瀬尾さんの『存在指定』



 あら、いらっしゃい。ここに男性が来るのは珍しいですね。
 立ち話もなんですし、どうぞおかけください。

 大きなお身体ですね。力強くて、逞しそう。私が後10歳若かったら惚れていましたねぇ。

 え?そんな老けて見えない?
 嬉しいことをいってくれますねぇ。あなたもなかなかイケメンさんですよ?
 その黒くて短い髪がまた似合っておりますわ。

 はい、確かに私はここの本を管理している者です。
 ここに置かれている本のことならなんでもわかりますよ。

 ……ええまあ、確かにこの部屋だけでも11367722冊の本がありますので、その一字一句まで記憶しているわけでは在りませんけど。
 そういう屁理屈で揚げ足取りする人、嫌いです。

 え?セオ?
 セオ、と一言で言われましても困ります。どのセオですか?

 ああ、瀬尾ティアですか。
 非常に申し訳ありませんが……彼女自身の事が書かれた本はありませんよ。
 なにせ、自分の設定すら好き勝手に変えられる女ですからね。第三者が記録を残すなんて不可能ですし、当人も自分の事を書き記すなんてことはしませんよ。面倒くさがりだから。
 まあでも、彼女のことを知る為の本ならありますよ。少しお待ちください。

 ……お待たせしました。

 これは、ある一人の人間について書かれた本です。
 瀬尾ティアが行った所業を、小説仕立てに書いたモノですね。

 ……ええ、仰るとおり。瀬尾ティアがその奇跡を振るえば、なにもかもが変わってしまいます。それに誰も気付けずに。
 その気になれば彼女より力が上の魔女でも、悪魔でも、神でさえも欺けるでしょうね。
 唯一の例外であるミア・クリムゾンも記録を残すのを嫌う性質だから、本なんて書くわけがありません。
 だからこんな本があること自体おかしな話であるというあなたの意見は、非常に正しい。
 でも、実際ここに存在しているわけですよ。不思議なことに。
 誰かが創造で書いた空想か、あるいは奇跡が効かない誰かが書いたか。
 書かれているのは事実ではないかもしれないし、あるいは事実かもしれない。
 もしかしたら、あなたの知りたい事実は書かれていないかもしれない。
 でも、それでもただこれだけが、この本だけが瀬尾ティアについて書かれた本なのは間違いないですね。

 あ、読んでいかれます?
 それはそれは。この本も喜んでいますよ。
 さあ、ご堪能ください――『存在』を変えられる物語を。

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 俺の名は向井 孝明。
 ほんの少し前までただの学生だった。
 退屈な毎日を適当に過ごしているだけの、どこにでもいる普通の少年だった。
 そう、ほんの少し前までは。

 ある日俺は、一人の女に出会った。
 見るからに怪しい雰囲気の女は、俺の顔を見るとニヤリと笑い、近付いてきた。
 関わりたくないので逃げようとしたが、俺の身体はまったく動かなかった。
 気付くと女は俺の目の前にいた。
「初めまして。私はベラ・コルダ。通りすがりの魔女ですが、何か?」
 いや、何かと聞かれても困る。というか、魔女ってなによ?
「いやいや、細かい事はどーでもいいんだよ。どうせあんたに言っても理解できないからね」
 ベラは嘲笑う。どうやらこいつは、とにかく人を馬鹿にしないと気がすまないようだ。
 そしてベラは俺の手に何かを持たせると耳元で囁いた。
「コレは他人の能力を奪う腕輪、『ヌスットリング』よ」
 ネーミングが酷かった。
「あんた、偶然そこにい……もとい、才能ありそうだから、これあげるわ」
 いや偶然って聞き取れたから。誰でもよかったんだよね?そうだよね?
「まあ、そんなことどうでもいいじゃない。よかったわね。コレで無能なあなたも人生薔薇色よ?」
 余計なお世話だ。
「拒否権はないわよ?あんたにはミア・クリムゾンから『洗脳』と――瀬尾ティアから『存在証明』を奪ってもらわないと困るんだからね」
 その言葉と共に俺の意識が失われ……

