フォルカとマカ
私――フォルカ・ライトブラウンはその日、見知らぬ部屋で目が覚めた。
ここはどこだろうか。
身体を起こそうとすると、全身に激しい痛みを感じた。
「っ……!!」
どうやら怪我をしているらしく、一人では起き上がれそうにはなかった。
ちょうどその時、ガチャリと扉が開き、誰かが部屋へと入ってきた。
「あ、目が覚めました?よかったぁ〜」
どこかで聞いた覚えのある声だった。
だけど、顔が浮かばない。……誰?
その疑問はすぐに解けた。声の主が、寝ている私の顔を覗き込んだからだ。
だがそれは、私にとって意外な人物であった。
何故なら、その人物――マカ・ヴァイオレットは、何度も戦場で殺し合いをしている、いわば宿敵なのだから。
「うん、元気そうですね。お腹すいてる?」
屈託のない笑みを浮かべながらマカが聞いてくる。
……言われて初めて、空腹に気付いた。
私が頷くとマカは「ちょっと待っててくださいね」と言いながら、嬉しそうに部屋を出て行った。
どういう状況なのか、さっぱりわからない。
私とマカはあくまで敵同士。
個人的に恨みがあるわけでもないが、あんなに嬉しそうな笑顔を向けられる理由もない。
それにしても、可愛らしい笑顔であった。
戦場で奴の笑いは何度も見ているが、ニヤニヤとした憎たらしい顔だった、と思う。
……いったい、何があったのだろう。
私は気を失うまでの行動を思い出してみることにした。
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その日も、私達は殺しあっていた。
私の生まれたサウス王国とマカの住むノース王国は、数百年以上に渡る戦争を繰り広げていた。
理由は知らない。互いに長く戦いすぎて、原因など誰も覚えていない。
それでも戦い続けていたのは……互いの意地の問題であろう。
ここまで長く続いているのだから、勝って終わりたい――。
互いにそう考えているのだから、戦争が終わるわけがない。
故に、私とマカは、その日も殺しあっていたのだ。
「『逆転の魔女』が来たぞー!!」
「無差別攻撃が始まるぞ!」
「に、逃げろー!!」
サウス軍の前線が乱れる。マカが現れたからだ。
マカは大規模魔法を得意とし、その強大な魔法は一撃で戦況を変えてしまうほどだ。
こちらが優勢な戦場も、マカ一人の手によって敗走せざるを得ない事も多々あった。
いつしかマカは『逆転の魔女』と呼ばれ、サウス軍内で恐れられていた。
私は、前線へと馬を走らせる。
そこには必ずマカがいるはずだ。
「『千人斬り』のフォルカだ!」
「マカから離れろ!巻き込まれるぞ!」
「に、逃げろー!!」
ノース軍が私を避けるように割れる。
……千人も斬ってたっけ?もっと少ないと思うんだけど。
私の姿を確認して、マカは魔法の詠唱をやめる。
「ふふふ、いらっしゃい〜♪」
いつものようにニヤニヤと笑いながら、マカがこちらへと走ってくる。
「毎度毎度嫌な笑い方だねあんた、わっ!」
馬を降り、マカに向かって剣を振るうが、マカは軽々とかわす。
「おっとっ!相変わらず鋭い太刀筋だねぇ」
「かわしといてよく言うよっ、とぉっ!」
間髪いれず二撃目を入れるが、首元ギリギリでかわされる。
「ひゃぅ!い、今のは危なかった……お返し、だぁ!」
詠唱なしでマカが火の魔法を撃ってくる。
「当たるかぁ!」
横に一歩動いてかわす。後ろの方で悲鳴が聞こえた気がするが、気にしない。
「『千人斬り』、覚悟ぉぉ!」
