おーさまのせかい 1
「あれ?あんたまだ学校来てたの?」
「きゃはは!もうとっくに死んでたかと思ったぁ」
「うわぁ、あたしなら辞めてるー。他人に迷惑かけんなっての!」
目の前で、なんかよくわからないことを言っている女が3人。
昨日までの私だったら、彼女達の言葉が届いたかもしれない。――それが嫌だから、学校に来なかったのだけれど。
でももう、そんな必要は、ない。
こんな奴らにびくびく怯えて、小さく生きる必要なんてない。
そう、そんな生き方は。
「――あれ?」
他人を見下さなきゃ生きていけないこいつらにこそ、ふさわしい。
さあ、下せ。これは宣告だ。みんなに聞かせるんだ。
こいつらに。クラスの皆に。廊下を通りかかった誰かに。担任に。全校生徒に。全教員に。市民に。県民に。国民に。
――この世のありとあらゆる生き物に、宣言するのだ。
私が自分勝手に生きるための――私だけに許された、究極の我侭を。
「ねえ、みんな。『なんで私の目の前に、幼稚園児が3人もいるの?』」
現実をも歪める王の言葉を、私は紡いだ。
――3日後。
教室の窓側、一番後ろ。そこが私の席だ。
いい席である。
後ろでコソコソ喋られることはないから集中できるし、教室全体を見渡せる。そしてなにより目立たない。
目立たないというのはいい事だ。目立って良い事があるのは、テレビのタレントだけだ。
例えば学級委員の長谷川君など、いろんな人にアレコレ物事を頼まれることが多い。頼られていると言えば聞こえがいいが、用は体よく使われているだけである。
その証拠に、長谷川君本人がいないところでは彼に対する陰口が飛び交っている。
やれ童貞だの、やれ片親だの、あげくはホモ疑惑まであるほどだ。
当の長谷川君はただのお人好しな、どこにでもいる普通の少年である。
両親は健在だし(ただし父親は単身赴任6年目)、ホモであるどころか他校に美人の彼女持ちで、ちゃんとヤる事はヤってあるそうだ。
なんでそんなことを知っているかといえば、そういうことに詳しいやつが教えてくれたからである。
それが先ほどから私の隣の席に座り、こちらを間抜け面でじっと見つめている、髪の短い元気そうな能天気娘である。
名前を和兎村 紅世(わとむら あかよ)という、三度の飯より噂好きという迷惑女だ。
「ねえねえ、おーさま」
おーさま、というのは私の渾名らしい。私の名前に「お」という言葉はないのでまったく語源が不明だが、紅世の所為でたった3日で何故か定着してしまった。
「おーさまって、何考えてるかわからないよねー。みすてりあす、っていうのかな?カッコいいよね?」
無視する。
別に私は紅世と仲が良いわけではない。が、紅世は何故か私によく話しかけてくる。意味不明。
私が「今の立場」になる前から、コイツだけは何故か私に話しかけてくるのだ。
「そういえばおーさまも災難だったよねー。突然乱入してきた子供に絡まれるなんてさ」
「……今も絡まれてるけど?」
「いや、あたしは子供じゃないし」
絡んでいることは否定しないのか。
3日前まで、私は所謂いじめられっ子だった。
そして3日前にいじめの主体だった3人をこの学校から「消した」ので、いじめられていた事実もなくなり、私は普通の女子校生になれたのだ。
今思い出しても、あの光景は笑える。
数分前まで強気で話してた女が、サイズの合わない服を着て、いい歳して子供のように泣け叫び、終いには3人揃ってお漏らしである。
写真を撮っておけなかったことが悔やまれる。
「てかさ、おーさま。あの娘たち、なんだったの?」
「さあ?」
なんでこんなところに幼稚園児が3人もいたかなんて、納得の行く理由は知らないね。考えてないし。決めてないし。
「ま、いいか。――ところでおーさま。さっきから何を読んでるの?」
「『SM調教少女戦士アキ 旅情編』ってやつ」
「へー。変なタイトルだね」
私が学内で官能小説を読んでいても、誰も気にしないことになっている。
だから紅世もとくにツッコんでこない。
ちなみに、別に好きだから読んでるわけじゃないからね。堂々と学校で読む、というのが狂っていて素敵だからだ。
「……紅世、せっかくだから私からも聞いていい?」
「ん?おーさまから質問だなんて珍しいね。おっけいおっけい。おーさまとあたしの仲だ。何でも聞きたまえー」