 気付いた時には、俺の腕に『ヌスットリング』とやらがつけられていた。


 それから俺の人生は一変した。
 『ヌスットリング』の力は最高だった。
 学年一の秀才から知識を奪い、ついでに運動部のエースからも運動能力を奪った俺は、学校でも人気者となっていた。
 奪われた奴らは哀れなものだ。自慢の才能を失っただけで、周りからちやほやされてたのが、まったく相手にされなくなるんだぜ?あんなにスカっとしたことはなかったね!
 で、そんな風に遊んでいたある日、ある女を見かけた。
 ミア・クリムゾン。見ただけでわかった。こいつが、ベラの言ってた奴だ。
 こいつから、『洗脳』の能力を奪わなくてはならない。それこそが、俺の使命なのだ。
 別にベラの命令を聞く必要などないのだが、この時の俺は、何故かそう思っていた。

 気付いた時には俺はミアを地面に這い蹲らせ、その顔を足蹴にしていた。
 全身に傷を負ったミアは、苦しそうに顔を歪めている。
 そして、『ヌスットリング』で『洗脳』の能力を奪いとったのだ。
 使い方が頭の中に流れ込む。
 相手の頭上で手をかざすことで心の象徴である「白い花」を浮かび上がらせ、それを自らの血で染めあげる事で、相手を自分色に染め上げてしまう能力。
 効率こそ悪いものの、その力は絶大である。
 早速ミアに試そうとしたが……
「そうはっ……いきませんわ、よっ!!」
 どこからそんな力を出したのか、ミアは俺の身体を突き飛ばし、ふらふらの身体で逃げ出した。
 追いかけようと思ったが、やめておく。
 どうせあいつにはもう、何も出来ないのだから。
 他の奴らと同じ。自慢の能力を奪われたあいつに残されたものなんて何もないんだ。

 特出した技能の持ち主は、その特出した技能自体がそいつの人生を作っているといっても過言ではない。
 例えば運動神経のいい奴は大抵のクラスで人気者だろう。故に運動できない奴をどこかで見下している。
 勉強の出来る奴は、勉強が出来る友人に囲まれていることだろう。故に勉強が苦手な奴を認めない。
 容姿やセンスのいい奴はちやほやされ、大抵は服装にもこだわりがあるだろう。だから、ダサイ奴は嫌いなはずだ。
 この奇跡とかいう不思議な力だって同じだ。こんなモノを持ってる奴が、他人を見下していないわけがない。
 だから俺が陥れてやるんだ。堕としてやるんだ。
 最下層に、最底辺に、最弱に、最低に、最悪に、最下位に。
 誰からも認められる才能の持ち主が、何の取り柄もない奴になるんだ。こんなに愉快なことがあるかい!?

 さて、せっかく手に入れた『洗脳』の力……たっぷり活用してやらないとなぁ?
 あんな女よりも、俺の方が絶対に有効活用できるに決まってるしな!

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 ……そんな顔しないでくださいよ。
 確かに、その本の主人公は好感の持てない性格ですが、それ故に主人公になれたのですから。

 そうそう、早く続きを読んでくださいな。
 本も、あなたが続きを読むのを待っているんですから。

 あ、髪の毛邪魔でしょう?縛ってあげますね。

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「で、あんたのやったのが、コレ?」
 久しぶりに俺の前に現れたベラは、俺の『帝国』を見るなり、言った。
「ああ、すげえだろ?」
 俺の作った『帝国』は、たった二つのルールで動いている。
 それは、「男は働き」「女は尽くす」ということ。大昔から続いてきた、この世のルールだ。
 もっと正確に言うならば「男は俺のためにどんな手段を使ってもいいから金を持ってきて」「女は俺に従い、身体を捧げ、尽くす」という、まさに俺のための『帝国』である。
 男たちはあちこちで強盗まがいの事をやらかしているようだが、俺の知ったことじゃない。俺に迷惑をかけず、金さえ持ってくればどうでもいい。
 それに警察にも俺の手駒はいる。ある程度のことなら揉み消せる。揉み消せない程のことをしてきたならわざと捕まえさせて、その上で精神を壊してしまえばいい。

