クロス2 翼のない悪魔



 多くの人にとって、その日は突然訪れました。
 だけどその足音は、少しずつあたし達に近付いていたのです。

 一人の科学者がいました。
 彼の名は、マレウス。
 機械工学の分野で数々の功績を残した偉大な人物でしたが、なんの前触れもなく失踪しました。

 ある歌手がいました。
 彼女の名は、アンジェラ。
 天使の歌声を持ち、現代の女神とまでいわれた彼女でしたが、あるライブの開始1時間前に消息を絶ちました。

 小さな国がありました。
 決して裕福ではなかったが、笑顔の絶えない国でした――王が暗殺され、その弟が政権を奪うまでは。
 弟の名は、グレン。多くの人々にとっては、彼こそが全ての元凶であることでしょう。

 最初に起こったのは、小さな紛争でした。
 王位を継いだグレンはまず軍事力を強化。最新鋭の兵器を大量に揃える事に成功。入手ルートは、未だ不明。
 その費用は増税で賄い、逆らう国民は投獄されました。
 そして、グレンは近隣諸国への侵攻を開始したのです。

 同じ頃、各国の軍事施設が謎のロボット軍団に襲撃されました。
 ええ、ロボットです、ロボット。アニメとかに出てくる、メカメカしいアレです。
 ロボットは高い機動力と頑丈な装甲――そして、圧倒的な火力を取り揃えていました。
 初めて見た時はなんかの冗談かと思いました。ありえませんもん、15m超の巨体が軽快に動き回るんですから。
 路上にいたと思ったらビルの上に飛び上がったり、空を飛んだり、地面を潜ったりとやりたい放題ですから。
 その動きからミサイルやらビームやらを乱発してくるのは、単純に怖いです。怖い。狙われるの人間ですもん。
 それでも、そんな馬鹿げた能力に翻弄されながらも、どの国もなんとかロボット達を退けていました。
 そんなある日、アメリカがロボットをほぼ無傷で回収することに成功したのです。
 分析の結果、そのロボットに使われている動力炉や制御システムは、マレウスが開発していたものであることが判明しました。
 即ち、このロボット軍団を創ったのは――

 さらにこの日本でも、ある事件が起きていました。
 漆黒の翼を持った空を飛ぶ少女が各地でたびたび目撃されたのです。
 彼女は暴れるでもなく、歌を歌いました。ただひたすらに、歌い続けたのです。
 ただしその歌声を聴いた者は、正常ではいられなかったのです。
 ある者は倒れ、ある者は苦しみ、またある者は本能のまま暴れだしました。
 そしてその歌声は、テレビを通じて日本中のお茶の間へと届けられてしまったのです。
 日本は、大パニックに陥りました。
 その光景は、さながら梟をテレビ撮影してしまったが故に日本中大惨事になったあの漫画を思い出していただければ大体あってます。あれと違って、こっちは人同士の殺し合いがメインでしたけど。
 その状況を見て寂しげに微笑む少女は、世界的歌手であるアンジェラの、幼い頃の姿と瓜二つでした。

 事態はさらにエスカレートしていきます。
 グレンの国は大国の介入で滅びました。グレンも公開処刑されました。ギロチンです。
 しかし、戦争は止まらない。今度はまったく関係のなかった別の国がその大国との戦争を始めたのです。
 その戦争はさらにあちこちの国へと飛び火していき、悲惨な光景が各国で繰り広げられていきました。
 まるで、なにかに操られるように。

 そんな中、ロボット軍団はさらに強大になり世界中へと侵攻を始めていました。
 中には、軍を完全に壊滅させられた国もありました。具体的にどことは申しませんが、先進国にもそんな国があったと聞きます。
 戦争中の国の軍が双方とも壊滅させられることすらありました。地図の上から消えた町も、たくさん。
 そしてロボット達の魔の手は、混乱のさなかにあった日本にも届きつつありました。
 島国だからと見逃してはくれない。酷いジジイです、マレウスは。

 さて、日本では黒い翼を持つ少女は各地で増えていました。中にはこうもりのような羽を持つ、青白い肌を持つ少女もいたりします。
 彼女達を人々は『悪魔』と呼び、恐れました。
 悪魔達は実に悪魔らしく、人々を苦しめていったのです。
 的確に人の心の隙間を突いて、絶望を広めていきました。


