数日が経過した。
 シロガネはニュトピアの街を散歩していた――屋根の上を、だが。
「ゲーム内で行けなかったところにも行けるなぁ」
 エリスオンラインでは屋根を上る事は出来なかった。仮に上れたとしても、そこに行けるのは忍者だけという無意味なルートであった事だろう。
 屋根の上をぴょんぴょんと飛び跳ねながら進む。家と家の間を平然と飛び越えていく。元の姿では絶対にできない行動である。
 本来の自分よりも華奢。だが、身体能力は今の身体の方が高い。
「ゲームなんだか現実なんだかなぁ……」
 いまいち納得がいかない部分がある。
 今の自分の姿で元の世界にいた場合、こんなに動けていたかは考えるまでもないだろう。というか、間違いなく元の自分の方が動ける。身体能力=筋肉の質、と言い換えてもいいかもしれない。
 だが実際は、今の方が快適に動き回っている。まるで五条大橋の源義経を彷彿とさせる身軽さである。
 こんな動きができるのも、ゲームキャラの身体だからだろう。
「結局ここはなんなんだろうな……」
 現状、プレイヤー達も元NPCも落ち着きを取り戻しつつある。
 色々困ることも多いが、なんとか日常を過ごしていこうという人が増えているのは良い事である筈だ。
 だが一方で、まだまだ塞込む人々、性におぼれる人々も多いが、これも仕方あるまい。今までの生活を突然捨てさせられて、納得できる人の方が希少である。
「揉め事は起きるだろうな……」
 元々人間関係のトラブルの多いオンラインゲームだ。
 このような状況でなにも起こらないなんてことがあるわけがない。
「少なくとも、コガネだけは守らないとね……お兄、いや、お姉ちゃんだしね!」
 そんな事を呟くシロガネは、どこか嬉しそうだった。
 少なくとも、シロガネはこの状況を受け入れ、楽しんでいるのだった。
「とりあえず、教会やお城の方を見に行こうかな、面白そうだし」
 さっきまでの決意はどこへやら、シロガネは完全に観光気分であった。


