ニュトピアの夜は早い。
 なにせ中世ヨーロッパレベルの文明しかない。つまり、電気がない。
 元がNPCであった人々はまだしも、現代社会にどっぷり浸かったゲーマーばかりのプレイヤー達に電気のない社会は、結構辛い。
 ランプや光属性魔法を使った家具はあるものの、数は出回っておらず、そもそも高価。
 自力で火属性魔法や光属性魔法を使って光源を確保している冒険者もいないことはない。だが、燃費が悪い事と、ボヤ騒ぎを起こした者が数名いる事から、周囲からの風当たりは強い。
 酒場などは夜までやっているが、それでも深夜と呼べる時間までの営業はしていない。全ての人間が女性化している現在、風紀の問題もあり、多くの店で自粛されている。
 風俗店は営業しているが……女同士である。そういう方面を考えられない人が多数のようだ。なお、女性同士の好感度に補正が掛かっていて、そちら方面へ転びやすいという変化があるのだが、さすがに誰もその事実は知らない。
 さらに多くのゲームで実装されている仕様、『夜は強めのモンスターが出てくる』がある為、街の外に出る者はいない。
 そんな環境下でわざわざ夜に出歩くのは、相当の変わり者か、命知らずか、夜の方が活動しやすい忍者か。いずれにせよ、一般的ではない。