 迫り来る死の足音。絶望の響き。
 多くの人は思ったことでしょう。――これが、人類の終焉である、と。


 だけど、諦めなかった者達もいたんです。
 彼らは、戦争が起きる前からその存在が確認されていました。
 彼らは不思議な力を持っています。
 ある者は手も触れずに物を動かし、またある者は触れたものを一瞬で凍らせました。
 中には、人の存在すら歪めてしまう者すらいました。
 彼らの力は、まさに『奇跡』。
 故に彼らを、人々はこう呼ぶのです。

 ――奇跡使い、と。

 奇跡使い達は自分達の世界を守るため、自分の成すべき事を開始しました。
 戦争をとめるために奔走する者、ロボット軍団と戦う者、悪魔と対峙する者――。
 家族を守るため、名誉のため、あるいは力試しのため。
 それぞれの想いを胸に、奇跡使いは戦い続けました。

 そして、3年前のアメリカにて。
 当時一番大きな勢力であったロボット軍団、そしてそれを率いていたマレウスが倒されたことが全世界へと伝えられました。
 告げたのは、『魔女』ジーナ・ゴルド様――あたしの師匠でもあるおばあさん。

 そしてジーナ様は、ある事実を人類に伝えたのです。

 この世界――ジーナ様達や悪魔が『エデン』と呼ぶこの世界は、『魔界』という異世界に引き寄せられていたということを。
 そしてこの一連の争いは、『魔界』のごく一部の存在の思惑で繰り広げられていたということを。

 黒幕の名は蛇――『スネイクズ』。
 悪い『魔女』と血も涙もない『悪魔』を集め、裏からこの世界を混乱の渦に巻き込んでいたのです。


 この日を境に、争いの日は弱まっていくこととなりました。
 敵意を持った悪魔達の数も減り、人類は一応の平穏を取り戻したように見えました。

 これが、後に『終焉の日』とよばれる戦争の大まかな出来事です。
 なんで『終焉の日』というのかは知りません。ですが、命名したのはあのジーナ様なので、趣味です。



 そして、この争いの中であたし――黒田 素子と須田 ヒカリさんは出会いました。
 それは決してロマンチックなものでも運命的なものでもなかったのですが、それでもあたし達は共にいることを選んだのです。

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 生き物を殺した次の日は、いつも早起きです。
 目覚めが良い、というわけではありません。夢見が悪すぎて、とてもじゃないけど寝てられないのです。
 メンタル面が弱い、とお思いでしょうか。
 だけど、生物の命を奪う事に慣れたくはないです。綺麗事と言われようとも――殺さないに越した事はないじゃないですか。
 生きていれば分かり合える、なんて思いません。決して分かり合えない奴らも知ってますから。
 でも、だからといって殺しあうのは違うと思うんです。
 せめてもの救いは、昨日の熊さんはみんなでおいしく頂けたことでしょうか。
 ……魔法で撃ち抜いちゃった頭は食べれませんけどね。あたしの奇跡『魔法』の源である魔力は、耐性のない人が経口摂取するとモンスターになっちゃいますから。

 あの熊さんを仕掛けた相手についてはアサギさん達『箱舟』の人達が全力で捜査しています。
 なにかわかったら教えてくれるそうですが……別に知りたくないです。どうせ厄介事ですから。
 面倒な事に巻き込まないようにしてもらいたいものです。
 気ままな隠居生活が希望なのです。幸い、慎ましく暮らすなら一生過ごせる程度の蓄えはありますにょよ。
 ……宝くじって素晴らしいよね。

 まあ、そんなことはどうでもいいや。
 早く目が覚めてしまったことですし、せっかくだからヒカリさんが来る前に朝食でも作っておきましょーか。
 お姉ちゃんはまだ帰ってこないし、二人っきりですねぇ。
 そう思いながらリビングへと向かうと、
「お、今日は早いじゃないか」
 もう一人の家族がいました。
「……帰ってきてるなら教えてくださいよぅ、お母さん」
「いやまあ、今来たところだしね」
 ……まったく、いつだって神出鬼没なんだから困ります。
 お酒があれば確実に会えるんですが、我が家でお酒が飲める年齢なのはお姉ちゃんだけです。ヒカリさんもまだ飲めません。
 そしてお姉ちゃんはアルコールに弱いので、めったに飲みません。
 なので、お酒が我が家にあることは稀です。
「いや、酒あるところに割と現れ、酒ないところには大体いないのがあたしだけど、娘の所くらいは酒なしでも来るからね?」
「もし酒なしであたし達の前に出られないようだったら今後親と呼びませんよぅ?」
 血の繋がりはありませんしねぇ。
 そんな親子の会話をしながら、あたしは愛用のエプロンを身につけ、キッチンに入ります。
「朝食作りますけど、希望あります?」
「……和食っぽいのがいいな」
「はいはい〜」
 じゃあ、味噌汁と……卵焼きでも作りますか。あとお魚かな。
 それを3人分。うん、これでいいね。
 あたしは調理器具と材料を取り出した。