「そこの暇そうな忍者、止まれ」
 教会の屋根が視界に入ったところで、凛とした声が辺りに響いた。
 シロガネが辺りを見回すが誰もいない。
 だが。
「なんのようだい、ひえ〜」
 シロガネは振り向き、教会の鐘とは真逆、何の変哲もない民家の屋根を指さす。
 何もない場所。だがそこに、人影が浮かび上がった。
 長身で長い髪を束ねた女性。
 胸は控えめだが細く、スタイルは良い。
 だが何より、口元だけを隠す覆面と、袖なしの忍び装束。
「……カッコいい系くのいちと来ましたか」
「なりたくてなったわけではないのだがな」
 彼女の名は「ひえ〜」。悪ふざけのような名前だが、大手チーム『ぐんぐにる』のサブリーダーを務める凄腕忍者である。ちなみに元男性(キャラも本人も)だ。
「いや、似合ってるぞ。マジ素敵。女の子にモテるぞ」
「モテるのか!?マジか!?」
「がっつかなければあるいは?」
「……おおぅ、希望が湧いてきたわ」
「そうか、それはよかった」
 二人は笑いあう。屋根の上で。
 下から見上げる街の人の目線には気付いていない。
「うむ、そう考えるとこの姿も、悪くないな」
「リアルどんだけモテないんすかひえ〜さん」
「それはお互い様であろうシロガネ。オフ会でヒサメがお前見て号泣してたじゃないか」
「……思い出させないでくれ。あれ、マジキツイから」
 ヒサメのリアルの姿はシロガネの好みに入るため、初見で泣かれた際は本当に落ち込んだ。その後、ゲーム内で謝罪を受け、今でも仲良くしているのだが、シロガネとしては苦い思い出の一つである。
「んで、なんで呼び止めたのかい?『ぐんぐにる』はそんなに暇じゃないだろ?……ヒサメ以外は」
「そうだな、忙しいな……ヒサメ以外は」
 大手チームである『ぐんぐにる』が自主的にニュトピアの治安維持活動に協力しているのは以前述べたが、その活動にはヒサメは関わっていない。すべてひえ〜の独断である。
 生々しい人間関係を見せたくない、「兄」としてのひえ〜、そして『ぐんぐにる』一同の配慮であるのだが、ヒサメは仲間外れにされているようで不快だとシロガネに語っていた。
 同じく「兄」であるシロガネはひえ〜の気持ちもよくわかるのだが、もう少しやり方を考えるべきではないかとも思っている。
 もっとも、余所のチームの運営方針に口出しする訳にもいかないので、
「ま、カゴの中の鳥じゃないんだ。あんまり遠ざけすぎるのも寂しいと思うぞ?」
 軽くトゲを刺すくらいしかできない。
「ああ、そうだな……まあ、そこは早めに手を打つさ」
 ひえ〜も自身のやり方は強引すぎるとは感じているので、シロガネの忠告を素直に受け止める。
「さてシロガネよ。お前はこの世界をどう思う?」
「地獄か監獄」
 即答する。
「ゲームの世界に行きたいって理想はまあ、ゲーマーなら大なり小なりあると思うんだよ。そういう意味では天国でもあるね」
「まあ、そういう部分は確かにあるな。全員が全員ではないだろうがな」
「そう、そうじゃない人もいる筈だよ。ついでに性別変わってる事に不満の多い人もいるだろうね」
「……まあな」
「なにより、人目も憚らずエッチなお遊びに興じてる人がいるってのが真っ当じゃない。色欲に溺れるにしたって、これは普通じゃない。異常だよ」
「そうだな」
「なにより、『いつ自分がそっち側に行くかわからない』……ってのが怖いね。あっち側に逃避してしまえばある意味楽ではあるんだけど、それは少なくともひえ〜とボクには許されないよね?」
「……ああ、そうだな」
 兄として、妹は守らなくてはならないのだ。
「だから、地獄、あるいは監獄。ボクらはこの世界に囚われてる、って考える事の方が自然だからね」
 こんな現象を、ただの人間が行えるわけがないのだ。元凶が存在するなら、それは――
「神か悪魔、あるいはそれに匹敵するモノ――そんなものと対峙する可能性もある」
「……なるほどな」
「ま、黒幕がいればだけどね」
 そうは言うものの、シロガネもひえ〜も思うのだ。多分、そういう存在の「ボスキャラ」が必ずいるはずだと。
「元に戻るにしても、定住するにしても、黒幕様は排除するつもりだよ」
「そうだな……その為には、準備も必要だ」
 ひえ〜は一枚の封筒を取り出す。
「それは?」
「王城からのお呼び出し……招聘状、か?」
「ああうん、正しい表現かは知らないけど、どういうものかは分かったよ」
 ひえ〜は封筒をシロガネに手渡す。
「信用の出来る冒険者を集めてほしいという話だ。お前なら問題ないはずだ」
「ん、気が向いたら行く」
「ああ、出来れば気が向いてくれ」
「他の用事は?」
「そうだな、軽く情報交換をしたいな」
「了解。じゃ、場所を変えよう」
 二人は消えるようにその場から立ち去った。
 下で見ていた住民達は、突然と消えた二人に驚きながらも、日常へと戻っていくのだった。


