「はい、それじゃあ情報を整理しますよー」
「あいあいさー」
 結局あの後、シロガネとコガネはそのまま寝てしまった。
 和風建築である『不忍』のホーム。部屋は当然、畳だ。
 (肉体以外は)今までと変わらぬ状況の為、普通にリラックスして寝落ちしたようだ。
「今までと似たような生活環境を維持できるのはありがたいね」
「こうなることは想定外だったけどねー」
 ゲームが現実になる。
 創作ではよくある展開ではあるが、現実に起こるなんて、『最近は』想像すらしていなかった二人である。
 さすがに、そんな目的でゲームの拠点を弄り回したりはしていない。

「では、さくっと纏めるよー」
 コガネはアイテムボックスから筆と白紙の巻物を取り出す。
 アイテムボックスは最大100種類までのアイテムを入れられる。(99個までスタック可能)
 重量は(実際よりも半減するものの)加算されるので、筋力値の低いシロガネは回復アイテムと予備の装備くらいしか入れていない。コガネは妖術型なので、妖術に使用するアイテムも入っており、実は機動力は忍者にしては低めである。
 白紙の巻物は本来、術を『創る』際に使うのだが、普通のメモとしても使おうと思えば使える。レアドロップだし、パソコンなら普通にメモ帳が使えるので、ゲーム時代なら完全に無駄遣いであるが。

「まず、ゲーム時代の機能は一部使える」
「ウィンドウみたいなUIはないけど、念じれば使えるみたいだね」

・念じればアイテムボックス、ボイスチャット、スキル等は使える

「GMには連絡つかず。というかGMこっちきてんのこれ?」
「その辺は追って調査ー」

・運営はどこへ消えた?

「で、チャットを使ってフレンドに連絡してみたわけだが」
「にいちゃ……姉ちゃんの変化、みんなに比べれば大したことないよねー」

・男性キャラクターが全員女性化した。人類絶滅秒読み開始

「ついでにNPCが普通に人間っぽい」
「彼らも女性化してる為、イケメンNPCファンの御姉様方絶賛絶望中でしたわー」

・元NPCも人間!差別よくない!

「身長差による身体への影響は、割とすぐ慣れる」
「身体自体の記憶、っていうのか、そういう感じの補正を感じるよね」

・私、動くぞ!

「あとおっぱい気持ちいい」
「それは触り心地が?触られてる感触が?」

・五感は普通にある。漫画肉美味しいです!

「……こんなところだねー」
「まだまだ分からないことが多いけど、とりあえず戦闘は出来そう?」
「そっちはそっちで敵と向き合えるかは疑問だねー」
 時間をかけて調べたが、わかったことは少ない。だが、それでも大事な事である。
「とりあえず巻物はコピーしたから、後でみんなに配れるよー」
「ん、了解。いくつか貰っておくよ」
 巻物をメモ代わりにした最大の理由は、『スキルによる複製が容易』だということだ。
 一度作った術を何度も使えるように用意されたスキルだが、他人も扱え、また、どのようにも使えるということで、術師以外にも需要は高い。
「さて、これからどうしようかね」
「目標を決めるべきかなー」
「目標……ねぇ?」
 シロガネは考える。
 こんな状況で自分は何をしたいのだろうか。
 まず、元の世界に戻れる努力をするべきか。それが最良だろうけど、個人でできる事でない気がする。
 元の身体に戻る?……戻りたいのか?あの身体に?それだけは、ない。
 女の子になってしまったとしても、あの身体よりはマシ。
 この身体で、元の世界に戻れれば最良か?戸籍もない状態で戻る事になりかねない。却下。
「コガネは……美咲は、元の世界に戻りたい?」
「んー……どうだろ?それほどでもないかなー」
「そうなの?」
「今のところ、現実味がないってのもあるかなー」
 まだ一日目だからだろう。この辺の事を考えるのは今はまだ早いかな。
「こっちでやりたいことある?」
「シロガネ愛でたい」
 コガネは即答した。
 コガネ=美咲はシロガネがお気に入りだ。シロガネの2Pカラーというイメージでコガネというキャラをデザインしたほどである。
 胸のサイズを小さめにしたのは、その方が妹っぽいからだし、金髪なのもシロガネの銀への対比である。
 なにより、『兄』が中の人なのだ。嫌える要素がない。
 なので、本音が零れた。
「……」
「……」
 シロガネは悩んだ。少しだけ悩んだ。
 自分達は兄妹だろう?異世界っぽい場所で本来と違う肉体とはいえ、いいのか?
 ああでもコガネは可愛い。シロガネに似せてあるから、かなり自分の好みである。
 問題点は『妹』だという事だけである。一番大きな問題だ。
 妹は嫌いじゃないけど、それは家族としてで……。いやでも、そこ以外は何の問題もない多分。
「……まあ、その、なんだ。その辺は流れで?」
「あ、うん」
 曖昧に答える事にした。兄として苦渋の決断だったと、シロガネは後に語る。
「……」
「……」
 なんとも言えない空気になってしまう。
 お互い変に意識してしまい、言葉が出ない。
 特に思わず本音を出してしまったコガネは、顔が真っ赤である。
 そのまましばらく固まっていると、
「大介、美咲、二人とも、いる!?」
 聞き覚えのない声が、玄関先から聞こえた。