 そんな月明かりの下で、二人の冒険者が草原を歩いていた。
 一人は銀色の髪が特徴的な、とても小柄な忍者の少女――シロガネ。
 もう一人は、銀色の鎧に身を包んだ黒髪の少女――ヒサメ。
「……しかし、よかったの?『ぐんぐにる』を抜けてきて」
「うん、そうだね。ちょっとは未練、あるよ」
 寂しげに笑うヒサメ。
「成り行きとはいえ、自分で作ったチームだしね。それなりに愛着はあったからね。
 ……規模大きくなりすぎてメンバーを把握できなくなってたけど」
「五百人以上いたしね」
「うん、チーム対抗戦で人数不足に悩まされる事はなかったね……」
「というか数で蹂躙できてたよね。戦術も何もなかったよね」
「数の暴力だったね、うん」
 ゲーム時代の事を思い出しながら、月下の草原をゆっくりと歩く二人。
「ああいうのも楽しかったけど……どうしても、シロガネ達と一緒に遊んでた頃と比較しちゃってね……」
「そっか……」
「そういう風に考えてるのって、どうしても伝わっちゃうからね……。それに、この状況……わたしね、嬉しかったんだ」
「嬉しい?」
「そう、嬉しい。ほら、わたし、身体弱いからね」
「うん、そうだったね」
「今なら走り回る事もできるし、戦うこともできる。それに……」
 振り返りながら、シロガネの手を取る。
「こうして、大介さんに触れる事もできるよ」
「はは、そりゃこっちだけだね」
「元の姿で触れ合えれば一番よかったんだけど……」
「しょうがないよ。『俺』は怖かったんだろう?」
「……でも、優しかったよ」
「そう言ってもらえれば十分だよ。ボクも今のこの身体には満足しているしね」
「うん、それもどうかと思うけどね?」
 シロガネの手を離し、再び前を向く。
「この世界にずっといたい、そう考えるのはさ。元の世界に戻ろうって考えてる『ぐんぐにる』の仲間に対しての裏切りみたいなもんだよ。だから、いつかは『ぐんぐにる』にはいられなくなってたと思うよ」
「……ひえ〜も気にしてたよ。無理にチームに誘ったのはまずかったかな、って」
「うん……」
 二人は立ち止まり、向かい合う。
「ごめんな、ヒサメ。あの時一緒に遊べなくて」
「ごめんね、シロガネ。あなたを待っていられなくて」
 互いに頭を下げ、謝りあう。
 仲違いをしたわけではない。ただ、タイミングが合わなかっただけ。
 それだけで長い間、二人は共に遊ぶことをなんとなく敬遠していたのだ。
「……うん、すっきりした」
「そうだな。うん、これからよろしくな」
 二人はまた歩き出す。
「それにしても、改めて見ると……大きいね……」
 ヒサメの視線はシロガネの胸へと向かう。
 現実での自分よりも大きい胸。それが友人(それも男性)にあるのは、中々に複雑な心境かもしれない。
「揉み心地よさそう。揉んでいい?」
 違った。ただのエロい子だった。
「仕方ないにゃあ……後でね?」
「本当?やったぁ!」
 嬉しそうなヒサメと、少々恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、満更そうでもないシロガネ。
「それにしても誰もいないねぇ」
「夜だからね」
「せっかくの夜狩りチャンスなのにねぇ」
「初めて聞いたよそんな言葉。どんな意味?」
「ほら、夜の方が敵が強い=強い敵はドロップアイテムが高い=レアアイテム取り放題!」
「うん、いい考え方だ。レアドロップが出れば、だけれど」
「いやいやシロガネ、出ると信じればいつか出るんだよ」
「うん、それもそうだ」
 すぐに出るとは言っていない。
 シロガネは周囲を探る。いくつかの気配が見つかるが、シロガネ達から少しずつ遠ざかっていく。
 低レベルのモンスターは、レベル差が高いプレイヤーからは逃げる性質がある。
 システム的には適正レベル以下であるモンスターの乱獲防止だが、設定的には勝てない相手から逃げる野生の本能という説明がされている。
 ゲーム時代は弱い敵のレアアイテム狙いの時は鬱陶しいだけの仕様だが、余計な敵と戦わなくていいのは現実と化した世界では楽でいいかもしれない。
「うん……アンデット系はいない。狼系、ゴブリン系、フクロウ系ってところかな」
「夜目のきくのが多いねやっぱり。ゴブリンキングでも引き摺り出す?」
「そうしますかね。あれのレアドロは武器だっけ」
「うん、ゴブリンキングソード。中級者向けの両手剣。改良すれば魔王城あたりでも普通に使える良武器だね」
「ああ、そうだそうだ。ボク装備できないから忘れてたよ」
「わたしはハンマーだから使わないね」
「じゃあ売る用か」
「うん、売る用。ほら、今の状況ならある程度いい武器を市場に流すとがっぽり稼げるよ」
「ああ、プレイヤー以外もバザーで買い物してるもんね」
「そゆことー。『妖精の靴』辺りも今は服の生産が忙しいみたいだし……今のうちに稼がせていただきましょうかねぇ?」
「ヒサメのそういうとこ、ボク好きだわぁ」
 現在のバザーはゲーム時代とはだいぶ売れ筋が変わっている。
 今までは一部の職でしか需要のなかった布製の服が、普段着替わりに利用される事が増えた。さらにモンスターと戦うプレイヤーが減ったことにより、武器や鎧があまり売れなくなっていた。
 このような市場の変化により、生産技術の高いプレイヤーは武器や鎧の製造を行わくなっていた。
 しかし、状況は変化していくものである。
 バザーに強い装備があると気付いたゲーム時代のNPCが、バザーで買い物を始めたのである。
「ニュトピアの戦力の底上げもできて、わたし達大儲け。みんな幸せ、OK?」
「じゃ、そうなるように頑張りますかね」
 二人は武器を構え、遠ざかっていくゴブリンへと駆け出す。
「さあ、デートの始まりだよっ!」
「え、これデートなの?」


 シロガネ達がデートという名の「乱獲」をしている頃。
 コガネは部屋で裁縫をしていた。
「……きんいろ」
 いつの間にいたのだろうか、コガネの後ろに濃紺の装束に身を包んだ、コガネと同じくらいの背丈の少女がいた。
「クーさん、どうしました?」
 コガネは振り向くことなく、クーと呼ばれた少女と会話をする。
「……よかったの?ひーとぎんいろ、いかせて」
「まあ、順番的にはヒサ姉が一番最初かなって」
「……きんいろからかと思ってた」
「いえいえ、私は実の妹ですし、ここはお譲りします」
「……じゃあ、つぎ、くー?」
「はい、ご堪能ください」
「……らじゃ」
 会話は止まり、裁縫を続けるコガネ。
 クーはそのまま何をするわけでもなく、コガネの後ろに座る。
 クーは人の後ろにいる事が多い。本人曰く、「……非常に落ち着く」らしい。
「……きんいろ」
「なんです?」
「……ぎんいろ、はーれむ?」
「ええ、そうですそうです。私達で囲ってしまいます」
「……すてき」
「ええ、素敵です」
 コガネはシロガネを守る為の手段をいくつか考えていた。
 まずはシロガネが過去に固定で組んでいた仲間であるヒサメ、クーと合流する。
 この二人がシロガネに好意を抱いているのはコガネも知っている。特にヒサメとは毎日メールのやり取りをしているのも知っている。
 シロガネ――大介がモテないわけではないのは以前言ったとおりである。
 ただ強面で、大柄で、筋肉質な身体に本人がコンプレックスを抱いているのと、本人の好みが「小さめ」な女の子であるというだけである。
 本人がシロガネとしての姿を受け入れていて、その姿でもシロガネを愛せる二人ならば、仲間として非常に信頼できる。
 そして現実での友人である亮一を初めとした、信頼できる人物を勧誘し、生存率を上げる。
 最大の難関であったヒサメの引き抜きも、現状出来る最大戦力を集めるという名目で成功。'(余談だがこの作戦の提案者はひえ〜である)
 こうして、大好きな兄を守る為に暗躍した妹は非常に満足気であった。
 世間から「腹黒い方のちびっこ」と呼ばれ、恐れられることになったとしても。