 全裸の女達を侍らせ、ヤりまくっていたときにベラが現れたので、自慢してやったのだ。
 どうせならコイツも『洗脳』で……と思ったが、さすがに隙がなく、難しそうだ。
「……まあ、こんなもんか」
「へ?」
 ベラが何かを呟いた気がするが、よく聞き取れなかった。
「そんなことより、もう一人のターゲットは?」
「ああ?瀬尾、とかいう奴だっけ?」
 そういえば、そいつからも奪わないといけないんだっけ?
「そう。正直、ミアの能力なんてどうでもいいのよ。ただの同属嫌悪だから。
 でも、瀬尾ティアのは違う。あいつの奇跡は、神や悪魔のソレに近い。あいつは、あいつだけが私は怖いのよ。
 ま、本当に怖い目にあったことのないお子様には理解できないでしょうけど」
 ようするに、その瀬尾とかいう女の力があれば、ベラですら恐れることはないわけだ。
「それはそれは、とてもやるきがわいてきた」
「そりゃよかった」
 ベラはそのままスーッと姿を消した。

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 ベラとは誰なのか、ですか。ごめんなさい、それはお教えできないんです。
 というのも、その人は少々危険な存在でして……存在を知るだけでもあなたの身の安全を保障できないんです。
 一応、その本の続きで少しだけ触れられていますので、それでご容赦願いたく……。

 それにしても、あなたの脚、細くて綺麗ですね。

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 失敗した。
 西町で金稼ぎに泳がせていた男の一人が、加減を間違えて相手を殺してしまった。
 確かに「どんな手段でもいいから金を持ってこい」と言った。
 でも、殺しまでやらせる気はなかったというのに。
 くそ、あいつどこにいった?
 俺は病院や警察にいる手駒を使い、それらしい男を捜させた。だが結局、人を殺した俺の兵隊は見つかることはなかった。
 まるで、「そんな人間はこの世に存在しない」とでもいうかのようだった。

 まさか、瀬尾ティアとかいう奴の仕業だろうか。
 たしかベラは、「あなたにはミア・クリムゾンから『洗脳』と――瀬尾ティアから『存在証明』を奪ってもらわないと困るんだからね」と言っていた。
 『存在証明』という能力がどんなものかはわからない。
 だが、今回の件から考えれば「相手の存在を消せる」能力かもしれない。厄介だ。
 これはしっかりと対策を考えないとまずいな……。しばらく金策は中止だ。


 俺のハーレムにいる女が、瀬尾 ティアのことを知っていた。
 瀬尾 ティア。性別、女。○○学園2年C組学級委員。
 ○○学園といえば、共学なのに女子ばかり入る、事実上の女子校。何か違和感があるが、確かそうだったはず。
 奴はいつも同じクラスの橘 楓や宮本 メイ、紅ミアと共に行動をしているらしい。
 紅 ミア、という名前にはなんとなく心当たりがあったが、多分別人だろう。力を失ったあいつがこんなところでいつまでもうろちょろしているわけがない。
 しかし、○○学園となると厄介だ。『洗脳』の力を使えば、進入すること自体はなんとかなるだろう。
 だが、ティアに接触できるかどうかは怪しい。少なくとも、取り巻きが3人いる以上は簡単には近づけないと思う。
 取り巻きから篭絡するという手段もあるが、それも容易ではないらしい。
 メイという女は、背こそ低いが、剣道部で大活躍しているという。剣道の才能は以前誰かから奪った(もはや誰かも覚えてない)が、残念ながらそれほど腕がいい奴でなかったらしく、得意ではない。不意打ちも難しそうだ。
 なにより、周りに手を出して、それで怒らせて取り返しのつかないことを引き起こす可能性もある。どんな能力を持ってるかもわからないのだから、慎重にやらないといけない。
 ちくしょう、ベラめ。なんで詳しい能力を教えていかなかったんだ。
 まあいい。ならば、ゆっくりと外堀を埋めればいい。
 幸い、ティア達は土日にこの町を離れるようだ。ならば、その隙に○○学園に……。