こいつの中で、私はどういう立ち位置にいるんだろうか。この3日間で、コイツとの距離感だけは未だにつかめない。
まあ、この曖昧な状況は嫌いではない、というより好ましくもある。だからまあ、コイツとの関係は別に手を加えない。
それ以外の悪戯は、たっぷりするけど。紅世、可愛いし。
「今日の下着は何色?」
「えー?白だけど?」
「頂戴」
「あ、うん」
紅世はその場でスカートに手を突っ込み、ゆっくりと見せ付けるように白いショーツを脱ぎ、私に手渡した。
「脱ぎたてほやほやですよ?」
「知ってる」
私はそのショーツを鞄にしまった。
『和兎村 紅世:私の頼みに対しては、何の疑問も抱かずに応じる』
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あの日から、私の世界は狂っている。
あの日まで私は、ごく普通の女の子だったはずだ。苛められっ子だったこと以外は。
引篭もってたりもしていたが、そういう環境面以外は普通であった筈だ。多分。
少なくともあの日、あの女にこの【チカラ】を貰うまでは、私は白馬の王子様にあこがれる程度に夢見がちな少女であったはずなのだ。
……まあ、普通かどうかはさておき、そういう少女だったかもさておき、今の私がヒトとして正しい存在ではないことだけは確かである。
だが、それで良い。
私がヒトとして正しかろうが間違っていようが、私の知ったことではない。
ただ私は、この【チカラ】を使って好き勝手に生きる。それだけだ。
……まあ、さすがに【チカラ】をもらった副作用の一つが、『性癖がおかしくなる。具体的には女の子とか大好きになる』という誰が得するのかわからない、そもそも因果関係がわからない要素であることには納得がいっていないが。
だって、【チカラ】の内容と関係ないし。
この程度の副作用で済むなら妥協するけど。相手には困らないわけだし。
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放課後。
今日はどうしようか……。そう考えつつ廊下を歩いていると、
「ねえ、そこの君!」
変な男が声をかけてきた。
茶髪で(校則違反)、ピアスしてて(校則違反)、制服着崩して(校則違反)、ついでに冬なのに日焼け(校則違反ではない)という、チャラ男っぽい奴だ。うん、風紀委員と生活指導の教師仕事しろ。
「……なにか?」
正直、こういう男は嫌いだ。いやまあ、男自体もはやどうでもいいんだけど(私が子作りする可能性はゼロ。いてもいなくても大して変わらない)、このタイプは、鬱陶しい。
だって。
「可愛いね!暇?これから遊びに行かない?」
ほら。
昔から容姿に関しては多少は自信がある。というか、それ以外取り柄がなかったので、こういう声掛けはよくあった。
どうも男に好かれるようで、それが原因で色々あったが……まあ、もはや過去の話だ。
……思えば、過去の苦難はこういう男達のせいで起きたわけだが。こいつらとかあのいじめの首謀者共の言い分だと、私が誘ったってことらしいが――そういう振る舞いをした覚えもなければ、そういう趣味もないし、誘いに乗ったこともないんだけど。
あれか、むしろ断ったからいじめられてたのか。今思えばそういう事なのだろう。私も無駄にプライドが高いから、敵をよく作るっぽいし。
自覚があるなら治せ、とよく言われるが、染みついた性格は、たとえ屈服されたとしても簡単には曲がらない。――私は捻じ曲げるけど。
とはいえ、こういうナンパ自体は久しぶりだ。最近――3日前までは、紅世以外は好意的に接してこなかったし。
あの3人を排除したことで、私が誘われる環境が整ってしまったということだろうか。
ふむ、それは面倒だ。
男と付き合う気などないし、それが原因で女の子達に嫌われるのも面白くない。
ここは徹底的に対処してしまおう。
……まあ、単純に学校でナンパするような大馬鹿者は気に入らないというのもあるのですがね。
私の今の好みは、引っ込み思案な女の子だ。人見知りで臆病な娘。
あるいは紅世のようなおバカさん。扱いやすいし、親しみやすくていい。
なんだかんだで、今の紅世との関係は気に入っている。あの娘のショーツはちょっとキツメだけど、心地いいし。胸はサイズ合わないから手を出せないけど――って、それは今はどうでもいい。