「……腹黒いのは昔から」
「えっ」


 狩り始めて二時間。
「さて、冷静に確認しましょうか。あくまで、冷静に」
「……はい」
 『不忍』のホームに戻ってきたシロガネとヒサメは、シロガネの部屋で反省会を開いていた。
 部屋の主にもかかわらず、シロガネはヒサメの前に正座をさせられていた。
「シロガネ、ちょっとサブ職言ってくれる?怒らないから」
「……カードコレクターです」
「職特性は?」
「一定確率でモンスターカードをドロップする。カード化したモンスターを召喚できる。モンスタースキルが使える」
「カードドロップ率は?」
「0.02%」
「で、今ドロップしたカードは何枚?」
「十枚」
「倒したゴブリンキングの数は?」
「十体」
「……どういうことなの?」
「ボクが聞きたい」
 カードコレクターは、エリスオンラインの開発会社が作ったカードゲームとのタイアップで作られた職業である。
 カードゲームの仕様であるモンスター召喚、モンスターのスキル使用という要素をオンラインRPGに無理やり組み込んだ結果、既存の職業「召喚士」と被る微妙な職業が生まれた。
 召喚士との違いは、全モンスター(ボスも含む)からドロップしたカードを使用して召喚できる、モンスターのスキルをプレイヤーが使える事の二点のみ。
 カードが落ちる条件はカードコレクターが仲間にいる事で、カードが使用できるのはカードコレクターのみである。
 そしてカードは何度も使えるので、十枚もいらない。
「キングソードは二本しか落ちていないんだけど……」
「物欲センサー働きすぎだろ……」
 二人はため息をつく。
 ゲームでも現実でも、物欲センサーには勝てないのだった。
「でもさ、多分なんだけど」
「はい」
「これ、カードドロップのせいで、キングソードのドロップ率下がってるよね?」
「……否定できない」
「じゃあ、罰として、シロガネのおっぱいを揉もう。うん。罰だから仕方ないね」
「うん、ちょっと待って?なんでそうなるの?仕方ないっていう割に嬉しそうだよね?」
「ソンナコトナイヨー」
 ヒサメは手をワキワキと動かしながらシロガネに近づいていく。
 少しずつ後ずさるが、やがて壁に追いつめられる。
「う、『空蝉』」
「『スキルキャンセル』」
 スキルで逃げようとするシロガネだが、その前にヒサメの『スキルキャンセル』が発動し、『空蝉』が解除される。
「た、『畳返し』」
「『震脚』」
 畳をひっくり返そうとするが、それより早くヒサメが畳を踏み込む。
「かか、『壁抜け』」
「『引き寄せ』っと……往生際、悪いよ?」
 壁をすり抜けようとするシロガネの身体を、ヒサメの右手から伸びた謎の光線が引き寄せられる。
 結果として、ヒサメの身体に抱き寄せられる形となったシロガネ。当然、その胸もヒサメの手が届く範囲内である。
 こうなっては、シロガネ自慢の速さも、豊富な回避スキルも意味をなさない。
 そもそも回避系スキルをキャンセルでき、敵を引き付けるのが得意なヒサメは、シロガネとは相性が悪いのだった。

 こうしてシロガネは、ヒサメに美味しく頂かれるのだった。


シロガネ、百合ハーレムルートへ。(本人選択権なし)



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