 一方その頃、『不忍』のホームハウスでは。
「それでは、よろしくお願いしますね」
「はい!ミリアさんが来てくれるなんて光栄です!」
「ふふ、コガネちゃん。昔みたいに気軽に絡んでくれていいからね?」
 コガネはローブを着た女性と握手を交わす。
 彼女の名はミリア。緑色の髪を短く揃えた魔術師である。すらりと伸びた背丈は、コガネと比べて頭二つくらい高い。
 パーティーを組んで戦うことの多い魔術師の中で、彼女はソロでの活動をメインとする珍しいタイプだ。
 というより、パーティーを組んでもらえない事が多かった。
 理由は、「スキルの振り分けが中途半端」である事。
 この手のゲームにおいて、さまざまなスキルをたくさん取る事があまり推奨されない場合もある。スキル自体の成長率がある場合、複数のスキルを伸ばすにはどうしても時間がかかり、成長の頭打ちも早くなってしまう。
 その為、ある程度スキルを絞って選択するのが普通なのだが、ミリアはとにかくたくさんの魔法を習得していた。
 その方が魔法使いみたいで楽しいからと本人は満足気ではあるのだが、一撃の威力は特化した魔術師に劣るため、当初はあまり誘われなかったのだ。
 が、そういう事を気にしない友人たちとのんびりと成長させていった結果、幅広い汎用性でどんな状況にも対応できる万能型の魔術師として完成したのである。
 火力面では劣るが、やれることが多いので活躍の場はある、そういうタイプであるが、状況に応じた行動を的確に行う必要がある為、操作はかなり難しい。
 万能であるがゆえに難しいという、ちょっと変わったキャラを使いこなすミリアはそこそこの有名人であった。
 そして、シロガネ達は彼女の昔からのフレンドである。ちなみに元から女性だ。
「でも本当にいいんですか?『不忍』に入ってもらって……」
「ええ。忍者縛りがないなら、ここほど居心地の良さそうな所もないもの」
 そう。『不忍』はチームにおける忍者縛りを解除した。
 この大変な状況下で変なこだわりを持ち続けるよりは、よりたくさんの仲間を得て、助け合う方がいい。できれば知り合いで。
 その為、チームリーダーであるコガネが、何名かの知り合いに声をかけていた。
 真っ先に駆け付けたのがミリアである。
「ふふ、コガネちゃんにシロガネくん……こんなに可愛い子を毎日しか……げふん、眺められる環境に比べれば、大手チームの誘いなんて無価値じゃない」
 そう言いながらコガネに抱きつくミリア。
「……相変わらずですね、ミリアさん」
「う〜ん、この柔らかさ。やっぱり女の子いいわ〜」
 魔術師ミリア。性格的は温和で、やりたいことは頑張って極める努力家。
 ただし、女の子大好き。中身が男でも気にはしないようである。
「大手にも可愛い子はいるでしょうに……」
「え、知らない人には抱きつけませんし……」
「そこだけ常識的なんですか……」
 よくわからない人だ。コガネはそう思った。
「ところで、あたし以外の人も誘ってるの?」
「ええ、何人か」
「あたし好みの人はいる?」
「いるといいですね」
 この人を誘ったのは間違いではないだろうか。
 コガネは少し後悔しつつあった。
「ちなみにどんな人か教えてもらってもいいかにゃ?」
「えっと、『ネカ魔法少女』と『必中の一矢』、『歴戦の賢人』と言えば伝わります?」
「……大物ばかりじゃないですかやだー。『歴戦』さん男キャラだったけど、いいの?」
「戦力というより知識方面での御招待ですね。私達は若いので、やっぱり年上の方がいると大分違いますよ」
 シロガネから知識面で頼られることが多いとはいえ、コガネもどちらかと言えば「火力馬鹿」であるという自覚がある。
 いざという時に冷静な判断をできる大人が近くにいてくれるのは心強いだろう。
「それにしても、『不忍』ってコガネちゃんがリーダーだったんだね。てっきりシロガネ君がリーダーだと思ってたよ」
「ああ、それですか。本当は兄ちゃん、別のチームに入る予定だったからですね」
「え?それ初耳」
「ええ。兄ちゃん自体が触れたくない話題でしょうから。まあ、別に『本人同士が』仲違いしたわけではないので安心してください」
「うん、全く話が見えないね。シロガネ君と誰かがチーム組もうとして、第三者が横やりを入れた、的な?」
「大体そんな感じです。結構ショック受けてたので、本人にはこの話はしないであげてくださいね」
「うん、それはいいんだけどね。でも、それをあたしに話してくれてよかったの?」
「ええ。知っておいてもらった方がいいかと。多分、今後必要になるでしょうし」
「……もしかして、何か隠してる?」
「どうでしょう。だとしても、悪い話にはしませんよ。兄ちゃんの心を傷付ける事だけは絶対にしませんので」
 そう言いながら静かに笑うコガネに、ミリアは(早まったかなぁ……)と、少しだけ不安になった。