 あたし達姉妹とお母さん――『魔女』フィーナ・フィル・フィー・フィンに血の繋がりはありません。
 昔、あたし達の目の前で、本当の両親は殺されました。、
 それは馬鹿なガジェット使いが他人を操って強盗を行っていて、その日狙われた家があたし達の家だったという、理不尽な出来事です。
 それまでその強盗による殺人はなかったのですが、あたし達のときに限って、両親は殺されてしまいました。(何故本当の両親が殺されなくてはならなかったのか、その犯人はすでに『存在しない』ので知る由もありません)
 その時、たまたま居合わせたお母さんが助けてくれたのがきっかけで、そのまま引き取られる形になりました。
 今のあたし達があるのも、お母さんのおかげです。
 魔法の師匠を紹介してくれたのも、愛用の箒を作ってくれたのも、お母さんでした。
 あたしは、そんなお母さんが大好きです。

 だからこそ、心配はかけたくないんです。絶対に。

 朝食の支度が終わるころに、ヒカリさんが来ました。
 お母さんの前に座り、なにやら話をしています。キッチンからはよく聞こえませんが、まあ、嫁と姑の気さくな会話でもしているのでしょう。いや、あたしの方が嫁だと思いますけど。
 ……でも、ちょっと不安。ヒカリさんキスまではしてくれるけど、それ以上はしてくれないし。
 いやまあ、ビジュアル的にはちょっと危ない感じですけど、一応結婚できる年齢ですからね?身分証明のために免許も取りましたからね?自動二輪の。
 大切にしてもらってる、って考えればいいんでしょうけど、不安ですよ?女同士ですし。
 ……まだ、子ども扱いかなぁ。仕方ないといえば、仕方ないけど、ねぇ?
 そんなことを考えていたら朝食ができあがってしまったので、気分を切り替えます。
 いつものあたしに。能天気で、どこか抜けた感じの自分に。
 悩みなんてない、不安なんてない、先のことなんて考えない。
 そういう、あたしに。

「運ぶの手伝うよ」
「あ、お願いしますねぇ」
 調理が終わった頃、ヒカリさんが運ぶのを手伝ってくれました。
 調理は手伝わせません。ヒカリさん、料理できませんもん。
 アメリカで一回作ってもらいましたけど……アレは、酷い。酷すぎる。味は思い出したくもありません。
 一緒に食べたアメリカの兵隊さんが3日間寝込んだり、イギリスの奇跡使いが4日間奇跡を使えなくなって作戦に支障をきたしてしまうなどの弊害があったのです。
 故にあの時は一つのルールが出来ました。『須田 ヒカリに料理を作らせるな』って。
 なお、同時に『黒田 素子が料理するときは見張りをつけろ』というルールも出来てました。
 失礼な話です。薬物なんて盛りませんよ、魔法使いだからって。(そういうイメージだったらしいです)
 せいぜい盛ったってステロイドくらいですよ、まったく。信心深い国の軍人さんは困りますね。
 大体あたしは魔法使いであって、魔女ではないんですよ?サメとイルカくらい別物ですよ?
 いやまあ、魔女も毒とか盛りませんけど。大体は。(ちなみにお母さんは毒とか盛る方です。おかげでちょっとした毒には耐性があります)
 閑話休題。
 料理を運んでいるヒカリさんを見ていると、若干左手が震えているのが見えました。
「左手、ちょっと調子悪いですか?」
「え?」
 料理をテーブルに置いて、ヒカリさんは左腕の「義手」を開いたり閉じたりしました。
「……あー、すこし、悪いかも。気付かなかったわ」
「もう、自分の事なんですから、自分で気付いてくださいよぅ」
「あはは、ごめんごめん。後で直してくれる?」
 ヒカリさんの左腕……というより、身体中のあちこちは、ガジェットで代用されています。
 いわゆる改造人間、というモらしいです。全て発動すると特撮ヒロインみたいに変身します。カッコいいですよ。惚れますよ。
 でも製作者が亡くなられているので、修理はあたしの仕事です。
 パーツ、ありましたかねぇ……。補充した記憶ありませんねぇ。
「ストックないんで……買い物してからですねぇ」
 前回の調整の時にパーツ切らして、補充するの忘れてました。
 パーツを置いてるあの店、一人で行かないとうるさいからヒカリさんと行けないんですよねぇ。
 まあ、仕方ないです。行ってきますか。