とにかく、お前など、お呼びでないのだよ。ナンパ男君。
「ねえ、どうなの?」
「とりあえず、『黙れ』」
命じると、男はあっさり黙る。否、急に声が出なくなったというのが正しいか。
「あと『動くな』。ついでに『思考を止めろ』」
男の身体から力が抜け、糸の切れた人形のように地面に倒れそうになる。
「『誰が倒れていいと言った。立ってろ』」
倒れるギリギリで、足を踏ん張り、体勢を立て直す。
その眼はうつろで、意識というものを感じない。
これが私の【王様勅命】というチカラ。
誰も、もう、私の命令には逆らえない。
私の言葉を心の奥底に刻み付け、記憶すら都合よく改竄し、DNAレベルでの身体操作、そして世界すら欺き、それが正しきこととなる、命令。
私が白といえば、黒も白と認識され、鳥が水中を泳ぎ、魚が空を飛ぶこともあるだろう。(ペンギンとトビウオの事ではないし、そんな使い方など意味がないからしないが)
紅世のつけた「おーさま」というあだ名も案外間違ってはない。
だって、私がこの世界の「王様」だから。
さて、どうしてくれようか。
こいつが私に二度と声をかけてこなくなるのは簡単だ。そう「命じれば」いい。
ただ、それだけじゃつまらない。私に何のプラスもない。
……そうだね、こいつには。
「『お前はは男の子が大好きな、セクシーでえっちな、男の子にモテモテの女の子だ』」
身代わりになってもらおう。王には影武者が必要だ。
その変化は一瞬。
あっという間に男は、肩まで伸ばした髪の毛を茶色に染めて(校則違反)、それをシュシュで纏めてて(校則違反)、制服を着崩して(校則違反)、開いている襟元から大きく膨らんだ胸が作る谷間が見えてて(閉まらないサイズだから仕方ないけど校則違反)、短いスカートからむっちりとした脚と派手な下着を覗かせてて(短すぎて校則違反)、可愛らしい装飾品をたくさんつけて(校則違反)、美人系の顔に化粧をして(校則違反)、ついでに冬なのに日焼け(校則違反ではない)という、ギャルっぽい女の子になった。
まあ、美人ではある。バカっぽいけど……それは元からだから仕方ない。
私の能力に風情や余韻、醍醐味といった余地はない。命じてしまえば、それでおしまいという、少し寂しい能力でもある。これが王の孤独……いや、違うか。
さて、ついでに。
「『女の子からは嫌われている。同レベルの娘とは仲が良く見える、けど、大体は嫌われている。同類なら、親友になれるかもね』」
「『男からよく誘われる。ホイホイついていくおバカさん。えっちなこと大好きだから襲われてもそれはそれでオッケーなくらいおバカさん』」
「『男の意識は残ってるけど、女としてしか動けない。女の思考の方が強い。男としての思考は頭の中で騒ぐだけ。女の意思は
、嫌がる男としての思考を理解し、それを娯楽とする。感覚も記憶も、女を味わえても、女になりきることは決してできない』」
「『超ポジティブ。自殺だけは絶対しません』」
「『将来の夢はネイルアーティスト』」
最後のはまあ、おまけだ。風俗業行かれても困るし、面白くない。叶えられるかは別として、夢くらいは持たせてやろう。王様は寛大であるべきだから。
さて、それでは頑張って生きたまえ。男の名を持つ、えっちな女の子さん。頑張って男の目を引き付けてくれ。
「『私が目の前から去ったら、喋れるし動けるし、考えられる。ただし、命令通りの女の子として』」
……さて、今日はこれくらいにして帰るか。
あんまりやりすぎると目立って困る。
目立たないというのはいい事だ。目立って良い事があるのは、テレビのタレントと、影武者という案山子くらいだ。
明日は、女の子に命令したものだね。
そう考えつつ、私は帰宅した。
「あれが、王様……。あの【チカラ】、危険だわ……」
そんな声が聞こえた気がするけど、多分気のせいだろう。
瀬尾さん書いてた頃、ついでに書いていたものを書き上げました。
当時は瀬尾さんとの兼ね合いで肉体変化なしにしようかと思っていましたが、それじゃ王様っぽくないと判断し、こうなりました。
展開で差別化していくことになりそうです。続けば。
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