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 ええ、そうですね。彼は勘違いから凄いフラグを踏んでしまってますね。

 いえいえ、彼は死にません。瀬尾ティアは人死にを嫌ってますので――死者の存在は変えられないから。

 そんな顔しないでくださいよ。せっかくの可愛い顔が台無しですよ?
 さあ、その細くしなやかな指でページをめくってごらんなさい。

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 ○○学園の生徒は上玉揃いだった。
 休日だから部活動で出てきた生徒しかいなかったが、それでもかなりの収穫だ。
 例えば今俺の股間を嫌そうな顔でしゃぶってるナオコとかいう女は、胸こそ小さいが、運動で鍛えられた引き締まった肢体はまるで彫像のように美しく、魅力的だ。これでレズでなければ完璧だったが、男嫌いを直してやると思えば楽しいものだ。まあ、『洗脳』を使えば一発だが、それじゃつまらない。じっくりと男のよさを教えてやろう。俺の命令には逆らえないようにしてあるのだ。
 俺の足を恍惚の表情を浮かべながら舐めているのはカズネ。どうやらティアに憧れを抱いていたようだが、『洗脳』でその対象を俺に変えてやった。
 俺の顔の上では、プールの掃除をしていた双子の姉妹がレズっている。こいつらは「お互いのことしか見えない、愛せない」というふうにしてみた。まったく同じ顔の少女達が、互いの身体を本能のままに貪っている光景は結構面白い。

 それにしても、この学校は双子とか三つ子が多いな。
 今俺の頭上にいる奴ら以外にも、何組かの少女達が互いの身体を絡ませ、求め続けていた。
 姉妹同士の絡みは基本で、別の姉妹とスワッピングしてる奴らもいれば、その隣では2組の双子が一人を押さえつけ、休む暇すら与えずに快楽を与えている。
 ……こんなにレズばかり命令してたっけ?
 まあ……いいか。さすがにコレだけの人数を一度に相手にするのは大変だ。
 少しずつ頂いておこう。時間はたっぷりあるのだから。

 でも、少し腹減ったな。男共に食べ物持ってこさせよう。

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 この時、この男の命令で街が大変なことになったらしいですよ。
 なにせ「お金を持ってこい」という命令で強盗を行うような、雑な『洗脳』です。
 食べ物を買って持ってくるなんて発想、出てくるわけないじゃないですか。

 はい、あちこちで暴動が起きちゃったんですよね。
 そのせいで、瀬尾ティアが異常に気付いてしまった……って、わざわざ私が説明しなくても、本に書いてありましたね。

 そういえば、あなたのウェスト細いですね。抱きしめたら、折れちゃいそう。
 そのくせ胸が大きいとか、ずるいですね!

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「……結局、この程度なのね。ココを抑えたことだけは評価できるけど、外は大騒ぎ。これじゃ、ティアに居場所を教えているようなものだわ」
 翌日、○○学園に突然現れたベラの第一声がコレだ。
「なんだよ、俺の能力の使い方に文句でもあんのか?」
「別に。あんたがどこで何をして、どうなろうと知ったことではないわ。やることさえやってくれればね」
 ムカつく女だ。ここにいる全員で押し倒して、コイツも『洗脳』してやろうか……。
「一応言っておくけど、もしあんたが私になにかする気なら――『ヌスットリング』を破壊させてもらうわ。
 そしたら、あなたが集めた能力は全て元の持ち主に返る――さあ、そうなったら、どうなるでしょうね?」
「なんだとっ!?」
 そんなことになったら、俺は、俺のこの立場は……っ!
「まあ、大人しくしたがっておけばそんなことはしないけど……」
 そう言いながらベラは右手の人差し指をクイっと曲げた。
 その瞬間、近くにおいてあったペットボトルが破裂する。
「――――っ!!」
「私と対等の立場と思うな。お前は、私にとっては都合のいい駒にしかすぎない」
 先程までとは態度も声音も一変していた。これが、コイツの本性か。
「まあ、恐らく私自身が手を下す必要なんてないだろうけどね」
「……どういうことだ」
 その時、部屋に青色の携帯の着信音が鳴り響いた。
 俺の携帯だ。番号は……非通知。
「タイミングがいいわね。ま、あんたの最期は見届けてあげるわ」
 ベラには電話の相手がわかっているようだ。
 俺は少しだけ悩んで、その電話に出た。
 ――その決断を、俺は後悔することになるとは知らずに。

