考えるより……
馴染みの喫茶店へと足を運ぶと、いつものようにマチは一番奥の席にいた。
私もいつものようにその対面へ座る。
「あーちゃん、ボク、好きの反対ってやっぱり嫌いだと思うのよ」
マチは突然そんな事を言い出しだ。女の子が自分の事をボクというのはどうかと思うが、まあ、それもいつも通りだ。
「ああ、まあそうだね。対義語だしね」
とりあえず同意した。
「そういう事じゃなくて……ほら、『好きの反対は無関心』って言うじゃない」
「ああ、言うね」
最近特に聞くようになった気がする。
「それがどうも納得いかないのよ」
どうやらマチは今日もいつも通りの屁理屈屋のようだ。
顔馴染みの店員が注文を取りに来たので、いつものように同じ物を頼む。
「で、どう納得いかないの?」
いつものコーヒーが出てきたところで、いつもと同じように私はマチに尋ねた。
「例えば、山田さんっていう人がいるとするじゃない」
「うん」
「山田さんには佐々木さんという友達がいるとする」
マチのたとえ話には『山田さん』と『佐々木さん』がよく登場する。
多分パっと浮かぶのがその苗字なのだろう。
「で、山田さんに井上君という彼氏がいるとする。ちなみに井上君と佐々木さんに面識はない」
「うん」
「で、佐々木さんが山田さんから井上君との惚気話を聞かされたとして、まず興味も持たないよね、井上君自身には」
「まあ……確かにそうかもしれんね」
恋バナなんて、相手の彼氏がどんな奴でも別にどうでもいいしね。よっぽどひどい奴でなければ。
気になるのは彼氏と『なに』を『どこ』までしたかだよね、盛り上がるのは。あくまで私見だけど。
「さて、ここで井上君が木内さんと浮気をして、それが原因で山田さんと井上君が別れる事になったとする」
「急展開だね」
「この場合、山田さんは井上君と木内さんの事は嫌いになるよね」
「うんまあ、だいたいそうだろうね。山田さんから別れ話を切り出してるならね」
井上君から切り出した場合、山田さんに未練があってよりを取り戻したいと思っているかもしれないけどね。
「でも、井上君に対して無関心になれるとは思わないのよ。良かれ悪しかれ井上君との思い出はあるんだし」
「そうかもね。それ以降井上君達を相手にしていなくても、それはあくまで無視しているに過ぎないからね」
多分山田さんは井上君に対して怒っているから、井上君が視界に入ったり、話題に上ったりするたびにイラっとするかもしれない。
確かにそれは無関心ではないだろう。そう装っているだけで。
「だから納得いかない。好きの反対が無関心と言い張るなら、このパターンの時も絶対無関心にならないといけないじゃない」
……そういうものじゃない気もする。
反対のパターンが一つとは限らない。
「でも、さっきも言ったとおり山田さんには井上君との思い出があるじゃん」
「そうだね」
「それがある以上、なんらかの影響でもう一度井上君の事を好きになることはあるかもしれない。
でも、まったくの無関心になることはありえないと思うよ。少なくとも時折思い出したりするでしょ?
それは無関心です、とは言えないと思う」
「まあ、そうだね。怒りにしろ、悲しみにしろ、何らかの感情を相手に持ってるなら無関心ではないね」
本当に無関心ならそういう感情すら持てないだろうしね。
「だから、山田さんが記憶喪失にでもならないかぎりは無関心にはなりえないと思うのよ」
「まあ、だいたいそうだろうね。昔の事をきれいさっぱり忘れてしまうのは難しいからね」
一度人間同士が関われば、そこには大なり小なりなんらかの感情が生まれる。
好意であれ敵意であれ、一度抱いてしまった相手に対し無関心になるのは中々難しい。
そう見えるのであれば、それは無関心を装っているだけか、本当に相手の事を忘れてしまった場合くらいじゃないだろうか。
多分、マチはそういうことを言いたいのだろう。
「多分『好きの反対は無関心』って、無関心であるなら好意も嫌悪も抱かないから反対の言葉だって言いたいんだと思うよ?
でもさ、無関心であるということは、関心さえ持てば好きにも嫌いにもなれるし、どちらにもなれない可能性だってあるじゃない」
「そうだね。さっきの例えで言えば、佐々木さんが井上君を好きになったっておかしくはないね」
「嫌う可能性のほうが多いと思うけどね」
まあ、確かに友人を裏切った相手を好ける人間はあまりいないね。
「で、マチ的には無関心ってなんなの?」
「そうだね……スタートラインだと思うよ、あーちゃん」
「スタートライン?」
「最初無関心でも、きっかけさえあれば好きにも嫌いにもなりうるじゃない」
「ああ、そうだね」
マチがさっきから同じ事しか言ってない気もするけど、これもいつも通り。
マチの中で結論が決まっていて、でもその結論への筋道はあまり多くない。
だから似たような話を何度も繰り返すのだ。
「もちろんその結果「やっぱりどうでもいい」って感じで、無関心のままである場合もあるけどね」
そこまで言ってから、マチはコーヒーを飲み干す。
マチがコーヒーを飲むのは珍しいなと思いつつ、私もコーヒーに口をつけると、少しだけ冷めていた。
「というわけで『好きの反対は嫌い』で、むかんし……んっ!」
最後まで言い切る前に私はマチの唇を奪う。
一番奥の席なので、周りからは見えないことはよく知っている。
「〜〜ぷはっ!」
「まあ、なんだ。私はあんたに関心があって、こんな風にキスできるくらいに好き。それで十分じゃない?」
マチは顔を真っ赤にして頷いた。
私は大体こんな感じでマチの屁理屈は有耶無耶にする。
なんでもかんでも難しく考えすぎるのだ、こいつは。
だから私はキスをする。
無理に難しく考えるマチも好きだが、不意をつかれて恥ずかしがるマチも大好きだから。
そんな、私達の日常。
「ところで、あんたの口の中滅茶苦茶甘かったんだけど……砂糖何杯入れた?」
「えっと……13杯?」
「もう角砂糖かじってなさいよそれ。というかもうコーヒー頼むな」
ごちゃごちゃ考えるより、キスすりゃいいじゃない!的なお話。
内容は只の屁理屈です。
これもPixivに投稿した物です。
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