彼女は今日も、闇夜を駆けぬけていく。

 広大な草原。
 あたりに人の気配はない。
 それもそのはず。この辺りには魔物が多い。特に魔物が活性化する夜中に街の外に出るなど自殺行為である。

 だが、そこに一人の少女が現れる。
 ポニーテールにした銀髪をなびがせながら、その小さな身体で風の様に駆け抜けていく。
 その瞳に映るのは、群れからはぐれたのか、狼のような魔物が一匹。
 狼から視線を外さず、腰に携えた小太刀に手を掛け、跳躍。小柄な割に大きな胸が、揺れる。
 狼がその動きに気付くが、もう遅い。
 空中で抜刀された小太刀は、狼の首を刈り取り、その命を散らす。
 その勢いのまま、向かうは次の狼。気配と『索敵』を頼りに走り出す。
 数秒もせずその姿を視界に収める。ただし、今度は4匹。
 一旦木立を納刀し、懐から黒い塊――クナイを取り出し、一番近い個体に投げつける。
 クナイは狼の眉間にあたり、絶命。
 残りの3匹が周囲を警戒し、逃げ出そうとする――だが、遅い。
 すでに少女は、再び跳躍していた。着地地点は狼達の中心。
 着地と同時に、小太刀を抜き――
「『旋風』」
 全身で回転するように小太刀を振う。
 その動きに合わせるように、少女の周りに風が吹き荒れる。
 風に吹き飛ばされた狼達は、体勢を崩したまま大地に叩き付けられ、その身が光の粒子となり、消えた。


「……よし、いける」

 満足げに呟いた少女は、再び走り出す。
 その鮮やかな狩りを、満月だけが見ていた。


ちびっこくのいちさん




 MMORPG「エリスオンライン」がサービス開始から3年目に入ったある日、その事件は起こった。
 エリスオンラインは、PCでプレイできる有料オンラインゲームである。
 家庭用ゲームの人気シリーズである「エリス」をMMOで再現したこのゲームは、従来のファンからは非難され気味ではあったものの、リアルなグラフィックとインフレ気味のバランスで一部に人気があった。
 具体的にいえば、このゲームはプレイヤー側の性能を一切弱体しない。弱い職は他職より強くし、相対的に弱くなったらそちらを強化し、ついでに武器も防具も強い物を大量投入する。
 当然敵もそれに合わせて強くなっていくのだが、プレイヤーのインフレは止まらず。「無双、俺Tueeしたい奴はエリスをやれ」とまで言われるほどであった。

 大木 大介もそんな無双系エリスオンラインプレイヤーの一人である。
 大介には一つのコンプレックスがあった。――それは、自分が大柄であること。
 身長は190cmを越え、部活で(不本意ながら)鍛えさせられた身体は筋肉の塊、と表現されることもある。
 彼はスポーツはそんなに好きではない。部活も顧問に乗せられ、いつの間にか柔道部へと入部していた。
 根が真面目な彼は不本意ではあったもののサボる事も性格的にできず、傍から見れば誰よりも熱心に練習していた。
 その結果身についた筋肉。
 男としては理想の身体の一つ。しかし、本人としては不服であった。
 大きい身体はとにかく目立つし、不要なトラブルをよく呼び込む。
 そして求める者からは逃げられる。具体的に言えば、初恋の人とか。
 決してモテないというわけではないのだが、彼の好みのタイプの人間はまず近寄ってこない。
 彼の好みは、自分とは正反対の性質――即ち、小柄で、大人しく、可憐。裏表のない性格だとなお好し。
 残念ながら、そんな天使は、大介とは縁がない。近寄ると怖がられるし、そもそも同年代の少女達を見るに、こんな娘はなかなか希少だ。