「……もしもし?」
『派手にやってくれたわね、向井 孝明くん?』
 聞き覚えのない女の声だった。
「だ、誰だお前!?」
『瀬尾 ティア。あなたの存在を否定する者よ』
 瀬尾ティア……だと?
「な、なんで俺の番号がわかった!」
『そんな物どうとでもなるわ――例えば、こういう事態に備えておいた「私の後輩」がこっそり連絡してくれたりとかね』
「後輩……?」
 その時、俺の首に一人の女が抱きついてきた。
「ティア先輩、うまくいきましたよ!」
「カズネ!?」
 そう、それは俺が『洗脳』で虜にしたはずのカズネだった。
 カズネの腕が俺の首をきつく絞めてくる。振りほどこうとするが、締め付けは細い腕からは想像も出来ないほど強く、抵抗できない。
『うん、ありがとう。もう少しだけ頑張ってね、和音。そしたらたっぷりご褒美をあげるから』
「本当ですか!やったぁ!我慢してこんな奴に抱かれた甲斐がありましたよ!」
 何が起きているのだろう。声を出そうにも、苦しくてそれどころではない。
『さて、なにが起こってるか教えてあげるわ。
 こんなこともあろーかと、私のお気に入りの娘達のうちの数人に『私以外の人間が使う奇跡は効かない』っていう奇跡を付加しておいたのよ。だから『洗脳』は無効。
 もちろん、誰だか知らない黒幕さんのも効かないと思うわよ』
「そのようね。私の『支配』が効いてないみたいだし。やっぱり、ティアは私の天敵のようね」
 悔しそうにベラが言った。だがその呟きはティアの耳には届いていないようだ。
『ついでにその娘達は、ピンチの時は身体のリミッターを外せるようにしてある。
 いわゆる「火事場の馬鹿力」というやつね。いくら女の子の腕でも、簡単には振りほどけないわよ?』
「7000万パワー♪」
『それはクソ力だから』
 そんなどうでもいいやり取りの間も首を絞められている。
 くそ、ベラの奴はただ見てるだけか!?俺の『洗脳』した女たちは!?
『何を考えてるかはわからないけど、とりあえずまずは皆を返してもらうわよ』
 その瞬間、腕についていたリングの感触が変わった。
 硬い感触、だった……はず。うん、確かそう。いや、そうだったかな……でも少なくとも、今感じてるぬるぬるとして湿った触感じゃなかったはず。
『和音、もう離れて良いわよ。ああ、そうそう。あなたには何も出来ないだろうけど、他の周りの子に被害を与えられる可能性もあるから黒幕の誰かさんは見張っていてね』
「りょーかい☆」
 そう言ってカズネは俺から離れ、ベラと対峙する。もはや俺など眼中にはないようだ。
「なにを、しやがった?」
『さて、あなたがミアやいろんな人達から能力を奪ったのは、その手に巻かれている「わかめ」でやったのかな?』
「は?」
 俺は腕に巻かれた「ソレ」を見た。
 黒っぽくって、湿ってて、ぬるぬるしている……わかめだった。
「ちょ、それどういうこと!?私が渡したのはヌス……なんだっけ?」
「お、おい!忘れるなよ!ヌス……じゃなくて、このわかめ……なわけなくて、ああもうわけわかんねえ!!」
 俺が使っていたのはわかめ……ではないはず。なのに、わかめをもらった記憶しかない。どういうことだよ!意味わかんねー!
『あなた達が使っていたリングはここにあるんだなーこれが。ちょうど手元にあったわかめと『存在を交換』させて貰ったわよ』
「存在を……交換?」
 そんなこと、できるのか?
 いやでも、確かに俺の腕に巻かれていたのはわかめなんかじゃなくて……わかめだったような……ってだからおかしいって!
『ついでにリングは壊させてもらったわ。これでミアの奇跡も元通り、暴動もなかったことになりめでたしめでたし、ってね』
「どういうことなの……?瀬尾ティアの奇跡は他の存在を証明書という形で書き換える、『存在証明』だったはず……どう成長したら、触れてもいないのに、交換なんて出来るの……」
 ベラは完全に青ざめていた。今目の前で起きていることが、ベラにも理解できないようだ。
『残念だけど、その情報は古いよ。もはや『証明書』なんて必要ないね』
「な、なにを言ってやがるんだ二人とも……」
 俺にはもう、なにが起こっているのかわからない。
『だって、いつだってそうだったんだよ。ずっとずっとそうだったんだ。ただ私が気付かないだけで、ね。ねえ、『お嬢さん』?』
「なにを言ってるのよ!誰がお嬢さんよっ……あれ!?」
『いや、あなたはお嬢さんだ。だってそうでしょ?『そこは実質的に女子校なんだから、女性以外いるわけがない』じゃない?』
「だ、だからわたしはっ……わ、たし?わたしは、わたし?」
 わたし、何かおかしい!
 何かさっきまでとは違う!違う、違うのに!

