしい。
 感動の再会…の前に、まずやることがあるか。

 隣で心配そうに見つめる若葉に笑いかけてあげる。
 大丈夫。わたしは、負けない。

「な、何者ダ!」
「何者か?わたしが誰か、知りたいのか?」

 わたしはなんなのか。
 それは自分が一番理解している。
 『悪魔』と呼ばれた『神様』の気紛れで産まれた、ありえない子供。
 『魔女』と呼ばれた二人の母親の娘。
 『悪魔』を自称する娘を持つ母親。
 『人間』の女を、ただ彼女だけを愛する女。
 『天使殺し』。
 神と名乗るつもりはない。
 それはセリの領分だ。たとえあいつが悪魔と名乗ろうと、神であったという過去を覆すことはできない。
 人間と名乗るつもりもない。
 数百年も生きたわたしが、人間を名乗るなんておこがましい。すでに人間の枠を超えている。
 だからといって、悪魔と名乗るつもりもない。
 セリやアリスのように、割り切ることもできない。心のどこかで、人間でありたいと思っているのかもしれない。
 よって、わたしはいつもこう名乗ることにしている。

「わたしは、クレア。
 ―ただの、『悪魔の娘』よ」

 と。

「悪魔ノ娘、だと?ならば貴様モ…悪魔デハナイノカ?」
「違うね。少なくとも、お前とは違う」

 生まれも、在り方も違う。

「…アリスを返してもらうよ」
「ナラバ俺の身体ノ残りヲヨコセ」

 アリスを踏みつけ、『悪魔』が言う。
 そう、せっかくやってきても、あいつの近くにアリスがいるんじゃ意味がない。
 わたしがアリスのところにたどり着く前に、アリスかわたしが暗示にかけられるだろう。
 …調子に乗りやがって。
 まあ、それも今のうちだ。
 もう『仕掛け』は終わっている。
 ちなみに『使い魔の翼』は奴を閉じ込めるために使っているので、あれは関係ない。

「…わかった。ここにいる若葉に持っていかせよう」

 若葉は手に持っていたバッグ―きよひことかいうメイドが何故か必死に持ってきた物―を開いた。
 中には、アリスが今まで集めてきた身体が入っていた。
 それを一つ一つ丁寧に取り出し、若葉は『悪魔』に近づいていく。
 一歩、また一歩…。
 まだだ、耐えろ、わたし。
 あと三歩、二歩、一歩…若葉が『悪魔』の目の前に立った。

「…どうぞ」
「オオ、ツイニソロッタカ我が身体よ!」

 『悪魔』はそう言いながら、若葉から乱暴に身体を奪い取り、自分の右手、胴体、腰に取り付ける。
 それらは吸い込まれるように『悪魔』と一体化していく。
 やがて現れたその姿は、男と女の身体が混ざり合った、アンバランスなものだった。

「気持ち悪い格好だね」
「なに、すぐ戻るよ…この女を使ってな!」

 『悪魔』は若葉の腕を掴んだ。

「変えてやる!貴様の大切な女を、男にしてやるぅ!絶望しろ!貴様の呪いで、貴様は愛するものを失うのだぁ!」

 勝ち誇ったように叫ぶ『悪魔』。
 だが、勝ち誇るには…ちょっと早いのではないのかな?

「…何をしているんですか?」

 腕をつかまれたまま、平然としている若葉を見て『悪魔』は戸惑う。

「…何故変わらない!?呪いを、呪いを注いでやっているのに!?」

 そう、変わるわけがないのだ。
 若葉には、そういった力は効かない。
 そういう体質なのだ。ただ、それだけのこと。
 …さて、そろそろお寝坊さんを起こさないとね。

「若葉、お願い」
「わかったわ、クレア」

 若葉は静かに息を吸い、言った。

「アリス=カグラ=コンフィデンスに命じる…いい加減に目を覚ませこの馬鹿娘!くだらない暗示にいつまでも引っ張られてるんじゃない!」

 ………。

「そんなことで目を覚ますかぁ!」

 そう叫ぶ『悪魔』の足元で、ピクリとアリスの身体が震えた。
 そして、勢いよく起き上がる。その反動で『悪魔』は転倒する。

「うわっ!」
「…おはよ〜」
「お前も起きるなぁ!」

 『悪魔』の声を無視し、アリスは辺りを見回す。

「あ、若葉…お母さん?」
「若葉でいい。私自身が産んだわけじゃないし」
「うん、わかった…」

 そして、ちょっと離れたところに立っているわたしを、見た。
 アリスの動きが一瞬固まった。
 数秒の硬直の後、アリスは呟いた。

「お母様…だよね?」
「ええ、300年ぶりね、アリス」
「…お母様ぁ!!!」

 アリスがわたしの方へと駆け出してきた。
 わたしは両腕を広げ、アリスを迎え入れる。
 アリスがわたしの胸に飛び込んできて、その衝撃で転んでしまう。
 だけど気にしない。わたしはアリスを思いっきり抱きしめてあげた。
 300年ぶりに抱きしめる我が愛しき娘は、前より大きく、重くなっていた。