後ろから敵兵に斬りかかられるが、いつも通り一太刀で黙らせる。
「『雨雨降れ降れ、炎の雨降れ〜』」
マカのふざけているとしか思えない詠唱とともに、空から炎が降り注ぐ。
私は盾を天にかざし、炎から身を守る。
「うぎゃあああ!!」
「熱っ、熱いよぉぉぉ!!!」
「おっかさぁぁぁぁん!!!!」
防御行動が間に合わなかった兵士が、敵味方関わらず巻き込まれていた。
このように私とマカがやりあうと、私達自身よりも周りへの被害が大きい。
私とマカが戦うようになってからは大規模魔法による被害はだいぶ減ったらしいが、その分負傷者も増えたため、軍の上層部は頭を抱えているようだ。
そのくせ私達同士の戦いには決着がつかない。お互い同時に体力が尽きて、倒れた所を仲間に回収されるのがいつものお約束となっていた。
だけど、この日は違った。
「う〜ん、今日はなんか調子がいいなぁ。明日の夜明けまで戦えそう!」
「そりゃ好都合。私もまだまだいけそうだ!」
「いいねいいね、今日決着付けちゃう?」
「望むところだ!」
周りの兵士にとっては死亡通告にも等しい発言だった。
「じょ、冗談じゃねぇ!俺は逃げるぞ!」
「俺もだ!」
「ぼ、僕も!」
両軍の兵士が逃げ出していく。
だが私達は戦うのをやめなかった。
「せやっ!」
「おおっと!『風風ふけふけ、猛吹雪』!!」
「雪なんかで私が止まるかぁぁぁ!!!」
「うわっ!『雷さま、お怒りなさい』!!」
「おっと!危ないなぁ!」
互いに全力を出しているうちに……気付けば何故か断崖絶壁で戦っていた。
周りにはもう、誰もいなかった。
「はぁっ……はぁっ……ははははっ……」
「ふぅ……ふふ……ふふふふっ……」
マカは笑っていた。多分、私も笑っていた事だろう。
楽しかった。全身全霊を込めた命の奪い合いに、私達は酔いしれていた。
いつまでもこいつと戦い続けたい、そう考えていた。
だけど、そうもいかない。終わらぬ戦いなど、あってはいけないのだ。
「これでぇぇぇ!!!」
「最後だぁぁぁ!!!」
お互いに最後の力を振り絞り、全身全霊を込めた一撃を放って――
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そこで私の記憶は途切れている。
その後、如何なる経緯があったのか知らない。
気付いたときにはここに眠っていて、さらにマカが戦場では見せた事のない笑顔で出迎えていた。
……なにがなんだか、さっぱりだ。
「ご飯持ってきましたよ〜」
マカがやってきた。
手にはお盆を持っていて、その上にお粥が乗っていた。
「起き上がれますか?」
ゆっくりと私の身体を起こす。
「痛っ……」
マカの触れている背中から激痛が走る。
「あ、ごめんなさい。傷、触っちゃいましたね」
申し訳なさそうな顔でマカが謝る。
「……いや、気にするな」
私は自分の身体を見る。
鎧は脱がされ、身体中に包帯が巻かれていた。目に見える範囲の傷はあまり深くないようだ。
背中は大きな傷があって、まだ塞がっていないとマカが教えてくれた。
「包帯はさっき寝ているうちに取り替えましたから……とりあえず、ご飯にしましょう。スプーン、持てそうですか?」
腕を動かそうとするが、思ったように力が入らない。
「……大変そうですね。じゃあ、はい!」
スプーンでお粥を掬い、私の口元へと運ぶ。
「……なんのつもり?」
「食べさせるつもりです」
……おかしい。
こいつ、本当にマカか?
私の知っているマカは、こんなに優しくはないぞ。
なにか裏があるんじゃないのか?