 何が違うのか、まったくわからないなんて!
 この白い肌も細い身体も(ちょっと小さいけど)膨らんでる胸もあって当然――だから何も違わないはずなのに!
 生まれたその日からずっと、女の子として生きてきたんだから、この身体で正しいはずなのに!
 なんで、なんでなにが違うの!?なにが変わったの!?

『これは『存在指定』。私の新しい奇跡。私の言葉通りの姿に相手を変える、言霊のような奇跡。
 書く必要なんてない。前回は否定したけど、本当は否定する必要すらない。過去も現在も、容姿も精神も、――そして、人間関係すら、変えられたんだよ、本当はね。
 だから『あなたがどこからどう見ても、男だった事実なんて存在しない、どこにでもいる普通の、可愛い以外の特徴がない、無個性で内気な女の子』だということにすることも、電話口で行えるんだよ』
「な、なにを言って……あ、あれ?わたし……わたしって……」
 なんでしょう、急になにか心細くなってきました……あれ、でもずっとこんな気持ちだった気もします。
 ティアさんはまだ、話を続けています。
 これ以上聞くのはまずい、早くこの桃色の携帯から耳を離さないと……。でも、身体が動きませんでした。
『そう、やっと気付いたの。私、あまり頭よくないから、ずっと気付かなかったわ。ごめんね?