「会いたかった、会いたかったよぅ!寂しかったぁ!」
「…わたしも」

 再会できたことが、嬉しい。
 いつの間にか大きくなっていた娘が、嬉しい。
 でも、その成長を見届けられなかったのが、悔しい。
 嬉しくて、でも悔しくて、わたしは泣いた。
 アリスも、一緒に泣いていた。

=======================================
「…俺の暗示を…解いただと!?」

 『悪魔』はその光景を見つめながら、愕然としていた。
 そりゃそうだ。自慢の得意技をこんな方法で破られりゃ、驚くわ。
 まあクレアに至っては、私の処女を奪って手に入れた魔法っぽい力で自力解除というもっと理不尽なことをしたのだが。

「そりゃそうでしょう。ちょっと強い暗示をかけるだけの能力じゃあね」
「なんだと!?」
「あら、怒った?怒ったの?悪魔が、人間に?」

 心の奥底にある恐怖感を隠して、思いっきり、馬鹿にしたように言ってやる。
 いくらこいつの暗示が効かないとはいえ、悪魔と人間じゃ力が違いすぎる。
 現に、先ほどまで掴まれていた腕はまだ痛い。
 腕に引っかかれたような痕がついたがが、握り潰されなかっただけマシ。
 もしやられていたら、挑発する余裕などなかったであろう。
 その幸運を胸に、さらに言ってやる。

「でも怒るのは筋違いでしょう?あなたが力不足なのがいけないんだから。どうせなら、心を奥底まで完全に支配してしまえるくらい強い力を持っていればよかったのに」
「黙れ!人間の小娘に何がわかる!」
「…あなたが弱っちい悪魔であること、かな?」
「ふざ、けるなぁ!」

 『悪魔』は立ち上がり、私に殴りかかってくる。
 すっかり頭に血が上り、周りが見えていないようだ。
 よし、うまくいった。
 ええと…次は…なんかタテエルが「これを言わないと駄目」とか言ってたけど、なにか意味があるんだろうか?
 まあいいや。あいつの考えていることを理解しようとするだけ無駄だ。

「…かかったな、アホウが…だっけ?」
「なにィ!?」

 そう、もう御終い。詰んだ。チェックメイト。
 私達の、勝ちだ。

 いつの間にか、私と『悪魔』の周りに無数の黒い羽根が浮かんでいた。
 ここに着た時から、クレアが少しずつばら撒いていた羽根。
 相手を変えてしまう、魔性の羽根。
 それが『悪魔』を完全に包囲した。

「こ、これは…」
「やっと気付いた?でも、もう遅い」

 羽根の包囲網が、少しずつ私たちに近づいてくる。

「ば、馬鹿な…愛するものを囮にするだと…!?」
「ふふふ…愛情のなせる業よ!」
「だ、だがここにいたら貴様も巻き込まれ…」
「ああそれもそうねぇ…」

 もう、羽根が身体に触れ初めている。
 それだけで『悪魔』の身体に変化がおき始めた。
 男に戻っていた部分が、少しずつ小さく、細くなっていく。
 胸の大きさが、髪の長さが、腕の細さが、劇的に変化していく。

「そ、そうだろ!?だから止めさせ…」
「でも関係ないわね」
「な!?」
「だって、私には効かないから」

 そして、私達は完全に羽根に包み込まれた。

=======================================
 やがて羽根は風に飛ばされ、空へと舞い上がっていった。
 羽根が飛ばされた後には、若葉と―見知らぬ女が二人いた。
 一人はあの『悪魔』で、もう一人は『悪魔』の顔に侵食されていた男であろう。

「お疲れ様。大変な目にあわせちゃって、ごめんね?」

 若葉に労いの言葉を送る。

「う〜ん…まあ、羽根が気持ちよかったから別にいいよ」

 若葉は笑顔で答えた。

「で、お母様。どういう風に変えたの?」
「なあに、大した事じゃないわよ」

 本当に大した事ではない。
 常にエロいことしか考えることができない女にしてやっただけだ。
 ただしセックスをしているときに、『悪魔』の男としての意識が蘇ってくるというオマケつきだが。
 あと基本的に身体を女にして暗示をかけられなくしただけだから、奴はただの無力な悪魔の女ということになる。
 人よりもはるかに長く、永遠に近い時間をエロいことだけ考えて生きていく。
 そしてセックスのたびに男としての記憶を思い出し、女の姿に変えられた絶望を思い出させる。
 ただ、それだけだ。
 むしろ、こいつがアリスにしようとしたことに比べれば善良的ではないだろうか。