「いやあ、全くの別人ですな」
「うんうん、元のキャラの面影すらないよ、亮一さん」
「……ほっとけ」
 二人の体面に座るのは、ぶかぶかの男物の服を着た、赤髪で長身の女性だった。
「あー、でも胸はボクの方がおっきーね、北上亮一君?」
「……くっ、なんか胸自体は邪魔なくらいなのに、いらっとする!」
「揉めば大きくなるそうですよ、亮一さん」
「大きくしなくていいよ!手をワキワキすんな二人とも!」
「大きい事は、いいことだよ?」
「ちっぱいもイけます」
「お前ら何を言ってるの!?特に大介、馴染み過ぎじゃね!?」
 二人から逃げるように胸を隠す「亮一」と呼ばれた女性。
「え?ナニ?朝から何言ってんだお前?」
「卑猥なこと言いますね。幻滅しました」
「お前らが言うな!!」
 女性は顔が真っ赤だ。怒りによるものか羞恥によるものかは、もはや判別はつかない。
 立ち上がってシロガネを追い回す亮一だが、シロガネの速度特価なステータスには追いつけない。
 そのうち服で足が縺れ転んでしまう。
「…っぅ」
「悪い、ふざけ過ぎたか。大丈夫?」
「……いや、それは別にいい。でも、すげえ、いてえ」
「身体が違いますからね、受け身に失敗したのかもしれません」
「ホントにごめんな。サイズの合う服は?」
「あるわけねえだろ、女キャラの服なんてよ……」
 お気付きだと思うが、亮一ことキャラクターネーム『リョウ』は男キャラを使っていた男性である。
 シロガネこと大介とはリアルの友人である。
「バザーは?」
「高騰してる」
「メイド服なら未着用あるけどどうする?」
「……何故?」
「ダブった」
「……」
「そのままでもいいんだろうけどさ?男物の服を男装でもないのに着てるの、エロいぞ?」
「そうですねー。そういう趣味の御姉様方に襲われる?」
「……」
「恥ずかしいのはわかるけど、その辺は早めに慣れちまった方がいいと思うぞ?」
「……せめて他のはないか?メイド服以外なら何でもいい」
「あるけど……いいの?」
「ああ」
「多分、メイド服の方がマシだと思うけど」
「……何を着せる気だ」
「あとは水着しかない」
「私の方には『運営の悪ノリの象徴』しかありません」
「メイド服着させていただきます!」
 亮一は諦めた。


 なお、エリスオンラインの仕様上、一度身に着けた装備はそのキャラクター専用に上書きされ、第三者に取引はできないことになっている。(そこで服のサイズも変わる)
 その為、身に着けた事のない装備しか人にあげられないのだが。
 そもそも自分好みの女性キャラを使っていた大介や美咲が、自キャラを着せ替えさせないわけがなく。
 当然余っているのは「手に入りやすい」装備である。
 具体的に言えば、イベントで配布され、とにかく出回ったメイド服。ゲーム内クジ引きでお目当てのデザインが出るまで引かなくてはならない水着、需要のない『運営の悪ノリの象徴』であるゾンビやスケルトン、人体模型といった「ホラーシリーズ」ものである。
 ゾンビ、スケルトンあたりはプレイヤーイベントで使う人もいるが、人体模型は「普通に怖い」と不評であった。
 当然メイド服以外はゲーム時代でも需要はなく、このような状況では尚更である。

「なので、メイド服は正義!」
「いや、何言ってるんすか美咲さん」
「コガネって呼んでください」
「あ、はい……あいつもシロガネって呼んだ方がいいのか?」
「そうですね。ほら、兄ちゃん、完全に別人ですし」
「ああ、了解。俺はどっちでもいいか」
「ですね。大して変わりません」
 コガネは亮一の着替えを手伝うことになった。シロガネはフレンドからの呼び出しを受け、一人外出している。
「さて……脱ぎましょう」
「まさか装備メニューは使えないとはなぁ」
 ゲームだったら装備メニューで一発装備なのに、変なところだけ現実的である。
「さて、メイド服の構造は実はすごくシンプルです」
「ほほう」
「まずはワンピース」
「……まあ、着やすいっちゃ、着やすいか」
「続いてエプロンですねー」
「まあこれは違和感ないな」
「以上」
「え、それだけ?」
 亮一は驚く。ゲームや漫画で見る限りは、もっと複雑なイメージがあったのだが、たった二着だとは思わなかったのだ。
「凝ったデザインなら下にブラウス着たり、あちこちにリボン付いてたりしますけど、今回はシンプルなデザインのモノ選びました。そのほうがいいですよね?」
「……そうだな」
「エプロン取れば私服っぽくも見えますので、結構便利かもしれません」
 そもそもメイド服は「作業着」である。着るのに困難なのはあまりよろしくない。
「下着の方が複雑かもしれませんね。……下着どうします?予備はないですよ?」
「ああうん……ぶらじゃーとかつけんの恥ずかしいからいいけどな……」
 ちなみにエリスオンライン。インナー等の小物も豊富である。地味に装備効果があるため需要は多いが、わざわざ用意する人はいないだろう。そもそも見せない部分ではある。
「ふむ……作りましょう」
「……へ?」
「大丈夫です、裁縫技能は持っています」
「なんで!?」
「シロガネを着飾るためです」
 キャラクターを着飾るための装備はたくさんあるのだが、高レベルモンスターのレアドロップであるため、高値で取引されている。人気のあるモノは一部位で100万単位の金がかかることもあるのだ。
 であれば、自分で作った方が安い。レアドロップ装備でも、高レベルなら作れないこともないのだ。
「というわけで採寸です」
 裁縫セットからメジャーを取り出し、嫌がる亮一の胸に巻きつける。
「ふむ……」
「んっ…」
「変な声出さないでください」
「ち、乳首にあたって……」
「そりゃそうです。トップ測らないとカップサイズがわからないですよー」
「そ、そうなのか?」
「お望みなら、揉みますけど?」
「すいません」
………
……