 亮一は町外れにある小さな広場で、木刀を素振りしていた。
 どうやら空地なのだろう、整備されていない土地には大きめの岩がゴロゴロと落ちていて、公園のように人が集まることもない為、鍛練には丁度いい。
 シロガネやコガネは、亮一が死なぬよう、戦わなくていいようにしてくれている。
 だが、庇護を受ける為に合流したのではない。助け合うために、合流したのだ。
 今は家事くらいしかできることはない。だが、だからと言って戦う事を諦めたりはしない。
 そもそも自分のキャラ構成は戦闘特化だ。戦ってこそ価値がある。
 ならば、二人が心配しなくてもいいように強くなろう。加護なんてなくても、死なないように。

 その為にはどうするか。
 今の自分は女の子だ。元の身体と同じように動くことはさすがに難しい。
 そもそも戦闘能力もゲーム由来のモノ。リアルでの実戦経験のない亮一にとっては、ただ戦うのも恐怖が伴う。
 シロガネの様に、場馴れしている方がおかしいのだ。
 もっとも、シロガネの実戦経験も柔道の試合程度で、まともに戦えるのは死んでも大丈夫という保険と、本人の開き直りが影響しているだけだったりする。さすがにそこまでの事情は亮一は知らない。

 だからまずは、身体に慣れる。
 女の身体だから?理由にならない。
 シロガネは元の姿とは全然違う身体を自由自在に動かしているのだ。ならば亮一に同じことができないなんてことはありえない。
 数値上の身体能力はゲーム時代と大して変わらない。加護がない事を除けば、条件は全く同じなのだ
 できることをしようと思う。それが正しいかはわからないが、やらないよりはマシなはずだ。

 だから亮一は、素振りを始めた。
 剣の振り方、身体の動かし方、性別の違い……理解しなくてはならないことはたくさんある。
 それらをすべて、身体に叩き込む。
 それができぬのなら、彼らと一緒にいることは、他ならぬ自分自身が許さない。

 その想いを胸に、素振りを続ける。いずれ友と肩を並べる為に。
 
「……そこのねーちゃん」
 素振りをしている亮一に、子供が声をかけてくる。
 今この世界には女性しかいないので、声をかけてきた子供も、女の子である。
 ただしその格好はぶかぶかの男の子の服を着ている。恐らく、元々は男の子なのだろう。
 プレイヤーキャラクターにこの年代の子を選べないので、NPCであったことは間違いないはずだ。
 その表情はどこか暗く、元気がないようにも見える。
「なんかようか?」
 素振りをやめ、子供と目線を合わせる亮一。亮一は子供が嫌いではない。
「ねーちゃんは、元は男なのか?」
「ああ、そうだな」
「女の格好をして、恥ずかしくないのか?」
「格好で、男らしさは決まらないよ」
 子供の質問の意図をなんとなく察した亮一は、そう答えた。
「……でも、身体は女だろ?」
「そうだな。で、それが何か問題あるか?」
「え?」
「男だろうが女だろうが、俺は俺だ。ちょっとばかり性別が変わった程度で、何も変わらねーよ」
 そう言いながら、再び木刀を構える。そして、近くの岩に向け、一振り。
 ずがん、という大きな音と共に、岩は粉々に砕けた。
 侍のスキル、『一刀両断』だ。
 本来なら綺麗に真っ二つに切れるのだが、木刀だからか、あるいは亮一の腕が足りないのか。
 だがリアルで木刀を振ったところで、ここまで鋭い太刀筋にはならないだろう。当然岩も粉々にはなりはしない。
「と、このように、女の子の身体でもこれくらいは、出来る」
「……すっげえ!」
 子供は目を輝かせ亮一を見ている。
「ねーちゃん格好はヘンテコだけどすげえんだな!」
「ヘンテコ言うな」
 そう言いながらも、笑顔の子供を見て晴れやかな気分になった亮一。子供の笑顔は大好きだ。