『存在証明』は、私がするんだって、そんな簡単なことだったんだよね』

「な、なに?ど、どういう、こと?」
『どういうことも何も、言葉通り。『存在証明書』なんてなくても、私は他人の存在を変えられる――そう、世界で唯一人。私だけが『存在を証明』するのよ。
 そもそも『存在証明書』って、どこから取り出してたのか。フィーナに言われてから、ずっと考えてた。
 相手の身体の中?違う。確かに取り出すときは相手から抜いていたけど、よく考えればおかしいよね?身体の中に『証明書』が入ってるなんてさ。
 だから答えは一つ――私自身が、『存在証明書』を作り出していた。
 私の奇跡が、相手の情報をデータ化して、『証明書』なんていう紙切れの形にしていた――私がそうしないと奇跡は使えないって思い込んでいたから。
 でもそうじゃない。そうじゃなかった。
 証明なんて言葉でもいいのよ。はっきりと、意思と知識を持っていればね。
 だから私が現実のことを否定的に言えば、今の『存在を否定』してしまうことも出来る。
 例えば……『あなたは性格は内気だけど、おっぱいは大きいよね?』って言えば……』
 ずしっ、と急に胸が重くなった気がしました。
 胸を見ると、見慣れた谷間が存在するだけです。……重いなぁ。
『まあ、そこにいる人間でなにが起こっているのか気付いているのは和音だけだろうけどね。この奇跡の唯一の弱点は、「元々の記憶を残すのは結構大変」だって事ね。出来ないことはないけど、面倒だから嫌』
 わたしはなんだか怖くなって、ベラさんのほうを見ました。
 ベラさんは、青ざめた顔でわたしを見つめていましたが、やがて振り返り部屋から出て行きました。
「お、覚えてなさい!!次に会った時は私が『支配』してあげるんだから!」
 と、捨て台詞を残して。
 ……わたし、見捨てられました?
『『支配』、ねえ?どんな奇跡だか知らないけど、今私にかけなかったことから考えると、どうやら直接会った人間にしか使えないのかな。
 ま、使われないのならどうでもいいけどね――さて、この娘どうしようか?ミア、何かいいアイディアある?』
『そうね……わたくしの奇跡を使って好き放題してくれた事ですし……いっそ、現実的ではない姿に変えてしまうというのは?』
『例えば?』
『猫耳褐色眼鏡のロリ系巫女とかどうでしょう?』
 え?わたし、そんなオタクの人が喜びそうなものにされちゃうんですか?
 い、いや。それはいや。それだけはいや。そんな、あざといモノに変えられちゃうなんて、いや!
『属性詰め込みすぎだね、それ。うんでもまあ、それでいいけど……』
 ティアさんはドスの聞いた声で言いました。
『今ミアが言った姿と、悪魔角付き金髪巨乳淫乱ドジっ娘シスター、どっちがいい?』

 わたしは、巫女を選びました。

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 はい、そこでその本は終わりです。
 わかりましたか?瀬尾ティアという女の、関わりたくないという意味での怖さが。
 私はこの姿に生まれたことを誇りに思っています。女として生まれ、女として生きてきた自分自身に誇りを持っています。
 それを、なにがなんだかわからないうちに姿を変えられてしまうなんて、屈辱的で、耐えられませんよ。

 まあ、気付かないんですけどね。あなたみたいに。

 ええ、おかしくなんてありませんよ?
 あなたが大きい男性用の服を着た、可愛らしい女の子であるのは当然ですから。
 その大きな胸も、細い指も、綺麗な脚も、あなたの為の姿なのですから。

 照れなくてもいいですよ?可愛いのは確かですもの。
 ああ、そうそう。そんな大きな服じゃ動きにくいでしょう。
 ここから外に出て、通りを右に行ったところにある洋服屋さんに、ちょうどいいサイズの服が売ってると思いますよ?

 え?お金?
 ああ、大丈夫です。そこで働いて買えばいいんですよ。ちょうどアルバイト募集してますし。
 あなたみたいな娘だったらすぐ採用してくれますよ。店主さんの好みのタイプらしいですしね。

 はい、ありがとうございました。
 他にこの本を読んだ「姉妹」の皆さん達と、仲良くしてくださいね?



 ふう、毎度毎度面倒ですね。ティアさんもこんな手の込んだ嫌がらせしないでほしいですよ、まったく。
 先ほどは嘘をつきましたが、この本は当然ティアさんが書いた物です。
 読んだ者を女の子に変えてしまう本。そんな物を書けるのは、ティアさんか『呪術師』のフィーナさんくらいですね。
 この本を読んだら最後、必ず胸が大きくて可愛い、小さな女の子になってしまうんですよねぇ。
 で、ティアさんのことを知りたがっていた事なんてすっかり忘れて、女の子ライフを楽しんでしまう、性質の悪いトラップなんですよね……。
 まったく、だからこの本だけは読めないんですよね。変わりたくありませんもの、私は。
 先ほども言いましたとおり、この姿が好きなんですもの。胸が小さくても、目立たないといわれても、母からもらった大切な身体ですので。
 しかも読んだ人達の処理、押し付けていきやがりまして……まったく、今度会ったら2時間くらいはお説教しないといけませんね。
 まあ、それはさておき……先ほどからこちらを見ている、そこのあなた。
 あなたは、どうします?
 この本を読んでみますか?人生変わりますよ?
 大丈夫ですよ。最期は洋服屋のおじさんがいろんな意味で可愛がってくれますから……。