 ああ、人間のほうはどう変わったかは知らない。
 特に何も考えていないし。

「さて、お母様達とまた会えて、『悪魔』も懲らしめて…これで一件落着!」
「じゃないんだなぁ、これが」

 わたしはアリスの言葉を否定する。

「え?何かあったっけ?」
「まあ大したことじゃないんだけど…」

 そしてわたしはもう一度翼を広げ、羽根を飛ばす。
 今度はさっきよりもたくさん、空を覆いつくすほどの羽根を飛ばす。

「お母様…これは…」
「最後に、街の人たちを正気にしてあげないとね」
「あっ…そうだね…」

 背中の翼には、もう一枚の羽根もない。
 …これでもう、誰かを『変化』させることはできなくなる。
 自分でわかる。多分もう、この翼に羽根が戻ることはない。
 だがまあいい。
 翼はもう一つあるし…わたしには翼なんかよりも大切な、若葉とアリスがいる。

「それじゃあ…飛んでけ!」

 掛け声と同時に、羽根は街中に飛び散った。
 今頃、街中で『変化』が起きていることだろう。

「…これで御終い」
「街の人たちも、元通りなんだね」

 若葉がおかしなことを言ってきた。

「何言ってるの若葉。元通りになんかしないよ?」
「…は?」
「日本に一箇所くらい、女の人しか住まない街があってもいいじゃない」

 ………。

「…ようするに、この街に住むすべての人間を女に変えたんだね?」
「うん」
「この悪魔!」
「違うよ、若葉。わたしは『悪魔の娘』だって」
「ごまかすなぁ!最後に大きな事件起こすなぁ!」
「いいじゃない。ただ記憶操作したり、身体変化させたりするより楽しいんだし」
「そういう問題じゃなぁい!」

 若葉の怒声が空に轟いた。

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 数年後…

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 あたしは今、サッカースタジアムの客席にいる。
 スタジアムは満員、周りを見ても人、人、人。
 こう人だらけだと、誰かを『変えて』悪戯したくなるが、自重する。
 さすがに今日ばかりはそういうのは止めておこう。

 お母様達との再会から数年たった。

 お母様と若葉お母さんは、元気で楽しく暮らしている。
 お母様の翼はあの時T市全域に羽根をばら撒いた代償か、いまだに丸裸の状態。
 だけど、お母様は気にしていないらしい。
 若葉お母さんが隣にいるからだろうか。
 まあ、お母様の周りはタテエルが守っているから大丈夫だろう。

 そのタテエルはきよひこと一緒にいることが多くなった。
 どうもきよひこのことが気に入ったらしい。
 あいつを『変えて』あげたあたしとしては、なかなか複雑な心境だ。
 あとやっぱりタテエルはラーをくれない。ケチだ。
 …その後復刻版が発売したから自分で買ったけどね、六神。

 T市はあの日以来、女性しか住まない街になった。
 かつて夫婦だった人達も、恋人同士だった人達も、全員女。
 その異常さに、未だに誰も気付いていなかった。

 あの『悪魔』がどうしているかは知らない。っていうか興味もない。
 おそらく、今日もどこかでセックス三昧であろう。
 セックスするたびに男としての心が屈辱にまみれていく、でも止められない。
 …どんな気分だろうね。

 そして、あたしは今、お母様達の元を離れて暮らしている。
 …いやね、なんですかあのラブラブレズカップルは。
 場の空気読んでませんからね。
 ここをどこだと思ってるのかってくらいいちゃついてますからね。
 しかも若葉お母さん、お母様とずっと一緒にいるために人間であること止めつつありますから。
 さすがのあたしも呆れ果てた。
 というわけで、あたしは今家出中。

 で、いい機会だからとあたしはあの娘に会いにいくことにした。
 あたしが『変えて』、新しい人生を歩んでいるあの娘のところへ。

 スタジアムに青いユニフォームを着た女性達がが入場してきた。
 その中には、和音もいる。

 あれから彼―否、彼女はすごく頑張った。
 寝る間も惜しみ、サッカーの練習に打ち込んだ。
 その結果、彼女は代表選手に選ばれた。

 今日は大きな世界大会(サッカー自体には基本的に興味がないので名前は忘れた)に出るための第一歩だという。
 彼女は、ついに夢への第一歩を歩き出したのだ。

 …活躍したら、今夜はすっごく気持ちよくしてあげるからね♪
 やや緊張した面持ちの和音を見ながら、あたしはそんなことを考えていた。





某英霊7人のサバイバルゲーム風を目指していたら、何故か「くろいはね」の続編になっていました。
支援所公開時は3編に分けて発表していました。容量的には147KBくらいあるようです。
あとなんかこの続編を書いた気がするけどなかった事にしてください。


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