「計測完了ですねー」
「うぅ……お婿に行けない……」
「行けるといいですねー。とりあえずすぐにはできないんで、ワンピース着ましょう」
「お。おう」
 ワンピースを持ったコガネは、亮一の後ろに立つ。
「脚、上げてください」
「あ、ああ……あっ」
 言われるままに脚を上げるが、バランスを崩してしまい、コガネに倒れ掛かる。
 突然の事に、耐えきれずそのまま倒れてしまうコガネ。

 亮一に押し倒されるコガネ。
 その右手は、コガネの薄い胸をしっかりと掴んでいた。
「……」
「……」
「……亮一さん」
「……はい」
「まだ、死に戻りの情報、ナインデスヨネー」
「すいません勘弁してくださいごめんなさい許してください」

 一方、シロガネはとあるチームのホームハウスにいた。
 そこには他に二人の女性がいた。片方は鎧を身に着けた、黒髪で小柄な少女。
 もう一人は、眼鏡で細身の、茶髪の女性。
「……じゃ、確かに届けたよー」
「お疲れ様。悪かったね」
 シロガネから巻物を受け取った少女は、笑顔でシロガネを労う。
「いえいえ。でも『エリスオンライン大攻略』の管理人さんがいるなら、ボクらはのんびりしててもよかったかな?」
「いやいや、俺達だけじゃ情報が偏ってしまいますから。似たような情報でも、多方面から来た方が信頼性が上がります」
 眼鏡の女性はそう答える。
 彼女はエリスオンラインの攻略サイトを運営する管理人だ。ちなみに元男性である。
「死に戻りについては、目下調査中ですが、一つお二人のお耳に入れておきたいことがあります」
「なんだい」
「なんでしょう」
 眼鏡の女性の眼前に四角い枠のようなものが現れる。
 そこには彼女の名前(ちなみにアースという)、HP、SPや筋力、その他パラメータが記載されていた。
「一番下のアビリティをみてください」
 指さされた部分を見る。
「え?」
「これは……」
 そこに書かれていた一文。
 それは、非常に厄介な事だった。
「……まだ正確な事はわかりません。俺はこれからこの事について調べてきます」
「あ、ああ……」
「シロガネさん、もしかしたらあなたの手を借りるかもしれません。その時は……」
「……わかった」

 深刻な状況だった。もし、これが予想通りならば。

――元男性は、死に戻りができない。


 二人と別れ、シロガネは『不忍』のホームへ戻ってくる。
 悪いことを考えればきりがない。後でいい事は後で考えればいい。
 そう気持ちを切り替え、ホームへ入ると、
「お、おかえり、なさ、いませ……ごしゅ……じんさまっ……」
 そこには、サイズの小さい水着を無理矢理着せられた亮一が、胸を強調するようなポーズでシロガネを出迎えていた。
 顔は真っ赤で、今にも泣きそうである。
「……おふろにします、ごはんにします、それと…も……」
 ぷるぷると震えている亮一を見ながら、シロガネは思った。

 何をやらかしたかは知らないが、こっちが心苦しいわ、と。

 おまけ。アラクネ様。

「まあ〜、とてもよくにあってますよ〜」
 アラクネは嬉しそうに少女を見つめていた。
「あ、あの……」
「なんでしょう〜」
「……これ、小さく、ないですか?」
 少女が着ているのはサイズの全然合っていないシャツとショーツである。
 正直、服としての機能は微妙である。
「えっちくていいじゃない〜」
 アラクネはそう言いながら、少女を自分の胸元に抱きかかえる。
「あっ……」
「今日も、可愛がってあげるわね〜」
 そう言って、少女の唇を奪う。
「んっ……んんっ……」
「ぅん…っぬ…ちゅ……ぷはっ。もう、キスだけでも濡れちゃってるわよ=」
 少女のショーツはほのかに湿り気を帯びていた。
 そんな少女の耳元で、アラクネは、そっと呟くのだった。
「また、糸、出してほしい?」
 少女は顔を真っ赤にしながら、静かに頷くのだった。


TS百合において、姉妹百合は基本です。僕の中では。


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