 さて、裏町にやってきました。
 あたしの住むマンションはここに近いので、よく利用させていただいています。
 危険なことが多いので、「表の」町に住む人たちはあまり近寄りません。あたしにとっては、それがまた都合がいいのです。
 『終焉の日』で真っ先に狙われたのは、行政、軍事関係でした。
 その影響は今も残っていて、だから『賽の河原屋』や『箱舟』のような管理団体が生まれています。
 生き延びた政治家もいますが、若い人間ばかりの奇跡使いが跋扈する世の中では彼らの立場はお飾り以外の何者でもありません。
 どんな政策を立てても、それを執行し、従わせる能力はない。これが、今の世界の現状です。
 故に裏町のような場所は各地に存在して、そこのもっともシンプルなルールが「弱肉強食」なのです。
 戦争には勝った。でも世界は死んだ。
 ある評論家はそのように言いました。そうかもしれません。
 結局のところあたし達が戦ったあの争いは、この世界のあり方を完全に壊しただけなのですから。――悪魔達の想う、『エデン』という形に。
 法を決めるのは人間で、守るのも人間。でも、破るのも人間なんです。それを守らせる人間がいない今なら、尚更です。
 ヒカリさんは裏町との付き合い方を「距離感が大事」と言っています。
 深く知れば、タブーに触れることとなる。多分、そういうことだと思います。
 もっとも、そんな事はあたしやヒカリさんにはまったく関係のないことですが。


 買い物自体はすぐに終了。
 店主のおじいさんも元気そうでなによりでした。
 さて帰ろう。面倒ごとに巻き込まれる前に帰ろう。


 そう思っていても、見過ごせないことも多いです。
 例えば、悪魔の女の子が膝を抱えて座り込んでるシーンを目の当たりにしたときとか。
 周りの誰も彼女に目を向けません。多分見えていないのでしょう。『不可視』系の奇跡を使える悪魔は珍しくありません。
 ただ問題は、あたしに見えているということ。見えなければ気付かなかったのに。
「どうしたの?」
 あたしは少しだけ悩んで、悪魔っ娘に声をかけました。
「……へ?」
 女の子は顔を上げ、こちらを見つめてきます。
 大きな瞳の、可愛らしい悪魔です。血色の悪い肌がまた綺麗で、人を魅了させる雰囲気を漂わせています。
 ただ、悪魔にしては翼がない事が気になります。まあ、全ての悪魔が持っているわけではないですけど。
「……ヌシ、我が見えるのか?」
「可愛い顔ですね。彼女持ち出なかったら惚れてますね」
「か、かわっ……反応し辛い返答をするなぁ!!」
 顔を真っ赤にして怒りました。
 うん、可愛い。持って帰りたい。
「まあまあ、あまり声を荒げますと見つかりますよ?『不可視』では声までは消せませんからね」
「……ヌシ、魔女か?」
「いえ、ただの魔法使いですよ」
 あたしは不死ではないので、魔女ではないですね。
 もっとも、『魔法使い』というカテゴリーに含まれる奇跡使いはあたしと、あと二人くらいしかいませんけど。
「ふむ……まあ、細かいことはどうでもいいな」
「同意します。説明とか設定とか、細かくアレコレ決めると逆に縛られますしね」
「何の話じゃ、それは。ヌシと会話するの、面倒に感じるぞ?」
「よく言われます。大丈夫です、すぐ慣れますよ。癖になりますよ」
「中毒性はなかろうて……あの、頼むから会話進めさせてくれぬか?」
「はいはい」
 困ってる表情も可愛い。コレホント持って帰りたいです。
「我は、るぅ という悪魔なのじゃが……」
「あたしはモトコ。コンゴトモヨロシク」
「それ、我が言うべきじゃね?」
「ロウですか?カオスですか?」
「善良な、『蛇』とは無関係の悪魔じゃよ」
 ふむ、それじゃ攻撃の必要はないですね。