「……毒とか、入ってないよね」
「殺すつもりならとっくにやってますよ♪」
いつものニヤニヤ笑いを浮かべてそんな物騒な事を言った。
……間違いない、マカ本人だ。
なんで私の怪我の治療をしているのかさっぱりわからないが、とりあえず害意はないようだ。
……敵意があるんだったら、治療なんてしないで止めをさしているだろうし。
私はマカの行為を受ける事にした。
……この歳でご飯を食べさせてもらうのは、すごく恥ずかしかったけど。
「一つ、聞いていい?」
「なんです?」
食後、ベッドに寝かされた私の隣で読書していたマカに、私は先ほどから感じている疑問を問いかける事にした。
「なにがあったの?」
「なにがって……なんのことです?」
「私達が崖の上で戦ってた事までは覚えている。その後のこと、何も覚えていないんだけど」
「あ、そうなんですか」
マカは少し残念そうな表情を浮かべたが、すぐにいつものニヤニヤ笑いをする。
「じゃあ教えてあげましょう。あの素敵な出来事を」
どうやら素敵な事があったらしい。だが、それを聞く前に。
「その笑い、やめてくれない?」
「あ、すいません。悪い癖だと師匠にも言われたんですけど、どうにも抜けなくて……」
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私の放った一撃をかわしたマカは、カウンターで魔法を叩き込もうとしていた。
だがその時、マカは大きく体制を崩してしまう。なんと、突然足場が崩れたのだという。
なにせ私達の戦っていた場所は断崖絶壁。
そんなところで魔法を乱発していれば、地盤も崩れて当然である。
マカはなんとか体勢を立て直そうとしたけど、どうにもできず崖に転落。
さすがに死を覚悟したその時、私に抱きかかえられたというのだ。
私に抱えられながら崖を転がり落ちて、マカは無事、下に到着した。
マカの身体にはたいした怪我はなかった。どうやら、私の身体がクッションになったらしい。
その代わり、私の身体は重症だった。全身傷だらけ。特に背中の傷が一番深く、処置が遅れれば危ない状態。
マカは私の身体を引き摺って、ノース領内の森にあるマカの家へと運んだということだ。
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「なんで私生きてるの、それ……」
「運が良かったんですよ」
そういう問題じゃないと思う。
「というかそのまま放っておけばいいじゃない。どうせ私達敵同士なんだし」
そう言うと、マカは悲しげな顔でとんでもない事を言い放った。
「何を言いますか。やっと見つけた運命の人を見殺しになんてできません!」
……はい?
「そう、運命なのです。あたしとフォルカ御姉様は、赤い糸で結ばれた運命なんです!」
……ナニヲイッテイルノアナタハ?
「思えば御姉様と殺し合って決着がつかなかったのも当然。そういう運命なのですから!」
……ああ、そういえば、ノース王国は同性婚が許可されているんだっけ。
加えてノース国内で信奉されているフローリア教の教義には『自分を犠牲にして相手を守る事が出来るのならば、その二人は強い絆で結ばれている』というものがあると聞いたことがある。
他人の為になにかをするという事は誰にでもできることではない、だけどせめて自分の大切な人には尽くしなさい。
自分を助けてくれる人には感謝の心を忘れずに、そして自分が相手になにをしてあげるか、なにをしてあげたいかを考えなさい。
それが出来る人達の絆は、どんな困難も乗り越える糧となるでしょう。
そんな意味合いだと昔サウスに来たフローリア教の宣教師が言っていた。(戦時中だというのに、よく敵国まで布教に来たものだと思った。)
だから(結果として)命を助けてくれた相手に(それが同性だとしても)愛情を抱いてもなんら不思議はないかもしれない。
……少々無理はあるが、そう納得することにした。
「というわけで、あたしはフォルカ御姉様に一生尽くすことにしたのです!フォルカ御姉様、好きです、愛しています!!」
顔を赤らめ、私の目を真っ直ぐ見つめるマカ。
……命の奪い合いをした相手を『愛している』、か。
まあ、そういうのも、悪くはない。
このままサウスに戻っても、『敵国兵に助けられるとは恥知らずめ』と処刑されるだけであろう。
だったら、ここでマカに付き合って暮らすのも悪くはない。
私個人としてはマカに恨みがあるわけでもない。それに殺し合いであそこまで楽しめる相手ならば、日常生活はもっと楽しめるのではないだろうか。
そう考えた私は、痛む身体を強引に動かし、マカを抱きしめた。
この時の私は、まだマカに対し深い感情を持っていなかった。
私がマカを深く知り、心からマカを愛するようになるのはもっと後の事であるが、それはまた別のお話。
ブログで書いたやつ。
ブログは放置中のゲームサイトの方のやつなので、ここからは見れません。
なんとなく思いついて、仕事中に書いた話です。
気が向いたら続くと思います。
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