 こうして、亮一と子供――ジャックとの交流が始まった。



「……そういえばシロガネは自由に動き回っているな」
「そうですね、身体に慣れているというか、動き方を知っているような感じですね」
 シロガネとひえ〜、そして途中で偶然出会ったアースは、近くにあった食堂で互いの情報を交換していた。
「ボクが元から女性キャラだったからじゃないかな?」
「ああ、そういえばうちも、元から女の子の方が動きが良かったな」
「身体との親和性が高い、ってことでしょうかねえ」
 アースが考え込む。元々攻略サイトを作っていたせいか、考察するのが癖になっているようだ。
「あとは……慣れ?」
「慣れか」
「うん、女の子に慣れれば慣れるほど、動きが良くなってる気がする。身体自体が覚えてる、って感じ」
「身体自体が記憶してる動きですかね」
「多分。何をどうすれば動けるか、普通にわかる」
「俺らはそういう感じはしないな」
「やっぱり元が女性キャラだからでしょうね」
「そうかな?」
 小首を傾げるシロガネ。その仕草に、男としての面影は感じられない。
(身体が慣れるという事は、少しずつ男から遠ざかっているのではないか?)
 シロガネの喋り方は意識的に変えている一人称以外の変化はない。
 が、仕草はどうだろうか。わざわざ女性らしい仕草をしているとは思えない。する意味もない。
 姿が少女だから、何をしても少女の仕草に見えるだけかもしれない。
 だが、小柄な体型に見合わぬ大きな胸。普通ならばただ動くだけでも大変だろうソレに対して、シロガネが苦労している様子は一度も見られていない。
 今もその巨乳を意識せず、皿に盛られた料理をおいしそうに食べている。
 それほど大きくないひえ〜やアースですら、急に膨らんだ胸の扱いに戸惑っているというのに。
 身体に慣れる=女性に近づく=男性でなくなっていくという事であるのならば。
 シロガネは、本人が気付かないうちに相当危険な状態なのではないのだろうか。
「……まあ、それはさておきだ」
 ひえ〜は話を変えることにした。頭に浮かんだ怖い想像を振り払うように。
「アース、もしこの事態に『黒幕』がいるとしたらどこにいると思う?」
「魔王城じゃないですかね」
 ニュトピアのあるウェス大陸から東。四大陸に囲まれた中心には、霧に包まれた小さな島がある。
 その島に唯一ある建物こそ魔王城である。
 過去のシリーズでも、一部のボスキャラはここを根城にしており、エリスオンラインでもストーリーボスの一体がここを拠点としていた。ボスキャラの中でも最弱という立ち位置ではあったが。
 シリーズファンの中では、大抵ラスボスも魔王もここにはいないことは常識である。
 なので、仮に黒幕がいたとしても魔王城には絶対いない。
「……まあ、調べないわけにはいかないだろうがな」
「いないとは言い切れないのが嫌だわ……」
 しかしこの状況では、その思い込みの裏をかいて魔王城に居座っている可能性は否定できない。
「実際いるかはわかりませんけどね。ゲーム的な隠しマップに篭られたら、探し出すのも一苦労です」
「そうだな……」
「知ってそうな人だったら心当たりがありますが」
「いるのかよ!?」
 アースの言葉にひえ〜は驚いた。
「運営や開発側の人間なら知ってると思いますよ」
「……いるの?」
「いたところで会えるのか?」
「GMには会えましたよ。勿論この状況には無関係でしたし、この状況にも介入する気はないようですが」
 なんともないような口調でアースは言う。
 普段から神出鬼没なところがある男(今は女)ではあったが、運営側にも顔が通じるとは思わなかった。
「あ、場所は言えませんよ?彼らも今、別件で忙しいので」
「別件?介入できないとか言っていたが、その関係か?」
「ええ。具体的には言えませんが、まあ、殺人事件の調査のような物です」
「うわ、すげえ気になる。死に戻れる世界の殺人事件ってなにさね?」
「元男性は死にますよ?そして復活時、人格が上書きされます。まるで身体に合わせた役割を押し付けられるようにね。これを故意に行うのは殺人だと思いますよ、俺はね」
「ああ、そういう事ね」
 オンラインゲームの運営側の人物が密かにプレイヤーに交じって遊んでいるのはよくあることで、エリスオンラインでも数名のスタッフが遊んでいることを公言していた。
 殺人事件。GM。開発や運営。
 多分、運営側の誰かが殺されて、人格を上書きされたか。
「俺個人の意見ですが、今やるべきことは二つですね」
「一つは『聖都遠征』だろ?」
 聖都エリシアには女神エリスの神殿がある。ここで加護を受けることができれば元男性も死に戻りが可能になるかもしれない。(それがいい事かは不明だが)
 だが、この事態になってからはエリシアとの連絡は途絶えている。エリシアにいた筈のプレイヤーも安否不明だ。
 ニュトピアから調査に向かった兵士や冒険者も消息を絶っており、事態の進展を妨げている。
 その為ニュトピア王家では、大手チームから人材を集め聖都への遠征を計画しており、『ぐんぐにる』も参加を要請されていた。
 計画は着々と進んでいるが、現在「戦える」人材を集める部分で躓いている状態だ。
「ええ。早めになんとかしないとまずいでしょうね」
「で、もう一つは?」
「人探しですね」
「……探偵業でも始めたのか?」
「いえ、この事態の解決に不可欠な人を早めに保護したいのです」
「誰?」
 アースは周りの様子を伺い、盗み聞きしている者がいないかを確認してから、言った。
「天城 達人。エリスシリーズのシナリオ担当です」