 今、この世界にいる悪魔は3種類に分けられます。
 一つは『スネイクズ』所属の悪い奴。
 一つはそれとは無関係に悪いことをする奴。
 もう一つは、人間に好意的な奴。
 そもそもこの場合の悪魔というのは種族名であって、悪い者をさす言葉ではないのです。
 中世の魔女狩りにおける魔女と同じです。大体。多分。

「で、なんでここにいるの?」
「道に迷ったのじゃ」
「パートナーは?」
「はぐれたのじゃ」
 善良な悪魔が『エデン』で暮らす際、人間へ危害を加えないという誓いと潔白を証明する、パートナーが必要になります。
 パートナーがいない場合、問答無用で攻撃される可能性もあります。特に日本は、過去に悪魔の襲撃を受けているので、悪魔に対する風当たりは欧米各国と同じくらい強いです。
「モトコ、すまぬが道を教えてくれぬか?『ホテルネオフジヤマ』というホテルなのじゃが」
「ああ、表の方ですね。わかりますわかります。送りましょうか?」
「いいのか!?」
「あ、でもパートナーの人探さなくていいの?」
「あー、あやつのことじゃ。恐らく先に帰っておる。まったく、従者の癖にマイペースで困るわい」
 どうやら結構身分が高い娘のようですねぇ。従者って自然に言ってますし、『ネオフジヤマ』って怪しい名前の癖にサービスの充実した高級ホテルですし。
 まあ、ホテルに着けばどうとでもなるでしょう。あたしはるぅちゃんを抱きかかえます。
「ちょ、ヌシ、いきなり何をする!?」
 気にせず箒に跨ります。
「しっかりつかまっててくださいね?落ちたら悪魔でも死ぬと思いますよぅ」
「ま、まさか……」
『Flying Broom, Max Speed!!』
 次の瞬間、あたし達は上空に飛び立っていました。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
 るぅちゃんの叫び声を残して。


「お嬢様をお連れ頂きありがとうございました」
 ホテルに着くと、メイドさんが10人ほどやってきて、気を失ってるるぅちゃんを引き取りました。
 その内の一人、目つきの悪いメイドさんが深々と頭を下げてあたしに礼を言います。
「……いやまあ、ちょっとやりすぎたと思うので、頭下げられると、困ります」
 全速力で高度1000mは、ちょっとはしゃぎすぎでしたね。
「いえ、お嬢様にはいい薬になったと思いますので。まったく、少し目を離したらすぐどこかに言ってしまうのですから、困ったものです」
 迷子になるのはいつもの事のようです。
「申し送れました。私は鬼劉院るぅさまにお仕えするメイド、藤瀬 綾菜と申します」
 なんか凄そうな名字ですね。
「黒田 素子……魔法使い、です」
「あら……へぇ?」
 綾菜さんはあたしを睨みつけます。
「あ、あの……ごめんなさい許してください悪気はなかったんですすいません」
「……あ、申し訳ございません。別に睨みつけてるつもりはないんです。私、昔から目つきが非常に悪くて……」
「あ、そ、そうなんですか……」
 凄く、怖かったです。
 なんか、視線だけで心臓を抉り出せそうな感じでした。
「お詫びといってはなんですが……」
 綾菜さんは左手をぱちんと鳴らしました。
 すると、いつの間にかそこには熊のぬいぐるみが現れていました。
「お納めください」
 手渡されたぬいぐるみは、どうやら手作りのようでした。
「いいんですか?」
「ええ。是非、あなたに頂いてもらいたいのです。大丈夫、まだたくさんありますから」
 そう言う綾菜さんの両手には、どこから出したのかゴリラと象のぬいぐるみがありました。
「では、遠慮なく」
 美人さんからのプレゼントは嬉しいものです。
 夕日をバックにした熊さんは非常に可愛らしく……夕日!?
「あぁ!もう帰らないと!」
 私は急いで箒に跨ります。
「綾菜さん、るぅちゃんにごめんね、って伝えといてください!」
「はい、承りました」
『Flying Broom, Max Speed!!』
 あたしは大急ぎで家へと飛んで行きました。
 昼食を抜かしたお母さんとヒカリさんが怒っていないことを願いながら。

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「あれが、黒田 素子……。フィル・フィー・フィンの言うとおり……悪い子じゃないようですね。
 お嬢様と仲良くしていただけると嬉しいのですが……まあ、それはおいおい手を回していきましょう」




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