 故に、魔が差した。
 ゲーマーである大介は、エリスオンラインを開始する際、自分の理想を思いっきり詰め込んだキャラを作成した。
 身長はできる限り小さく。とにかく軽く。あ、でも胸は大きい方が好み。
 小柄ならパワータイプはないな。現実にはありえないけど速度重視で誰よりも早くしよう。手数で勝負する。
 なんとなく忍者っぽい。よし忍者にしよう。髪型も長めのポニーテールだとそれっぽい。
 どっかで見たようなキャラだ。よし、銀髪にしよう。忍者の活動時間帯である夜、舞い踊る髪はとても美しいだろう。
 名前は……シロガネ、っと。性別はもちろん女の子で。

 こんな調子で、大介の理想を投影したキャラ、『シロガネ』は誕生した。
 女性キャラ、と言っても、別にネカマプレイをしていたわけではない。
 ゲーム内での友人には中の人は男性だって伝えてあるし、そもそもロールプレイまでしていない。
 とにかく自分とは真逆のタイプの女の子を大活躍させ、それを画面越しでも見守りたい。
 そんな欲望を満たすため、彼は日夜頑張った。

 その結果、エリスオンラインが2年も続いたころには、シロガネはかなり有名なキャラになっていた。
 狩場を縦横無尽に走り回り、目にも止まらぬ速さの連撃を叩き込む――人呼んで、『電光石火のシロガネ』。
 ある時はモンスターの群れを一人で引き受け、またある時は初心者狩りを行おうとするPKを本人達にすら気付かれずに始末し、果てはボスクラスのモンスターを暗殺し……と、日頃の鬱憤を晴らすかのように大活躍していた。
 シロガネ操作中の大介を見た妹が、「兄ちゃんニヤけすぎや。キモい」と言われて若干へこんだのは内緒だ。

 そしてその日も、大介はシロガネを操作しようとしていた。
 ログインまでは間違いなくしていた。
 キャラクター選択画面までは見ていた気がする。

「兄ちゃん、兄ちゃん!」

 聞きなれた妹の声に、大介は目を開く。
 どうやらうつぶせに倒れていたようだ。身体のあちこちに違和感を感じるが、目に入り込んだ光景はそれを一時忘れさせるのには十分だった。
 金色の髪の、小さな少女。この少女の事を大介は知っている。よく知っている。
 妹だ。妹の美咲だ。正確に言えば、妹が使っているエリスオンラインのキャラ、『コガネ』だ。
 大介がエリスオンラインをプレイしているのを見て自分もプレイしたくなった美咲は、コガネという、シロガネと対になるキャラを作り、大介と一緒に遊んでいた。
 目の前の少女は、そのコガネが現実にいたらこんな感じであろう、そんな姿形をしていた。
「……もしかしてみさっ……え!?」
 大介は自分の声に驚く。
 大介は男性である。当然声も低い。
 だから間違っても、今、自分の口から出た声のような、高い声なんて出るわけが、ない。
「兄ちゃん、落ち着いて、聞いてね」
 コガネそっくりの少女は大介の手を掴む。
 少女の手に包まれたソレは、同じように小さな手で――当然、本来の大介のモノとは違う。
 だが、自分の手に伝わる感触は、確かにコガネが掴んでいる手が大介のモノであることを証明していた。
 その手が、ゆっくりと大介の胸元に向かう。
 ふわり、とした感触が手に伝わると同時に、胸元から未知の感触が伝わってくる。
「えっ……」
 戸惑う大介に、もう一方の手で、地面に散らばる「銀色の」髪を掴みあげ、目の前に差し出し、そして――

「兄ちゃん……『シロガネ』に……なってるよ……」

 その「現実」を、大介に伝えた。



 その日、ゲームとしてのエリスオンラインは消滅し、現実となった。

 しかし、まだこの時点の大介と美咲は知る由もない。


 多くのプレイヤーが、現実と化したゲームに閉じ込められたのだが。



 まさか、すべてのプレイヤーが。

 否、かつてNPCだった者達も含め、この現象に巻き込まれたすべての人間が――


  女性として、こちらの世界に放り込まれているという事実を。



という、どこかで見たようなお話に無理矢理TS要素ぶち込んだお話。
内政?やらんよ。


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