「へくしゅっ」
 少女はくしゃみをする。
 小柄な体躯に黒装束。髪の色は漆黒で、ショートに整えられている。
 その少女の隣には、心配そうな表情をした着物姿の女性がいた。
「あら、主殿。風邪ですか?」
「その主殿ってやめってくれませんかね?俺、忍者なんですけど。どちらかといえば君が俺を従える立場だろ?」
「いえ、産みの親であるあなたを従者になど畏れ多く……」
 女性は頭を下げる。
 少女は内心辟易していた。確かに設定を考えたのは自分ではあるが、ここまでかしこまれるほど大したことなどしていない。
 これさえなければいい子なのに。
「……まあいい。で、エリスはなんて言ってる?」
「お待ちを……姉は、『時間稼ぎはうまくいっている。準備を万全にお願いします』だそうです」
「そうか。なるべく急ぐと伝えてあげて」
「はい。絶対無理してますからね、姉は」
「カムイ、お前が言うな」
 エリスオンラインにおいて、プレイヤーには付けれない名前がいくつかある。
 女神であるエリス、男神であるカムイ。そして、スタッフが使用している名前。
 そのうちの一つである「カムイ」という名を、少女は口にしていた。
「でもまあ、無理の一つや二つしないとまずいですよ。特に今は、僕は加護の維持も不完全ですし」
「……エリスのところまでいければ、なんとかできるんだけどな」
「ええ。だから頑張りましょう、『アマギ』様」
「ああ……様づけはやめてくれませんかね?」
 アマギと呼ばれた少女は、嫌そうな顔を浮かべた。

忍者→忍者戦士飛影→ひえい→比叡→ひえ〜 というどうでもいい言葉遊び。
そして亮一はTSロリルートへ……。


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