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 夕方。
 駅からは帰宅中の人々が足早に出ていく。
 ある者は家に帰るため。ある者は遊びに行くため。またある者はお酒を飲むためかもしれない。
 でもそんな事情は私には関係ない。
 私はただ、遊べればいい。
 チカラの名前は『存在』。相手の『存在の証明』を歪め、『否定』し、勝手に『指定』する、唯一つの奇跡。
 私はこの力で何をするべきか。
 人々を悩みから救う神になるか?否、そんなことはできないし、興味もない。
 人間の在り方を歪める悪魔になるか?否、そんなことはできるけど、興味がない。
 だから、私はただ、遊ぶことを選ぶ。
 だって私は、人間だから。我侭で理不尽で身勝手で傲慢な、どこにでもいる人間なのだから。

 一人の女子校生が手に持った携帯から目線を離さず歩いている。女子校生の向かいからは、サッカーボールを抱えた男の子が走ってくる。
 二人が私の目の前を通り過ぎようとする瞬間に、二人の『存在証明書』を手に呼び出す。
 触れる必要なんてない。場所さえわかっていれば、いつだって『存在証明書』は私の手の中にある。それが誰のものであろうと。
 私はそれぞれの存在証明から、名前と性別の部分だけを破る。
 そして男の子の名前と性別が書かれている『証明書』、そして女子校生の名前と性別以外の『証明書』を男の子の身体に入れる。
 女子校生には残った方を入れてあげる。
 変化は一瞬。
 男の子の身体が大きくなる。胸が膨らんでTシャツを押し上げ、その裾からくびれた腰と綺麗な臍が露出していく。むっちりとした脚が男の子の短パンから見えてきて、腕も細くしなやかになっていった。
 逆に女子校生の身体は縮んでいく。胸もしぼみ、髪は短くなり、腕や脚も子供のサイズになっていく。ずり落ちたスカートから、ちょっと大き目のショーツを履いているのが見えるが、その股間は小ぶりながらも膨らんでいた。
 二人は自分達の変化に気付かず、何事もなかったように立ち去っていく。
 ぶかぶかの女子の制服を着た男の子は手に持った携帯から目を離さない。その為、スカートに足をもつれさせ転んでしまう。
 その光景に道行く男性達が思わず捲れあがったスカートの中を見て、ニヤニヤしながら歩き去っていく。
 男の子は恥ずかしそうに立ち上がりながら、今度は携帯を鞄にしまって足早に去っていった。
 小さい男物の服を着た女子校生は、サッカーボールを抱えながら元気に走っていく。
 その表情はとても無邪気で、見る者を微笑ましい気分にさせる。
 近くの人から、「ぼうや、走ると危ないよ」と声をかけられるが、彼女は気にすることなく走り去っていく。

 こうして、「男の子の名前と身体を持った女子校生」と「女子校生の名前と身体を持った男の子」がこの町に生まれた。
 でも、ほとんどの人はその違和感には気付かない。気付けない。
 今日も人知れず、誰かが変わっていく。
 それを知るのはほんの一握りの人間だけ。

 さて、次は何をしようか。
 あのおじさんを女の子にしようか。それともあのお婆さんを若返らせようか。いやいや、あそこの母娘を逆転させるのも悪くない。

 ミアの『洗脳』と組み合わせようかな。精神を弄るのは私でも出来るけど、あいつのほうが精度は高いし、なにより楽だ。
 あいつが態々指先切って出血させるのは痛々しいけど、あいつ自身はそれで感じるヘンタイだから……大目に見よう。うん。

 いっそ、あのベラとかいう魔女もまたやってこないかな。あいつは追いつめると何かやらかしそうで、楽しみだ。
 あいつの『支配』とかいう奇跡を、私は体験していない。だから今度は一度やられてみるのもいい。
 ただし、ちゃんと対策を立てておくことも忘れずに。準備も遊びの大事な一環です。

 まあ、なんでもやってみよう。

 私の奇跡は、まだまだ、いくらでも楽しめそうだった。




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